こっちの方は、あまり大筋が進まなかったので。
「みなさん、御機嫌よう。オルレアンでの催し物は楽しんで貰えたかしら?」
この世の悪意を凝縮したかのような、下卑た笑み。それを整った顔に浮かべながら、テレビに映るジャンヌ・ダルクを駆っていた少女の臨時番組は幕を開けた。
ついさっきまで行われていたというフランス軍との戦闘が終了したという話を皮切りに、次々と言葉を並べていく少女。
番組内では、シャルロット等と名乗っていたが。
そして、最後には。
「止めたいなら、第四世代に詳しい奴でも連れてきなさいな……もっとも、そんな奴がいるとは思えないケドね。それじゃ、楽しみに待ってるわよ」
などとふざけたことを言い放ち、奴からテレビ局宛に送られたという動画は途切れた。
「……だと、サ。どうするサね、これから?」
「行くしかないでしょう……最悪、私だけでも」
あの女の狙いは私たち――いや、私。
それはあの会場でこちらを見た途端に邪悪な笑みを浮かべ、攻撃に転じたことからも間違いない。
ダメ押しと言わんばかりに、さっきの放送ではあからさまに私達へと向けた文面も奴は口にしていたのだ。
第四世代に詳しい奴。それが私のことを言っているのはほぼ間違いない。
事実として奴は昼間の戦闘中、私を指して「第四世代のISを使っていた」と言い放っていたのである。
実際はそんな物に、心当たりなど全くないのだが。
「とはいえ、連中はフランスの国防部隊すら退けてるのサね。勝ち目はあるのかナ?」
「勝ち目……」
「ありますわ!」
アーリィ先生の言葉を鸚鵡返しにするかのように呟きつつ、何かないのかと思考を巡らせた。その途端、隣から自信たっぷりの声が響き渡った。セシリアだ。即答するだけに、何か相当な秘策があるのだろうか……?
「あぁ、セシリアの言う通りだ」
それに対し、相槌を打ったのはラウラ。続けて鈴も無言ながらも首を縦に振り、そして鏡さんも強気の表情を崩さない。私とアーリィ先生だけが置いてけぼりという状況だ。なんだか少し気に食わない気がする。
だから、ついつい語気を荒げ
「その勝ち目というのはなんなのだ」
と、セシリアに問いかけてしまっていた。
「無人機相手に、あたし達三人はとっても有利な機体を使っているのよ」
鈴がそういうと同時に、ラウラが机の上のPCに自身の専用機から抜き出した映像データを送信。昼間の戦闘シーンがモニター上に映し出される。
その内容はまさに、ワンサイドゲームと呼べるものだった。
連中の使っていたIS――エトワールは奇想天外な動きをし、鈴らを翻弄した。しかしながら、連中はあっさりと鈴らの兵装によって捕捉され、わずか五分もしないうちに全滅したのである。
セシリアはBTビットでアクロバティックな動きをする敵を執拗に追いかけ、時には偏向射撃を用いて光の矢で串刺しにした。
鈴は衝撃砲によって敵に読み取られない射角から攻撃し、目には目をと言わんばかりに読めない戦法には読めない攻撃でもって対処し撃破。
ラウラに至ってはAICを用いて安全に攻撃を通し、そもそも敵に何もさせなかった。
確かに三者三様ではあるものの、皆無人機には相性のいい機体に乗っていた。狙ったわけでは間違いなくないのだろうが、ここまでくると何か運命じみたものを感じてしまう。
「ふむ……確かに、お前たちの言う事ももっともサね」
しばらく考え込んだ末、アーリィ先生は結論を出した。この人も私を庇う形でエトワールとは交戦しているため、そのときに無人機特有の厄介さを味わったに違いない。このまま首を縦に振ってくれるか――。
と、期待していたのもつかの間。
「だけど、鏡はどうするのサね?」
先生の指摘に、私は何も返すことができなかった。
興奮していたがために、専用機持ちでもないクラスメイトの事を忘れるなんて……自分の思慮の浅さを見せつけられたような感じがし、恥ずかしさと申し訳なさでみるみるうちに胸が締め付けられていく。
「立ち回り自体は問題はありませんでしたけれども……戦闘についていけるかは別ですわね」
セシリアが言った通り、映像の中の鏡さんは単調な攻撃ではあったもののエトワールのビームを回避したり、専用機持ち達のために牽制射撃を放ったりはしていた。
とはいえ無人機が完全に牙を剝いた際には太刀打ちできないのもまた事実で、奴らのアクロバティックな動きには対応しきれていたとは言い難い。
「それに、打鉄では連中の機体に襲われた際に心もとないのも事実だ」
またラウラの言葉は、私にとっては身に染みて分かっていることだ。なにせ温泉で襲われた際に使っていた機体こそ、なんの改造も施されていない打鉄そのものなのだから。
様々な事情があったとはいえ
「かと言ったって、この子だけ別にしてっていう訳にもいかないだろうし……単独で鏡さんを襲って人質にする可能性だってゼロじゃないんだから」
そして鈴の指摘だが、これまた私達にとっては苦い記憶が思い返されるものだった。
香港で人質という手を使ってきた奴が敵にいた以上、またやってくる可能性は十二分に考えられる。となると、ついて行って貰った方が援護できる以上、まだ安全な可能性もある。
「まぁ、ボーデヴィッヒの言う通り普通の打鉄じゃあ心もとないってのが一番の懸念事項サね」
悩む私達に、アーリィ先生はまず方針を決めるかのようにそう告げる。ついて行くにせよ別行動をとるにせよ、まずは自己防衛できるように機体を何とかしなくてはならないのも確かだった。
しかし、打鉄を改造できる人間などここにはいないのだ。
専用機持ちなら多少なりとも弄る事は出来るとはいえ整備程度のもの。おまけに基本的に自分の機体しか扱わないため、セシリアたちは役に立たない気もする。
「……倉持技研の連中に、イチかバチか頼んでみるしかなさそうサね」
八方ふさがりかと悩む私たちにアーリィ先生が提案したのは、打鉄の製造元である倉持技研に話をつけるというものだった。
あの企業もこのイベントには参加していたので、少なくとも頼み込めないという事はないが……。
などと、思っていたら。
「話は聞かせてもらったぞ諸君!」
唐突に入口の方から激しく場違いな、それでいてどこかで聞いたことのあるかのような大声が聞こえてきて、私達はみなその声に反応して身体を強張らせてしまう。
なんなんだいきなり!? そう思いながらまだバクンと乱れた鼓動を刻む心臓を抑えつつ声のした方を見てみると、そこにいたのはISスーツの上から白衣を着た、異様に鋭い犬歯が特徴的なくせ毛の女性が立っていた。
「篝火さん!?」
女性の名は篝火ヒカルノ。姉さんの高校時代の同級生にして倉持技研の第二研究所所長。そして私が代表候補生になった際、打鉄に初期調整を施してくれた方でもある。
「よ、篠ノ之の妹。久しぶり」
手をひらひらと振って返事してからこっちまで早足で向かってくると、私の右腕をいきなり掴み始めると続ける。
あぁ、なんか嫌な予感がする……。
「聞いたぞ箒。お前さん、お姉さんに打鉄を改造してもらったんだって?」
「え、ええ……」
「ならなんでもっと早く、私に見せに来なかった!」
そう言いながらヒカルノさんは腕を抑えている方とは反対の腕で私の胸に手を伸ばすと、思いっきりそれを揉み始める。思わずその感触に「ひゃぁ!?」と情けない悲鳴を上げてしまい、顔に熱がこもっていくのが感じられる。
前からヒカルノさんが私をからかう際、胸を揉んでくるのは知っていた。だが、何度やられてもなれるものではない。というか、自分だって立派なものを持っている癖に……!
どうしてこう、私の周りの女はみんな、私のを揉みたがるのだろうか。理解に苦しむ。
「ま、夏には学園へと見に行く予定だったんだけど。諸事情で行けなかったこっちも悪いんだけどさ! あっはっはっは」
笑いながら解放してくれたヒカルノさんから慌てて距離を取り、そんな彼女の姿を冷めた目で見つめる。まったく、そう思っているなら最初から揉んだりなんかしないでほしい。
「そんな事より……本当に打鉄の改造に付き合ってくださいますの?」
私達の会話がひと段落すると、セシリアからの質問が間髪入れずにヒカルノさんへと飛んできた。
「ういうい。当然改造はしてあげようじゃないか。なんなら篠ノ之のも含めて二機ぶん」
「本当ですか!?」
「でも、タダでってのはいくら何でも都合がよすぎない?」
舞い上がる私を制するように鈴が口にした懸念は、確かにそのとおりだった。なにか交渉材料になるものでもあれば話は別なのだが、何かないか…………いや、ある。
そう思い、頭の中であれこれと考えていた時だった。
「おうさ、だから二つほどいただきたいモノがあるのよね」
「打鉄改のデータと、あとは何ですか」
こちら回答に満足そうに頷いたヒカルノさんは視線を私からアーリィ先生に向けると、同時に彼女に向けて指をさした。
「あんた達がくすねて行ったあの無人機のパーツ、アレを使わせろって事さ」
「え、そんな事をしていたんですか!?」
私がそういうと、アーリィ先生は目を思いっきり明後日の方向へと逸らす。問い詰めてみると、アーリィ先生が撃破したもののみならず、鈴たちが戦ったものも拝借するよう指示していたのだとか。
交渉材料になるのはいいことなのだが、そんな火事場泥棒めいた真似を元世界第二位がやっていたなんて……なんか複雑な気分である。
「まぁまぁ、そんなに非難なさんなって。そのおかげでアンタらの機体も強くなれるってもんなんだしさ」
「その通りサね。時には常識はずれの行動ってのも必要なのサ」
アーリィ先生の言葉を受け、ヒカルノさんは「気が合うねぇ」と笑って言いながら近づき肩を組み始める。
この二人が似たベクトルの人間性なのだというのは薄々感づいていたが、いくら何でも距離が縮まるのが早すぎだろう。どうにも人付き合いの苦手な私には理解しがたい部分だったりもする。
「と、いう訳でだ……さっそく工事に取り掛かるとしよう。うちのブースは幸いにも被害はなかったし、改修できるくらいの設備もあるし。でも、そっちの子がどうするかで改造プランは変わるかな」
私が差し出した打鉄の待機形態を受け取りながらヒカルノさんはそう言うと、やや離れた位置にいた鏡さんに話を振った。
私達の方がISに詳しいからと勝手に話を進めてしまったが、最後に決めるのは考えるまでもなく鏡さん自身である。彼女は少しだけこっちに歩いてくると、勢いよく言い放つ。
「勿論、私もいっしょについて行くよ。あんな奴らのせいでせっかくのイベントが滅茶苦茶になったんだもの、一発くらい殴らないと気が済まないよ!」
鏡さんは「一人だけ逃げるなんてありえない!」と付け足すと、その場でシュッと拳を突き出す。その表情にはさっき鈴と話すまでの私と違い、一点の曇りもなかった。
事情も背景も違うとはいえ、こんなにも悩まないでいられる彼女を、ちょっとだけ羨ましいと感じてしまう。
同時に、さっきまでの自分がますますアホ臭く思えてくる。ごちゃごちゃ悩んでばかりなんて馬鹿だった。戸惑いや迷いなんてさっさと捨ててしまえばよかったのに。
「ふふっ……一発殴る、か。たしかにそうだな。私もいい加減あいつらには頭にきていたところだったしな」
そう思うと、自然に笑みが零れてこんな事を口にしている自分がいた。それを鈴はどこか感慨深そうに眺め、セシリアとラウラは何があったと言わんばかりの表情で見つめていた。だが、二人もすぐに微笑を浮かべると小さく頷いた。
ここにいた全員の気持ちが、一つになった瞬間である。その事を考えると、何とも言えない喜びが胸の中を支配していく。
そんな時だった。ふと窓の外の、かなり離れたところで何かが動いているのが見えたのである。
なぜかそれが、私には無視できないものに感じられてしまった。その衝動にかられてじっと目を凝らすと、暗がりを人が走っているのがぼんやりとだが見えてきた。
――そこにいたのは、あのラファールを纏っていた少女。イザベルが背中を向けて走っている姿があった。
「すみません、少し失礼します!」
それを見た私は気が付くとそんな事を吐き捨て、一も二もなく走って追いかけて行った。
奴は絶対、何かを隠している!
◆
「待て!」
会場の端まで辿り着いた段階で、ようやく何度目かになろうという大声はイザベルの耳に届いた。
もともと距離が相当離れていたうえに彼女の脚は意外に早く、私も色々あった後だったため追いつくのには相当時間をかけてしまっていた。
とはいえ、追いつくことはできた。その事実が焦っていた心にしみわたっていく。
もし仮に彼女を逃がしてしまっては、あの女と戦う際になにか――とても重要なピースを欠かした状態で戦う羽目になる。
そんな予感がしていたから、安心感も並大抵のものではなかった。
「なんの用ですか? 箒さん」
そんな私の内情など知る由もないイザベルはこちらに振り返ると言葉を紡ぐ。まさしく淡々といっていいかのような素っ気ない口調であり、どことなくこちらを避けようとしている雰囲気が漏れ出ているように感じられた。
「こんな夜遅くに、どこに行くつもりだ?」
「……別に、何だっていいじゃないですか」
そう口にしてまた背を向けようとするイザベルの肩を掴み、まだ話は終わっていないという意思表示を行うとすぐさま続ける。絶対に、ここで逃がしてなるものか!
「それと聞きそびれていたが、さっきの戦闘中のラファールはどういうことだ。そして君はなぜあのデュノアのIS乗りに顔が似ている?」
質問ばかり重ねるのもいかがなものかとは感じたが、逃げられる前にぶつけないと一巻の終わりだ。だからこんな風にまくしたてる。もはやあれこれと恥ずかしがっている場合ではない。
「……ノーコメントってわけにはいかないよね、何てったって……君はあの箒だし」
「は?」
意味の分からないことを口にすると、イザベルは私の腕を突き放す。その力は意外に強く、代表候補生である私と同等かそれ以上のものであるとわかる。
そしてそのまま彼女は手を胸に当てると、周囲をゆっくりと光が覆っていく。
「質問には答えられないけど、一つだけアドバイス。自分の中の自分を信じて。君ならきっとできるさ、それじゃ!」
光が晴れ、ラファールを身に纏ったイザベルは昼間ぶつかってわかれた時のような、まるでこっちが本物といわんばかりに似合っている口調でそんな事を口にする。
そしてそのまま翼のような大型の非固定部位のスラスターを噴かせて、遠くの空へと消えて行った。
私はそれに「待て!」という言葉とともに手を伸ばすも追いつかず、打鉄を展開しようにもヒカルノさんに預けたためできない。結果として手は空を切る。
掌が、小さくなっていく光の点を視界から覆い隠すのみだ。
それはまるであの日、旅館であの男を追いかけようとした時のよう。そう感じてしまうと、名状しがたい歯痒さが私の心を覆っていったのであった。