「まさか、久しぶりの相手が無人機とは…………思ってもみなかったのサ」
しっかりと眼前の機械人形を見据えつつ、己が愛機たるテンペスタを身に纏った世界第二位――アリーシャ・ジョセスターフは、装甲を展開していない左腕で頭をボリボリと掻く。
現役時代に「ISバトルならどんな奴でも相手にするのサ」と言ったのは他ならぬ自分ではあったものの、まさか人間ですらない相手から挑みかかってこられるとは。流石に想定の範囲外だった。
歴戦の猛者でも緊張を覚えるし、腕を失ってからの初戦と来れば尚更である。彼女の額から、大粒の汗が一滴滴り落ちた。
「まぁ、いいサ……所詮は勝てばいいだけの話だからサね!」
その宣言に前後して、相対していた無人機――
同じ無人機であるゴーレムとは打って変わって、異様なまでに細い腕をアーリィヘと向けると握り拳を解いて平手を形成。次の瞬間には掌に隠されていた砲口からビームが、彼女の左腕めがけて発射された。
彼女を倒すには残ったほうの――つまりは左腕を潰せば優位に立てるという判断からの行動であろう。
いっぽうのアーリィはエトワールが腕を向けたあたりで、まずは左腕にも装甲を展開。女性らしいたおやかな細腕は、一瞬のうちに武骨な鋼鉄のそれへと変貌を遂げる。
それと同時に非固定部位である左右二対の、曲線を主体としたブースターユニットを稼働。その推力でもってして左へと瞬時に移動し、赤いビームの奔流を紙一重で躱す。
「ビームか、現役時代のころにはあまり流行って無かったサねぇ……まぁ、あの頃のは試作段階だったしナ」
「尤も、お前さん相手に語っても意味のない事サね」と自嘲的に呟いたアーリィがとった次の手。それは欠けた右腕の肩から先に量子展開されたワイヤーを無数に出現させ、瞬く間に人間の腕のように編み込み義肢にするというもの。
さらにアーリィは回避行動をとりながら、冷たい右腕で右目の眼帯を毟り取った。するとそこから、最新式の高性能義眼が露わとなる。
そして最後に右腕にも装甲を展開すると、そこには在りし日の「
「面白いものを見せてもらったお礼サ。本気で行かせてもらうサね」
そう言いながらアーリィは生成したばかりの右腕を突き出すと、その掌を中心にして猛烈な風が吹き荒れる。
名は体を現すという言葉の通り、彼女の愛機「テンペスタ」は自機を中心にした周囲の風を自由自在に操るという特殊能力を有している。風は瞬く間に手に収束し、そして一本の槍が生成されていった。
この能力こそが、テンペスタが世界第二位になれた要因である。
一切武器を持たず、有り余るリソースをすべて回した機動力でもって間合いを詰め、接近戦に持ち込んで倒す。それが彼女の十八番の戦法だった。
「ほいサ!」
アーリィは風の槍を大きく振りかぶり、エトワールに向けて投擲。槍が彼女の手を離れたのと同時にエトワールも手をやや持ち上げ、三発目の掌からのビームを放とうとする。
だが、流石に間に合わないと判断したのだろう。作業を中断して左へと回避しようとするも、そのときには既に槍は目前に迫っていた。風の武器は絶対防御のないエトワールの細い右腕に直撃。それを易々とひしゃげさせ、たったの一撃で鉄屑へと変貌させた。
「そら、まずは私とおそろいにしてやったのサね」
仕留められなかった負け惜しみの色を含みつつアーリィが口にするのと、エトワールが無感動にデッドウェイトをパージするのは同時だった。人と同じ形をしておきながら、四肢を切断されたというのに何の反応も示さない。
その行動は彼女に改めて「目の前の敵は人間ではない」と確認させるには十分だった。
「まったく、気持ち悪いったらありゃしないのサ!」
吐き捨てるように言いつつ今度は風の刀を生成すると両手で握り、瞬時加速を用いて隻腕の無人機に迫る。見るからに大型のスラスターから繰り出されるそれは、並の機体のものとはわけが違う。
コンマ数秒で剣の間合いに辿り付くと、短いモーションで横薙ぎに切りかかっていく。しかし――。
「んなっ!?」
エトワールのあまりに想定外な行動に、アーリィは驚愕の声を上げる。だがそれは無理もない事だ。
なにせエトワールのとった戦法はISの、いや、人間の常識では考えられないものだったのだから。
エトワールはまず上半身と下半身を接続しているジョイントが外され、きれいに半分に分離。そして上半身はスラスターを展開してくるりとアーリィの上を通り抜ける形で背後をとり、やや遅れて下半身は自爆。その衝撃でもって一瞬で正気を取り戻したアーリィをけん制、怯ませる。
そうしてできた隙をついて、エトワールは己の欠損部位を量子展開。瞬く間に五体満足になると、やはり細い右脚から鋭い蹴りを繰り出した。
「クッ……!」
蹴りとはいえ、金属の脚で行われたものである。はっきり言ってしまえば鉄の棒で思い切り殴られたのと何も変わらない。
シールドエネルギーこそ微減で済んだものの、衝撃による隙は馬鹿にならない。現にエトワールはその時間を最大限活用し、両腕から最大出力と思しきビームを迸らせようとしていた。いくらテンペスタといえど、これを至近距離からまともに受けて無事で済む道理はない。
アーリィは短く舌打ちすると、体勢を立て直しつつ再び瞬時加速を使用。回避こそ不可能だったものの、傷口を最小限に留める。
「ふぅ……今のは流石に危なかったサね。さて……もう一度行くのサ」
そう宣言しつつ、再び風邪を収束させ武器を生成していく。今度は左手に細身の剣、右手にやや刀身の短めの剣というスタイルをとり、突撃をかける。
一方のエトワールは左腕でこそ従来通りにビームガンとして使用しアーリィを迎撃していたが、もう片腕は違った。右の掌にぽっかりと空いた穴からは赤色の光の剣が形成されていたのである。
なるほど篠ノ之たちの戦ったゴーレムとは違って、近接武器も内蔵したという訳か。
直接は戦ったことのない旧型機と比較しつつ、アーリィは尚も駆ける。
そして二機は僅かな間隔の後に激突。互いの実体無き剣が激しくぶつかり合うが、すぐにテンペスタが主導権を握る。
同時にもう片腕の剣でアーリィはエトワールの、おそらくコアの存在する位置――ゴーレムのコア収納位置からの推測だ――めがけて刃を素早く突き刺さんとするが、敵の対応も早かった。
先ほどとは打って変わって今度は真っ正面から対応するらしく、もう片腕もサーベルにして自身への直接攻撃を防ごうとするが……一足遅かった。
「ハァっ!」
短い掛け声とともにアーリィの握っていた剣の先端が少し揺らぎ、刀身が新たに長いものへと変化する。唐突な武装のリーチ変更にエトワールは追いつけず、その背中に風の剣の先端を生やす結果となった。
果たしてそこにコアもあったらしく、一撃で目の前の敵はただの人形に早変わりした。
「ふぅ……。なるほど、これは厄介サね」
エトワールが地面に倒れることで生じた音を耳にしつつ、アーリィは呟く。
箒達から「人間にはできない動きもする」とは聞いていたし、実際その映像は目にしていたものの、まさかここまで進化しているとは思わなかった。
それが、彼女が真っ先に抱いた感想である。
「向こうは……」
テンペスタのモニタで、離れた位置にいる残りの専用機持ちたちの戦況を確認する。
学園のブースから一番近い位置にいたのが箒だったため彼女の援護を優先したが、正直エトワール三機に襲われている向こうも気になっていた。加えて、先ほどまでの激戦でアーリィはエトワールの驚くべき性能を知った。
あんな奇天烈な技を使う相手に、教え子たちは無事でいるのだろうか。そう思いながら表示されたウィンドウを視界に入れたが、そこに写っているのアイコンは青が四……いや、合流した篠ノ之を含めて五つだけだった。エトワールを全機破壊できているという事実に、アーリィは胸をなでおろした。
「なるほど、杞憂ってもんだったのサね」
アーリィは辺りにもう敵がいないことを確認するとISを解除。途端に鋼鉄の右腕が消失し、再び隻腕の女性に戻る。そしてそのまま、教え子たちの集合しているであろう方角へと向かって歩を進めた。
ISに乗ったまま移動した方が早いのは当然分かっていたが、しばらく一人で考えたい気分だった。脅威がひとまず去った今、少しくらい遅刻しても構わないだろうとも彼女は思っていた。
「にしても、教え子よりも倒すのが遅いってのもどうなのサね」
「少し腕が鈍ったのかナ」と付け足して台詞を締めると、アーリィの意識は別のことを考え始める。
遂に、連中が本格的に動き出した。なにせ、
「あの子たちに話す日も、案外近いのかもしれないのサね」
いよいよその時が来たとき、あの四人は……特に篠ノ之箒はどんな反応を返すのだろうか。怒りか、悲しみか、それとも――。
それだけは、アーリィにも皆目見当がつかなかった。
◆
――箒たちが新たなる敵と戦っていた、ちょうどその頃。
会場から数十キロ離れた場所にある山に、「彼」はいた。
自身の専用機である白亜の機体を山林の中に鎮座させ、手にしたタブレットとそのISを交互に見やっている。
愛機である白いISのあちこちには激しい傷痕が残っており、装甲も先端部を中心にところどころが欠けていた。また非固定部位の翼から脚部装甲に至るまでハッチが開放されており、整備中だとわかる。
「これは、思った以上に酷くやられてたんだな……」
「彼」は一人呟く。あの男と戦ったときはいつも無事では済まずに手ひどい怪我を負うものだが、今回は特に酷い。パッと見た感じ、もしIS自体の持つ自然回復能力だけを利用するなら一週間ないし十日は戦闘不能とみていいだろう。
そんなに待っていられるほど「彼」は気の長い性格ではなかったし、だいいち状況がそれを許さない。
なにせ連中による本格的な攻撃は秒読み段階に入っていると知ってしまったのである。他ならぬ宿敵――「彼」と同じ顔をし、同じ外見の機体を駆る少年――と戦った際に奴の口から語られた情報だ。間違いなどあろうはずがない。
「彼」は足元に置いておいた工具箱からスパナを取り出すと、さっそく修理にかかった。とはいえこの環境下で、しかも乏しい道具を用いてできることなどたかが知れている。いくつかの部分を直すのと、自然回復を早めるための処置が精々であった。
とはいえ、やらないよりは確実にマシだというのも確かだ。「彼」は時折工具を取り換えつつ、黙々と作業をこなしていく。一時間もかからずにそれらはすべて終わり、それから少年は地面の上に仰向けに寝転がる。
視界一杯に広がる青空を眺めながらあれこれ考えようとするも、頭の中を支配するのは先日の戦いのことばかりだった。
「今回も、ダメだった……」
悔しさを声音に滲ませて、「彼」は呟く。何度も刃を重ねるうちに、こちらも強くなってはいるという実感はあるものの、それでも依然としてかなりの実力差が残っているというのもまた確かだ。
しかも一度戦う度にこうして修理に時間がかかる。こうしている間にも奴らは着々と計画を進めているというのに。
いっそ
しかしその度にちらつくのは、愛機が二次移行したときに「彼」の幼馴染が見せた、悲しそうな顔だった。しかもそれは時が経つにつれてあの日の儚げな笑みに変わっていき、二重に「彼」を苦しめる。
「いや、奇跡に頼るなんてダメだ……今の俺の力で、勝たなければ」
脳裏によぎる弱音と幼馴染の顔。それらを振り払うようにして宣言すると、「彼」は真横に置いていたタブレットを起動させる。
今は亡き天才科学者が作ったそれは、世界中から連中にかかわりのありそうな情報をある程度自動で収集してくれるという優れものであり、戦いを続けていくためには必要不可欠のツールでもあった。
それを開いた途端に「彼」は衝撃とともに、大きく目を見開いた。
「なんだって!?」
書かれていたのは、デュノア社による反乱という衝撃的なニュース。しかもSNSに掲載されていたという写真を見る限り、連中は「彼」の知らない無人機まで投入しているではないか。
もはや計画は秒読みどころか、実行に移されている。
しかし何よりも「彼」の目を惹いたのは、デュノア社の新型を駆る少女だった。なにせその顔は、かつて彼の仲間だった少女のものに瓜二つだったのだから。
そのような光景を目の当たりにしても、「彼」の心の片隅では必死に冷静さを保とうとしていた。あいつらが仲間を弄ぶのは今に始まったことじゃない、怒りで我を忘れると連中の思う壺だ、と。
しかし、その程度の心構えで簡単に収まるものでもない。それなりの時間をかけ怒りを鎮めてから、次に取るべき行動を「彼」は考える。
入ってきた情報によると敵はパリ郊外のデュノア社の実験場まで撤退し、現在はその周囲を制圧すべくフランス軍と戦闘を繰り広げているらしい。制圧後は、獲物がかかるまで籠城する腹積もりだろう。
ならばそこに攻め込めば、戦う機会だけは得られるに違いない。
その時が決着の一戦になる……いや、しなければならない。
そう思いながら「彼」は機体を量子格納してから荷物を纏め、一路パリへと歩を進めるのであった。
新作も始めましたが、こちらをメインにしたいと思います。今回の話書いてて想像以上に楽しかったしスラスラ書けたので。多分三章が終わるまではそうかと。
それでは。