「ゴーレムではない、のか」
眼前のISを見据えつつ、自分に言い聞かせるよう小さく囁く。
襲撃者のISは色こそかつて戦った
あいつのように無骨な外観の大型機というわけではなく、せいぜい私たちより一回り大きいだけ。むしろ、形状そのものは非常にスマートだといえる。
――というより、そもそも私はその外観に見覚えがあった。
「暮桜……」
思わず口から漏れたのは、
そう、その襲撃者は暮桜に酷似してた――いや、酷似というのは正確ではないだろう。なにせ、色以外は全く同一なのだから。
「チッ」
知らず知らずのうちに、目の前の光景に舌打ちする。
どうやら連中は何らかの手段で、千冬さんと同等クラスの戦力を補充することに成功したみたいだ。
ここまで早く解決方法を見つけるとは、流石に想定できるわけがなかった。
しかも最悪なことに、目の前の敵からは……。
「箒さん、この表示は……」
セシリアの掠れる声に無言で頷き、ちらりと機体横に投影させておいたウィンドウを一瞥する。
そこにはでかでかと「生体反応あり」の赤文字が輝いていた。
「……慎重に、戦う必要がありそうだな」
中に入っているのがどこのだれかなど、あいにく見当はつかない。
だが、殺すのはなるべく避けておきたかった。
もし敵が入っていたのならば、捕まえることができれば有用な情報を吐かす事が出来るはずだ。
いっぽう、無関係の人間が無理やり入れさせられている――奴らならそれくらいやりかねん――可能性もある。もしそうならば、それこそ殺せば大変な事になる。
「やれやれ……偽者とはいえ、ブリュンヒルデ相手に手心を加えて戦えと? 無茶ですわね」
「それは重々承知なのだが……やるしかなかろう?」
セシリアの軽口に合わせ、こっちも軽口を返す。そうして少しばかり心を平静に戻してから、より一層険しい目で敵ISを睨み据える。
こっちの所作に反応してか、敵もその手に握っている大型ブレード――
「では――いきますっ!」
その掛け声とともに、セシリアはスターライトmk-Ⅲによるけん制を行い、私は打鉄を一気に加速させる。
「はぁぁぁぁっ!」
接敵し、掛け声とともに刀を振り下ろす。それと同時に、敵もそれを迎え撃つべく剣を向け、ふたつがインパクトしようとする。
その刹那、私はわざと近接ブレードを量子格納させると同時に、敵の攻撃を避けつつ前進する。
迎撃対象がいなくなったことによって敵の剣は空を切ってしまい、僅かながらも隙ができる。
無論、そんな大きなチャンスを見逃すわけにはいかない。
「箒さんっ!」
「ああ!」
相方に返事をしつつ、素手のまま剣を横薙ぎに振るうモーションを行う。
そして丁度中間に差し掛かると同時に剣を再展開。勢いを保ったまま大きく一文字を敵の胴に刻み付ける。
全身装甲と操縦者保護機能を加味した上での、最大威力の一撃。流石に大きく効いたのか、敵はそのままPICが停止したため地上へと落下していく。
念には念をと、セシリアの飛ばしたビットが敵の握るブレードに照準を定めた。その時だった。
敵ISの装甲がまるで雪だるまが溶けるかのようにどろりと崩れ落ち、中から一機の、何の変哲もない打鉄が姿を現したのである。
しかも――。
「相川、さん…………」
黒いISの中に入っていた打鉄の操縦部には、私と同じクラスの生徒・相川清香の姿があった。ISスーツ姿の彼女の瞳は閉じられており、意識がないのが分かる。
「……っ。危ない!」
セシリアの声とともにわれに返ると、相川さんの身体が打鉄から力なく抜け落ち、地面へと急速に落下しようとしているではないか。このままでは大事故は免れない。
慌てて私は瞬時加速を用いて落下地点まで移動し、なるべく衝撃を和らげるようにして彼女の身体を抱きとめる。
それから数秒遅れで打鉄も落下し、轟音とともにスクラップへと成り果てていく。
「間一髪、間に合った……」
冷や汗の滴る顔で私は呟き、それから改めて相川さんの身体を地面にそっと寝かせながら確認してみる。
ぱっと見た感じではあるものの、彼女にとくに目立った外傷はなかった。少しだけほっとしてしまい、ため息が漏れる。
「箒さん、これからどういたしましょう」
「第二アリーナに向かわねばな……鈴が危ない」
正直に言って倒した敵の中から「排出」された女子生徒にかまっていられる余裕などなかった。
だから彼女をアリーナに詰めていた教員に任せて、私とセシリアは急いでアリーナの外へと移動してようとしたが――。
「待って、後は教員部隊に任せてちょうだい。あなた達は下がって」
「……ッ!」
彼女の口から発された、至極まともな発言。それに思わず歯噛みしてしまう。
教員達からすると、これはもう生徒でどうこうできる問題ではないと認識していると捕らえているのだろう。それは何もおかしなことではない。
「あなた達はここで防衛……」
「いえ、私たちが外へ出ます。生徒の防衛は先生方が」
「何を馬鹿なことを!」
だが、私は連中と戦うと決意したのだ。そう言われて「はいそうですか」と返すわけにはいかない。先生の言葉を遮るようにして発言を被せ、否定の意を表明する。
「万が一のことがあったときのために、ここの防衛を強固にする方がよいかと」
「いい加減に……!」
「お待ちくださいな」
先生が声を荒げようとした瞬間、セシリアが会話に割り込んできて続ける。
「外見や太刀筋からも、あの敵が暮桜のコピーであるのは一目瞭然」
「何が言いたいの?」
「織斑千冬も箒さんも、その剣のルーツは篠ノ之流ですわ」
「…………そういうことね」
声には出さなかったものの、私も胸中で先生と同様セシリアの意見に納得する。
千冬さんは私の兄弟子で、幼少期から何度も手合わせをしてきた間柄だ。
私が代表候補生になってからは、お互いISを纏った状態で剣を交えたことだってある。それも一度や二度ではない。
またセシリアも、私を通じて篠ノ之流との交戦経験は多い。
私たち以上に篠ノ之流と戦ったことのある人など、この学園ではアーリィ先生くらいなものだろう。
『なるほどナ…………。黙って聞いていたが、確かに理屈は通るサね』
「アリーシャ先生!」
うわさをすれば何とやら、とでも言えばいいのだろうか。セシリアの主張が終わってからすぐ、司令室にいたアーリィ先生から通信が入る。
こんな時だけあり、その声音は普段の明るいものとは違って真剣そのものであった。
『いいサね。許可するのサ。オルコットと篠ノ之は外に出て迎撃に当たるといいのサ』
「ありがとうございます!」
勢いよくそれだけ返すと、すぐさまアリーナの出口の方へと全力噴射。私が前、セシリアが後ろという布陣で外へと一目散に駆け出していった。
『鈴を助けてやりナ。今のお前達なら出来る、期待しているサね』
最後に
「ちゃんと聞いたな? セシリア」
「ええ、いきますわよ!」
互いに確認しながら、左側のピットへと突入する。
「セシリア……口添えありがとうな」
「ふふっ……良いってことですわ。それに、わたくしもあいつらと戦いたいのは同じですし」
そんな会話をしながら内部へと突入した途端、さっきのと同じIS―黒い暮桜が目に飛び込きた。
「待ちぶせかっ……!」
余りの姑息ぶりに、思わず舌打ちする。ピット内という配置と剣を構えている所から、奇襲を狙っていたのは間違いない。
私はとっさに左側へと全力でブースター噴射を試みたが、さすがに敵の方が早かった。右肩の物理シールドにかすってしまい、少しだけシールドエネルギーが削られる。
「だがっ!」
素早く起き上がると、私は素早く剣を叩きこむ。
刀身はそのまま敵の懐へと吸い込まれるように入っていき、大きくそのシールドエネルギーを削り取っていく。
そして刀を振りぬき、離脱した次の瞬間。四条の熱線が寸分違わず同じ場所――私のつけた傷跡の部分だ――へと殺到する。ビットを自身の周囲に展開したセシリアによる、一斉射撃である。
「……っ! 今度は四十院さんか!」
さっきの繰り返しだとでも言わんばかりに、クラスメイトの四十院さんが溶け出したISから排出される。もちろん、彼女の意識がないところまで同じである。
「……すみません、彼女も頼みます!」
司令室に通信をかけ、それからやってきた教員機が四十院さんを運んだのを確認。そうしてから、私とセシリアは外へと出る。
するとそこには、頭のおかしいとしか言いようのない光景が広がっていた。
「……狂っているな」
「見た感じですが、大会に使われていなかった訓練機は全部餌食になったようですわね」
なんと、そこには八機もの黒い暮桜が待ち構えていたのだ。
いくら本物の
無視してやり過ごせるのなら、そうした方が賢明なのは分かる。だが敵も既に臨戦態勢だ、そうは問屋が卸さないに違いない。
「やれやれ……こっちには、時間がないというのに」
やむを得まい。こうなったら戦うしかないな……。
気合を入れ直してから両手で刀を構えなおし、一番近いところにいる敵――すぐ傍の電柱のうえに立ち、刀を向けている――へと切っ先を向けた。
その時だった。
「箒さん、ここは私にお任せを」
「……正気か?」
妙に強気な発言とともにセシリアが私の肩を叩き、一歩前へと進み出た。
あまりにも予想外の言葉に反応が数瞬遅れた私は、思わず目を丸くして返す。
「ええ。開けた場所に出た以上、この程度の物量差など……物の数ではありませんわ」
その自信は一体どこから来るんだ?
ブルー・ティアーズは一対多を想定しているISなのはわかるし、その最大の特徴であるBTビットはこういった「開けた場所」でこそ最大限の威力を発揮するのも重々承知している。
とはいえ、流石に一人で相手取るのは難しいのではないだろうか。
私がそう思っているうちに、セシリアはビットを全基展開。それらを遥か天高く飛翔させいく。
「本当はあなたとの戦いで初お披露目……いえ、ラウラさんとの対決まで取っておきたかったのですが――こうなっては仕方ありませんわね」
不敵な笑みとともにつむがれた言葉。その直後にビットから光の奔流が四条放たれ、それぞれが黒い敵へと殺到していく。
しかし、自機の近くから放たれる単調なビット攻撃など些細な脅威にしかならない。黒ISどもは各機とも回避行動を危なげなくとり、あっさりと不発に終わってしまう――かに見えた。
「甘いですわ!」
叫び声とともにレーザーは蛇のように不規則な軌道を描き、敵の背後へと再度突撃。
流石に想定外だったのだろう。今度こそターゲットに命中し、ダメージで少しの間のけぞる。
「
搭乗者の意思でレーザーを自由自在に曲げられるその能力は、ブルー・ティアーズ系列機のひとつの到達点。
まさか、そんなものを僅か二ヶ月ちょいの間に手に入れているとは正直、思わなかった。
「あなたと鈴さんのいない時、こっそり特訓しておいたのですわ」
不敵な笑みを浮かべつつ、再び放ったレーザーを操作。今度は四本とも一機だけを標的とし、変幻自在の動きで射抜く。
しかしセシリアはああも軽く言って見せていたものの、偏向射撃などそう簡単に身につくものではないだろう。
その「私と鈴のいない間」には、ずいぶんと血の滲むような努力があったに違いない。
私なんかよりよっぽど迷いなく道を突き進めるんだな、あいつは…………。
ほんの少しの間だけ私がそう考えているうちに、セシリアは「早く行け」と左手でジェスチャーを発してくる。
「すまない……恩に着る!」
早口で伝えてから、すぐさまスラスターを前面開放して最大噴射。急いでその場から離れる。
確かに、偏向射撃さえあればこの場を保たせることは十二分に可能なはずだ。なにせあの能力がいかに数で勝る相手に対して有用なのか、そして単純に厄介なのか。
それは
「頼むから無事でいてくれ、鈴……!」
背後から聞こえてくるレーザーの発射音と爆発音を耳にしながら、私は鈴のいる第二アリーナへと向かって行ったのだった……。
次回は近いうちに掲載いたします。次で一区切りです。