篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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帰省

 時間が経つのは早いもので、IS学園に入学して約一ヶ月が過ぎてしまった。

 丁度ゴールデンウィークにさしかかり、私は今、生家である篠ノ之神社にやって来ていた。

 

「ずいぶんと帰ってない気はしていたが、それもそうか……」

 

 小声で、ポツリとつぶやく。

 温泉街から帰って来て、そこから二週間は海外。その後一か月半IS学園に滞在していたのだから、合わせて二か月は家に帰っていないことにはなる。

 改めて考えてみると、かなりご無沙汰だったのだ。どこか懐かしく感じてしまうのも無理はない……のかもしれない。

 

 しかし数か月でこれなら、もし当初の予定通り保護プログラムが行われていたら……。

 

 そんなことを考えていると思考はずいぶん昔の事柄にまで飛び火していき、空恐ろしい空想が頭の中を過った。

 しかし、空恐ろしいと同時に胸の奥で何かが叫んでいるような気もする。

 

 まるで一度それを経験していたような。そんな感覚。

 そしてそれを自覚した瞬間、目の前に映る家が更に懐かしく感じられるような錯覚すら覚えたが――鳥居をくぐったところで姉さんの姿を見た途端、それは霧散してしまった。不思議なこともあったものである。

 

「やぁやぁ、お帰りなさい箒ちゃん。学校の方はどうかな?」

 

 相も変わらず奇妙な格好をした姉さんは土倉――今は研究室になっている――の方から駆け寄りつつ、テンションの高い声でそう尋ねてくる。場所が場所なだけに、格好も声も不釣り合いなものに感じられてしまう。

 

 

「…………まぁ、それなりには楽しいですよ。セシリアも鈴もいますしね」

 

 それはそうと、姉さんの問いかけに答えるのにはたっぷり数十秒の黙考が必要だった。

 

 鈴やセシリアたちとの特訓やバカ騒ぎは確かに楽しいし、以前にもまして笑顔でいる機会は増えたとは思う。

 だがラウラとの一件もあるし、それに何より私はそんな日々にどこか「欠落感」のようなものを感じずにはいられない時があるのだ。

 

 それを意識する度、どうしようもない違和感が私を支配する。

 

「そっかそっか~。箒ちゃんは男漁りができないのが不満なんだね! だからそれなりなん……むぐっ!」

「何アホなことを言ってるんですか! そりゃまぁ、私だってちっとも興味がないわけではない、ですが……」

 

 姉さんを締め上げつつ(さすがに少し手加減してはいるが)そこまで口にしたところで、ついつい言いよどんでしまう。

 声に出した通り、私だって男性との付き合いとかに興味はないわけではない。年頃の女なのだから当然といえば当然なのだが。

 しかし、それと言いよどんだ理由は何か別なところにある気がする。そう思えてならなかった。

 

「まぁいい出会いもその内あるって! ……それより、ずいぶんと力も強くなったねぇ……結構鍛えられたのかな?」

 

 私が締める手を緩めると、間髪入れずに姉さんは抜け出しながらそう口にする。

 

どうやらこの一ヶ月の猛特訓で、ほんとうに鍛えられていたらしい。アーリィ先生を心底疑っていたわけではないが、部外者からそう言われると実感が持ててどこか嬉しくはなる。

 

「さて、おふざけはこのくらいにしておいてっと……。そろそろ本題に入ろっか。あまり時間もないんでしょ?」

「ええ……明日の学年別トーナメントの準備もありますから」

 

 感慨にふけっているうちに発せられた姉さんの言葉に慌てて返答する。

 今日帰省したのは、昨晩姉さんから「大事な話がある」という内容のメールを貰ってから決まった事なのである。

 

「それじゃあ、着いてきて。さすがにここじゃあ話しにくいし」

 

 それだけ言うと姉さんは背中を向け、土倉の方へと歩を進める。それに連れられて私も土倉の中へと移動する。

 古めかしい建物の外観とは裏腹にコードや機械類、モニターで内部はデコレーションされており、一種のミスマッチさを感じずにはいられない。

 

「それで……話というのは」

「奴の使う技術について、分かったことがあったんだ」

 

 姉さんは鉄製の椅子に座りながらそう口にし、それから手元のリモコンを操作する。すると、正面のモニターに敵の白いISがサイレント・ゼフィルスを刺殺している場面が大写しになった。

 

「こいつの剣が雪片にそっくりなのは前にも言った通りだし、箒ちゃんも気づいてはいるでしょ?」

「ええ」

 

 首肯しながら、私は奴の手にしていた刀をもう一度凝視する。確かに手にしているのは雪片だ。

 特徴的な零落白夜の光が迸っている点からも、それは間違いない。

 

「だけどね、束さんはもう一つのヒントをあの剣から見つけたんだ」

「もう一つの、ヒント?」

 

 まったく見当もつかずに首をひねっていると、姉さんは正面のモニターに奴の剣の拡大画像を表示させる。

 奴の剣は、前後へとスライドする装甲の隙間にビームの刃を形成するという変わった方式をとっている。

 おそらく、これが何か重大な意味を持つのだろう。

 

「うん。奴の剣には、展開装甲って技術が使われていたんだ」

「展開、装甲……?」

 

 姉さんの口から発された用語を、おうむ返しで口にする。

 初めて聞いた言葉なのだが、どこか懐かしい。そんな気もしないでもない。

 

「そう。第4世代型ISのセールスポイントとして束さんが用意していたんだけど、結局完成しなかった技術。それがあいつの剣には使われている」

「……やはり、連中の方が姉さんより技術力は上なのか」

 

 無人機や男性操縦者を持っている以上、わかりきっていた事ではある。

 にもかかわらず、思わずそう口にしてしまった。

 

「束さんも最初見たときは「まさか」と思ったよ……けど、どう見てもそうだとしか思えないんだよね」

「それで、その展開装甲というのはどんな装備なんです?」

「早い話が万能装備だね。パッケージ(装備一式)を換装せずとも、状況や用途に応じてその場でしゅばばっと切替可能な装甲と武装。そういえば分かるかな?」

 

 字面から可変式の装甲とは容易に想像がついたが、まさかここまで凄まじい代物だったとは。

 思わず絶句すると同時に、かなりの危惧感を覚える。

 現在はまだ奴のIS程度にしか装備されていないが、量産化されて無人機にも積まれだしたりでもしたら……。

 

「大丈夫、まだ使われてるのは武器だけっぽいから。あの白いのの本体には使われていない」

 

 こっちの不安を察したのだろうか。姉さんが気遣うように口にする。

 実際完成し、試作品が戦場に出ている以上は気休め程度でしかないのかもしれない。だが、それのおかげで幾分か冷静になれたのも事実である。

 ――だからだろうか。さっきまでは考えもしなかった「ある可能性」が急に頭の中に現れたのは。

 

 もし私の考えが正しかったのならば、連中は恐るべき計画を実行に移そうとしている……!

 

「ところで姉さん、その展開装甲というのは誰でも使用可能なのですか?」

「使うだけならまぁ、誰だってできるよ。けど、完全に使いこなすとなると話は別だね。ベリーハードってヤツだよ」

 

 おそるおそる確認のため問いかけてみたが、その答えは予想通りかつ最悪のものだった。

 

「個人差はあるとはいえ、代表候補生クラスでも半分引き出すのが精々だろうね。それこそ、完全に使いこなせる人となったら……」

「織斑千冬……世界最強(ブリュンヒルデ)くらいのもの、ですか?」

 

 言葉を遮る形で口にしたそれを聞くと、姉さんは神妙な顔つきで頷く。

 そしてそれから、今度は私に問い返してくる。

 

「よく分かったね。どこかで何か掴んだの?」

「はい、実は……」

 

 そのまま私は、ドイツでラウラが経験したという一連の事件について話した。

 国家機密等もかかわる以上は面と向かってでしか話せないとは元々思っていたし、元々話そうとは思っていたことではある。

 尤も、こんな形で口にするとは思ってもみなかったのだが。

 

「最強のISと最強のパイロットを量産し、配備する……それが奴らの計画なのかもしれません」

 

 最後にそう付け足して締める。

 姉さんはずっと神妙な顔で黙って聞いていたが、私の話が終わるやいなや「確かに、ない話じゃないと思う」とだけ口にしてから続ける。

 

「というか、そう考えた方が自然かも。ちーちゃんのクローンと第四世代ISがあれば、敵う相手なんて誰もいないだろうし……世界征服だってできちゃうかも」

「世界征服……」

 

 普段なら「ま~た姉さんの誇大妄想が始まった」とでも笑い飛ばすところだろう。

 しかし、今回ばかりはそうも行かなかった。なにせ相手の規模や技術が、いやというほど説得力を付与させているのだから。

 

「研究データを奪えなかった以上、今のところは安全かもね……代替案だって、そう簡単には実用化できないとは思うし」

 

 私は「そう……ですね」と軽く相槌を打ちつつ、今まで戦ってきた相手についてもう一度思い出してみた。

 

 まず思いつくのは無人機(ゴーレム)だが、あれが展開装甲を操れるほどのAIを積んでいるとは考えにくい。

 確かに柔軟な思考回路こそ積まれているものの、所詮は無人機の範疇を出ていない。精々が代表候補生レベル――もしくは、それより若干下だ。

 

 次にお抱えの操縦者――玲夜やゼフィルスのパイロット――についてだが、確かに手強かった。

 しかし、国家代表レベルか言われると疑問が残る。

 

「けど、どの道もうこれは箒ちゃんの……いや、子供の出る幕じゃないよ。流石に危険すぎる」

 

 真面目な顔を崩さない姉さんは、諭すように告げてくる。

 確かに、私自身代表候補生レベルを大きく逸脱した事件になっているというのは感じてはいるし、大人しく守られた方がベターだというのも分かる。

 ――だが、その忠告はどうしても受け容れられなかった。

 

「嫌です」

 

 そう思った途端、自分でもびっくりする位自然に口が動いていた。

 私の言葉にしばらく目を丸くしていた姉さんだったが、しばらくして元に戻ると「どうして?」とだけ短く聞いてきた。

 

 さて、どうするべきか? あの夢について話すべきか……。

 

 ほんの少し逡巡したものの、すぐさま決心はついた。ここを逃せばもう、自力であいつにたどり着く事はできなくなってしまう。

 隠し通している場合では、断じてなかった。

 

「実は――」

 

 意を決して声に出し、今までの不可解な事象について洗いざらいぶちまける。

 

 夢に出てきた男のこと。

 例のISのこと、雪片のこと。

 夢の中で殺されたこと。

 鈴の悪夢と酷似していたこと。

 そして――ときおり現実で、奇妙な既視感に襲われること。

 

 全て話し終えたとき、意外なことに姉さんの顔は明るかった。興味津々といってもいいかもしれない。

 

「信じて、くれるんですか……?」

「まぁね。普段の束さんならこんなの信じなかっただろうけど、今回は流石に……ね。前にも言ったと思うけれど……」

「多少非現実的な方が、それっぽい……ですね」

 

 またしても、続きを横取りして口にすると「ご名答♪」という明るげな声が返ってきた。

 

「それで、許してはくれますか……?」

「箒ちゃんの事情は分かったし、首を突っ込みたくなる気持ちも分かったよ。けど……実際問題、どうするつもりなの?」

 

 私が質問すると、さっきまでとは一変して再び真面目な顔つきに戻った姉さんにそう問われる。

 委員会のような組織に依頼するとなると、間違いなく介入できなくなってしまう。

 つまり、私達だけで何とかするための人脈や戦力が必要になってくる。姉さんの疑問も至極当然といえるだろう。

 

「そのことについてなら、考えがあります。明日からの学年別トーナメントで私たちの誰かがラウラに勝ち、再びあいつに共闘を持ちかけます」

「向こうも国の命令にこっそり背いてるんだもんね……上手くいけば味方にはなってくれるだろうけど……」

「大丈夫。ちゃんと勝てます」

 

 一点の曇りない自信でもって、私は口にする。

 そのために今日まで必死に訓練してきたのだ。絶対に負けるわけにはいかない。

 

「……オッケー! そこまで言うならいいよ、束さんと箒ちゃん達だけで何とかしよう!」

「はい!」

 

 姉さんの言葉に私も大きく頷いて返すと、直後姉さんは穏やかな笑みを浮かべる。

 それは十年近く一緒に暮らしてきたにも関わらず、初めて見る表情であった。

 

「それにしても……変わったね、箒ちゃん」

「どこがですか?」

 

 やばい、本当に分からない。

 そんなに変わったところがあるなどとは、とても自分では思えないのだが……。

 

「どこか臆病というか、自分がないというか……そんなトコがあったのに、今はほとんど感じないよ」

「そう……ですかね?」

「うん。成長したっていうのかな、こういうのって。束さんは変わり者だからよくわかんないけど」

「自分で言いますか」

 

 私が苦笑している間に姉さんは細長い「何か」を机の下のガラクタの山から引っ張り出し、私の前に差し出してくる。

 

「これ、は……?」

「篠ノ之家に伝わる刀、確か名前は……緋宵、だったような」

「名前はいいですが、どうしてそんなものが……?」

 

 こんなところにあるのか、姉さんが持っているのか等色々と尋ねたかったが、あまりにも唐突過ぎて上手く言葉にできない。

 そうしているうちに、姉さんは続ける。

 

「なんかお父さんが昔くれたんだよね。ちょうど保護プログラム云々を阻止しようって時にさ」

「そう、だったんですか……」

「でもどうしてこんな物をくれたんだろうね? 束さんが剣については疎いの知ってる癖に」

 

 そんな事を言いつつも、姉さんの表情は満更でもないといった風だった。

 口下手なあの人の事だ。どうせ「困難が待ち受けていても切り開いていけるように」という願いでも込めて渡したんだろう。

 

 

「分かりました、こいつはもらっていきます。確かに姉さんが持っていても宝の持ち腐れでしょうしね」

 

 悪っぽい笑みとともに、姉さんの手から日本刀を受け取った。刹那、ずしりとした重みと、懐かしさが一気にこみ上げてくる。

 

「言ったな、この~!」

「それじゃあ、私は明日の準備もあるのでこれで! もう話すこともないですよね?」

「うん……あっ! 箒ちゃん!」

 

 私が背を向け、ゆっくりと出口にまで歩いていったその時。姉さんが呼び止めたので振り向く。

 

「ここまで大口叩いたんだからね? ……勝ちなよ」

「言われるまでもありません」

 

 それだけ短く口にすると、今度こそ外へと出て行く。

 まだ日は高く、これなら夕方前までには学園に戻れそうだ。

 

「待っていろよ……」

 

 それはラウラに対してか、それともあの男に対してか。

 誰に向けたか自分でも分からない言葉を呟くと、私は長い石段を駆け下りていった。




あと4話で第二章はお終いの予定ですので、今の章では今回のみ単発の投稿です。
なんか非常に遅れてしまい申し訳ない。

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