ヤムーさんがスピードを落とし、高度を下げて着地した場所は、人気の無い岩場だった。
そしてそこには界王神様の予測通り、魔導師バビディの拠点が――宇宙船があった。
私達も地上に降下し、気付かれないように遠くの岩陰に身を隠しながら様子を窺っていると、程なくして宇宙船の主と思わしき人物が姿を現した。
緑色の小さな物体。
地球に住むどんな獣人とも似つかない容姿をしている彼が、件の魔導師バビディらしい。
彼は両脇に二人のお供を連れており、内一人の赤い肌の大男の姿を認めた途端、界王神様達が顔色を青くして言った。
「あれは、魔王ダーブラ! バビディめ、魔界の王まで配下にしていたとは……」
「ま、まさかダーブラとは……!」
キビトさん、界王神様共に明らかに恐れを含んだ声音だった。
どうやらあの大男もまた、大宇宙の神様すらをも恐れさせるほどの怪物らしい。
「誰です? ダーブラって……」
「この世界とは違う、暗黒魔界というもう一つの世界の王です。この世界でのナンバーワンは貴方達と孫悟空さん達の誰かなのでしょうが、その世界での一番は間違いなくあのダーブラなのです……!」
暗黒魔界――この世界とは違う世界。あの世でも聞いたことのないその話には若干興味を引かれるものがあったが、今はそんなことを詳しく聞いている場合ではなさそうだ。
しかしそれほどヤバい奴が居るとなると、やはりビーデルさんは着いて来なくて正解だったようだ。
「……大誤算でした。ダーブラとバビディのコンビと言うのは……」
魔導師と魔王が相手となると、その字面だけでも確かに面白くない。
こんな時、悟空さんなら彼らと戦うことを寧ろ楽しみにするのだろうけど、生憎にもピッコロさんはともかくとして私と悟飯は彼ほど戦いが好きなわけではない。
だけど、目の前に居る脅威が怖いとは思わなかった。
それは悟飯にピッコロさん、界王神様にキビトさんと、頼もしい仲間が揃っているというのももちろん理由の一つだけど、やはり一番の理由は私自身にも彼らと共に戦える力が備わっているからだろう。
そういう意味では、不本意でも私に力をくれたベビーには感謝していた。
「悟飯、君なら、あのダーブラっていう奴を倒せるかい?」
「え? まあ、倒せると思いますけど……」
「流石、頼もしいね」
悟飯にも自信の程を聞いてみたが、彼はこちらの期待通りの言葉を返してくれた。
まだダーブラとやらの本気を見ていないからわからないことは多々あるけれど、彼に限っては少なくとも戦いに臆している様子は微塵も見えなかった。
そんな彼だから英雄なのだと、私は心から思う。
「見ろ。あいつら、様子が妙だぞ」
私達の会話を遮り、ピッコロさんの言葉がバビディ達へと意識を向けさせる。
何やらヤムーさんがバビディと話をしているようだが、ここからでは遠くて何を言っているのかわからなかった。
「なんて話しているのですか?」
「ヤムーがバビディに、戦力をもっと寄越せと言っている。目の前で仲間が簡単に倒されたのを見て、自分だけではエネルギーの回収が出来ないと思ったのだろう」
「賢明な判断だね……あの人も本当は、案外臆病な人なのかも」
こういう時は、ピッコロさんのナメック星人特有の優れた聴覚が頼りになる。
話によると私がスポポビッチさんをやっつけちゃった時、ヤムーさんが慌ててこっちに飛んでいったのは、やはり親玉のバビディに救援を求めたかったからのようだ。
そう考えると、私達がすぐに彼の後を追いかけたのも正解だったのだろう。ここは人気の無い岩場だからまだしも、武道会場のような大勢の人が集まる中で派手な戦いを始めることになったら、私の時のように間違いなく大きな被害が出てしまうから。
「バビディとか言うの、なんだか怒っていますね」
「奴からしてみれば、エネルギーの回収も出来ずに逃げ帰ってきたのですから……バビディとて貴方達のような人間がこの星に居るとは思わないでしょうから、当然でしょう」
自分の手には負えないイレギュラーな事象が発生した時は無暗に対処に当たらず、上の立場への人間へと報告を行う。ヤムーさんの対応は極めて迅速かつ的確だったと私は思うけど、どうやらバビディにはそれが気に入らなかったようだ。
――そして次の瞬間、ヤムーさんの身体が爆発し砕け散った。
それは、一瞬の出来事だった。
バビディが何か呪文のようなものを唱えた次の瞬間、ヤムーさんの身体が体内から膨張し、破裂していったのである。
「あ、あいつら仲間を……なんて奴だ!」
何の躊躇も無く、無邪気な子供が道端の蟻を踏み潰すように、バビディは自らの配下を殺したのだ。
魔導師の無慈悲な蛮行に悟飯が憤り、私も同じ感情を抱く。
――殺したのか、自分の部下を……。
操られているだけだとしても、ヤムーさんだって彼の仲間だった筈だ。
それを、こうも簡単に……あのチビは、自分の気分一つで仲間を殺すのか。
「なんだ、それは……!」
あのベビーだって、仲間意識は持っていた。その感情は歪ではあったけど、同じ思いを共有していた私のことをツフル人だとまで言ってくれた。
あいつは、バビディは違うのか?
自分の魔術で支配した者だとしても、あのチビは部下を、仲間を仲間とすら思っていないのか?
――人の心を、命を何だと思って……!
この三年間、しばらく抱いたことのなかった感情が、私の中で高ぶっていくのがわかる。
強い者が圧倒的な力を持って弱者を踏みにじっていく――それは私の過去を、薄れていた憎しみを蘇らせるには十分なものだった。
「っ!? 気をつけろ! バレているぞ! 俺達のことが!」
ただでさえ「気」の制御が拙い私だ。感情の高ぶりによって「気」を上げてしまった結果、どうやらバビディ達に私達の隠れている場所が気付かれてしまったらしい。
瞬間、バビディの隣に立っていた赤い大男――ダーブラが物凄いスピードで突っ込んできた。
「それが……どうしたっ!」
「ネオンさん!」
だが周りよりも「気」を上げていた分、私は完全に「気」を消していたみんなよりも速く反応することが出来た。
気を解放して一気に空中へ飛び出すと、私は急迫してきたダーブラの胸板に渾身の蹴りを叩き込んでやった。
「……っ!」
ダーブラとしては、隠れていたつもりの人間がまさかすぐに反撃に転じてくるとは思わなかったのだろう。
防御に関しては全くの無防備であり、私が蹴り飛ばしたダーブラは数百メートル先の岩盤に叩き付けられるまで吹っ飛んでいった。
「な……なんという……」
「お見事!」
怒りっていう感情は時に判断力を低下させることもあるが、時に予想以上の力を引き出してくれるものだと私は思う。吹っ飛んでいったダーブラを見て界王神様とキビトさんが唖然とし、悟飯が拍手を送ってくれた。
だが、流石に今のはこちらの不意打ちがたまたま効いただけだ。ダーブラはまたすぐに起き上がってくるだろうし、一切気を抜ける状況ではなかった。
「……あのダーブラとかいうのは、私がここで食い止めます。界王神様達は、この隙にバビディをやっつけてください」
「は、はい……で、ですが気を付けてください。ダーブラの吐く唾は、触れた者の身体を石に変えてしまうのです」
「わかりました。貴重な情報、ありがとうございます」
ダーブラは暗黒魔界という世界では最強の戦士なのだそうだが、今この場での脅威はそんな彼すらも支配下に置いている魔導師バビディである。だから私は、彼の情報を良く知る界王神様達を先に行かせることにした。
今の私の力がどこまで通用するかはわからないが、界王神様達がバビディを倒すまでの足止めぐらいなら出来る自信はある。……私の手であのチビミドリを殴れないのは、少し残念だけどね。
そんな思考を界王神様に読ませてあげると、彼は心なしか引きつった表情を浮かべながらピッコロさんやキビトさんと共にバビディの元へと向かっていった。
「僕も一緒に戦いますよ。あのダーブラって奴、もしかしたらセルと同じくらい強いかもしれない」
「えっ、そんなに強そうなの?」
界王神様達はバビディの相手をしに飛んで行ったが、その中でも一番強い悟飯はここに残ってくれた。
それはダーブラの恐るべき強さの証でもあるけど、なんだかこの時私は、不謹慎にも嬉しかった。
生まれ変わる前に彼とは一度、こうして一緒に戦ってみたいと思っていたのだ。三年前に迷惑を掛けた分まで、今度はとことん彼の味方をする。
それが私の、私自身への誓いだった。
「……君が一緒なら心強い」
「お互い様ですよ、それは」
……だけど、グレートサイヤマンとかいう奇抜なコスチュームをしているからかな? 大人っぽく成長した今の悟飯の姿は頼もしいのに、どこかシュールに見えてしまった。
そうこう話している間に、ダーブラがマントをはためかせながらこの場へと戻ってきた。
「貴様が、ヤムーの言っていた小娘か。確かに、あんな雑魚の手には負えないわけだ……」
「そうかい? だけど、こっちの子はもっと強いよ」
「なに?」
「そうだ!」
やはり先ほどの不意打ち程度では大したダメージにはならなかったようで、案の定ダーブラはピンピンしている様子だった。
彼が本当にあのセルと同じぐらい強いのだとすると、私一人で倒すのは些か難しいかもしれない。だが、こっちにはそのセルをも倒した少年がついているのだ。これ以上、頼もしい味方はいない。
私の紹介を聞いて、ダーブラが悟飯の顔へと目を向ける。すると今度は、悟飯の方から堂々と名乗りを上げた。
「悪は絶対許さない! 正義の味方っ!」
マントを振り払い、シュッ!ババッ!と擬音でも付いてそうな軽快かつコミカルな踊りを披露しながら、彼は勿体ぶった口調で言い放つ。
迫真の勢いで両手を広げたかと思うと、何故かダーブラの額に刻まれているアルファベットの「M」のマークを揶揄するような形を、その腕で象った。
そして彼は、高らかに言い放つ。
「グレートサイヤマンだぁーーっ!!」
……それは、何と言ったらいいかわからない感情を私に植え付けてくれた、見るも見事な自己紹介であった。
数拍、いや、数十拍もの沈黙が、私達の居るこの空を流れていく。
悟飯……君はこんな時に一体何を……そうか!
時間稼ぎだ! 悟飯がなんで突然こんな奇怪なポーズを取り、お子様チックな口上を披露したのか考えてしまったが、これが時間稼ぎだと思うと辻褄が合う。
なるほどね……あえて妙な空気を作ることによって界王神様達がバビディを倒すまでの時間を稼ぎ、かつ私の緊張を適度に和ませる――流石だよ、悟飯。
そんなことを考えながらダーブラの出方を窺っていると、彼は謎ポーズのまま固まっている悟飯へと睨みを効かせ、肩を震わせながら言った。
「なめるのもいい加減にしろよ小僧っ! まずは貴様からだ! 徹底的にいたぶって八つ裂きにしてやる!!」
……どうやら彼の渾身の時間稼ぎは、ダーブラにとってはふざけてやっているようにしか見えなかったらしい。
一連の動作に、自分のことを馬鹿にされたと思ったのだろう。額に青筋を浮かべながらそう叫ぶダーブラの心情を、少しわかってしまいそうな自分が悔しかった。
「ふっ……どうかな?」
だが、茶番はここまでだ。いきり立ったダーブラの態度を見て悟飯もそう判断したのか、ポーズを解除するなりサングラスを外し、肩に掛けていたマントも脱ぎ捨てた。
そして……彼の目つきが変わる。
「はあっ!」
瞳の色が黒から水色へ。
膨れ上がった「気」の嵐が頭に巻いていた白い布を吹き飛ばし、その髪が黄金色に変わる。
「これが、
今にも飛び掛かろうとしていたダーブラが悟飯の変化に驚き、そして溢れ出る光の眩しさから動きを止める。
だが驚くのはまだ早そうだと、私は私の英雄の更なる変身に目を移した。
「そして、これが……超サイヤ人を超えた超サイヤ人だ!」
超サイヤ人化によって爆発的に膨れ上がった「気」の総量が、さらに大きく跳ね上がっていく。
身を覆うオーラがより激しく猛り、青白い稲妻が包み込む。
揺れる大気は、まるで地球が恐怖に震えているかのようであった。
そう、この姿こそが超サイヤ人を超えた超サイヤ人――悟空さんが言うには、「超サイヤ人2」という姿だ。
「いきなり飛ばすね、悟飯」
「ネオンさんもお父さんも、時間が限られているんだ。こんな奴に時間を掛けていたら、せっかくの一日が無駄になってしまうでしょう?」
「そうか……気遣いありがと」
三年前と同じく、凄まじい「気」だ。それは、一度だけあの世で見せてもらった悟空さんの「超サイヤ人3」ほどではないかもしれないが、その迫力も、エナジーも、三年前と比べて何ら衰えてはいなかった。
「ネオンさんは、どこまで極められます?」
「今の私が超サイヤ人を超えた戦いに着いていけるのかが心配なら、その心配は無用だと言っておくよ」
セルと同じくらい強そうなダーブラと、超サイヤ人2に変身した悟飯。その二人の戦いに割り込むとなると、確かに生半可な力では悟飯の足を引っ張りかねないだろう。
だけど、今の私ならまだなんとか大丈夫だろう。最後だと思っている分、普段よりも気合いは入っているし、何しろこの心は目の前で凄惨な光景を見せてくれたバビディに対する「憎しみ」で溢れている。
これだけの条件が揃っていれば、私も
「それに、ビーデルさんと約束したんだ」
ここで最も優先するべきは、魔導師バビディを倒すこと。それは、宇宙の平和を考えれば当然のことだ。
だけど私の……ネオンにとって最も優先するべきなのは、この世に帰ってきてからいつだって、一つしかなかった。
「君を守るよ、悟飯」
ただ、それだけの為に――周りからは不純に思われるかもしれないけど、その思いは何よりも純粋だと私は思っている。
かっと目を見開き、体内に眠っている力を全面に解放する。
瞬間、私の中で「気」の性質が変わっていく。
そしてそれと同時に、瞬く間に目の色や髪の色、身に纏うオーラの色も変化していった。それこそ今しがた悟飯が見せてくれた、超サイヤ人への変身のように。
「ネオンさん……その姿は……!」
「……大丈夫だよ。今の私はちゃんと、混じりっけなしのネオンさ」
私の変身に驚く悟飯の目には、明らかな心配の色が窺えた。
それもそうだろう。今の私の姿は三年前の、ベビーとの同化が進行した時と同じ姿なのだから。
瞳は青く、髪は白銀に染まった姿。だけど今の私の心にベビーは存在しておらず、間違いなく純粋なネオンだった。
黄金と白銀――悟飯と比較した際にお互いの色が丁度対になっているのは嬉しいのやら悲しいのやら、何とも複雑な気分だった。
「そうだね……ベビーの力を持った地球人のフルパワー……君達風に言うと、
……先ほど、私はヤムーを散々利用した挙句虫けらのように殺したバビディに憎しみを抱いた。
だけど考えてみれば、私だって似たようなことをしている。
私もまた、ベビーから力の一部を貰っておきながら、ベビーをこの手で殺している。違うのは、その行動が世界の為になったかどうかということだけだ。
だから私は、せめてこの力は正しいことだけに使っていきたいと思った。
ネオン視点なので作中では語られませんが、この時天下一武道会では原作通りバトルロワイヤルが行われており、ヤムチャさんとクリリン、18号さんとマイティマスクがそれぞれミスター・サタンそっちのけで激突しています。結果は恐らく、原作と同じに展開に収束していくかと。