僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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リョナフラグ撃破! 勝つのは私だ

 

 

 天下一武道会第一回戦の最中、不穏なことが一度に起こった。

 

 悟空さんとベジータの試合に割り込もうとした怪しげな二人組から、それは始まった。

 ヤムーとスポポビッチ。この天下一武道会の出場者に名前を連ねていた二人が一体何を思ってそんな行動を起こそうとしたのか気になった私は、瞬間移動で彼らに直接話を聞きに行くことにした。理由が何であれ、まずは事情を聞かなければ始まらないと思ったから。

 だけど、そんな私に対する彼らの反応は……言葉ではなく大きな拳だった。

 二人の内大男の方――スポポビッチさんがいきなり、有無も言わずに殴りかかってきたのだ。

 

 だから、私は……

 

「てい」

 

 ……反射的に、つい彼の額にチョップを喰らわせてしまったのである。

 そして彼の巨体が私の足元に倒れ込み、それきり動かなくなった。

 

 「ぐひひっ」とか変な笑い声を漏らしながら飛び掛かってきた彼に、少々身の危険を感じてしまって……つい手が出てしまったのだ。

 もちろん私なりに加減はしたつもりだし、一瞬ひやっとしたけど彼は気絶しただけでちゃんと生きてはいるようだった。

 

「スポポビッチが一撃……? まさか、こいつも……!」

 

 スポポビッチさんと一緒に居たもう一人の男、ヤムーさんは泡を食ったように舞空術で飛び上がり、空の彼方へと飛び去って行った。

 それは丁度、悟空さんとベジータの二人が試合をほっぽり出してどこかへ飛び去っていったのと同じ頃のことだった。その為か観客の視線は悟空さん達に集まっており、大きな騒ぎにならなかったのは幸いだったと言えよう。

 

 しかしこのスポポビッチさん、チョップ一発で倒しておいて言うのもなんだけど、随分と人間離れしていたように思う。襲い掛かってきた時のスピードは中々速く、舞空術を使えたことと言い、飛び去って行ったヤムーさん共々ただ者ではないように感じた。

 だけどそんな二人が一体、悟空さん達に何をしようとしていたんだろう? そう言えばヤムーさんが何やら変な機械を持っていたような気がするけど、もしかしたらあれが何か関係するのかもしれない。

 ともかく本人に直接聞いてみなければ、私一人では何もわからなかった。

 

「……先を越されてしまいましたね」

 

 そして私が気絶したスポポビッチさんの身体を医務室に運ぼうとした時、昼食後に悟空さんに挨拶を交わした――それぞれ「シン」と「キビト」と名乗っていた二人の男が、悟飯とピッコロ大魔王さんを後ろに伴って姿を現した。

 ヤムーさんの飛び去っていった方角を見上げながら、緊張に強張ったような表情でシンさんが言う。

 

「これから、あのヤムーに気付かれないようこっそり後を着けます。もしよろしければ、私と一緒に貴方達も来てください。とても、助かります」

 

 唐突に放たれたシンさんの言葉に、私は返答を迷う。

 様子を見るに、どうやら彼と、彼に連れ添っているキビトさんは何か事情を知っているようだった。

 悟飯とピッコロ大魔王さんはどうするんだろうかと彼らに目配せしてみると、悟飯も事情を飲み込めていない様子で頭を掻き、しかしピッコロさんの方はシンさんの言葉に迷いなく頷いた。

 

「ネオン、この方は界王神様だ。お前も大界王星で修行をしていたのなら、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」

「界王神様……? この人……じゃなくて、このお方が?」

「そうだ」 

 

 ピッコロさんから明かされたシンさんの正体に、私は驚く。

 界王神様というのは、大界王様も含めた全ての界王様達の神様の名前だ。もちろんその神格は誰よりも高く、この世とあの世のどんな魂よりも偉く高位な存在である。

 だけどそこまで次元が違いすぎると、根が小市民である私にはどう反応したら良いものかわからなかった。とりあえず、彼の前では頭を低くした方が良いだろうか? そんなことを考えていると当の彼はキビトさんと共に武道会場から飛び立ち、ヤムーさんの後を追い掛けていった。

 

「俺達も行くぞ、悟飯」

「は、はい」

 

 続いてピッコロさんが飛び立ち、悟飯も後に習おうとする。

 だがその前に、彼はこちらを向いて私の意志を確認してきた。

 

「ネオンさんも行きます?」

 

 それが気遣いに感じたのは、少し自惚れすぎだろうか。不穏な雰囲気を感じ取り、死人である私を巻き込むことに抵抗を感じたのかもしれない。

 確かに私は悟空さんのようにそこまで戦いが好きなわけではないし、性根の部分では昔も今も臆病な人間のままだ。好き好んで危険に飛び込んでいく主義ではないと、自分では思っているけれど……

 

「私も行くよ。よくわからないけど、界王神様ほどのお方が出向くほどのことだから、きっとただ事じゃないんだろうし。それに……何か、嫌な予感がするんだ」

「……僕も、そんな気がします。でも無理はしないでくださいね」

「ははっ、死人に無理も何もないよ」

 

 一生――という表現を死人が使うのはおかしいが、この件に関しては放っておくと一生後悔すると思ったのだ。

 いつだったかあの世で界王様から聞いたことがあるけど、界王神様というお方は界王様ですらお会いしたことがないほどに高位な神様らしい。そんな彼が人間である私達の助力を求めているということは、恐らく全宇宙でも類を見ないほどの大事件なのだろう。

 どうにも不穏な予感が拭えなかった私は、彼らに着いていくことに決めた。残念ながら天下一武道会は棄権することになるけど……悟飯とピッコロさんもそうするなら、抵抗はない。元々、私にとっては武道大会への出場はついでみたいなものだったから。心残りがあるとすれば、お父さんへの土産話が一つなくなってしまったことぐらいか。

 そして、界王神様達の後を追うと決めたのは私達だけではなかった。

 

「私も行くわ」

 

 ビーデルさんもまた、私達に着いていくと言ったのだ。

 彼女も悟飯の後を追い掛けて、私達の話を後ろから聞いていたらしい。

 

「やめた方がいいよ。やばいことが起きそうだし……なんとなくわかるんだ」

「邪魔はしないわ。着いていきたいだけ。駄目だって言っても行くわ」

 

 そんなビーデルさんを心配するように、悟飯が彼女の同行を渋って言った。

 力の差を考えれば、確かに彼女が着いてくるのは危険かもしれない。だが今の彼女なら、そんなことは重々承知している筈だ。

 だがそれでも、彼女は行くと言い切ったのだ。覚悟の程は、表情を見ればすぐにわかった。

 

「貴方からも言ってあげて」

「……そうだね。一緒に行こっか」

 

 少なくとも私には、そんな彼女を止めることは出来なかった。

 多分、どうしても行くと言い張る一因には、この私という異物も含まれているのだろうから。

 

「わかりました。でも、危なくなったら逃げてください、絶対に」

「うん」

 

 結局悟飯は彼女に根負けする形で、危険であれば即座に逃げることを条件に同行を認めることになった。

 私達三人は同時に地面を蹴り、多くのどよめきが広がる天下一武道会場から飛び去って行く。

 会場とは違って、空は至って静かなものだ。そして地球特有の青い空は、大界王星の空よりもずっと綺麗だと思う。この綺麗な空をまた悟飯と一緒に飛べる喜びが大きくて、頬に伝っていく風がとても気持ち良かった。

 

 

 

 私達が合流してくるのを待っていたのだろうか。比較的ゆっくりと飛んでいた界王神様達には、程なくして追いつくことが出来た。

 速度を上げてヤムーさんを追い掛けながら、界王神様が語り始めた。

 

 ――宇宙で最も恐ろしい、「ブウ」という魔人の話を。

 

 

 それは昔、人類がまだ二本の足で歩き始めた頃。宇宙の彼方に「ビビディ」という極悪の魔導師が居た。

 そんなビビディがある日、ほんの偶然から一体の魔人を生み出した。それが魔人ブウという存在である。

 ブウには理性や感情がなく、ひたすらに破壊と殺戮だけを繰り返し、たった数年の間に何百という惑星が死の星に変えられ、宇宙中ありとあらゆる生物に恐怖を与え続けた。

 

「……当時、界王神は私以外にも四人いました。皆、あのフリーザ程度なら一撃で倒せる腕の持ち主でしたが……四人とも、ブウに殺されてしまったのです」

 

 神すら凌駕する魔人ブウの強大な力は創造主たるビビディの手にも余り、ビビディが休息する時は一時的にブウを玉に封印せざるを得なかったほどだと言う。そしてある日そのビビディによって、次のターゲットにされたこの地球に、封印された魔人ブウの玉が持ち込まれてしまったのである。

 

「そして私は、再びブウの封印が解ける前にビビディを殺すことが出来たのです」

 

 魔人を倒せないのならば、魔人の封印中に魔導師の方を殺す。理に叶った手段で、界王神様は宇宙から最大の脅威を取り払ってみせたのだ。地球と宇宙を救ってくれた界王神様に、私は感謝と敬意を抱く。

 どれほど大昔の出来事かは私には想像もつかないが、今の綺麗な地球があるのもきっと、目の前に居る界王神様のおかげなのだろう。それほどの力を持つのなら、サイヤ人が地球に来た時にも助けてほしかったという思いも無くはなかったが、彼は神様だ。彼の方にもまたやむを得ない事情があったのだと納得出来るぐらいの余裕は、今の私にはあった。

 そしてその事情だとわかる話を、界王神様とキビトさんが語った。

 

「だがつい最近、恐ろしいことがわかったのだ」

「魔導師ビビディには、親と同じ邪心を持った子供が居たのです……! 魔導師バビディという子供が!」

 

 魔導師ビビディの息子、魔導師バビディ。魔人ブウの存在を知った彼がこの地球に降り立ち、ブウを復活させる為に地球人から生体エネルギーを集めているのだと、界王神様が忌々しげに言った。

 スポポビッチさんとヤムーさんもまた、バビディに利用されている地球人なのだろう。

 そこで私は、あの時二人が悟空さん達の試合に割り込もうとした理由をようやく理解することが出来た。

 彼らは、超サイヤ人になった悟空さんとベジータの膨大なエネルギーを狙っていたのだ。ヤムーさんが持っていた妙な機械は、恐らくエネルギーを吸収する為に必要な装置だったのだろう。

 

「そうです、ネオンさん。あの二人は悟空さん達のエネルギーを奪い、それをバビディに献上しようとしていました」

 

 考えていることを口に出していない筈なのに、界王神様が私の思考に対して名指しで答えてくれた。

 流石は神様か、私の考えていることは全ておみとおしらしい。

 

「心を読めるんですか。でも私の考えていることは、あまり言いふらさないでくださいね」

「心は読めても、それが全て理解出来るわけではありませんよ。特にあの武道大会で見た孫悟空さん達の力には驚き、うろたえるばかりでした。そしてさらに驚いたのは、貴方達もまた二人に近い実力を備えていると知ったことです」

 

 私自身もまた自分の考えていることが時々わからなくなることがあるように、界王神様の読心能力もまた完全無欠というわけではないらしい。お互いの心を読み合っていながらも、最後までわかり合うことが出来なかった私とベビーがいい例だと思う。心を読むことが出来ても、それを理解出来るかどうかは別の話ということだろう。

 しかし、その力が便利な能力であることに違いはない。私達の心を読んだことによって、魔導師を討伐する為のメンバーを円滑に選定することが出来たのだから、と界王神様が言った。 

 

「本当なら、あの二人にも協力をお願いしたかったのですが……」

「うーん……それは、二人の戦いがちゃんと終わってからの方がいいかもしれませんね。お父さんは大丈夫だと思いますけど、ベジータさんが許さないんじゃないかと」

「……二人の心を読んで感じたことですが、ベジータさんは何か、孫悟空さんに対して強い執着心を抱いているようですね。戦力的には非常に惜しいのですが、彼の場合はこのままバビディとの戦いから遠ざけていた方が良いのかもしれません」

「え? どうしてです?」

 

 界王神様の言葉が腑に落ちないと言った具合に、悟飯が首を傾げる。魔導師バビディとの戦いにベジータは参加しない方がいいと……私にも界王神様の言葉は、まるで邪魔者を遠ざけるようなニュアンスに聞こえた。

 彼の言葉に、ピッコロさんも同様に不思議がる。私はベジータのことは今でも大嫌いだけど、彼の強さはよく知っているつもりだ。彼が味方として加われば頼もしい戦力になるのではないかという私達の疑問に、界王神様が答えた。

 

「魔導師バビディはエナジーこそ全くの非力なのですが、人間の悪の心につけこんで、思いのままに支配してしまう力があるのです。それに対して、ベジータさんの悟空さんに対する執着心は危ういと感じるのです」

「ベジータが利用される恐れがある、ということですか……」

「尤も、言い切れはしません。正直言って、この判断は間違っていたのではないかとも思うのです……」

「もしものことがあったら、きっと向こうから駆けつけてくれますよ。お父さんも、ベジータさんも」

 

 話を聞いた限りでは、私もベジータのことを招かなかったのは英断だったと思う。悟空さんが居ないのは確かに心細いけど、あの人には瞬間移動があるし、いざとなったら悟飯の言うように向こうから助けに来てくれる筈だ。

 しかし、悪人の心を操る力か……ということはあのスポポビッチさんとヤムーさんの二人も、今は魔導師バビディのその力に支配されている状態なのだろう。

 他人の自由を奪い、自らの手駒として扱う……まるで本来予定されていたベビーの能力みたいだなと、似たような力を知っている私にはイメージしやすかった。

 

「私も、操られちゃうかもしれないね……」

 

 出来れば二人のことも解放してあげたいところだけど、私がでしゃばってしまうとミイラ取りがミイラになってしまうのではないだろうか。

 完璧な善人なんてものは、そうは居ないと私は思っている。

 人は誰しも欲を持っていて、その為に大なり小なり悪い一面を見せることがある。

 私なんて、ただでさえ閻魔様に執行猶予を与えてもらっている身なのだ。ベビーと同化した私がこの地球で問題を起こしたのもたった三年前のことだし、それが原因でバビディの魔術とやらに引っ掛かってしまう可能性は十分すぎるほどあった。

 心配に染まる私の心を落ち着けてくれたのは、淡々とした界王神様の言葉だった。

 

「心配はありませんよ。特に孫悟飯さんの魂は純粋その物で、バビディに対する戦士としてこれ以上ないものです。

 ピッコロさんとネオンさんも昔のことを懸念しているようですが、二人とも、今はとても澄んだ心をしています。そんな貴方達ならばバビディに屈することもないと判断したからこそ、私は協力をお願いしたのです」

「……そうですか」

「ほっ」

 

 界王神様からのお墨付きを貰えて、私は心底安堵する。心なしかピッコロさんも安心しているようだった。そして全宇宙の神様に心の在り方を認めてもらえたことが私には恐れ多く、嬉しかった。

 これならば、自信を持って魔導師と戦うことが出来る。私がずっと憧れていた、英雄(ヒーロー)と一緒に。

 

「ビーデルさん、大丈夫ですか?」

「速すぎて目も開けていられないわ……」

 

 その英雄――悟飯の方に目を向けてみると、彼はこれまで一言も発していなかったビーデルさんの様子に心配そうに声を掛けていた。どうやらこれまで彼女が黙っていたのは、私達のスピードに着いていこうと必死に飛んでいたかららしい。

 そんな健気なビーデルさんを気遣うように、悟飯が彼女に言った。

 

「やっぱり、帰った方がいいですよ。想像よりずっとやばそうだ」

「……そうするしかなさそうね。どう考えても私は邪魔だわ……」

 

 唇をきつく噛むように、ビーデルさんが苦々しげな表情を返す。

 宇宙の神様に、魔導士バビディ、魔人ブウ――そのどれもがスケールが大きすぎて、想像以上に危険な世界だった。今から踏み込んでいくことになる世界は、彼女にとっては次元そのものが違うのだ。彼女もまたそれを理解したからか、これ以上は悟飯の足手まといになると思ったのだろう。それはもはや彼女自身の意地だとか、度胸だとかの問題ではなかった。

 

「本当に、悔しいけど……」

 

 苦渋の末に出したであろう彼女の決意に、悟飯が頷く。

 

「ありがとう。武道会場に戻ってもし母さん達に会ったら、このことを伝えておいて」

「わかったわ……でもやっぱり、金色の戦士もセルを倒したのも、悟飯君だったのね」

「うん……嘘をついてすみませんでした」

「気を遣わなくていいわ。寧ろ謝るのは私の方。もっと早く気付かなくちゃいけなかった……そうよね、ネオン?」

「えっ」

 

 ……そのタイミングで私に振ってくるとは、一体どういう了見だろうか。

 確かに私は、彼のことが好きだと言うなら彼女も彼の秘密は早く知っておいた方がいいと思った。だけどそれは単に私がそう思っただけで、それが本当に正しいかどうかなんて全くわからない。結局は全部、私が勝手な横槍を入れただけに過ぎないのだ。

 何も知らない方が二人の仲が上手くいったとは、思いたくないけどね。

 

「……一緒に来れない君の代わりに、私が彼を守るよ」

「偉そうに言うじゃない。そこまで言うなら、頼むわよ。悟飯君とは、後でデートとかしたいから……悔しい?」

「今わかったけど、私、君のこと少し嫌いだ」

「私もよ。だけど、貴方も無事に帰ってきて」

「……ありがとう、ビーデルさん」

 

 私だけにこっそりと耳打ちするように言ってきたビーデルさんに対して、返すことが出来た言葉はそれだけしかなかった。

 私自身の決意表明みたいなものだ。悟飯のことを守り、どんな戦いが起こっても彼だけは必ず生きて彼女のところに帰すと。尤も悟飯からしてみれば、私の助けなんかなくてもヘッチャラなんだろうけど……だけど私には、それこそが自分が最後に果たすべき使命のように思えた。

 

 

 ……頑張るよ、私も。

 

 

 

 

 


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