僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

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第二形態覚醒!!

 

 ネオンの話を聞いて、悟飯は彼女の境遇について概ね理解することが出来た。

 ベビー――ネオンの身体の中に居るその存在こそが、彼女の力の源なのだと。

 そして彼女がそのベビーの意思に従った結果が、先日のベジータと自分への襲撃なのだと悟飯は理解した。

 

 かつてはプラント星という同じ惑星に住んでいたサイヤ人とツフル人の因縁。そこに巻き込まれた一人の地球人というのが、彼女の置かれた境遇である。

 彼女の話を聞いて悟飯は、このネオンという少女はやはり悪人ではなく、この件に関しては寧ろ被害者だと思った。

 サイヤ人によって町を吹き飛ばされれば、ツフル人によって身体を寄生――同化された。それは四歳の頃から人より波乱万丈な人生を送ってきた悟飯の目から見ても理不尽な境遇だと思え、何を取っても彼女に落ち度は無いと思えた。

 だからこそ、悟飯は彼女の放った一言に強く反発したのである。

 

「殺してって……それは、どういうことですか!?」

「そのままの意味だよ。私を殺して、悟飯。自殺をしようにも身体の細胞が一つでも残ってしまうと、そこからベビーだけが再生してしまう。そうならないようにする為には、君の圧倒的なパワーでこの身体を跡形もなく消し去るしかないんだ」

「なんで貴方が死ななくちゃいけないんですか!?」

 

 ベビーという存在を滅ぼす、それはわかる。かつてサイヤ人に滅ぼされたツフル人の怨念によって生まれたベビーもまた、ある意味被害者という見方も出来なくはないが、関係の無い地球人――それも自分にとっては気の知れた友人でもあるネオンまでも巻き込んだ彼のことを、悟飯は許したくなかった。

 既に悟飯の中では、ネオンという少女は友人の一人だったのだ。

 だからこそベビーを滅ぼす為に彼女が死ななければならない理由が、悟飯にはわかりたくなかった。

 ネオンが苦しみに呼吸を荒げながら、その理由を説明する。

 

「さっき言ったよね、私の中にベビーが居るって……私の身体と同化してしまった彼を滅ぼすには、この身体を存在ごと消し去らなくちゃいけないんだ」

 

 理解は出来るが理解したくなかったその言葉に、悟飯は言葉を失う。

 そんな彼の思考を落ち着けるように微笑み掛けながら、ネオンが言った。

 

「私も気でベビーを封じ込めようとしたり、今まで色々と足掻いてきたつもりだけど……やっぱりどう考えても、それ以外この問題を解決する方法が思い付かなかったんだ」

「そんな……」

 

 悟飯が最後に見た死に行く前の父にも似た雰囲気で、ネオンが穏やかに笑う。

 怪物を消し去る為に、罪も無い人間が、自ら死を選ばなければならない――かつて実の父にそれを強いることになった記憶が、悟飯の中で鮮明に蘇る。

 何か打つ手は無いのかと、悟飯は彼女を救う方法を考える。その時悟飯は、「どんな願いも叶えてみせる」奇跡の龍の姿を真っ先に思い浮かべた。

 

「そうだ! ドラゴンボールがあります! ドラゴンボールでネオンさんとベビーを切り離せば!」

 

 今まで何度も助けてもらった七つの龍の球――ドラゴンボール。

 その力にまた頼ればと抱いた希望は、しかし他ならぬネオン自身によって却下された。

 

「……前に聞いたけど、そのドラゴンボールっていうものは、神龍の力を超える願いごとは叶えられないんだろう? それにもし叶えられたとしても、ベビーはそうなったら私の身体から離れたのをいいことに、今度は私よりも強い人間と同化するだろうね。何の力も無い私ですら、ベビーの力を持ってすれば君と戦えるレベルにまで強化されてしまうんだ。万一にも彼が君やベジータなんかと同化したら、もう誰にも止められなくなる……私の中で動けないでいる今が、ベビーを滅ぼす最大のチャンスなんだ」

 

 自由になったベビーがどう動くか最悪の事態を考えれば、地球の為にも彼女の言う通りにするのが最善の選択だった。

 たった一人の少女をこの世から消滅させる――たったそれだけのことで、この脅威は綺麗に片付くのだ。

 しかしたったそれだけのことが、なまじ戦士でありながら誰よりも優しい心を持つ悟飯には実行出来なかった。

 

「因みに私を殺して、後でドラゴンボールで生き返らせようとしても駄目だからね? 私とベビーは一心同体。私が生き返ったらベビーも生き返るから」

「貴方は、死ぬのが嫌じゃないんですか?」

「心配してくれるの? ふふ、ありがとう。君のそういうところ、好きだったよ。でもベビーは、サイヤ人の血を引く君のことが大嫌い。今この時ですら私は、君を殺したくてウズウズしている彼の感情を抑えるので精一杯なんだ……」

 

 ネオンがセルやフリーザのような同情の余地の無い悪人ならば、悟飯も言う通りにすることが出来た。

 しかし、彼女は悪人ではないのだ。彼女が筋斗雲に乗れたこと、短い間ではあったが心を通わせたことから、悟飯は彼女の善性を理解していた。

 

「……だから、私を殺して」

 

 だから、殺せない。

 罪も無い人間を殺すことなど、悟飯には到底出来なかった。

 

「何も躊躇う必要は無いんだよ? 君は自分の命を狙う悪人を退治するだけなんだ。さあ、早く! 早くベビーを、私を殺してよっ!」

「だったら、たくさん修行して殺されないようにします! きっと、ベジータさんもそうします! 狙われるのが僕達サイヤ人だけなら大丈夫ですから、ネオンさんはそんなこと言わないでください! ネオンさんのことも、みんなで相談して絶対に助けますから! 生きることを、諦めないでくださいっ!」

「……!」

 

 こんな時、今は亡き父親ならばどうするか……そう考えた悟飯は、ベビーとの全面的な戦いを選択した。開き直って、彼の復讐をその手で迎え撃つことにしたのだ。

 ベビーの目的が自分達サイヤ人に対する復讐だとすれば、他の人間には関係無いことだ。自分達が命を狙われ続けることさえ我慢すれば、それで丸く収まるのではないかと思ったのだ。

 しかしそれは、この時の悟飯が真にベビーの凶暴性を理解していないからこそ言える言葉だった。

 

「……それは違うよ。君は何もわかっていない」

「えっ?」

「ベビーの最終目標は、君達サイヤ人とその末裔を滅ぼすことだけじゃない。この星に居る地球人全てを含めた、宇宙中の人間をツフル人にすることなんだ」

 

 ネオンはその口から、ベビーの真の目的を語った。

 ベビーには本来、他の人間に寄生し、卵を産み付けることで己の仲間を増やす能力があった。卵を産み付けられた人間はその自我を失い、ツフル人としてベビーの支配下に置かれるのだ。今でこそ機械惑星ビッグゲテスターとの接触によって寄生能力は同化能力へと変質してしまっているが、ベビーは元々、失われたツフル文明を再興する為に造られたのである。

 全人類ツフル化計画――サイヤ人のみならず全宇宙の人間を巻き込もうとするその計画を完遂させることこそが、今ネオンの中に封じ込められているベビーの目的だった。

 

「……そして、その目的は今も変わっていない。ベビーは私の中に閉じ込められている今でも、計画を諦めていないんだ」

「なんてことを……!」

 

 狂っている――悟飯はベビーを造り出したツフル人達のことをそう断定する。

 死んでいったツフル人達の恨みがサイヤ人に向いているのなら、サイヤ人だけを相手にすれば良い筈だ。

 ベビーが企んでいるのは、結局は全宇宙を支配することなのだ。それはサイヤ人によって同胞が滅ぼされたという事情はあれど、悟飯にとっては同情の余地の無い邪悪な行いだった。

 

「頼むよ悟飯、彼の野望を終わらせて!」

「……っ」

 

 切実な思いが込められたネオンの言葉に、悟飯は逡巡する。

 ベビーの企みは、何としてでも阻止しなければならない。

 しかし、ネオンは殺したくない。あのセルですら命を奪いたいとは思わなかった悟飯だ。ましてや悪人でもない人間を殺そうなどとは、彼の生まれ持っての善性が許さなかった。

 そして彼女の放つ遺言めいた言葉の一つ一つが、悟飯の判断を余計に悩ませていた。

 

「短い間だったけど、君や悟天と過ごした時間は楽しかったよ」

 

 この人は何故そんなにも、自分の命を軽く扱えるのか。

 ドラゴンボールという言わば反則技を使えば、人の命とて生き返らせることは出来る。しかし、彼女は自らそれを拒んでおり、ここで悟飯に殺されればそこで完全に終わってしまう筈なのだ。

 理不尽な運命に引き摺られ、この世に居られないことを受け入れざるを得ない状況にまで追い込まれて、彼女は何故そうも笑っていられるのか――悟飯には彼女が、ネオンという少女のことがわからなかった。

 

「くそっ……!!」

 

 葛藤が「怒り」の引き金となり、悟飯の姿を黄金の超戦士へと変える。

 まばゆい光と共に超サイヤ人へと変身した悟飯の姿を見て、白銀色の少女は「それでいい……」と嬉しそうに笑った。

 

「…………っ!?」

 

 しかし、その直後だった。

 

 ――悟飯の変身と呼応して、彼女の中の怪物が一気に覚醒したのである。

 

「っ、ああああああああああああああああぁっ!!」

「ネオンさん!?」

「だ、駄目……っ、これ以上、抑えきれない……! 今の内に……殺して……私を撃って! 悟飯っ!」

 

 これまでとは比較にならない膨大な量の「気」が彼女の身体から溢れていき、悟飯の皮膚という皮膚をバチバチと刺激していく。

 

 ――それはあのボージャックを、セルをも上回るほど邪悪な「気」の顕現だった。

 

 これこそがベビーの気――彼女が今まで封じ込めていた力なのだと悟飯は理解し、そして戦慄した。

 

「は……早く!」

「くっ……!」

 

 予想を遥かに超えて強まっていくネオンの気は、尚も膨張を続けていく。

 しかし悟飯はその光景を目の前にしても、優しさ故に最後まで彼女の変貌を強引に止めることが出来なかった。

 

 

 ――全ては、間に合わなかったのである。

 

 

 彼女の「気」が一定の大きさのところで安定した頃には、その場には既に白銀色の少女の姿は無かった。

 ただ悟飯の目の前には、禍々しい気と無骨な漆黒の鎧に覆われた一人の復讐鬼が佇んでいた。

 

「なんて気だ……! これだけの力を、ネオンさんは今までずっと抑え込んでいたのか……!」

 

 ベビーという存在が持つ力を完全に見誤っていたと、悟飯はたった今それを目の前にしたことで初めて思い知った。

 昨日ネオンと戦ったことで相当な強さだということはわかっていたが、目の前に居る黒い鎧はそんな見立てすらも容易く突き抜けてみせたのだ。

 ……おそらく昨日見せた実力は、彼女の中では半分以下にまで抑えられたものだったのだろう。

 

 何故、昨日戦った黒い鎧からは気を感じ取れなかったのか――この時、悟飯にはようやくわかった。

 あれは全て、彼女が自身の力を必死に抑え込んでいた結果なのだと。

 彼女は知っていたのだ。完全に解放されてしまったこの力に勝てる者が、この世に存在しないことを――。

 

 そんな彼女が今、本来の力を解放した姿で悟飯の前に佇んでいる。

 実力を出し切っても、勝てないかもしれない……超サイヤ人となった悟飯にそう思わせるほどに、変貌したネオンから感じられる戦闘力はどこまでも圧倒的だった。

 

「……ゴハン……」

「っ、ネオンさん! 僕がわかりますか!?」

「……うん。わかるよ、君は、孫悟飯だろう? 野蛮な猿共の血を引きながら、地球人の誰よりも立派な優しさを持っている私の英雄、孫悟飯だ」

 

 黒い鎧の姿となったネオンだが、確かに聴こえてくる彼女の言葉に悟飯は安堵する。

 しかし、その安堵もたちまち消え去る。

 変貌したネオンの声音は、彼女のものとは思えないほどに冷たく尖っていたのだ。

 そして何よりも、今の彼女からはそれまでに無かった筈の「邪悪な気」を感じた。

 

「……私が、馬鹿だったんだ……」

 

 漆黒の仮面の下で、ネオンが憂いを帯びた声で呟く。

 そして彼女は、おびただしい気を集中させた右手を悟飯の身体へと向けた。

 

「さよなら」

 

 ――瞬間、先ほどまで悟飯が立っていた地が巨大なクレーターへと姿を変えた。

 つんざくような爆音が、大気を揺らす。

 彼女の放った一発の気弾が、地球の大地を深く抉り抜いたのである。

 

「なんで、そうなるんですか!」

 

 咄嗟の反応により間一髪その一撃から上空に逃れていた悟飯が、仮面の下からこちらを見上げてくる彼女へと問う。

 彼女が自分との戦いを望んでいないことを、彼は知っている。

 だからこそ、戦いを避ける為に殺されたがっていたのだ。

 しかしそんな彼女――ネオンは、先ほどまでの彼女とは明らかに異なる冷たい口調で言い放った。

 

「君がサイヤ人だからだよ、悟飯。「私」は、どうしようもないほどにサイヤ人が憎い。それはネオンとベビー、二人の心の大半を占めていた感情さ」

 

 ネオンは予備動作も無く飛翔すると一瞬にして間合いを詰め、鎧に覆われた拳を悟飯の構えた両腕へと次々と叩き込んでいく。

 パンチ一つ一つが速く重く、昨日の彼女とは比べ物にならない威力だった。

 防戦一方となる悟飯を嬲りながら、ネオンが言葉を続ける。

 

「二人の存在が完全に同化した今の「私」は、二人の意志に従って行動しているんだよ」

「な、何だって……!?」

 

 彼女の猛攻から逃れるべく悟飯はラッシュの合間を狙ってバックステップを踏むような動きで距離を取り、素早く体勢を立て直す。

 それから数拍の間、舞空術で静止した二人は曇天の下で睨み合った。

 

「孫悟飯、君がサイヤ人である以上、「私」は君を殺さなければならない。だから君も、全力で「私」を迎え撃つんだ」

「……貴方は、誰なんですか?」

 

 今目の前に居る存在は、ネオンであってネオンではない。

 本来の彼女とは掛け離れた言葉を受け、悟飯は目つきを鋭く変える。

 そんな彼に黒い鎧は言った。

 

「今の「私」はネオンであってベビーでもある存在だってことさ、悟飯」

 

 一人の人間の中に二種類の気が混在している。

 その歪な気は、四年前に悟飯が戦った人造人間セルと似ていた。

 しかし彼女と対峙する悟飯は今、四年前のあの時とは別の理由で本来の力を発揮することが出来ないで居た。

 

 

 

 それは彼の持つ、サイヤ人の血を引く者らしからぬ優しさに由縁していた。

 

 

「どうした孫悟飯!? ネオンが相手じゃ殺し合いが出来ないのか!?」

「ぐぐっ!」

「その優しさは、君の唯一にして最大の弱点だ! 甘いんだよ君はっ、サイヤ人のくせに! 「私」から全てを奪った奴らと同じ人間のくせにっ!」

 

 ――何も知らなければ、彼も遠慮無く戦えたのだろう。

 

 そもそも私が彼と出会わなければ、彼はネオンという敵の名前すら知ることが無かったのだ。

 敵として戦うことになる人間のことを事前に知りすぎた為に、私と対峙した時の彼はセルを葬った時のような圧倒的な力を発揮することが出来ないで居た。

 

 ――全ては、私が甘えたせいだ。

 

 私が彼に縋ろうとしたこと。

 彼の手で殺されたいと我が儘を言ったこと。

 私が彼のことを――好きになってしまったことが、全ての間違いだったのだ。

 

『ベビー、君は……この為に、私を自由にしていたの?』

 

 思えば私と悟飯の間に中途半端に交流を持たせたことも、全ては悟飯を戦いにくくさせる為にベビーが企てた策略だったのかもしれない。……何でもかんでも彼のせいにするのも悪いけど、まるでそうなることをずっと待っていたかのように、私達が完全に同化されるタイミングは絶妙過ぎたのだ。

 もしかしたら彼がその気になれば、もっと早くからとっくに私の心を塗り潰すことが出来たのかもしれない。

 

「「私」はお前達を許さない! サイヤ人なんか、みんな死んでしまえっ!!」

「ッ!!」

 

 薄れゆく(ネオン)の意識が最後に見たのは、(ベビー)の放った特大の気弾に飲み込まれていく黄金の英雄の、最期の姿だった――。

 

 

 

 

「……どうして、ベビー……? 私は……彼を……殺したくなんか、なかったのに……っ!」

 

 直径五十メートル以上の大穴が眼下に広がる誰も居なくなった(・・・・・・・・)その地に、曇り空から降り注いでくる大粒の雨が、私の纏う鎧を冷たく濡らした。

 

 だけどその時私の仮面の下から滴り落ちていった一雫の水分は、きっと雨によるものではないだろう。

 

 

 ――それは多分、私が地球人として流した最後の涙だった。

 

 

 

 


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