僕たちは天使になれなかった   作:GT(EW版)

1 / 30
ベジータの出落ち

 

 ――その日、地球上から一つの町が消え去った。

 

 火山の噴火よりも大きな爆発が、突如として町を飲み込んだのだ。

 時にしてエイジ762年。全ては遠い宇宙から来訪した二人のサイヤ人が、彼らにとってはなんてこともない「挨拶」として行った所業だった。

 そう、私達の町を襲った惨劇も、彼らにとってはピーピーうるさい地球人(ヒヨコ)共への挨拶に過ぎないのだ。彼らにとって、地球人の命など何の価値もなかった。

 

 ――何故、私だけが生き残ってしまったのだろう?

 

 父も母もたった一人の弟も、彼らの「挨拶」でみんないなくなってしまった。

 なのに私だけ、不幸なことに「挨拶」から逃れてしまったのだ。

 

 廃墟と化した私達の町から何食わぬ顔で飛び去っていく二人の姿は、まるで道端の蟻を気付かず踏み潰していく人間のようで。

 彼らの姿が見えたのは一瞬にも満たない時間だったが、当時六歳の私は、その時から生涯彼らの姿を忘れまいと心に誓った――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――エイジ771年。

 

 地球全人類を恐怖に陥れた人造人間セルが孫親子によって倒され、人々が再び平和な暮らしを取り戻してから四年の歳月が流れた。

 その間も「銀河戦士」が復活するなど決して地球上に脅威が現れなかったわけではないが、それらのことは世界規模まで影響が広がる大事件となる前に孫悟飯らZ戦士達の働きによって人知れず排除されてきた為に、「ミスター・サタンがセルを倒した」というメディアの報道を鵜呑みにするような一般市民などはこれらの件に関して何一つ知ることなく、この平和を享受していた。

 

 Z戦士達もまた、平和を取り戻した世界の中でそれぞれの時間を過ごしていた。

 孫悟飯は四歳の弟の面倒を見つつ三年後のハイスクールへの受験に向けて勉学に励み、クリリンは昨年結婚を果たした人造人間18号との間に長女を授かり、その子育てに奔走している。ピッコロと天津飯は己の限界を知るべく修行の日々を送っており、ヤムチャは武道家を引退し、今は相棒のプーアルと共に世界各地を愛車で巡る旅を行っている。

 孫悟空というあまりにも大きな代償の上で勝ち取った平和は、彼らの中でかつてないほどに落ち着いた時間となっていた。

 

 ――しかしこの日、その時間もまた呆気なく打ち砕かれようとしていた。

 

 

「ハァッ……! ハァッ……!」

 

 草木一つ無い荒れ果てた岩場に、サイヤ人の王子であるベジータの姿があった。

 黄金色の炎のようなオーラが身体中を覆っており、逆立った髪も同じ黄金色に染まっている。

 (スーパー)サイヤ人――戦闘民族サイヤ人の中で1000年に一人現れるとされる伝説の戦士。かつて宇宙の帝王と呼ばれたフリーザをも凌駕するその力は、現在の宇宙において比肩する者は存在しない。

 強いて言うならば、超サイヤ人と同じ領域で戦えるのは超サイヤ人だけと言ったところだろう。

 しかしその超サイヤ人もまた、孫悟空が散り未来の超戦士であるトランクスが本来の居場所に帰った今となっては、ベジータと孫悟飯の二人だけとなっていた。

 故にこの時代において、ベジータは自らの戦闘力を宇宙最強――の悟飯に一歩劣る、宇宙二番目と認識していた。

 プライドの高い彼が今の自分でもトップの座に立てないと認識しているのは、単に悟飯に出来て自分には出来ないことがあるからだ。超サイヤ人を超えた超サイヤ人――後に超サイヤ人2と呼ばれることになる戦闘形態への変身が、今のベジータには出来なかった。

 しかし「銀河戦士」の一件から再開した修行によって、既にベジータも手応えを掴みつつあった。後もう一歩で自分も超サイヤ人の壁を超えることが出来る筈だと、この時のベジータは確信していた。

 

 ――そんな彼が今、この時絶体絶命の危機に瀕していた。

 

「くっ……くそったれ……!」

 

 左手で右肩を押さえながら、ベジータはヨロヨロと覚束無い足で立ち上がる。

 彼の纏う戦闘服は酷く傷付いており、生半可な攻撃は寄せ付けないプロテクターさえも所々割れている。

 

「はああああっっ!!」

 

 荒地を踏み締め、咆哮を上げて文字通り気合いを入れ直す。

 身を包む黄金色のオーラがバーナーのように激しさを増し、地球全体が怯えるように震動する。加速度的に上昇した彼の「気」は地球の裏側は勿論、地球から遠く離れた他の星からも感知出来るものだった。

 対して、彼がそれほどまで気を上げて対峙する相手には、気が無かった(・・・・・)

 ベジータの身をこれほどまで傷付けた戦闘能力を持ちながらも、強大な力を持つ者には必ずある筈の気を感知することが出来なかったのだ。

 それはまるで、四年前に彼が戦ったカラクリ人形――人造人間達のように。

 

「ファイナル……!」

 

 ベジータが両腕を大きく広げ、手のひらに目一杯気を集束させる。焦燥した表情を浮かべながらそのまま両手を前に突き出し、技の照準を前方の「敵」へと定める。

 

 ――そこに立っていた人影は、「黒い鎧」だった。

 

 黒い鎧はベジータの放とうとする必殺技を前に微動だにせず、その動きを観察するかのように不気味に佇んでいる。

 黒い鎧は華奢な体型をしており、身長も髪の先まで含めて160センチ弱しかないベジータと比べてもほとんど差はない。

 頭部に位置する場所には二本の長いツノのようなものが突出しており、背部には見ようによっては翼とも取れる、やはり黒い部品がついている。

 人の形をしているが、人が持つ気は相変わらず感じられない。そんな黒い鎧に対して、ベジータは集束させた気を放った。

 

「フラァァァーーッシュ!!」

 

 ファイナルフラッシュ――今のベジータの使える最強の技だ。

 大地に直撃させれば地球ごと簡単に消滅させられるであろう強大な一撃が、黒い鎧を相手にのみ注がれていく。

 光すら超える速さで迫るその攻撃を前に、黒い鎧がようやく動きを見せる。

 しかし、それは技を回避する為の動きではなかった。

 黒い鎧が右腕を振り上げ、迫り来る閃光に向かって手のひらを伸ばす。

 そしてフッ――と、鎧の下で笑うような声が聴こえた。

 

 次の瞬間だった。

 

 黒い鎧を一撃の下に破壊し尽くす筈だったベジータのファイナルフラッシュは、直撃する瞬間一転して方向を変え、技を放った筈のベジータ自身を目掛けて襲いかかっていったのだ。

 

「なにっ!?」

 

 驚愕の声を上げるベジータ。

 そして戦闘の天才たる彼の頭脳が、即座にその現象に対する答えを導き出す。

 今のはファイナルフラッシュが弾かれたのではない。ファイナルフラッシュが反射された(・・・・・)のだと。

 鏡が光を反射させるように、月が太陽の光を反射させるように、黒い鎧はベジータのファイナルフラッシュを反射させたのだ。

 

「う、うおおおおおおおおっっ!?」

 

 だがそれに気付いた頃には、ファイナルフラッシュは既にベジータが回避出来ない目の前にまで迫っていた。

 

 そして次の瞬間にはベジータの居た場所を跡形もなく消し飛ばし、閃光は天へと昇り大気圏外へと消えていった――。

 

 

 

 暗転した空から、ポツポツと雨が振り始める。

 誰の気も無くなった荒野を見下ろしながら、無機的に宙に佇んでいる黒い鎧が、ぼそりと蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 ――まずは、一人目……と――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……奴は何者だ?」

 

 本降りになり始めた雨天の下、岩盤にもたれかかりながら力なく座り込んでいるベジータの姿を見下ろしながら、ピッコロは彼に事情の説明を求めていた。

 ベジータは自らのファイナルフラッシュによって身を飲み込まれたが、辛うじてまだ生きていた。尤も全身は傷だらけの酷い有様で、それこそピッコロが天界から「仙豆」を持ってこなければ、そのままあの世に逝っていたかもしれない重傷を負っていたが。そう言う意味ではピッコロはベジータにとって命の恩人なのだが、ベジータがピッコロに礼を言うことは無かったし、ピッコロもまた彼から感謝されるなどという気味の悪いことをされたくはなかった。

 ピッコロがこの場に駆けつけたのはベジータを救う為と言うよりも、彼が対峙していた「黒い鎧」について話を聞きたかったからだ。

 神の宮殿からベジータの気が膨れ上がったことを感知したピッコロだが、その時は別段気にすることもないだろうと切り捨てていた。彼もまたそうであるように、修行中であれば気を解放するのはおかしくないことだ。現地球の神であるデンデはどうにも焦った顔をして下界を見下ろしていたが、ピッコロは「どうせベジータがいつものように修行を張り切っているだけだろう」と思い、楽観視していた。

 しかし神妙な顔をしたデンデに事情を説明され、自身の目で下界のベジータの様子を見ることにした瞬間、ピッコロは言葉を失った。

 

 ――ベジータは修行をしていたのではない。戦っていたのだ。

 

 見たこともない敵と拳を交え、超サイヤ人にまでなって全力で戦っていた。その光景を目にしたピッコロは、ベジータと交戦する黒い鎧の戦闘能力に驚愕した。

 超サイヤ人のベジータと互角に戦える者など、この世にはもう孫悟飯しか居ないと思っていた。その前提が、根本から覆されたのである。

 

「まさか、人造人間なのか?」

「……知るか」

 

 黒い鎧はベジータと互角、いや、それ以上に戦っていた。全宇宙で二番目に強い筈のベジータを相手に、こともあろうに優勢に戦っていたのだ。

 そして急いで宮殿から降りて戦いの場へと駆けつけてみれば、瀕死の状態で横たわるベジータの姿がそこにあった。それを認めた瞬間、ピッコロは二人の戦いの結末がどうなったかを悟った。

 正体のわからない存在が、ベジータを打ち破った――それは半分が元地球の神であるピッコロにとって、決して見過ごすことが出来ない事実だった。

 しかもあの黒い鎧からは、気を感じることが出来ないのだ。あれがドクター・ゲロの生み出した人造人間だと仮定した場合、この先地球上にどんな被害をもたらすかわからない。

 最悪の場合、セルの時のような惨劇が地球人類を襲うことになるだろう。

 

「奴の正体など、俺の知ったことじゃない」

 

 直接交戦したベジータならば黒い鎧について何か知っているのではないかと思ったピッコロだが、その口からは望んだ回答を得られなかった。ある意味、ベジータらしい物言いではある。

 そしてベジータの目を見れば、そこには怒りに燃えた闘志の炎が宿っていた。

 

「だが、あの野郎は必ず俺が始末する……! ピッコロ、孫悟飯に伝えておけ。奴は俺の獲物だとな」

 

 怒りの理由は戦いに敗れ、プライドに傷を付けられた屈辱からか。

 だがその中には、どこか喜びの色が含まれているように見えた。

 孫悟空が死んだことで目標が無くなってしまった今のベジータにとって、強敵の出現は喜ばしいことなのだろう。それも銀河戦士以来刺激の薄れていたこの地球において、黒い鎧は新たな刺激であった。

 ピッコロもまた彼と同様に、久しく現れた強敵の存在に対して危機感と同時に高揚を抱いている自分に気が付いていた。

 舞空術で飛び去っていくベジータの姿を見送りながら、ピッコロは宮殿に居るデンデへと念話を送る。

 

『デンデ、お前はそこから奴を捜し、見つけ次第俺に報告してくれ』

『は、はい』

 

 次から次へと、地球に危機は絶えない。

 いつだったか誰かが孫悟空が危機を呼び込んでいるのではないかと言っていたが、どうやら彼が居ようと居なかろうと、この星は危機から逃れられないようだ。

 あの黒い鎧が人造人間17号、18号のように無闇に人間を傷つけない可愛い奴ならば良いのだが、この期に及んでそんな希望的観測に浸れる筈もない。

 孫悟空という絶対的な戦士が居なくなったことで、かつてより慎重になっているのだろうか。ピッコロ大魔王だった者が随分と情けないものだと、ピッコロは今の己に対して自嘲した。

 だがどうにも、ピッコロには嫌な予感が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 【ドラゴンボールZ 復讐鬼覚醒!! 奇跡の炎よ燃え上がれ】

 

 

 

 

 

 

 

 





 劇場版ドラゴンボールZのお約束を出来るだけ踏襲しつつ、それぞれのキャラに見せ場を与えていきたいと思います。
 特にベジータに活躍の機会を与えてあげたいなと、ブロリー映画のアレを見ながら思う今日この頃。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。