戦略級魔法師の日記   作:小狗丸

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戦略級魔法師・群青光一

 保健室で達也達が話し合っていたのと同時刻。街にある一つの高層ビルの屋上に二人の男の姿があった。

 

 一人はスーツを着た男。そしてもう一人は一高の制服を着た男子生徒。

 

「街外れの丘陵地帯に建てられたバイオ燃料の廃工場。一高から歩いても一時間もかからない場所にブランシュ日本支部のアジトがあると知ったら皆驚くだろうね」

 

「そうですね」

 

 スーツを着た男、魔装大隊所属真田大尉が双眼鏡を覗きながら言うとそれに一高の制服を男子生徒、円城一光は表情を変えずに頷いた。

 

「……真田大尉。一つ質問をしてもよろしいですか?」

 

「うん? なんだい?」

 

 声をかけられて真田大尉は双眼鏡を下ろして一光に視線を向ける。

 

「今回の件。ボクが出る必要があるのですか? テロ組織の制圧なら軍の特殊部隊に任せておけばいいじゃないですか?」

 

「う~ん。まあ、そうなんだけどね……」

 

 一光の言葉に真田大尉は頬をかいて苦笑をする。

 

「確かに私もこんなことは他の部隊に任せておけばいいと思う。それに君は軍事機密の戦略級魔法師。万が一、テロ組織の制圧ぐらいで存在がバレたら目も当てられないってのが本音なんだよね」

 

「だったら……」

 

「うん。分かっている。君が言いたいことは分かっている」

 

 真田大尉は両手を上げて一光の言葉を制する。

 

「だけどこれは上の方からの命令なんだ。政府がブランシュの情報を規制していることは君も知っているだろう?」

 

「はい。達也もその事で呆れていましたよ。政府のやり方は明らかな悪手だって」

 

「ああ、やはり彼もそう思うか」

 

 一光の言葉に真田大尉はもう一度表情に苦笑を浮かべる。

 

「まあ、とにかく政府は軍の特殊部隊を出してブランシュとの戦いを誰かにバレることを恐れているのさ。その点、君の魔法は派手な時はトコトン派手だけど静かな時は本当に静かだからね。君を動かした方が軍の特殊部隊を動かすより戦いがバレる確率が低いと上は考えたのだろうね」

 

 真田大尉の説明に一光は納得して頷いた。

 

「……分かりました。つまり今回使うのは『ヴェノム』の方でいいんですね?」

 

「その通り。それじゃあ頼むよ。『群青光一』特尉」

 

 真田大尉は一光を軍人としての名前で呼んでから足元に置いてあったケースから一挺のライフル、正確にはライフルの形状をした特化型CADを取り出して一光に手渡した。

 

「分かりました。……では始めます」

 

 一光はビルの縁まで移動してライフル型CADをブランシュのアジトがある方向に向けて構えると、スコープを覗き込んだ。

 

「戦略級魔法『フレイム・オア・ヴェノム』。発動します」

 

 スコープの中でブランシュのアジトを確認した一光は短く魔法の発動を宣言してからライフル型CADの引き金を引いた。ライフル型CADはあくまで魔法を発動させる為の道具であり本物の銃器ではないため、その銃口から弾丸が放たれることはなかった。

 

 その代わり一光が引き金を引いた次の瞬間、一光達がいるビルから数キロ離れたブランシュのアジトの上空に光の魔方陣が現れて、「群青光一」の戦略級魔法「フレイム・オア・ヴェノム」は発動をした。

 

 

 

 

 

「……何だ? 今のは?」

 

 一光が戦略級魔法「フレイム・オア・ヴェノム」を発動した時、その前兆に気づいたのはアジトにいたブランシュ日本支部のリーダー、司一だけであった。

 

 反魔法組織の幹部でありながら魔法師である司一だけが、自分達がいるアジト全体を強力なサイオンの波動が包み込んだのを感じ取ったのだ。

 

「まさか今のは何らかの探査魔法? あれほど強力なサイオンの波動……ここに来るのは司波達也ではなかったのか?」

 

 司一達、ブランシュ日本支部の今回の目的は、一高の図書館でのみ閲覧ができる日本の最先端魔法資料を奪取して、そのついでに一高の生徒達に危害を与える事であった。それが失敗したとなれば司一達は直ぐ様このアジトから撤退すべきなのだが、それをしなかったのは一高に在籍する一人の生徒、司波達也を待ち伏せにするためであった。

 

 今回の作戦には多くの時間と資金を準備に費やした。それが失敗に終わり何の成果もないとなれば、司一は組織から大きなペナルティーを課せられるだろう。

 

 その失敗を穴埋めするために司一が考えたのが司波達也の確保であった。

 

 作戦を遂行する前の情報収集で知った二科生の新入生、司波達也。彼はアンティナイトを使用せずにキャストジャミングと似た効果の現象を起こす技術を持っているという。

 

 そして調べた限りの司波達也の性格では自分自身の手で決着をつけるだろうと踏んで待ち伏せを考えた司一であったが、どうやらその予想は外れてしまったようだ。

 

「……くっ! こうなれば本当に撤退するべきなのか……ん?」

 

 そこまで言ったところで司一は、自分の周りにいた部下達が全員床に倒れていることに今更ながらに気づいた。

 

「……なっ!? これは一体何事……だ……?」

 

 異常に気づくのと同時に司一の膝から力が抜け、部下達と同様に床に倒れてしまう。

 

「ぐっ……! ごほっ! な、何が、起こって……!?」

 

 突然沸き起こる吐き気を堪えながら司一はやっとの思いでそれだけを言うが、自分達の身に何が起こったのか、今このアジトで起こっている出来事がここから数キロ離れた場所にいる魔法師が放った戦略級魔法によるものであることを理解でなかった。

 

 戦略級魔法「フレイム・オア・ヴェノム」。

 

 魔法発動地点から最大で半径十キロメートルの空間に高濃度の一酸化炭素を発生させ、大規模な爆発を起こすか範囲内の敵を一酸化炭素中毒にするという魔法。

 

 それ故に「焔か猛毒か」。

 

「う、く……! 早く……早くここから離れなければ……!」

 

 一酸化炭素中毒の症状によって意識が朦朧となり、

まとも思考ができなくなった司一だったが、それでもここにいるのは危険であるということだけは理解できた。

 

 ブランシュの魔法師は虫のように床をはって一刻でも早くこの場から離れようとするが、すぐに力尽きて再び床に倒れてそのまま二度と動かなくなった。


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