ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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VS鎧袖一触の白兵戦士
新たな依頼


早朝、道場にて俺たちはそれぞれ訓練を行っていた。

 

社長は抜刀術を、里見は延珠の稽古を行っていた。俺はグローブを装着して数メートル先に立てられた丸太を睨み付ける。

 

「シッ」

 

息を短く吐き、走る。グローブに覆われた指先の先端を合わせ、グローブの手の甲の部分に収められたワイヤーが両手の五指の先端からせり出し、グローブから発せられた熱によって溶着させる。両腕を広げると両手の指同士の間が一メートルほどのワイヤーで繫がった状態になる。そのまま、丸太の横を抜けながら丸太に巻き付ける。そして自身の腕の力とグローブに内蔵されたモーターでワイヤーを引っ張る。

 

丸太は簡単に六つに分断された。走り出してから丸太を分断するまで五秒。足りない。もっと速くしなければ。

 

と、キン、キンという音が響く。留美と千寿がナイフを打ち付けあっている。速度でいえばもともと敏捷性の高い留美が優勢だが、間合いの取り型や構え方などの技術面や戦略面でいえば千寿のほうが上回る。

 

キィン!というひと際大きな音とともに千寿のナイフが弾かれ、地面に落ちる。勝負あったようだな。

 

「おみごとです、留美さん」

 

「……力任せにたたきつけるしか出来ない私が、技術で上回る夏世に言われても」

 

「私と留美さんが打ち合って私が負けた。これが結果です」

 

最近、留美が近接戦闘の訓練に力を入れるようになった。これまではショットガンなどを使用した中~遠距離戦闘を主体としていたが、先日のテロの一件からなにか変化があったようだ。本人に聞いても「悪いカマキ……虫が寄り付かないように」とのこと。理解できない。

 

「里見くん、比企谷くん」

 

社長が声を掛ける。そろそろ登校時刻のようだ。

 

「あー延珠、じゃあ俺たち、学校行ってくんぜ」

 

「留美、千寿。俺も行くわ」

 

グローブを脱ぎ、俺も登校の準備をする。

 

「……延珠、お前の受け入れ先、なるべく早いうちに見つけてやるからな」

 

「ゆっくりでいいぞ」

 

少し困ったように延珠が笑っている。

 

「八幡、学校とか私はいいから。強がりとか遠慮とかフリとかじゃなくて本気でいいから」

 

「分かってるよ」

 

 

 

 

 

「延珠ちゃんたちの通う小学校、まだ見つからないの?」

 

「ああ……」

 

登校中の社長の一言にから返事を返す里見。あの一件以後、延珠と留美が『呪われた子供たち』であることは近隣の学校にまで伝わっており、転入を拒否され続けている。

 

「里見も社長もそんなに学校に通わせたいのか?」

 

俺は正直、学校なんてろくなものじゃないと思っている。勉強なら家でも出来る。特に俺や留美のような勉強する意味や理由をそれなりに理解し、自宅学習がある程度出来る奴にとっては学校でほかの子と勉強するほうがかえって効率が悪い。こう言うと誰もが「勉強以外にも学ぶべきことがたくさんある。人間関係の作り方や社会の生き方など、人として成長するために学校に通うのだ」と反論する。そんなモン要らん。ほしいとは思わない。人の顔色伺って過ごすような、仮面を被って嘘をついて溶け込むような、クラスのトップカーストで好き勝手に振る舞うような、ぼっちや弱者を見下して嘲るようなそんな人間を作る教育を強要されるなら、必要ない。

 

「そりゃそうだろう。延珠と留美だって勉強したいだろうし、友達も欲しいはずだ」

 

「勉強は自宅でも出来るし、留美に関しては友達なんて欲しくないだろう。『呪われた子供たち』が学校で友達を作るとなると当然、『人間』として自分を周囲に偽って過ごすことになる。学校の友達というほど不確かであやふやで嘘偽りの存在もないことをぼっちは知っているからな。ぼっちである俺も留美も、そういった存在は嫌悪している。延珠も、自分を偽って友達を作って、表面上だけの人間関係を構築して、それでいいならいいんだが。」

 

「それは……」

 

「『呪われた子供たち』を『人間』として扱うことと、『呪われた子供たち』を『人間』の中に入れることは違うということをよく念頭において考えるようにしろよ」

 

「まあ、なんにしても先立つものは必要よね。そこで、里見くんを指名しての依頼が来たわ。なんと依頼人は聖天子様。任務は護衛よ。運が回ってきたわね」

 

「お、俺が!?」

 

「比企谷くんには何もないわ。先日のテロで裏でいろいろやってくれたのは知っているけど、もう少し表に出てくれないと知名度も上がらないし実績として処理されないのよね。おかげで比企谷くんの序列は変化なし。里見くんは千番まで上がったのに」

 

「おい里見、お前のせいで俺までとばっちりが来たじゃねえか」

 

「俺のせいかよ!」

 

 

 

 

 

昼休み、俺は教室の自分の机で一人、弁当をつついていた。小町の手作り弁当である。小町は、家事を一手に引き受けてくれており、苦労を掛けている。将来、きっといいお嫁さんになるだろう。させるつもりなど毛頭ないが。だが俺は見てしまった。小町が里見に弁当を渡しているのを。そしてこの教室で今まさに中身が俺と同じ弁当を里見がつついているのを。小町には里見は小学生にしか興味がないとちゃんと伝えたはずなのに……。

 

外は小雨。教室では今日もウェイウェイとうるさい。マイスウィートエンジェル小町特製弁当の味が汚染されているような気分になるからやめろ。

 

弁当を食べ終え、教室を見回すと、窓際にひと際目立つグループがある。いつぞやの巨乳ビッチとキラキライケメンがいるグループだ。このご時世に、実に楽しそうに笑っている。あんなものを見ていると空からいきなり鳥型のガストレアが空から現れないかなーなんて妄想が捗ってしまう。

 

と、巨乳ビッチと目が合う。巨乳ビッチはビクッとして縮こまる。俺はぼっちスキル「あなたは見ていませんよ?後ろを見ていたんですよ?」を発動させ、ゆっくりと視線を後ろの雨雲に移しながら目をそらす。ウム、完璧である。

 

ガラッ、と戸を開ける音が教室に響く。教室はチラリと戸のほうを見て、静まり返る。入ってきた女子生徒を見て、教室がシンとなる。

 

イニシエーター差別者・雪ノ下雪乃がそこにいた。

 

教室に入ってきた雪ノ下は、近くにいた男子に声を掛ける。

 

「比企谷くんはどこかしら?」

 

「ヒキタニ?誰?」

 

またこのパターンですか。しかしこの周囲が静まり返った状況では教室から出ることも透明化することも出来ないだろう。とりあえず寝たふりをして気づかれないようにするしかない。

 

「ヒ、ヒッキーならそこだけど」

 

あのクソビッチがああああああああああ!!!

 

「こんにちは比企谷くん。昼休みに一人だなんてやはり友達がいない人間のようね」

 

無視だ。無視。寝たふりを決め込む。絶対に反応しない。

 

「あら、無視とはいい度胸ね。二人きりの教室であれだけ乱暴しておいてその後は放置とは最低な男ね」

 

「オイ、そんなことしてねぇだろ」

 

反応してしまった。周りがいろめき立つ。女子が叫んでいる。なんで女子のキャーって叫びはあそこまで耳障りなん?ラノベ主人公みたいな難聴になっちまうだろ。男子がまたあいつかとか死ねよとか呟きながら恨みがましい視線を送ってくる。これは無視出来るのでどうでもいい。

 

「ヒヒヒ、ヒッキー!なんで雪ノ下さんと知り合いなの!?というか、この前の黒髪の人のことも姫菜のことも説明してほしいし!」

 

何で説明せにゃならん。あと最初のほうで蛭子影胤さんが笑ってるのかと思って背筋が一瞬ビクッてなったわ。

 

「で、何の用だ雪ノ下」

 

「無視すんなし!」

 

「あら、平塚先生があなたが部活に来ないことが大層ご立腹でね。私自ら部活に連れていくように言われたわ」

 

「俺はそんな下らん部活に行く気はない」

 

「あなたがどう思っているかはどうでもいいのよ。平塚先生からの命令でね。私も不本意なのだけれど」

 

「ヒ、ヒッキー?」

 

「お前の事情こそ知るか。どちらにしても今日は用事があるんでパスだ」

 

「あら、聖天子様の依頼はあなたは関係ないでしょう、カメレオン谷くん?」

 

俺は慌てて周囲を見回す。クラスの連中はこちらを見ていたが、さっきの話は理解できていないようだ。里見だけがこちらを睨み付けている。

 

俺は、声のトーンを落として話を続ける

 

「…………なんのことだ?」

 

「そんな反応をされてはバレバレよ。調べさせてもらったわ。あなたのこと、正確にはあなたとあなたが勤める会社とその関係者についてね」

 

「カメレオンって、まさか機械化――」

 

「それはあなたとしても言いたくはないでしょう?」

 

「どうやってそんなところまで調べた。俺の体のことは機密情報のはずだぞ」

 

「祖父に頼んで、少しね」

 

「聖天子副補佐官の立場を使って孫に機密情報教えるとか孫に甘すぎだろ……もう一人の側近は孫と殺し合いそうなくらい仲が悪いのに……」

 

「ちょ、ちょっと、何話してるの!無視しないで!」

 

「それで、あなたに仕事を恵んであげるわ。私の護衛をさせてあげる。私の祖父も今はアメリカかどこかに訪問していてね、詳しくは聖天子様から説明があると思うわ。その間、学校にいる間の護衛が欲しかったのよ」

 

「……そこから先は移動してからで構わないか?」

 

「なら、部室を使いましょう。そこなら問題ないでしょう」

 

「分かった。里見、お前もこい。この件はお前の今回の依頼にも絡んでるからな」

 

「え?ああ、分かった」

 

「……里見くん、だったかしら?あなたは今回の護衛任務について、どれだけ知っているのかしら?」

 

「聖天子様の護衛任務があるとだけ。今日の放課後に聖居で説明を受ける予定だ」

 

俺たち三人は教室を後にする。嫌な予感がする。雪ノ下の依頼も聖天子様の依頼も厄介なことになりそうだ。

 

 

 

「……うう、ぐす。ヒ、ヒッキー……」

 


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