ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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火種を残した収束

蓮太郎side

 

午前4時。

俺と延珠、そして先ほどトーチカで出会った千寿夏世の3人で、森を歩く。向かう先は、伊熊将監たち民警が集まっている場所。夏世の無線機から聞こえた声から考えるに、これから大人数で奇襲をかけるようだ。

 

合流地点へと向かう。しばらく歩くと、平野に出た。夏世の話だと、このあたりで集まっているのだとか。付近を調べると、何人かがそこにいた。

 

 

 

地面に倒れた状態で。

 

 

 

十数人はいるが、皆意識が無く、動かない。俺は、XDを抜いてあたりを見回す。しかし誰も見当たらない。

 

「そこに誰かいるのですか!」

 

夏世がショットガンを一点に向けている。その先には誰もいない。が、突然何も無いところにノイズが走ったかと思うと、1人の男が姿を現した。俺はこの男を知っている。

 

比企谷八幡だ。

 

「どうして俺がここにいると分かったんだ?」

 

「分かりません。そんな予感がした、いや、そこに違和感を感じた、とでも言いましょうか。何も無いはずなのに、何かがあるような気がしたんです」

 

「お前、確かさっきトーチカでイルカの因子を持つと言ってたな。ソナーが使えるんじゃ無いのか?その視覚以外での周囲の探索能力で比企谷に気づいたんじゃ無いのか?」

 

「そう……なんでしょうか。私は知能が高い以外に因子固有の能力は持っていないと思っていましたが……」

 

「で、比企谷。お前はこの状況について何か知っているのか?影胤がこれをしたのか?」

 

「いや、これは俺がやった」

 

「比企谷ッ!まさかお前、本当に東京エリアの消滅に加担しているのか!?俺たちを裏切ったのか!?」

 

「落ち着け。殺していない。眠っているだけだ」

 

「ッ!」

 

慌てて倒れているプロモーターの1人近寄って首筋に触れる。脈がある。

 

「なら、どうして……?」

 

「俺は影胤に露払いを命じられた。本来なら、民警の連中には、話を通して引き下がってもらいたかったんだがな。そんなすんなり引き下がるようなヤツらじゃなかった。だから眠ってもらった。里見、分かっているだろ?斥力フィールドを持つあいつとまともに対峙できるのはお前ただ1人だ。他の人間なら間違いなく傷一つ付けられずに殺される。お前がその体について何を思っているかは知らんが、お前にしか出来ないことだ。影胤はお前を通すように言っていた。お前がケリをつけるんだ」

 

俺は右手を見つめる。確かに、これを使えばあの斥力フィールドを……だが……。

 

と、先ほどまで寝ていたイニシエーターの子が目を覚ました。プロモーターの人間はまだ寝ている。恐らく、比企谷は何らかの薬品を使用して眠らせた。だが、イニシエーターが体内に持つガストレアウィルスが薬品の作用を打ち消したのだろう。

 

「目が覚めたか。もうすぐ戦闘が始まる。音にひかれてガストレアが寄ってくるかもしれん。気がついたら、早くお前らのプロモーターを担いで移動しろ。ここから南に300メートルほどのところにシェルターを見つけた。そこに避難しろ」

 

イニシエーターたちは比企谷を睨みつけていたが、すぐに自身のプロモーターを担いで南へ走っていく。

 

「あの、将監さんを知りませんか?伊熊将監。ドクロのスカーフをしている筋肉のかたまり見たいな人です。ここにはいないのですが」

 

「何人かは眠らせることが出来なかった。恐らくそいつもその1人だ。今は俺のイニシエーターに止めるように指示しているが、あいつは別の場所でガストレアを狩っていたからな。もし留美が到着する前に影胤のいる教会まで到達していれば、恐らくもう……」

 

「そう、ですか……」

 

「すまない、俺が見殺しにしてしまった」

 

「……あまりなめないでください。あんなでも私の相棒です。そんなすぐに殺されるようなことにはなりません」

 

「……そうか。お前ら、早く行け」

 

突如、銃声が響き渡る。民警と蛭子ペアとの戦闘が始まったようだ。

 

「蓮太郎ッ」

 

「よし、俺たちも行くぜ」

 

「私は残ります。先ほどの音を聞きつけてガストレアが寄ってきたようです。ここで食い止めないと」

 

「だったら、俺も」

 

「里見、行け。俺と留美も露払いを引き受ける。お前らの決闘の邪魔は誰にもさせない」

 

「……すまない」

 

俺は走る。俺に出来ることは、少しでも早く終わらせることだけだ。

 

右手を握る。決意は固まった。

 

 

 

 

 

夏世side

 

遠くで大きな音が発生し、強い光が瞬いている。あの教会で、人の枠を超えた戦いが繰り広げられているのだろう。

 

こちらでは、あの音と光に引き寄せられたガストレアが大量に現れている。その様は、雪崩そのものだ。

 

「あぐっ!」

 

突如、横の地面が陥没する。そこには、最初は何もなかったが、ノイズが走ったあとに男の人が現れた。比企谷八幡。蛭子影胤と同じ、機械化兵士の1人。

ガストレアの数が少ないうちは、音もなくガストレアをバラバラにしていたが、ガストレアが増えてくるにつれて、対処出来なくなってきたのだろう。横腹から血を出し、肩で息をしている。飛んできたと思われる方を見ると、5本の手を持つ巨大なゴリラがいた。地面に倒れているが、まだ生きているようで、5本の手を振り回している。

 

「八幡!」

 

彼女のイニシエーター・鶴見留美がこっちに来る。こっちを見ながらも、ショットガンをあちらこちらに向けて撃っている。そしてノールックで放たれた弾は、ガストレアに吸い込まれるように命中。だが手数が足りなすぎる。

 

「大丈夫だ。まだやれる。留美、千寿、残り弾薬数は?」

 

「半分をきってる。それとグレネードが残り2発。正直厳しい」

 

「私はまだ余裕があります。あなたたちは撤退してください」

 

「ここで俺らが逃げて影胤のほうへガストレアが向かったら、俺が影胤に殺されるわ。千寿、弾の規格があってるなら少し分けてくれ」

 

そういって比企谷さんの姿が消える。いつの間にか接近してきた10メートルはあるヘビの首が落ちる。留美さんに弾薬を渡して、私もアサルトライフルを装備。5本腕のゴリラを撃つ。こんなところで死ねない。まだ戦える。

 

長い時間戦っていた。永遠とも思える時間のなか、ひたすらガストレアを殺し続けた。周囲には、大量のガストレアの死体。顔がえぐれ、脳が飛び出し、輪切りになっているものもある。

 

と、遠くで地響きがなる。それも継続的に。ガストレアはその地響きを感じると、森へと走り去ってしまった。どういうわけかは分からないが、ガストレアはいなくなった。私は自分の体を見下ろす。体中に傷がある。噛みつかれたのも一度や二度ではない。だが生きている。それも五体満足で。正直、生き残れるとは思っていなかった。比企谷さんと留美さん。この2人がいなければ間違いなく死んでいただろう。2人の姿が見える。2人とも満身創痍で全身から血をだしてボロボロだが、生きている。

 

だが、見てしまった。ガストレアが恐れるようにして逃げた理由を、私たちの本当の目的を、悍ましい災厄を。

 

 

 

ステージⅤガストレアが出現した。

 

 

 

浮かれていた私は、一瞬で絶望した。もう無理だと、依頼には失敗し、東京エリアは破滅すると、悟ってしまった。

 

と、電話がなる。かけてきたのは、三ヶ島ロイヤルガーター社長。慌てて電話に出る。話によると、今、蛭子影胤が撃破されたが、ステージⅤガストレアが出現したこと。現在、里見蓮太郎が『天の梯子』を使用して、ステージⅤガストレアの討伐を行おうとしていること。その間、付近のガストレアの排除を行うように、とのこと。ノイズ交じりの電話越しに要件を伝えると、そのまま通信が途絶える。

 

『天の梯子』がその向きをステージⅤガストレアへと向けているのが見える。私には、その成功を祈ることしか出来ない。

 

「おい、千寿!」

 

比企谷さんが私に向かって何かを投げる。受け取った私は、それを見つめる。スピーカーとスイッチが付けられた、無線機のようなもの。

 

「周囲100メートル付近にセンサーと爆発物を仕掛けた。ガストレアが出現すれば、スピーカーから音声が流れるようにしてある。あとそのスイッチで設置した爆発物をすべて起爆する。俺は用事が出来た。留美を頼む」

 

そう言い残して教会のほうへと向かう。横を見ると、留美さんがこちらを見ている。その顔は、まるで自慢の親を紹介するようだ。

 

「比企谷さんでしたか。あの戦闘の最中にこんなものを作るなんて、抜かりない人ですね」

 

「もちろん、八幡の卑怯さと姑息さは誰にも負けてないから」

 

それを自慢げに語るあなたもなかなかなものですよ。

 

 

 

 

 

 

小比奈side

 

「パパぁ、パパぁ」

 

パパが負けた。パパが倒された。パパが海に沈んだ。パパがいなくなった。

 

「パパ、パパ、……ああ、あ」

 

パパがいなくなった。私1人。1人だけ。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

泣き叫ぶ。パパが沈んだ海を眺めながら、私は泣き叫ぶことしか出来ない。

 

泣いてもパパは戻ってくるわけがない。それでも止まらない。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ、あ?」

 

ぼこぼこと海から水滴が上がってくる。暗くて見えにくいが、海の中に人影が見える。

 

「ぷはぁ!」

 

「八幡!パパ!」

 

八幡がパパを引き上げて来てくれた!慌てて私はあたりを見回し、ロープを投げる。

 

八幡はパパを岸まで引き上げる。パパがせき込んでいた。生きてた!

 

「がふっ、ごほっ!……小比奈……そこにいるのかい?」

 

「パパぁ!パパぁ!」

 

パパの胸で泣きじゃくる。よかった。生きててくれた。1人にならなかった。

 

「比企谷くん、どうして私を……?」

 

「勘違いするな、お前がここで死んだら、アンタの娘に殺されるなと思っただけだ」

 

「……ステージⅤガストレアはどうなったんだい?」

 

「死んだよ。里見がレールガンを使ってな」

 

「そうか……負けたのだね、私は」

 

私たちは負けたんだね。でもパパが生きてる。それでいい。

 

「……ありがとう、八幡。パパを助けてくれて」

 

「え、お、おう。どういたしまして」

 

不思議な気持ち。パパは大好き。延珠とはまた斬り合いたい。じゃあ、八幡は?よく分からない。でもパパとも延珠とも違う感じなのは分かる。今までこんな気持ちになったことが無い。でもいやじゃない。

 

「なら、俺はこれで」

 

八幡が行ってしまう。なんか胸がキュッてなる。行ってほしくない。でもなんで?なんで行ってほしくないの?延珠と戦う前はパパに気に入られてうっとおしいって思ってたのに、どっかにいけって思ってなのに、どうして?

 

 

 

八幡は行ってしまった。また、会える。よね?

 

 

 

 

 

 

延珠side

 

「蓮太郎、なんなのだ、これは……?」

 

妾は、ステージⅤガストレアを倒した後、蓮太郎とともに、教会に来ていた。木更の話だと、ケースは教会ごと爆破するらしい。その前に、中身を一度見ておこうということになったのだが、

 

「どうして、ケースの中身が三輪車なのだ!?」

 

ステージⅤガストレアは出現した。間違いなく、これを使ったということなのだろう。だが、どうして、こんなものでステージⅤガストレアが呼べたのだ!?

 

「ここを出るぞ、延珠。もうすぐミサイルが飛んでくる」

 

「蓮太郎ッ」

 

「いいから、出るんだ」

 

蓮太郎の有無を言わさぬ雰囲気に、従うしかなかった。怖い。あの三輪車もそうだが、蓮太郎が発するあの冷たい声は、聞きたくない。

 

蓮太郎とともに、教会を出て、距離を取る。戦闘機のうなり声がかすかに聞こえて、振り返ると、教会が爆発した。

 

教会を燃やす炎は、まるで人のようだった。

 

 

 

 

八幡side

 

「ただいま……」

 

自宅のアパートの戸を開けると、いきなりのタックルを頂いた。持っていたケースが大きな音を立てて地面に落ちる。

 

「お兄ちゃん!連絡もなしに、何してたの!心配したんだからね!」

 

俺にタックルをかけ、万力のように締め付けてきたのは愛する我が妹の小町。

 

「痛い痛い!これでも全身傷だらけなんだぞ!心配するなら、もっと丁重にだな……」

 

「だからだよ!ケータイにかけても繋がらないし、木更社長に聞いてもはぐらかされるし、本当に心配したんだからね!」

 

小町の目には涙が溜まっていた。

 

「すまん。心配かけた」

 

「ホントだよ……危険な仕事してるのは知ってるけど、連絡くらいしてくれてもいいじゃん……」

 

「すまん……あぁそうだ。仕事中にケータイ壊れてな。新しいの買ったから、番号登録するか?」

 

小町は目に涙を溜めながらも、

 

「うん!」

 

満面の笑みを返してくれた。

 

「……八幡、もういい?」

 

留美の一声で現実に帰ってきた。恥ずかしっ!

 

「あ、ああ、大丈夫だ」

 

「ただいま、小町お姉ちゃん」

 

「うん、お帰り!」

 

小町が留美にも抱き着く。

 

「あ、あの……」

 

「ん?えっと、この子は……お兄ちゃんまさか」

 

「違うぞ、誘拐とかじゃないぞ。この子は千寿夏世。留美と同じ、イニシエーターだ。すまんが、しばらく家で預かることになった。よろしく頼む」

 

千寿のプロモーター・伊熊将監は蛭子影胤によって殺されていた。本来ならIISOか三ヶ島ロイヤルガーターに引き渡されるはずなのだが、本人が不安定な状態だったので、俺の判断でガストレアに殺されたことにして家で匿うことにした。ここにいたければここにいればいいし、そうで無ければ実は生きていたということにしてIISOか三ヶ島ロイヤルガーターに行けばいい。前に留美がやっていたことらしい。それからの判断は千寿に任せることにした。

 

「えっと、そんな急に」

 

「……ご迷惑でしたか、小町お姉さん」

 

「お、おねえ……ううん、全然大丈夫だよ!迷惑とか気にしなくていいよ!私のことは、お姉ちゃんと思ってくれたらいいから!」

 

千寿のヤツ、すげえな。一瞬で小町の弱点を見つけて、的確に突いている。小町は普段から留美にお姉ちゃんと呼ばれているが、やっぱりお姉ちゃんと呼ばれたいのは妹の性なのだろう。

 

「そうだ。小町、今から千寿の服を買って来てくれんか?こいつ、今着てるボロボロの服しかないからな」

 

「うん、分かった!えっと、夏世、ちゃんだっけ。行くよ!留美ちゃんもおいで!」

 

「え、あ、そんな、服なんて……」

 

「いいから!女の子がそんな服に無頓着になっちゃダメ!」

 

「いえ、そういうことではなくて……」

 

「小町お姉ちゃんはああなると止まらないから。おとなしく着せ替え人形になるしかないよ」

 

「は、はあ……」

 

小町たちはそのまま買い物に行ってしまった。せめて荷物を運ぶのだけはやってくれませんかね……?

 

俺は玄関前に放置された6つのケースをリビングまで運び込む。誰もいないうちに荷物整理をしておくか。

 

一つ目のケースを開ける。留美が使用していたショットガンとスナイパーライフル、ハンドガンが入っている。簡単に故障がないかを調べた後、ケースに整理して戻す。

 

二つ目のケースを開ける。千寿が持っていた銃機だ。こちらは千寿に任せておこう。中身を触らずに戻す。

 

三つ目のケースを開けようとしたところで新調した電話がバイブ音をあげる。知らない番号からだ。

 

「もしもし?」

 

『私だ』

 

「俺、電話で『私だ』って名乗るヤツ初めて見たよ」

 

『おや、気に入らなかったかい?』

 

「いや、別に。それで、要件はなんだ?」

 

『つれないねぇ。要件がなければかけてはいけないのかい?』

 

「そんなリア充みたいな経験ないから分からん」

 

電話をしながらも、ケースの整理を続ける。

 

三つ目のケースを開ける。千寿が使用していたマガジンや弾薬、手榴弾が入っている。こちらも千寿に任せておこう。

 

『小比奈も会いたがっているよ。次はいつ会えるの、八幡のところにいっても「パパ!」ヒヒヒ』

 

「俺、そんなに小比奈に好かれることしたっけ?」

 

四つ目のケースを開ける。俺と留美が使用していたマガジンや弾薬、手榴弾、プラスチック爆弾、ワイヤー、予備のグローブが入っている。俺の分だけ取り出して残りは留美に任せるか。

 

「里見にやられたケガは大丈夫なのか?」

 

『おや、君から話題を振ってくれるなんて珍しいね。それについては問題ないよ。順調に回復している』

 

五つ目のケースを開ける。伊熊将監が使用していたバスタードソードだ。千寿が将監の形見として持って帰ってきた。これには触らない方がいいだろう。

 

「例のブツは回収しておいた。今はこちらで管理しておく」

 

『ご苦労様。それでだね……』

 

珍しく影胤が言葉を濁す。

 

『……君の目的のことだが、面白いと思う。協力もしてやりたい。だが、その実現には私の目的以上に難しいだろう。それでも、続けるのかい?』

 

その一言に、手を止める。

 

この世界には、『人間』と『呪われた子供たち』がいる。『人間』は、『呪われた子供たち』を迫害し、『呪われた子供たち』は、その目とガストレアウィルスを保有するという理由から『人間』を恐れさせる。

両者には、深い隔たりがあり、相互理解など夢物語だ。それでも、『人間』と『呪われた子供たち』は同じ場所で生きている。『人間』が住む内周区と『呪われた子供たち』が住む外周区との物理的距離は短い。町中に『呪われた子供たち』が現れることもあれば、外周区に『人間』が行き、『呪われた子供たち』を攻撃することもある。

 

それはなぜか、それは東京エリアという小さな箱庭の中だからだ。

 

どれだけ離れようとしても東京エリアの中だけでは限界がある。しかし、モノリスの外で生きられる保障はない。だから、どちらも逃げることは出来ず、お互いがお互いを攻撃し合うような現状になっている。

 

だから、俺は、決めた。理不尽に攻撃される子供たちを守るために、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『呪われた子供たち』による自治エリアを東京エリアの外に作る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのために、何が出来るのかは分からない。何をすればいいのか分からない。本当に出来るのかも分からない。何もかもが手探り状態だ。それでも、俺は答える。

 

「当然だ」

 

手を止めるわけにはいかない。俺は動き続ける。子供たちが子供たちとして生きることができるエリアを作る。

 

俺は六つ目のケースを手元に引き寄せる。ここに来る前は、ケースなんて一つも持っていなかった。荷物はすべてポケットやポーチなどに収めてきた。それは留美も同じ。三本の銃を背負い、体のいたるところに弾薬を所持していたが、ケースは使用していない。これらのケースは、影胤襲撃のために待機していた民警連中がイニシエーターに運ばれるときにおいていったケースを利用している。

 

千寿が一緒にいたことも好都合だった。大量のケースを持っていても、留美も千寿も銃機やトラップを大量に所持するタイプのイニシエーターだった。だから大量のケースを持っていてもさほど周囲の人間から怪しまれることもなかった。また、例え所有者が分からないケースが混じっていたとしても、留美は『千寿が使用しているケースだろう』と、千寿は、『留美さんか比企谷さんが使用しているケースだろう』と判断する。結果として、よく分からないケースが誰もが納得した状態で運ばれることになる。

 

六つ目のケースを開ける。その中には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れた、三輪車。

 


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