ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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蛭子との取引

八幡side

 

「ヒヒヒ、そう警戒しないでくれたまえ。比企谷くん」

 

海老名の所で各種準備を終えた俺と留美は、夕暮れに包まれる未踏査領域を、蛭子影胤・蛭子小比奈とともに歩いている。影胤の手にはジュラルミンケース。影胤曰く、この中にはステージⅤガストレアを呼び出すための触媒が入っているのだとか。

 

「気にすんな。ぼっちの習性だ。周りに気を配っておかないと、ぼっちはすぐに攻撃されるからな」

 

俺たちは、かつて港に建てられた教会へと向かっている。そこで、ステージⅤガストレアを呼び出すための儀式を行うらしい。かれこれ数時間は歩き続けている。

 

「私と比企谷くんは友人じゃないか」

 

影胤の依頼者が手配したヘリで降下できるポイントまで運んでもらい、そこから歩いているが、直線距離で言えばそれほど離れているわけではない。しかし、ガストレアに見つからないように静かに、そして地中の不発弾を回避するためにたびたび迂回しながら進むため、時間がかかっている。

 

「あいにく、俺は友人なんてこれまでいなかったんでな。そういう『人間』の常識とかには疎いんだよ」

 

影胤には、あれ以来、かなり好かれてしまったようだ。闘争を求める影胤にとって、戦うための存在だとか、平和を嫌う存在に好感を覚えるらしい。里見にご執心なのも、俺や影胤とおなじ機械化兵士にある独特の空気を感じ取っているからなのかもしれない。

 

「パパ、こいつの言ってること、意味わかんない。斬っていい?」

 

逆に小比奈には嫌われているようだ。パパが自分以外の人間と親しくしたりするのが気にいらないようだ。

 

「よしよし、まだダメだよ。我慢なさい」

 

やはりこのお転婆娘をコントロールできるのは影胤だけだ。というか、『まだ』じゃないよ?未来永劫斬っちゃダメ。ぜったい。

 

「親離れが出来ていないようだね。馬鹿みたい」

 

「弱いくせに、何言ってるの?斬るよ?」

 

留美と小比奈も仲はよろしくない。というか、どちらも対人能力が高くないので、仲よくしようとかそういったことは微塵も考えていない。あ、俺も対人能力低いや。

 

「あ」

 

留美が顔をあげて触覚をピコピコさせる。全員が立ち止まる。そのまま数秒間触覚をピコピコさせ、左を見る。そこには、木が数本……の根本に全長30センチメートルはありそうなセミがいた。赤く光る目と俺の目が合う。間違いなくガストレアだ。セミのガストレアはぎぎぎぎぎぎッッ!!!とセミとは思えない禍々しい鳴き声で鳴きだした。と、あちこちで赤く光る目が見える。鳴き声に反応してガストレアが集まってきたようだ。

 

「比企谷くん、今から前夜祭といこうじゃないか。君の力を私に見せてくれたまえ」

 

「パパ、こいつら、斬っていい?」

 

『こいつら』に俺らは入ってないよね?

 

 

 

 

 

小比奈side

 

2本の小太刀で、飛んできたセミを3枚におろす。振り返って、小太刀を投げる。投げられた小太刀は、2メートルはあるアリの口に突き刺さる。そのままアリのところへ走って近づいてジャンプ。アリの顎から小太刀を突き刺し、頭から小太刀の先っぽが飛び出る。動かなくなったアリから2本の小太刀を引き抜く。足元には、細切れだったり、頭や腕が取れた死体が大量に転がっている。

 

ガストレアを斬りながら、しかし意識は別の場所を向いている。

 

その場所には、『呪われた子供たち』の1人がいる。確か、留美だっだっけ。背中に3本の長い銃を持ってる。確か、2つは、ショットガン、もう1丁は、スナイパーライフルって言うんだっけ。そいつの後ろから、セミが飛んでくる。留美は、後ろを見ることなく、背中からショットガンを抜いて片手撃ち。セミの体がはじけ飛ぶ。周りから大量のセミが現れて飛んでいく。留美は、視界を動かさずに、ショットガンを両手に持って、周りのセミを撃ち落としていく。

 

と、そこにでかいトカゲが現れる。まわりの木ほどの高さがある。しかしあれはトカゲだろうか。体はうろこに覆われて手足にはでかい爪があるが、2足歩行をしている。どっしりとした太い後ろ足で立つその姿は、リザードマンそのもの。

 

リザードマンが爪を振るう。留美がショットガンを撃つが、お構いなし。リザードマンの手が留美のすぐそこまで迫ってくる。死んだかな。

 

と、どしんとおおきな音を立ててリザードマンが転んだ。よく見ると、足が切断されてた。リザードマンは足を失ってキョトンとして立ち上がろうとしてたけど、急に動きを止めた。しばらくして、その大きな頭が首からぬるぬるとずり落ちていく。

 

今度は大量のトンボみたいなガストレアが飛んできた。けどこちらに来る前に翅と頭がバラバラになって落ちていく。でかいイノシシみたいなガストレアが来れば、こちらに来る前に足がなくなって動けなくなり、留美がスナイパーライフルで頭を撃つ。

 

不思議。大量のガストレアを殺しているのに、そんなに音がしない。銃を撃ってるのに音も光も出さず、肉をえぐる音もしないのに、ガストレアがバラバラになっていく。ガストレアはうめき声も出さずに殺されていく。そこには、死んだガストレアが地面に横たわる、そんな音しかしない。

 

と、私の後ろに気配。振り返ると、クモのガストレアが目の前にいた。けど、横からきた光の槍みたいなのがクモの頭を貫く。パパの技だ。

 

「小比奈、どうだい?彼らはなかなか面白いだろう?」

 

改めて、見る。あいつらが切断した死体は、関節や骨の継ぎ目で切断されている。私がやったくらい、綺麗な死体だ。あいつらの戦闘は、まるで見れば命を奪われる死のダンスのような、そんな美しさと儚さが感じられた。

 

 

 

付近にガストレアがいなくなり、空中にノイズが走ったと思うと人間が現れた。確か、八幡だっけ。戦った時も思ったけど、結構、面白い奴なのかもしれない。

 

「付近にガストレアは?」

 

「いないようだね。さっきの戦いはなかなか面白かったよ」

 

「そりゃどうも。なら行くか」

 

パパが八幡を気に掛ける理由がなんとなく分かった気がする。

 

 

 

 

 

留美side

 

「こんなもので本当にステージⅤガストレアが呼び出せるの?」

 

教会に到着した私たちは、ケースの中身を見させてもらった。そこには、壊れた三輪車が入っていた。てっきりステージⅤガストレアに自身の位置を知らせるために散布するフェロモンの入った液体か、ステージⅤガストレアの遠吠えを再現するための装置か、はたまた他のガストレアに注入することでステージⅤガストレアを人為的に生成するための注射器か、そんなものを連想していた。今更ながら、影胤が『触媒』と呼んでいたことを思い出す。『触媒』。確かに、宗教的な意味をこの三輪車は持っていそうな気がする。正直、気味が悪い。どうせなら王を選定する剣の鞘でも触媒に使ってステージⅤガストレアじゃなくてどこかの英霊でも召喚してほしい。

 

「心配しなくても、ちゃんとステージⅤガストレアはこの三輪車を取り返しに来るよ」

 

「取り返しに?」

 

まったくもって理解出来ない。いや、してはいけないとすら感じる。なにか、踏み込んではいけない何かを感じてしまう。知らないほうがいいと、誰かが警鐘を鳴らしている。

 

七星の遺産。影胤はそうも言っていた。つまり、この三輪車は、七星村というところにかつて存在していた。それがなぜ、ステージⅤガストレアを呼び出せる触媒となり得るの……?

 

「さて、これよりステージⅤガストレア・スコーピオンを呼び出す儀式を行う。比企谷くん、君たちはここへ誰も・何も近づけないでほしい。簡単に言えば、露払いをお願いしたいのだが」

 

「よく言うぜ。アンタらなら、誰が来ても無傷で殺せるくせに。まあ、構わねえがな」

 

「よろしく頼むよ、我が同士よ。あぁ、そうそう、里見くんと延珠ちゃんだけは通してくれないかな。彼とは、私が決着をつけなければならない。最も、生きていれば、の話だが」

 

「延珠!!延珠来てるの!?会いたいな、斬りたいな。会いたいな、斬りたいな。会いたいな、斬りたいな」

 

「分かったよ。通しておく。行くぞ、留美。仕事の時間だ」

 

「……うん」

 

影胤による東京エリア破滅は、着々と進行している。もうすぐ、ステージⅤガストレアが召喚されるかもしれない。私と八幡は、その片棒を担いでいる。八幡は、影胤に従って儀式の支援を行っている。恐らく、ここへは、多くの民警が向かっているハズ。私はその人たちを場合によっては殺す必要があるかもしれない。もちろん、影胤に逆らえば、殺されるかもしれない。もしこんなとこに置き去りにされたら、東京エリアに無事に帰れるとは思えない。もしかしたら、こうやって影胤と行動していることが東京エリアに知れ渡っていて、帰ったら犯罪幇助とか言われて犯罪者となるかもしれない。そうなったら八幡と民警ペアでいられないかもしれない。延珠とも会えない、下手をすればもうすでに嫌われているかもしれない。そもそも、帰る場所がステージⅤガストレアによって存在しなくなる可能性もある。

いろいろなことがあって、いろいろなことを考えてしまう。私は不安で押しつぶされそうだ。

 

「大丈夫だ」

 

「大丈夫って、何を根拠に……!」

 

「留美は、俺が守る」

 

「……ッ!」

 

こういうことをいきなり言うとか留美的にポイント高すぎるよ……。

 

「今のところ、俺の作戦通りに進んでいる。蛭子影胤を倒せるのは里見だけだ。だったら、俺たちはあいつがここに来る前にくたばらないように露払いをするのが最適解だ」

 

「そうだね」

 

八幡がそばにいる。いてくれる。今はそれだけで十分。例え裏切者の汚名をかぶっても、東京エリアが消滅しても、死ぬことになっても、八幡がいてくれて、信じてくれるなら、それでいいよね。

 

 

 

……例え世界が消滅しても。

 


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