八幡side
自宅アパートにて、俺と雪ノ下陽乃は部屋に二人きりで睨みあっている。
「あの~今日はもう遅いんで帰ってもらえませんかね?」
「あ、比企谷くんひど~い!私を除け者にするつもり?」
頭が痛い。なんなんだこの女は。
「で?俺がアンタのアジュバントに入れって?なぜ俺なんだ?IP序列は13万5800位だぞ?もっと優秀な人間なんて他にもたくさんいるだろ」
「君が面白いからだよ」
「……」
「それに、機械化兵士である君がそんな序列通りの実力じゃないことくらい、君が一番理解してるでしょ?あと、私に逆らえない人間であることも理由の一つかな。君も学校くらいいつも通り通いたいでしょ?」
「……学校に手を回していたのはアンタか」
「御名答」
襲撃事件以降、俺もいつも通り勾田高校に通っている。部室や家庭科室を爆破したり教室に車が突っ込んだりといろいろやらかしていたが教師・生徒から何も言われることはなかった。最初は俺の天然ステルススキルはここまですごいのか……、と将来は大怪盗になろうかと思ったが、彼女の家の力があればそれも可能だろう。
「あ、断ったら学校の修理費の領収書は比企谷くんにプレゼントするからね♡」
あ、駄目だこりゃ。そんなことになったら俺は小町らを守るために臓器を売らなきゃならんぞ……。ん、小町?
「……おい、小町と留美はどうした?」
「ん?小町ちゃんたちなら里見くんの家にいるよ?」
「……そうか」
「なんか可愛い恰好してたよ。天誅ガールズっていうんだっけ?向こうの部屋ではコスプレ大会でもしているのかな?」
「な、なにい!?」
俺は思わず立ち上がり、里見の部屋へと向かう。俺の目が腐っているうちはそんなこと許さんぞ!
転げそうになりながらも扉を開けると、そこには、
ショットガンを構えた千寿が立っていた。
「あなたがこの話を承諾するまで部屋から出すことはできません」
「千寿……、お前……」
たった数日一緒に生活して、別れてからも数日しか経っていないが、懐かしさで声が歪む。
だが、こちらは感動の再会でも向こうはそうでもないらしく、冷めた眼差しを俺に向け、ショットガンを俺に突き付けている。
「心配しなくても、彼女の安全は保障するよ。最も、比企谷くんがアジュバントに入らずに私たちだけでアルデバランに立ち向かったら、どうなると思う?」
「……分かったよ。アンタのアジュバントに所属するよ。これでいいんだろ?」
「よろしい。じゃあ、私たちはこれで。帰ろっか、夏世ちゃん」
「分かりました」
そう言い残して去ろうとする二人。雪ノ下陽乃に従う彼女は伊熊将監とともにいたころの彼女を彷彿とさせる。
「なあ、千寿。また、小町に会いに来ないか?小町にはお前のことは『新しいプロモーターのもとへ行った』としか説明してないが、会ってやったらきっと喜ぶよ」
「……」
彼女たちは振り向くことなく去って行った。
モノリス崩壊まで、あと六日。
小町side
「「――――あなたのハートに天誅天誅♪」」
「「あ、あなたのハートにてんちゅーてんちゅー……」」
延珠ちゃんが楽しそうに、ティナちゃんが少し恥ずかしながら天誅ガールズのおなじみのあのセリフを口にする。そのあとから小町と留美ちゃんも続いたけど、留美ちゃんは完全に棒読みだし、小町は恥ずかしすぎてうまく言えなかった。
蓮太郎さんが驚いているのか呆れているのか引いているのか分からない表情を浮かべている。
一〇歳前後の留美ちゃんたちならまだいいけど中学生の小町的にキツイものがあるよ……。
どうしてこんなことに?
ことの始まりは一時間ほど前。お兄ちゃんが外出している間に留美ちゃんと夕食を作り終えた小町は四人分の料理を作っていたことに気付いた。夏世ちゃんが新しいところに行っちゃってから数日経つけど、今でもたまに夏世ちゃんの分まで作っちゃう。
冷蔵庫に入れておいてもよかったんだけど、せっかく作ったんだから小町はお隣さん、つまり蓮太郎さんのところにおすそ分けすることにした。一人分しかないけど、あの人いつもモヤシがメインの涙を誘うようなものしか食べてないから喜んでくれるよね!
というわけで、小町は留美ちゃんと一緒に料理を持って蓮太郎さんのところを訪問することにした。
小町はチャイムを鳴らす。
「はい」
玄関を開けて顔を出したのはティナちゃんだった。
「あれ?ティナちゃん?どうしてここに?」
「今日は蓮太郎さんの家にお泊りなんで……」
「へぇ~」
「そ、それでどういったご用件で……」
ティナちゃんはやけにもじもじしながら扉で体を隠すようにしている。
「おお!小町ではないか!」
「延珠ちゃん?」
後ろから延珠ちゃんの声が聞こえた。
「せっかくだから入れ入れ!」
延珠ちゃんが扉の隙間から出てきて小町と留美ちゃんをグイグイと押し込んでくる。
よろけながらも中に入ると、ティナちゃんがいた。
ピンク色のフリフリの服を着て。
「何それ。天誅ピンク?」
留美ちゃんが何のコスプレかをすぐに見分ける。まぁ、お兄ちゃんとよく天誅ガールズ見てるしね。
「は、はい……」
ティナちゃんが少しモジモジしながら答えている。かわいい。
「いいところに来たのだ留美に小町よ!妾も呼びに行こうと思っていたのだが、来てくれたなら好都合なのだ!」
そう言う延珠ちゃんの手には二着の服。え?まさか……、
「さあ!これを着るのだ!」
「こうなったら小町さんと留美さんも道連れです。逃がしません」
服を持ったままジリジリと迫ってくる延珠ちゃん。
「や、ちょっと待って、落ち着いて……」
女の子に服を脱がされるという経験は小町的にポイント低いと思います。
「すまんな小町。変なことに巻き込んじまって」
「いやいや、小町的には問題ないかなーって」
キッチンで料理をする小学生三人を眺めながら小町が作った料理を食べる蓮太郎さん。
「すごく美味しいな。弁当もそうだが小町は料理がうまいんだな」
「二人も食い扶持がいたら自然とそうなりますって~」
何とか笑顔を保てているが、今の恰好は正直凄く恥ずかしい。
私が来ているのは天誅グリーンの服で、お腹は丸出しだしスカートの裾もかなり短く、ほとんど水着だ。みんなフリフリの装飾があるのに、小町の服は露出度が以上に高い。おまけにここからだとキッチンに立つ延珠ちゃんのパンツがちらちら見えるから自分も見えてそうな気がして落ち着かない。ていうか蓮太郎さん延珠ちゃんたちのこと見すぎじゃない?
ちなみに留美ちゃんは天誅バイオレット。スカートも比較的長め(それでも十分ミニ)で露出している場所も少ない。
きっと延珠ちゃんは留美ちゃんの髪が若干紫がかっているからバイオレットにしたんだと思う。でも小町的には服を交換してほしい。
ティナちゃんのピザも頂いちゃってすっかり満腹になってしまった。
小町と留美ちゃんがついまったりしていると、いつの間にか延珠ちゃんとティナちゃんが言い争いをしていた。
「じゃ、じゃあ妾たちが作った対巨乳組織『カウンターおっぱい』は、どうするのだ?」
延珠ちゃんはバッジを高らかに掲げて訴えている。
「今日限りで、解散です」
ティナちゃんが自分の胸に付けられたバッジをむしり取って地面に叩きつけ、かかとでにじる。
「まだだ!まだ『カウンターおっぱい』は消滅しない!小町!これを受け取るのだ!」
延珠ちゃんが小町に『C.O』と書かれたバッジを渡してくる。
「妾だけでは木更のあの巨乳には勝てん!あの巨乳に打ち勝つためにも妾たちは団結しなければならないのだ!」
延珠ちゃんが涙ながらに手を握ってくる。
……いや、小町は中学生だからね?延珠ちゃんたちは小学生だから胸が小さいのは仕方ないかもしれないけど、小町まで胸が小さい扱いされるのは小町的にポイント低いよ?まぁ不本意ながら小町の胸が大きいとは言えないけど。
「あれ、私は勧誘してくれないの?いつ何時でも私はぼっちなの?」
「お主には八幡がおるだろ」
あ、お兄ちゃんのこと忘れてた。
雪乃side
「……ここ、本当に人が住めるのかしら」
眼前には見るに堪えないボロアパート。だがここが私の新しい住居となるのだ。
姉さんに命を狙われたあの日から、私は雪ノ下家を出奔することに決めた。姉さんが私の命を奪おうとしたことを訴訟しようとするも、雪ノ下家に阻まれてしまった。それで気付いてしまった。雪ノ下家が姉さんの手中なのか、姉さんの意志は雪ノ下家の総意なのかは分からないが、私は不要であることが。もう、これ以上雪ノ下家にいることは出来なかった。
私の口座には今の高校を卒業するまでの衣住食には十分過ぎる額のお金があるが、私が働きに出るまではもうこの口座にお金が入ることはない。ならば、なるべく出費は抑えるべきだろう。
そんなわけで、家賃の高い高層マンションを出て、少しでも安い住まいに移るわけなのだが……、このボロアパートを見ているともう少し選んでもよかったのではないかと思える。
とはいえいつまでも遠巻きに眺めているわけにもいかない。もうすぐ荷物が送られてくる時間だ。急いで自分の部屋に行かなければ………………ッッッッ!!!
アパートの二階部分へとつながる階段を下りてくる二人が目に入った私は、思わず近くの路地へと逃げ込んでしまう。
一瞬だけチラリと見えただけだが分かる。今、階段を下りているのは姉さんだ。もう一人は前に私の護衛をした『呪われた子供たち』だったか。
カツカツという階段を降りる足音が付近に響いている。私は路地でただ身を小さく丸めて過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。
数十分が経過し、私はようやく路地から出ることが出来た。額からは汗が吹き出し、手足はまだがくがくと震えている。
かつて、私にとって姉さんとは憧れや乗り越えるべき壁とでもいうべき存在だった。だが、今はもう憎悪と恐怖の対象とでもいうべき存在だ。私にとっての死の象徴となってしまった。
なぜ、姉さんがここに?私の引っ越し先を知る人は私自身以外にいないはずだ。それなのに、どうして……?
大家から部屋の鍵を借り、部屋の鍵を開け、そのまま薄汚れた畳の上に倒れこむ。畳からは変なにおいが漂い、チクチクとした畳のささくれが私のほほを刺激するが、もう動く気にはなれない。
まだ震える私の手を眺めながら呟く。
「…………私もずいぶんと弱くなったのね」