ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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病院にて

留美side

 

今朝、護衛対象と部室に待機していると、学校中に爆音が鳴り響いた。きっと、八幡が襲撃者と対峙しているんだと思う。私は八幡を信じてここで待つことしか出来ない。

 

それから数秒後、携帯が震える。それは、八幡のバイタルサインが停止したことを通知するものだった。

 

校舎のあちこちで生徒が悲鳴を上げている。私はその混乱をついて護衛対象を担ぎ上げて廊下を疾走。護衛対象が何か喚いていたが無視して私はどこかにいるはずの八幡のもとへと向かう。

 

その場所はすぐに分かった。八幡は校庭の脇に転がっていた。ぐしゃぐしゃになった車とともに。何が起こったのかさっぱり分からないが全身から血を出して倒れている八幡を抱えて護衛対象とともに病院へと向かう。

 

病院に文字通り私に担ぎ込まれた八幡は、すぐに手術を受けることになった。本来ならあのパトロンの眼鏡の人のところへ持っていくのが契約なんだけど、そんな時間はなかった。だからこれは不可抗力。私は悪くない。

 

護衛対象には車と護衛を呼ばせ、帰ってもらった。あと、聖天子副補佐官が帰ってくるまで自宅を出るなと伝えると素直に承諾してくれた。やはり二度も襲撃され、護衛の一人が重体の状況ではそれも仕方ない。

 

八幡は今も手術室で戦っている。だけど、今の私には何も出来ない。ただ、手術室の外に備え付けられた横椅子の上で胎児のように体を丸めていることしか出来ない。八幡のぬくもりを思い出しながら、体を抱きしめる。それ以外のことは考えたくない。眠りたくない。眠って起きたら、八幡が本当にいなくなりそうだから。

 

眠ることのできないまどろみの中、私は死んでいくように目を閉じる。時間が私だけをおいていくような、そんな気分になる。

 

「留美……?」

 

どれくらい時間が経過しただろうか。耳に辛うじて入ってきた私の名前を呼ぶ声に反応して私はよろよろと首を持ち上げる。そこにいたのは、八幡の同僚、里見蓮太郎だった。よれよれのシャツを着て、痩せこけており、ぼろぼろだが、目には僅かに生気がともっている。

 

「蓮太郎……蓮太郎……うわああああん!!!」

 

蓮太郎の顔を見て、思わず泣いてしまった。蓮太郎がこちらによって来る。私は駆け寄って抱き着く。

 

「ぐすっ、ひっく、うわああああああああああ……男臭っ」

 

「……おい」

 

 

 

 

 

蓮太郎の男臭さで落ち着いた私は、手術室の外に備え付けられた横椅子で蓮太郎と無言で座っている。今更ながらさっきの行動が恥ずかしくなりつつある。八幡に抱き着くのは構わないっていうか役得だけど蓮太郎にしたのは恥ずかしいし、なんか見られたのは腹が立つ。

 

チラリと蓮太郎を見る。すると同じくチラリとこっちを見た蓮太郎と視線がバッティング。慌てて八幡から伝授された奥義「あなたは見ていませんよ?後ろを見ていたんですよ?」を発動させて蓮太郎の影に隠れてた松葉杖で歩いている老人に視線を移しつつ蓮太郎から目をそらす。

 

だいたい八幡からぼっちのカリスマちょうきょ……教育を受けた私にこの状況で何か出来るとでも?私は八幡の教育通り、「ぼっちが誰かと二人きりになっても決して自分から話題を振ったりするな。無言で構えていて、相手が何か振ってきた時だけ会話するんだ」を実行している。だから私は悪くない。

 

「なあ、留美は」

 

蓮太郎が何か言いかけると同時に、手術室の扉が開いて一人の医師がこちらに駆け寄ってくる。

 

「手術はひとまず終了しました」

 

「どうだったの!」

 

「ひとまず峠は越え、一命は取り留めました。もう命に別条はありません。ただ、意識が回復するのは少なくとも数日かかるかと」

 

「よかった……」

 

「私はひとまずこれで失礼します。まだするべきことが残っているので」

 

医師はどこかへ立ち去ってしまった。

 

「じゃあ、蓮太郎。私はこれで」

 

「どうするつもりだ?」

 

「決まってるでしょ。襲撃してきたあの女を殺す。襲撃者の依頼主も殺す」

 

そう、私が殺す。八幡をあんなことになった原因すべてを殺す。

 

立ち去ろうとした私の腕を蓮太郎は掴む。

 

「待て、そんな頭に血が上った状態で行っても返りうちにあうだけだ」

 

「私は冷静。問題ないよ」

 

「いや、駄目だ。お前は殺される」

 

「蓮太郎は私よりも構うべき相手が……」

 

そこまで話して自分の軽率な発言に気付き、口を噛み締める。延珠は、昨日死んだんだ。私、最低。気が立っていたからって許される発言ではない。

 

「延珠なら、生きてるよ」

 

「え?」

 

「延珠なら、生きてる。多量の麻酔が投与されたから数日は目を覚まさないが、間違いなく生きてるよ」

 

「……そう、よかった」

 

「……なあ、お前らいつ襲撃された?」

 

「え?確か八日前と昨日、そして今朝の三回。いや、今朝は八幡から襲撃者に接触したから襲撃を受けたのは二回か」

 

「俺も同じ日に聖天子様の護衛をして、同じ日に襲撃を受けた。これは偶然か……?」

 

「……襲撃者の依頼人は政府関係者……?いや、それより、次の会議はいつなの?」

 

「明日、午後八時だ」

 

「……なるほど、日を合わせている可能性は否定できないね。けど護衛対象にはもう学校に行かないように言ってるしもう襲撃される可能性はないと思う」

 

「どうする気だ?」

 

「今から護衛対象の家まで行って護衛対象に引っ付いてるよ」

 

「そうか。絶対に生きて帰れよ」

 

「もちろん。じゃあ、行くね」

 

私はその場を後にしようとする。と、こっちに走ってくる二人の女の子。

 

「留美ちゃん!」

 

「留美さん!」

 

「小町お姉ちゃんと、夏世?」

 

二人はこちらに駆け寄ってくると手を膝について肩で息をしながら私に叫んでくる。

 

「お兄ちゃんは!?」

 

「えっと、とりあえず一命は取り留めたって。意識が戻るのは数日後の予定だって」

 

「よ、良かった……」

 

小町お姉ちゃんはその場に崩れるようにしてお尻をつく。

 

「今回の襲撃のことは社長さんに聞きました。留美さん、護衛は続けるのですか?」

 

「もちろん。もう行くね」

 

「留美ちゃん待って!」

 

「なに?」

 

「……えっと、その」

 

「何もないなら、私、行くね。大丈夫。八幡をこんなことにしたやつは全員殺すから安心して待ってて」

 

「留美さん」

 

「夏世?なに?私、急がないと」

 

「少し黙ってください」

 

パァン、と夏世が私のほほを平手でぶつ。

 

「八幡さんが殺されかけてあなたの頭に血が上っているのは分かってます。そしてそれは私も同じです。あなたが報復をしようというなら、私も付き合わせてもらいたいくらいです。けれど、小町さんの気持ちも考えてあげてください。八幡さんが殺されかけたことは小町さんにとっても辛いことだと思います。だからこそ、小町さんはあなたが八幡さんのようになって欲しくないんです。小町さんには失礼を承知で言わせてもらいますけど彼女は祈ることしか出来ないんですから」

 

「……それは知ってる」

 

「いいえ、分かっていません。いや、分かっていてその態度ならもう一度叩く必要がありそうですね。落ち着いてください。襲撃者の身元は分かったんですか?」

 

「うん」

 

「そうですか。あなた、今から護衛ではなく襲撃に向かうつもりですね。護衛なら、今すぐ行く必要はないはず。護衛対象の人は家にいるのでしょう?。里見さんと八幡さんの話を聞くに、聖天子様の襲撃者と護衛対象・雪ノ下さんの襲撃者は襲撃の日を合わせている。つまり、今日、襲撃する可能性は低い。それでも留美さんがそこまで急ぐ理由。それはただ単に襲撃者を一秒でも早く殺したいという思いがあるだけではないんですか?」

 

「……よく分かったね」

 

「そうしたいのは私も同じですから」

 

「なら、どうするの?」

 

「簡単ですよ。備えるだけです。次の襲撃に向けて」

 

「なるほどね。それは分かりやすい」

 

「では、すぐに戻りましょう。小町さんにもしっかり手伝って貰いますからね」

 

「もちろんだよ!私頑張るから!」

 

小町お姉ちゃんが目に涙を浮かべながらも笑みを浮かべている。

 

「大丈夫そうだな。俺はもう行くよ」

 

「あ、里見さん。いたんですか」

 

「おい、気づいてなかったのかよッ?」

 

「も、もちろん気付いてましたよ?ついさっき来てましたもんね。疑うなんて小町的にポイント低い!」

 

「小町お前気付いてなかっただろ。最初からいたよッ?」

 

「で、なんでまだいるの?」

 

「……俺はもう行くよ」

 

「蓮太郎はどうするの?相手は狙撃のプロなんでしょ?イニシエーターの延珠なしで近接戦闘特化の蓮太郎に何が出来るの?」

 

「さあな。とりあえず銭湯にでも行って、それから先生のところにでも相談――」

 

『銭湯!!!』

 

「……………………」

 

 

 

 

 

私たちは蓮太郎の奢りで銭湯に行った。……入浴シーン?そんなものあるわけないでしょ。バカじゃないの?

 


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