ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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第一次雪ノ下襲撃事件

八幡side

 

「私の祖父が留守の間、学校での護衛を依頼するわ」

 

昼休み、俺と里見は奉仕部の部室で雪ノ下から依頼の説明を受けていた。

 

依頼内容は聖天子副補佐官が帰国するまでの間、学校にいる間透明化した状態で近くで護衛を行ってほしいとのこと。

 

自宅や通学中は専属で護衛を行う人間が存在するが、雪ノ下は護衛をつけることをかなり嫌っており、学校内では護衛をつけていないそうだ。

 

しかし、今回、聖天子補佐官と聖天子副補佐官の両方が海外を訪問しているらしい。両方いない、というのは初めてのことらしく、もしかしたら今まで二人がいるために行動出来なかった派閥などが雪ノ下に手を出すかもしれないとのこと。

 

里見は恐らく聖天子補佐官の代わりとして聖天子様の護衛を引き受けることになるのだろう。その説明を放課後に受けるはずだ。

 

時計を見ると昼休みは残り五分。

 

「里見くん、そろそろ教室に戻ったらどうかしら。鍵は私が掛けておくわ」

 

「お前たちはどうするんだ?」

 

「彼にはまだ依頼の説明を続けるわ。次の授業の時間を使ってね」

 

「なら俺も残ったほうがいいんじゃないか?」

 

「あなたは今回の事情について聖天子様から説明を頂くでしょう?あまり詳しすぎると疑われる可能性があるわ。それに、今から話すことはあまり多くの人間が知るべきではないわ。漏洩の可能性があるもの」

 

「……分かった」

 

そういうと足早に教室へと戻っていく。部屋には俺と雪ノ下との二人きりになる。しばらくしてチャイムが鳴り響く。

 

「学校一の優等生が授業サボっていいのかよ」

 

「先生には部室で食事していたら貧血で倒れてしまったと説明するわ。あなたは大丈夫なのかしら」

 

「まあ、どうとでもなるだろ。別に成績なんて気にしてないし」

 

俺が学校に通うのは後援者(パドロン)との契約があるからだ。民警としての依頼が理由なら契約には問題ない。

 

「そう、なら話を進めましょうか。依頼は学校にいる間の護衛。具体的には朝に校門を抜けてから放課後、校門を抜けるまでよ。その間あなたには透明化した状態でそばにいてもらうわ」

 

「学校にいる間は四六時中ずっとってことかよ」

 

「もちろん更衣室やトイレでは必要ないわ。覗いたらどうなるか分かっているでしょうね?」

 

「するかよ」

 

「こんな美少女の着替えに興味がないというの?まさかあなたもロリコンでホモでゲイバーのストリッパーだというのかしら?」

 

「里見……」

 

思わず涙が零れそうになる。こんな友達いなさそうな奴にまで噂が届いてるなんて……。ただ里見のせいで俺までとばっちりが来るのは勘弁してもらいたい。

 

「それと、奉仕部にも所属してもらうわ。平塚先生の依頼を無碍には出来ないもの」

 

「それは天童民間警備会社への依頼と受け取っていいのか?」

 

「これは奉仕部部長である私が勾田高校二年の比企谷くんへの命令よ」

 

「ふざけんな。俺は部活なんぞに所属するつもりはない」

 

「護衛を行う以上、同じ部活に所属していたほうが都合がいいのも事実よ。護衛を依頼する側としてもお願いするわ」

 

確かにそれは事実だ。それに依頼を受けるのであれば依頼人の指示に従うことも必要だろう。

 

「……分かったよ」

 

「そう、なら話を続けましょう。期間は聖天子補佐官又は聖天子副補佐官のどちらかが帰国するまでの間。それと、あなたのイニシエーターをこの学校にいさせることは可能かしら?」

 

「可能だが……なぜだ?お前はイニシエーターを毛嫌いしているだろ?」

 

「確かに私はあなたに言わせればイニシエーター差別者になるのかしら。けれど、実際問題もし襲撃者がイニシエーターの場合、プロモーターであるあなた一人で対抗出来るのかしら?」

 

「正直厳しいのは事実だな。分かった。留美も護衛任務を引き受ける。ただ、あいつは透明化出来ないぞ。どうするんだ?」

 

「この部室に待機してもらって有事の際には駆けつけてもらいましょうか。鍵をかけていれば先生も中に入ることはないでしょう。他に質問は?」

 

「報酬は?それ如何では依頼は受けないぞ」

 

「ふむ、そうね。あなたのところの社長と交渉させてもらえないかしら」

 

……社長と?大丈夫か?

 

俺は時刻を確認し、携帯を取り出して社長に電話を掛ける。この時間ならミワ女は放課だ。電話に出ることが出来るだろう。

 

『もしもし比企谷くん?なにかしら』

 

「社長、今時間は大丈夫か?」

 

『ええ、大丈夫だけど……というか仕事中じゃないときは社長と呼ばないでってあれほど……』

 

「仕事の話だ。詳しくは依頼人から説明を受けてくれ」

 

携帯を雪ノ下に手渡す。

 

「お電話変わらせて頂きました雪ノ下と申します。今回はそちらの比企谷くんへ依頼を行いたく電話させて頂きました」

 

なんでみんな電話になるとキャラが豹変するんですかね?

 

雪ノ下が部屋を出てしばらく話していると戻って来た雪ノ下が携帯を返してくる。

 

『比企谷くん?この依頼、絶対に受けなさい。社長命令よ。絶対に失敗は許されないわよ!絶対によ!絶対だからね!』

 

報酬いくら提示したんだよ……。社長、今絶対目が\になってるぞ。まあ金に一番困っているのは社長だからな……。

 

「依頼を受けさせて頂きます……」

 

「そう、なら明日の朝からお願いするわ。詳しい契約内容については書類を渡すから、熟読したうえでサインして明日、提出をお願いするわ」

 

雪ノ下が封筒を渡してくる。

 

「はいよ」

 

……仕事したくないねぇ。

 

 

 

 

 

翌日、俺と留美は学校前に来ていた。時刻は朝七時一〇分。朝練を行う部活の顧問の先生が学校の機械警備体制を解除したのが朝七時なのでこの日校舎に入るのは俺らが二番目となる。もたついていると朝練に参加する生徒が登校してくるので迅速に行動する必要がある。

 

留美と二人で校門をくぐり、見つからないように警戒しながら部室まで移動する。雪ノ下から受け取った部室の合鍵で開錠し、中へと入る。

 

「ふああぁぁ……眠た……」

 

「すまんな、いきなり護衛任務なんか引き受けて」

 

「それは昨日何度も聞いたからいいけど……こんな朝早いのが毎日続くのはきついね……」

 

「お前、小学校行かなくなってから生活リズムがたがたになってたし、ちょうどいいだろ」

 

「生活リズムが狂える生活ってすごく贅沢なんだね。あ~学校行きたくない働きたくない」

 

「同感だぜ……もうこうやってずっと留美と過ごしていたいよ……」

 

「は、八幡……それって、もしかしてプロポーズ……」

 

「アホか。そんな訳ねーだろ」

 

「……」

 

「一緒のアパートに住んでるんだからもう家族だろ」

 

「は、八幡……」

 

「おい、触覚がびゅんびゅん言ってんぞ。どんだけ感情が昂ってんだ?もうこれ鞭だろ」

 

「八幡が家族って……ずっと一緒にいようって……」

 

「ずっと一緒にいようなんて言ってねーだろ」

 

「ふふふふふふふふふふふ」

 

……留美が落ち着くまで部室周辺に各種センサーでも取り付けとくか。

 

 

 

「それじゃあ俺は雪ノ下の護衛に行くけど一人で大丈夫か?」

 

「私を誰だと思っているの?八幡のイニシエーターだよ?」

 

「最後のは余計だ」

 

俺はマリオネット・インジェクションを発動。透明化した状態で部室を後にする。

 

 

 

 

 

校門で登校してきた雪ノ下のあとをつけてそのまま教室に入る。そのまま教室窓際の隅に待機。もちろん透明化しているので見つかることもなく、ときおり生徒にぶつからないようによけながら一日を過ごすことになった。正直かなり暇である。透明化している状態では本を読むことも出来ないのだから。昼休みには透明化してる服の中からビタミン剤をこっそり取り出して慎重に口の中にねじ込むように入れた(ナノマテリアルは口の中にまではなく、透明化した状態で開口すれば口の中だけが空中に浮いて見えることになるため)以外は終始ただ突っ立っているだけだった。

 

襲撃者が来ることもなくすべての授業を終えて部室へと移動する雪ノ下の後をつけて部室へと向かう。

 

部室の戸を開けると留美が本を読んでいた。

 

「あ、八幡。お帰り」

 

留美は俺が透明化していても触覚を使って認識出来るので俺の存在にすぐに気が付いたようだ。

 

「あなたが鶴見留美さんね。こんにちは。今回依頼した雪ノ下雪乃よ」

 

「そう、よろしく」

 

「あら、挨拶も出来ないのかしら。親のしつけがなっていないようね」

 

「まあ、親なんていないからね」

 

すごくピリピリしてる。当然といえば当然だが。雪ノ下はイニシエーター差別者で、留美にはそのことを伝えている。差別する側とされる側で親密な関係を築くことなど不可能だろう。もっとも、ぼっちが初対面の人と親密な関係を築くこと自体が不可能だが。

 

留美が教室の隅に積み上げられていた椅子を持ってくる。教室に置かれている椅子は三つ。何がしつけがなっていないだ。気使いの出来るいい子だろ。遠慮なく座らせて頂こう。

 

俺は椅子に座る。立ちっぱなしで疲れていたのか、思わず足を開いて背もたれにもたれかかってどっかりと腰をおろしてしまう。すると留美が俺が開いていた足の間に座る。アイエエエ?なんで?なんで俺の座っている椅子に座るの?わざわざ椅子を三つも出したのに?

 

留美はそのまま背もたれ……つまり俺にもたれかかってくる。留美の体温を感じてしまいドキドキしてしまう。一方の留美は無表情……に見えて触覚がピコピコしてる。嬉しそうなのが丸わかりである。

 

「比企谷くん、今この教室にいるわよね。透明化を解いて姿を見せてくれないかしら?ここなら部外者に見られる心配もないわ」

 

え、この状態で姿を見せろと?留美と同じ椅子に座っている状態なのに?

 

「……現れないわね。もしかして依頼を放棄しているのかしら。それなら出すものも出さないわよ」

 

「八幡、呼んでるみたいだけど」

 

留美が透明化した服をつまんで引っ張ってくる。もうこれは姿現すしかないようだな……。

 

マリオネット・インジェクションを解除。特にナノマテリアルに損傷もないのでノイズを出さずにすーっと姿を現していく。

 

「あら、そこにいたのね。てっきり依頼から逃げ…………なぜあなたは幼女を膝の上に置いているのかしらロリ谷くん。部室に来て早々に幼女に発情するのはいかがなものかと思うわ」

 

ユキノシタはぜったいれいどをつかった!いちげきひっさつ!

 

……そうか、雪ノ下は体内にこおりタイプのポケモンの因子を持っていたのか……。

 

「違うわ。俺が座っていたところに留美が勝手に座っただけだ。勘違いするな」

 

「ならその男が襲う前にそこから動くことを推奨するわ鶴見さん」

 

「八幡はそんなことしないし。ちゃんと時と場所を選んでくれるし」

 

「ちょっと、鶴見さん?なんでそんな誤解を招くこと言っちゃうの?」

 

「比企谷くん、やはり……」

 

「違う、誤解だ。というかやはりってなんだ」

 

「なら、いつまでそのままでいるのかしら。さっさと別の椅子に座りなさい」

 

「ほら、依頼人からの命令だ。動いてくれや、留美」

 

「全く、八幡は座っているだけで動くのはいつも私なんだから……腰が痛くなるよ」

 

「鶴見さん?どこでそんな言葉覚えたのかな?後で詳しく聞かせてもらっていいかな?」

 

「八幡笑顔が怖い……」

 

しぶしぶ移動する留美。と、携帯が震える。画面を確認すると、誰かがこの部室に近づいているようだ。

 

「誰かくるぞ。人数は一人。センサーが取得した数値から考えると……女子生徒だ」

 

「おそらく奉仕部への依頼人だわ」

 

「おい、どうする。誰か来るなんて聞いてないぞ。とりあえず姿消すか」

 

「いえ、あなたは部員なのだから依頼を受けてもらわないと。鶴見さんは何食わぬ顔でいればどうにかなるでしょう」

 

……まあこういう部活だとは聞いていたし、襲撃者が現れると決まったわけではないし、センサーも取り付けたし大丈夫だろう。

 

ノックが部室に響く。雪ノ下が中に入れる。

 

雪ノ下が戸の向こうにいた人間を呼ぶ。

 

「し、失礼しまーす」

 

見知らぬ女子が入ってきた。最初はきょろきょろしていたが、俺と目が合うとひっと小さく悲鳴を上げた。

 

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ!?」

 

向こうはどうやら俺を知っているようだ。だがこの学校で俺と接点ある女子といえば海老名か司馬くらいだが……。

 

「……や、俺ここの部員だし」

 

とりあえず無難そうな返答をしておくか。

 

話を進めていくとクッキーを送りたい相手がいるのでクッキー作りを手伝ってほしいとのこと。というわけで家庭科室に移動する。てか護衛対象が想定外の移動をするのはどうなんだよ……護衛されてる意識をちゃんと持ってくれよ……。

 

俺たちは家庭科室にてクッキー製作を開始したが、由比ヶ浜が木炭を生成したり雪ノ下が完璧なクッキーを作ったりといろいろあった。しかし今、護衛環境としてはあまりよろしくない。家庭科室にはセンサーを取り付けていないし、広く、戸も窓も多い。どうにかしないと落ち着かない。

 

「ふぅー、どうやらおたくらは本当の手作りクッキーをたべたことがないと見える。十分後、ここへきてください。俺が"本当"の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

という訳で適当な言い訳つけて三人を追い出してセンサーの取り付け作業にかかる。雪ノ下には今後あっちこっちに動かないように釘を刺して置かなくては。

 

センサーを取り付けた部屋に再び三人を招き入れて由比ヶ浜の作ったクッキーを食べさせる。その後由比ヶ浜にクッキー作りを早々に終わらせるべく言葉を並べる。

 

「お前が頑張ったって姿勢が伝わりゃ男心は揺れんじゃねぇの」

 

「……ヒッキーも揺れるの?」

 

「あ?あーもう超揺れるね」

 

だから早く終われ。こっちは護衛任務で忙しいんだ。

 

「もう一回、教えてもらっていい?」

 

「え、続けるのか?」

 

何故だ?努力しなくてよい大義名分を得たのに、何故続ける?

 

「うん、だって努力したことを伝えるならちゃんと努力してからじゃないとね!」

 

そこでようやく理解した。由比ヶ浜は、このクッキー作りを遊びではなく本人なりに真剣にやっているのだと。本気で、手作りクッキーの製作に取り組んでいるのだと。例え俺が護衛任務を受けているとはいえ、由比ヶ浜は本気でこの部室に来てクッキー作りの依頼を行った。そして奉仕部はそれを受理した。それなのに半端な結果で返すことなど許されない。奉仕部として、真摯に対応しなければならない。それが真剣に依頼を持ち込んだ彼女への礼儀であり、彼女の依頼を受けた奉仕部の義務だ。

 

曲がりなりにもプロとして普段報酬を受け取っている俺が教えられるとは、笑っちまうぜ。

 

見ると、留美も雪ノ下も由比ヶ浜も笑っている。どういう理由で笑っているのが知らんが、あの二人もクッキー作りにとことん付き合おうじゃないか。

 

ブブブッと携帯が震える。画面には、窓の周囲に取り付けたセンサーが何か捉えたようだ。反射的に窓を見ると、窓の上の隅に何か見える。黒い筒のようなもの。あれは……。

 

 

 

XM25。グレネードランチャーだ。

 

 

 

 

「クソッ!!!」

 

慌てて雪ノ下と由比ヶ浜を押し倒し、爆風に備える。窓ガラスが割れる音が響いたその直後、爆発。家庭科室内に炎と煙が充満するが、全員負傷はしていないようだ。

 

ただ、これで襲撃が終わるわけがない。おそらく襲撃者は俺たちの死亡の確認を行うために誰か来るだろう。そして生きていた場合、確実に始末する必要があることをを考慮すると、ここに来るのは、イニシエーターだろう。

 

「留美!ここでこいつらの護衛を頼む。俺は襲撃者を追う」

 

「でも、私が行ったほうが速いよ!?」

 

イニシエーターが来たなら対抗出来るのは同じくイニシエーターの留美だけだ。

 

「いいから。恐らく、お前も戦闘になる。その時は、お前が雪ノ下を守るんだ」

 

「……分かった」

 

マリオネット・インジェクションを発動した状態で窓から身を乗り出してグローブからワイヤーを放出し、ポケットからアンカーフックを取り出してワイヤーを溶着する。そしてそれを投げ縄の要領で屋上のフェンスめがけて投げる。引っ張って取れないことを確認してからグローブのモーターを回転させて校舎の壁を駆け上る。窓の上の隅からXM25が見えていたということは襲撃者は屋上にいるはずだ。

 

すぐに壁を登り切りフェンスを乗り越え屋上に立つ。しかし周囲には誰もおらず、手がかりになりそうなものは何も落ちていない。屋上の出入口を見つけて校舎に入るも生徒がちらほら歩いているだけで襲撃者と思われる人間は見つけられそうにない。まさか目の前を歩いている女子生徒の鞄をいきなり開けさせる訳にもいかない。民警ライセンスを提示すればそれも可能だろうが、俺の能力の特性からして俺が民警であることや雪ノ下の護衛をしていることを知られるのは望ましくない。それにそんなことをすれば俺が社会的に死ぬ。

 

 

 

いったい襲撃者は誰なんだ……?

 


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