「…という話を考えたんだけど、どうだろうか?」
渡された原稿用紙から目を上げると、秋雲がドヤ顔しているの見える。
「どうって…、言われてもなぁ…」
原稿用紙を返しながら、朝霜は思った事を口にする。秋雲に、見せたいものがあるからと食堂に呼ばれた朝霜だったが、なんてことはない、秋雲の作品の相談役を押し付けられただけだった。
「未完成のものを見せられても、感想の持ちようがないよ」
「そういう事じゃなくって…、ホラ。全員転生者って、新しくない?転生したら普通は主人公なのに、みんな転生者だったら、その価値ないじゃんっていう…」
秋雲が目を輝かせながら言う。
「いや、だからこそ転生ネタっていうのは、主人公一人じゃないと、駄目なんじゃない?みんな転生者だったら、そもそも世界観がおかしくなるわけだし」
「うっ…、それは…」
何か刺さるものがあったようで、秋雲が胸を抑えるような仕草をしてみせた。
「秋雲のアイディアっていうのは、誰かしら思いついていたものなんだよ。思いついたけど、あえてやらないっていうのは、やはり設定に無理があるからだということなんだ」
「ぶぅー…、画期的なアイディアだと思ったんだけどなー…」
「そもそも、秋雲の転生の設定には、初めから無理があるよ」
「え?無理って、何で?」
秋雲が不思議そうに聞き返す。
「だって、この作品は私たちの世界の事を転生先としているだろう。転生者っていうのは大抵、現実世界から架空の作品へと入り込むっていうのがセオリーだ。そんな転生者が私たちの世界に入り込むっていうのは…」
「私たちの世界は、一つの作品だと認めたことになる。もしかして、そう言いたいのかい?」
秋雲が先回りして言う。朝霜は無言のまま頷いた。
「正直、そこまで深い事は考えていなかったよ…。勿論、私たちのいる世界が現実だ。でも、アニメや漫画のキャラが現実世界に出てくるっていう作品も珍しくはないはずだよ」
「だけど、秋雲の作品は、全員が転生者なんでしょ。現実世界の住人が、実は全てアニメのキャラでしたっていうのは、あまり魅力のある話ではないと思う。現実からの解離っていうのが、転生ものの魅力であるわけだし」
「うわぁ~…、そこまで的確に言われてしまうと…」
言いながら、頭を抱え込んでしまう。こうなると、少し秋雲が可哀想になってしまった。
「そもそもがパロディネタなんだから、そこまで深く考える必要はないと思うよ。全員転生っていうのは簡単に言ってしまえば、自分だけ特別だと思っていたけど、実はみんなそうでしたっていう話なんだから。ハーレムだと思ってドキドキしていたのに、実は中身がオッサンでガッカリしたとか、そういう話なんだから」
「ううっ!少しはフォローしてくれると思ったのに!分かっていたことだけど、こうもハッキリ言われると、何だかつらいよ!」
「いっそのこと、私たちの今いる世界を、あえて一つの作品として扱ってしまうっていうのはどうかな?」
「え?どういう事?」
秋雲は思わず姿勢を正して向き直る。
「私たちの世界観をある程度デフォルメ化してしまって、アニメや漫画の世界として扱ってしまえば良いと思うんだ。転生者たちの事を考えてみても、『ここは現実です』と言われるより、『ここは○○の世界です』って言われた方が、話が進めやすいと思うしな」
「ああ、なるほど。確かに、めいめいの転生者たちが、『ここは俺たちの現実とは違う現実のようだ』と思っているよりも、『ここは○○の世界だ』って思わせた方が、しっくりくるね」
「それではさっそく、この世界に名前を付けてしまおうか」
気づけば、朝霜はノリノリである。
「私よりテンションが高くなっている気が…、まあ、世界に名前を付けるっていうのは、何だかカッコいい事をしている気がするよね」
秋雲も、まんざらではない。
「私たちの目的は、世界平和の為に深海棲艦を倒すことだけど、仲間である艦娘を集める事でもあるから…。ざっくりとまとめてしまって…、そうだ!『ざっくりコレクション』なんていうのはどう?」
秋雲が言うと、朝霜が露骨に嫌そうに顔をしかめる。
「うぇ~…、なんていうかセンスが無いタイトルだな。ハイタッチとかハイボールとか言うんだったら素敵だけど、そのタイトルからは面白さが微塵も感じられない」
「そ…、そんなにボロクソ言わなくても…。じゃあ、朝霜は何か良いタイトルが思いついたっていうの?」
秋雲が不服そうに口を尖らせた。
「そうだねぇ…、秋雲の言うコレクションっていうのは語感が良いから……ん?語感…コレクション」
朝霜が顎に手を当てて、しばらく考えるような素振りを見せたが、やがてハッとしたように秋雲に振り返る。
「艦これ!そうだ!艦これが良い!艦隊これくしょんの略で艦これだ!」
「これくしょん?コレクションってカタカナにしないの?」
「何を言ってるんだ!『コレクション』っていうより、『これくしょん』っていう方が、断然可愛いじゃないか!」
朝霜が拳を作って力説する。
「確かに…、艦これか。何だか、これ以上無いってくらいしっくりくるネーミングだね!まるで、私たちはずっと艦これの世界にいたかのような、そんな安心感すら覚えてしまうよ!」
秋雲が、目を輝かせながら言う。どうやら、当初のような情熱が戻ってきたようだ。
「よし!決まりだ!艦これ世界の転生もの。何だか、ネタが湧いてくるようだ。相談に乗ってくれて、ありがとう!」
言われて、朝霜は照れたように視線をそらす。
「別に、大したことはしていない。そんな事より、タイトルはどうするんだい?」
「タイトル?そういえば、決めてなかったなぁ…。艦娘みんなが転生者だから…『艦娘全員神様転生鎮守府』なんていうのはどう?」
「どうって、そのまんまじゃないか…」
朝霜が肩をすくめる。
「一目見て、内容が分かるようなタイトルの方がいいんだって」
「でも、全員が転生者だっていうのが物語のオチなんだろう?タイトルでネタバレしちゃってるじゃないか」
朝霜が当然の疑問を口にすると、秋雲はそんなことは考慮済みとばかりに頷いてみせる。
「今さらなんだけど、全員同じでしたっていうオチは、あんまり意外性がないかなぁって。それだったらむしろ、全員同じですよって先に伝えておいた方が、その過程が楽しめるかと思う。例えるなら、いきなりドッキリを敢行するより、今からあの人にドッキリ仕掛けますよってカメラが追っていった方が、面白いでしょ?」
「ああ…、言われてみれば」
朝霜も、納得したように頷いた。
「私はそろそろ部屋に戻るよ。色々忘れないうちに、ネタを打ち込んでおきたいからね」
言いながら、秋雲が椅子から立ち上がる。
「何それ。考えがまとまったら、あたいは用済みってわけかい?」
「そんなことないって!本当に感謝してるから。今度何か奢るから許してよ!」
「そいつはラッキー。じゃあ、今回はツケておくよ」
「うん!じゃあ、またね!」
ひらひらと手を振ったかと思うと、秋雲は一目散に部屋へと走って行ってしまった。
「またね…か」
一人残された朝霜は、秋雲との会話を思い出し、呟く。
「よりによって、何で転生ものなんか書きたいと思っちゃったんだろ」
何気なく、窓へと目を向ける。小鳥が吸い込まれていくように、空へと飛んで行くのが見えた。