艦娘全員神様転生鎮守府①
「う…んっ!」
隣の北上さんを起こさないように、遠慮がちに伸びをする。カーテンの隙間から差し込む光が、朝の訪れを明確に伝えてくれた。
北上さんを見ると、ぐっすりと眠っているようで、幸せそうに寝息を立てている。起こさないようにそっとベットから離れると、朝食の準備にキッチンへと向かった。
鎮守府での食事は食堂で行う事が基本ではあるが、部屋に簡単なキッチンが付いているため、朝食は部屋で済ますことが多い。朝はあまり食欲が無い事と、単純に食堂まで行く事の面倒くささから、自分たちで作ることがもはや日課となっていた。もっとも、家事の面では自分一人でやることがほとんどなのだけれど。
それでも、北上さんの事を不満に思った事はただの一度もない。彼女には、不思議な魅力があった。庇護欲…とでもいうのだろうか?とにかく、何かしら構ってあげたいという気にさせるのだ。
だからこそ、北上さんと同じ部屋割りになれた時は本当に嬉しい思いだった。いつしか自然と、一つのベットで寝るようになったが、それは特別な関係だからという訳では決してない。単純に、姉妹関係にあるだけなのだから。
球磨型5姉妹は球磨姉を筆頭に、多摩、北上、大井、木曽の5人で構成されている。お互いに容姿が似ていないというのが悲しい事ではあるが、特徴かもしれない。2人部屋でいる事を、他の姉妹はズルいと反対したが、3人部屋の方が広いという話を聞いてあっさりと承諾してくれた。何とも現金な姉妹である。
ハムエッグが焼ける音と匂いを感じ取ったのか、北上さんがベットの上でもぞもぞと動いているのが見えた。
「おはよう、もうすぐ焼けるからな」
声をかけると、う~ん、と唸るような声が聞こえてきた。
「ありがとう、木曽っち」
布団越しに北上さんが、俺に感謝をしてくれている。その言葉を聞くたびに、何かしら救われたよう感覚を覚えるのだ。
「お~、こりゃあ美味しそうだね。といっても、いつもハムエッグなんだけど」
「そんな事言わないで欲しいかな。上手に作れるの、これぐらいしかないんだ」
少しむくれたように返すと、北上さんが慌てたように言う。
「そんなつもりじゃないんだって。ホラ、私ハム大好きだし」
言いながら、口いっぱいに食事を詰め込んでいく。そんな彼女の姿を見て、思わず笑ってしまった。
「でも、たまには違うものを朝食にしてみるか。和食はどうだ?納豆とか、味噌汁とか…」
俺が言うと、北上さんがちょっと待ってと言わんばかりに、片手を挙げて見せる。やがて咀嚼が終わったようで、口を開く。
「私、納豆、嫌い」
何故だかカタコトである。
「どうして?あんなに美味しいのに?」
「だって、くっさいんだもん!あんなもの口に入れるなんて、考えられない!」
意外な弱点を見つけてしまった。こういう北上さんを見られるのは珍しいので、ちょっとからかいたくなる。
「でも、栄養は満点だ」
「栄養が高くてもダメ!不快指数の方が勝つから!ストレス値が異常だから!」
「最近は、納豆にオリーブオイルを入れるって食べ方もあるらしいぞ」
「オイル!?…入れるの…?何で?」
北上さんに怪訝そうにされてしまった。
「オリーブオイルだ。くさみが消える上に、デトックス効果が凄いらしい」
「う~ん、デトックス…、かぁ。そんな今時女子のような単語を言われたら、北上様も試してみずにはいられないからねぇ」
意外と新しいもの好きらしい。
「他にもグレープシードオイルとか、えごま油とか…。結構人気高いみたいだぞ、オイル」
「いつの間にか、サラダ油の時代は終わっていたのか…。木曽っちはそういうの、詳しいんだねぇ」
そう言われると褒められたみたいで、何だか照れくさくなってしまう。
「い、いや!テレビの受け売りだから!特に詳しいってわけじゃなくって…」
「テレビも重要な情報源だって。そういや最近何が流行ってるの?」
「そうだなぁ…、最近では…」
そういえば近頃テレビを見る機会が無い。自分から話題を振っておいて、何とも恥ずかしい事ではあるが。少し前までは数人の子供が神隠しに遭うという事件が話題になっていたが、いつの間にか解決したらしい。
「まあ、似たようなもんだ。ダイエットとか、グルメだとか…」
「やっぱりそうだよねぇ。私もめっきり、TVからは遠くなっちゃってるなぁ」
北上さんは、すっかり食べ終えてしまったようだ。
「ごちそうさま。美味しかったよ!」
そう言われて、俺は思わず笑顔になった。
午後になってから、提督の部屋へ行くよう指示を受けていた。提督から隣の椅子へ座るように指示をされ、お互いに向き合うような形となる。提督と艦娘の距離感としては、近すぎるような気がしないでもないが、違和感が強いわけではない。
提督は気さくで優しく、包容力が高い。気を許すと、余計な事まで喋ってしまいそうな感覚を覚えるため、違う意味で気を付けなければならなかった。
「今日の調子はどうかな?」
提督がにこにこと尋ねてくる。
「問題ない。良好だ」
失礼を承知の上で、俺は腕を組んだ姿勢のまま答えた。
「そのようだね」
苦笑しながらも、提督は何かしらメモを取っているようだ。艦娘全員分のデータがあるらしく、その几帳面さが気に入っている一つの理由でもある。
「提督、俺をそろそろ実戦で使ってはくれねぇかな。このままじゃ、体が鈍っちまってしょうがねぇんだ」
言うと、提督は少し渋い顔をして見せた。
「うーん…。何度も言うようだけど、まだ早いと思うんだ。しっかりと、治療を終えてからでないと…」
提督の言葉に、俺はうんざりしたように肩をすくめてみせる。
「これはいったい、何度目のやり取りだ?最近の提督は口を開けばまだ早い、まだ早い、だ。俺に気を遣ってくれているのはありがたいんだが、そろそろ鬱陶しいぜ」
「君のためを思って話しているんだ。何よりその、傷のためにも…」
「傷…?傷ってこれの事か?」
思わず眼帯の方に手を伸ばすと、
「待って!触らないで!」
慌てて提督から止められてしまった。
「別に、俺は提督を困らせたいからこういうことを言っている訳じゃあない」
提督に注意されてしまった気まずさからか、取り繕うように続ける。
「むしろ逆で、何か提督の役に立ちたいからこそなんだ。飯食って訓練して、毎日やる事は同じだろ?虚しいんだ。俺は何のためにここにいる?遠征でも良い。俺に何かやらせてくれ。俺も、北上さんみたいに活躍したいんだ」
気づけば、提督に自分の考えを全部喋ってしまっていた。
「北上さん…?」
提督がピクリと反応する。ひょっとすると、活躍したいのは嫉妬心からくるものと誤解されてしまったのかもしれない。
「いや、いいんだ。忘れてくれ。とにかく、俺の気持ちは伝えたからな」
言いながら席を立ち、部屋から出ようとする。
「気持ちは分かっているつもりだ。私の方からも、他にもできる事は無いか、考えてみるよ…」
提督は努めて、優しい口調で言う。いつも通りのやり取りではあるが、提督と話した後は心が晴れるような感覚がある。それは北上さんとはまた違った楽しさであり、提督との会話を楽しみにしている理由でもあった。
部屋に戻ろうと食堂を通ると、球磨姉と多摩姉の姿を見つけた。このまま素通りしてしまうのも失礼なので、声を掛けに近づいていく。
「こんにちは。球磨姉、多摩姉」
挨拶をすると、球磨姉が笑顔で返してくれた。
「おお、木曽クマ。こんな所で何しているクマ?」
「俺は今まで提督と話をしていて、その帰りだ。姉さんたちは?」
「食後の休憩タイムを、まったりクマ~」
多摩姉を見ると、うつ伏せになって眠ってしまっている。
「まあ、ちょっとここに座るクマ」
勧められるまま、私は球磨姉と向かい合うようにして座る。
「それで、今回はどうだったクマ?」
「いつも通り。全然だよ」
手を広げて、お手上げのポーズを作って見せる。
「提督の気持ちも分からないでもないんだ。でも、さすがに退屈だよ」
そう言うと、球磨姉が少し悲しそうな顔をしてみせる。
「木曽が怪我をしたって聞いたとき、お姉ちゃんたちは本当に心配したクマ。ベットで眠っている木曽を見て、右目が抉れている顔を見て、お前を行かせるんじゃなかったって、心底後悔したクマ」
球磨姉の目を見ると、本当に心配してくれているのが分かる。ふざけた口調ではあるが、妹を思う気持ちは本当なのだ。
「実際に轟沈してしまった艦娘がいることも考えると、右目だけで済んだ事はラッキーだったかもしれないクマ。本音を言うとお姉ちゃんは、もう木曽には無理をして欲しくないんだけど…」
そう言って、球磨姉は俺の目を見る。片方の眼球しか残っていないが、ここで目を逸らすわけにはいかなかった。
「そんな顔をされてしまうと、もうお姉ちゃんからは何も言う事は無いクマ。外に出るのを怖がって、閉じこもってしまっても不思議じゃない経験をしたというのに。私たちは勇敢なお前を、艦娘としても、妹としても誇りに思っているクマ」
言うと、にっこりと微笑んでくれた。俺も、球磨姉がいてくれて本当に良かったと思っている。
「ありがとう…、球磨姉…」
「うん。せめて、怪我が治るまではしっかりと休んで欲しいクマ。その間の事はお姉ちゃんに任せなさい!クマ!」
ガッツポーズをして見せる。その姿は何だか滑稽で、思わず笑ってしまった。
「おお、やっと笑顔を見せてくれたクマね。さっきまで暗い顔をしていたから、お姉ちゃんは心配だったクマ」
言われるまで、気づかなかった。そんなにひどい顔をしていたのだろうか。
「それじゃあ、お姉ちゃんたちはそろそろ行くクマ。ほら多摩!いい加減起きるクマよ!」
球磨姉はひょいっ、と多摩姉を抱き上げると、そのまま肩に担いで歩いて行ってしまった。多摩姉を見ると、俺に向かってウインクをして見せる。狸寝入りをしていたのだ。…タマなのに。
多摩姉なりに心配してくれているのだと思うと、何だか嬉しくなってしまった。