諸君。私は第六駆逐隊とゴーヤとえっちぃ物が好きだ。

前々から思い付いていたネタを一日と半分で書きなぐったのです。これで第六駆逐隊全員分書きましたな。さて、次は誰を書こうかな?

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レディになんかなりたくない!

 

 

 

「なによ、どうして納得してくれないのよ!」

 

 暁は激怒していた。誰に対してかと言えば、今目の前に座っている自分の上官であり、任務に出撃する艦娘たちを指揮して勝利へと導く存在であり、そしてこの鎮守府の最高指揮者である提督に対してだ。

 

「ダメと言ったらダメだ。お前はまだ責任と言う物を知らなさすぎる」

「だからってあの子を放っておけって言うの……あんな過酷な環境に放り出せって、そう言うの!?」

「そうだ。その方が身のためだ。みんなそう言う環境で耐えられるようになっているんだ」

 

 提督はあくまで冷静に、涙目になって抗議する暁の訴えを受け流す。彼の言う事も間違ってなく、それなりに人生経験を積んだ人間の重みの持った言葉である。しかし、その言葉を暁が理解するには少々年齢が足りなかった。今の彼女は、自分こそが正義だと信じて提督に食ってかかる。

 

「それでもできない事とできない事があるでしょ! 司令官の方が何も知らないわ!」

「だからと言って片端から同じように扱えばキリが無くなる。切り捨てることだって大事なんだ」

 

 そう、提督の言う事だって正しい。だが、暁は頭では分かっていても、心では納得が行かない。

 

「何よそれ、意味分からない! 司令官の、司令官の分からずや、バカッ、極悪非道の鬼提督!!」

「なんとでも言え。まったく、聞いて呆れる。お前の言うレディはそうやって泣き喚いて成り立つものなのか? 一人前のレディになりたいのなら、受け入れることだって大事なんだぞ」

「……なによ……なによ……なによ! 司令官のバカ! バカバカバカ!! 何が大人よ、なにがレディよ、こんなのがレディだって言うなら、私は……私は……!」

 

 わなわなと拳が震え、今まで我慢していた涙が一滴こぼれ落ちる。これでも我慢した方だ。だが、今は涙よりも怒りの方が強すぎた。暁は次の瞬間、自分の生涯で初めて喉が潰れそうになる声量で、叫んだ。

 

「レディになんか、なりたくない!!!」

 

 そのまま暁は体を翻し、提督室のドアを思い切り蹴飛ばすと全速力で廊下を駆け抜けて行く。階段のある角を曲がった所で入渠を終えた翔鶴と瑞鶴と遭遇し、彼女の勢いに翔鶴が吹き飛ばされて小破した。

 

「翔鶴姉ぇぇーーーー!!」

 

 背後に瑞鶴の叫びを受けながらも、今の暁にはそれを気にする余裕なんてなかった。提督はわからずやで、なに言っても聞いてくれなくて怒りが湧いてくる。それに合わせて提督を説得させるだけの力が無い自分に対して涙が出そうで、しかしそれを必死にこらえて走り続ける。やり場のない感情は暁の脚力へと注ぎこまれ、中央扉を乱暴に開けるとそのまま夜の鎮守府敷地内へと駆け抜けた。

 

「…………」

 

 その暁の様子を、窓から見下ろす提督。はぁとため息を吐き、椅子にどっしりと腰を下ろした。

 

「あーあ、派手にやったでちね」

「…………ゴーヤか。どした?」

「夜の哨戒任務が終わったから帰ってきたでち」

「ああ……もうそんな時間か。御苦労、休んでくれ」

「おいかけなくていいの?」

 

 提督の言葉には耳を半分くらいしか貸さず、伊58号潜水艦通称ゴーヤはでちでちと歩み寄って机の上に肘を置き、手を組んでその上に顎を置いて提督の顔をじっと見つめる。

 

「別に。少ししたら帰ってくるだろ」

「まー、そうだろうけど、てーとくは本当に不器用でちね」

「…………」

「こう、大人の正論で無理矢理分からせようとする辺り。暁だって多分、分かろうとはしてもまだ納得がいかない、そんな感じでちね」

 

 全て見透かしてる、と言ったゴーヤの顔である。提督は頭に手を置いて、降参のため息を吐く。

 

「実際は、あの子がしっかり自分で自分の考えが違う、または別の形が存在すると認識して欲しいと思ってる。だが、今の俺にはその方法が思いつかない」

 

 提督は背もたれに体重をかけ、ぼんやりと天井を見つめる。、柔らかい色の照明が、無意味に寂しく見えた。伊58ことゴーヤは、体を起こすとくるりと一回転。机の上に腰を下ろすとごろんと転がった。

 

「行儀が悪いぞ」

「しらなーい。てーとくも結構子供でち」

「……ま、若いのは否定しない。俺より経験の長いお偉いさんは力で決めつけるだろう。でも、俺はそんなやり方嫌いで、別の方法を探す奴なんでな」

「所で、二人が言い合ってたのは分かったけど、なにをそんなに喧嘩したでち?」

「…………猫」

「え?」

「暁が、鎮守府前にうずくまってる子猫を見つけたんだとさ」

「……すっごくベターでちね」

「まったくだ」

 

 

 

 

 鎮守府中庭の植え込みの中。暁はきょろきょろと周囲に誰も居ないことを確認しながらその中に入り、がさごそと草木をかき分けながら中へと進む。円形に茂みが生えていない部分に到達し、その一角に段ボールの中に入れられた子猫。暁は服をまくりあげてこっそり外に出て買っておいた猫用のミルクを淹れた哺乳瓶を取り出し、温度を確かめる。少し熱めに熱して、ここに来る間にちょうどいい温度になるようにしておいた。飲むには問題ないだろう。

 

「ごめんね、寒いよね……ほら、これ温めたから飲んで」

 

 ミーミーと泣く子猫を腕に抱いてどうにか諭す。ミルクの匂いに気がついたのか、すんすんと鼻を鳴らしてグルグルと喉を鳴らす。食欲はあるようなので、暁は一安心する。哺乳瓶をゆっくり近づけ、子猫は哺乳瓶を口に含んでこくこくと飲み始めた。

 

「よかった……ごめんね、部屋に入れてあげたいけど司令官に見つかったら追い出されちゃうから……」

 

 暁の言葉に子猫は返事をしない。ただひたすらにミルクを飲み続け、時折口を離して休む。そして再び飲むの繰り返しであった。暁はため息を吐く。と、

 

「暁ちゃん、なにをしてるのです?」

「ぴゃあああああ!!!?」

 

 暁は思わず悲鳴を上げて立ち上がり、そして低い位置にあった木の枝に頭を激突させて悶絶。どうにか子猫は守ったが、両手が塞がって衝突個所の補修ができない。おかげで痛みが倍増した気がした。

 恐る恐る振り返ると、髪の毛に小枝や葉っぱをくっつけた電が不思議そうに暁を見ていた。他に誰も居ないことを確認し、ほっと安心する。

 

「あ、暁ちゃん落ち着いてください! 電です!」

「い、電……もう、おどかさないでよ……何でこんな所に居るのよ」

「部屋に戻ろうとしたら、この中に入っていく暁ちゃんを見たのでその……」

 

 涙目になりながらも、暁は子猫を抱え直して座り直す。電もその手に抱えられた子猫を見て、ああなるほどと察した。

 

「えっとね、その……この子猫は」

「あ、大丈夫です。かわいそうだから連れて来て、司令官さんにお願いしたら揉めたのだろうと言う所まで予測したのです」

「我が妹ながら戦艦もびっくりな索敵能力ね……」

 

 いや、見れば分かる。と電は言いたくなったが、あえて言わないようにする。また下手に口を出してへそを曲げられたら一層面倒になるからだ。暁の隣に座り、美味しそうにミルクを飲む子猫を見つめる。

 

「とってもかわいい子なのです。まだ一カ月も無いくらいですね」

「そうなのよ。昨日鎮守府の正門前にうずくまってて、このままじゃ死んじゃうと思って用意できる物用意してここに隠してたの……それで、司令官にここで買えないかって聞いたら、まぁ電の言った通りで……」

 

 ミルクを飲み終えた子猫は、落ち着かなくなったのか暁の腕の中でまだ引っ込めない爪を立てて少々暴れる。ちくちくと爪が刺さり、暁はわたわたしながら落とさないように箱の中に戻した。

 

「それで、これからどうするのです? このままにしようとしても、明日は雨って天気予報が……」

「そうなのよ……だから司令官にお願いしたんだけど、ダメって……」

 

 暁はそっと箱の中で丸くなる子猫を撫でる。「みゃう」と小さく鳴いて、子猫は暁の手に擦りついた。それを見て、暁は自分の中で組み立てていた最終手段を決行する覚悟を決めた。

 

「……こうなったら、私たちの部屋に連れて行くわよ」

「えっ! でも司令官さんの許可が……」

「……覚悟の上よ。何としてでも司令官に見つからないようにする」

 

 電は無謀だと思う。だが、無謀なのは暁も承知の上だろうとすぐに理解した。ゴロゴロと不穏な音が空の向こうから聞こえて来る。明日どころか、今すぐにでも行動が必要かもしれなかった。

 

「……電、ちょっと付き合って」

「それって……共犯になれってことなのです?」

「うん。嫌なら一人でやるから」

「…………お姉ちゃんの頼みごとなのです。電は付き合います」

 

 そっと肩に手を置き、電は暁を優しく見下ろした。ああ、よかった。我ながら無茶なお願いをしていると思っていたが、妹は自分に着いて来てくれる。それを思うと暁は心が軽くなる気がした。

 

「ありがとう……なら、私たちの部屋までどうにか連れて行かないとね」

「なのです」

 

 暁はまず茂みからの脱出を最優先と考え、タオルケットに子猫を包み込み、片腕に抱えて再び茂みの中に入りこむ。電も後ろから続き、そしてさり気なく見える暁のスカートの中身を見てああ、猫さんだと思う。ちなみに今日の電の下着は紫のラメ入りである。

 

 茂みを抜けて中庭に戻ると、二人は周囲に誰も居ないことを確かめて素早く駆け抜ける。駆逐艦寮まではそう遠くない。幸運な事に日も暮れて辺りは暗くなっていたため、誰かが見たとしても遠めならただ単に二人が寮に戻ってるようにしか見えないだろう。だが提督に見つかれば察しがついてしまう。それだけは避けなければならない。

 

 ちらり、と暁は提督室を見る。電気が付いていて、椅子の背もたれの上から少しだけ提督の頭が見えた。よし、今なら間に合う。暁はまた少し足を速めて駆逐艦寮へと飛び込んだ。

 

「み、見つかってないよね?」

「電が見た範囲では、誰も居なかったのです……」

 

 それを聞いて、暁は大きくため息を吐いた。その次に腕に抱いていた子猫を見つめ、タオルの中でもぞもぞと動いているのを確認してまた安心する。さぁ、次は駆逐寮の住人に見つからないように猫を第六駆逐隊の部屋まで運びこむ事が任務となる。

 

 今一度子猫を抱え、暁は再び周囲を見回す。人影無し、第六駆逐隊の部屋は二階へと続く階段を上った先の奥。やや距離がある。誰とも鉢合わせない事を祈る。

 

「では、まず私が先に上の様子を確認して、大丈夫だったら暁ちゃんをお呼びするのです」

「助かるわ。そうしてちょうだい」

 

 電は素早く階段を上ると、壁からそっと廊下の様子を確認し、まず誰も居ないことを確認する。続いて足音をたてないように廊下を走り、第六駆逐隊のドアまで到着し、階段を上った先で待っている暁に大きく手招きをする。

 

(大丈夫なのです!)

(分かったわ、もう少し!)

 

 暁は可能な限り音を立てずに小走りし、手招きしている電に向けて駆け抜ける。あと三部屋、あと二部屋、もう少し、間に合う!

 

 そう思った直後、暁の目の前の扉が開き、衝突の危機を感じて緊急停止。その中からかれこれ30時間かけて原稿を書き終えた秋雲が大きな欠伸をしながら廊下に出てきた。

 

「ひっ!」

「あー、終わった終わった……あれ、暁じゃんどうしたの?」

「ひぇ、あ、いや、えっと!」

 

 暁はとっさに服の中に子猫を隠して誤魔化す。どうにか目は逃れた。しかも幸いな事に、秋雲は徹夜したせいであまり頭が回らず、暁の腹部がやや膨らんでいる事に対して特に疑問を持たなかった。

 

「なんかお急ぎみたいだね。いやー、私も締切間近で大急ぎでさー。明日の午後にまで入稿なんだけど、どうにか間に合ってよかったよかった」

「あ、あははは……そうなんだ…………っ!!?」

 

 その時、暁は自分のお腹に隠した子猫が中で動きまわり、爪を立てて服をよじ登っている事に気がついた。いつの間に抜けだしたのだろうかと疑問に思うが、さっき慌てて服の中に入れた時にタオルから体が出てしまったのだ。そして子猫は落下を恐れてセーラー服の裏側をよじ登り、今に至る。

 

(ちょ、だめ! 大人しくしてて!)

 

 どうにか腕に収めようとする暁だったが、今秋雲の目の前で服の中に手を突っ込んだら怪しまれるに決まってる。服の裾を引っ張って誤魔化そうとするが、野性の本能に目覚める子猫はロッククライマーの如く暁の水平線を登頂して行く。

 

「今度はなかなか面白い出来だよ~。着任早々、開発に全資材を使って秘書安に怒られ、なんと一回退役して再着任して資材を取り戻す女性提督と、その秘書艦が送る、ゆるい日常系だよ。しかもその秘書艦はあなたの妹電ちゃん!」

「そ、それは光栄だわ、あははは……」

 

 後ろで電がどうしようかと口に手を当ててオロオロするが、暁が目で動くなと合図する。下手に動くと疲労が溜まっているとはいえ察してしまうに違いない。

 

 だが、そんな緊迫の一瞬を経験している暁をよそに、秋雲は次回作の軽い世界観の説明に着いて語りだした。多分大仕事を終えて誰かに話したくて仕方ないのだろう。気持ちは分からなくもない。が、今は一刻も早く解放して欲しかった。

 そして猫までも動きを止めず、ぶらりとセーラー服にぶら下がって勝手にしわができたり消えたりを繰り返し、そして軽く「びりっ」という音が聞こえた。

 

(ちょちょちょ!!)

 

 思わず手を当ててみると、わずかではあるが服が破けて素肌がちらついていた。そのまま重力に従って落ちそうになってた子猫を支える事に成功するも、さすがに秋雲も違和感に気付き始めた。

 

「あれ、どうかしたの? お腹なんて押さえて」

「えっとね! そう、あれあの……そう、お腹がちょっと痛くて、それでね!」

「あー、そうなんだ。そりゃちょっと悪いことしたね。じゃあ今度時間がある時に原稿見せるからさ、感想聞かせてね。もしよかったら、だけど」

「え、ええ! もちろんよ! レディなんだからそれくらい……」

 

 と、自分でレディと言った瞬間に提督と言い争ったことを思い出す。その記憶がずきりと胸の奥に突き刺さり、暁は頭の中が吹雪のように真っ白になってしまった。言葉が浮かばず、自分が子猫を抱えてる事も忘れて腕が垂れ下がる。自分は、一体何を目指しているのだろう? 本当に今どうでもいい事が、一番に頭の中に浮かんだ。と、

 

「にゃー」

「!!?」

「あれ?」

 

 今まで静かにしていた子猫が突如鳴き声を上げ、暁の意識が一気に引き戻される。秋雲を見て見れば、明らかに疑問そうな表情を浮かべて暁の腹部に注目していた。

 

「今、暁の方からにゃーって……」

「へあっ!? あ、う、にゃ、にゃー! にゃーにゃー!」

「あ、暁?」

 

 突如猫の真似をしだした暁に、秋雲は目が点になる。暁は構わずににゃーにゃーにゃーと渾身の演技を秋雲に披露し続ける。

 

「にゃーにゃーにゃーにゃー!! ど、どう、上手でしょ! 私最近猫の鳴き真似に凝ってるのよ! 一番最初のが子猫で、次がマンチカン、さっきのがアメリカンショートヘアーの鳴き真似よ!」

「へ、へー……同じにしか聞こえないけど……」

「何言ってるのよ! それぞれ個性があるのよ!(あるが種類によって変わらない)猫によっては鳴き声が違うなんてことはよくあるわ!(同じ種類でも鳴き声が違うなんて当たり前である)」

「そ、そうなんだ……」

「にゃー」

「!! にゃー! にゃー! ほら、上手でしょ!!」

「と、所々リアルだね……」

「そうでしょそうで……しょぉ!!?」

 

 暁は思わず変な声を上げた。子猫が体の向きを変えて暁のあばら辺りを舐めたのだ。ざらざらとした猫の舌の感触。まだ何者にも触れられた事のない無垢な体に動物が繰り出す無邪気なそれも、彼女にとっては強すぎる刺激だった。

 

「あの、暁? お腹に何かあるの?」

「ぴぃいい!! あいたたたたたた、あいたぁ!!」

「ど、どうしたの!?」

「お、お腹が急にO-157とビフィズ菌が砲雷撃戦を始めたかのように痛くなったのよ!」

 

 とっさに床に転がり込み、暁は腹痛の渾身の演技を行う。もう一刻も早く解放されたいこの状況。そのせいで涙が浮かび、演技に一層の拍車がかかった。まさに迫真の演技。鎮守府主演女優賞は間違いなく暁に決定だろう。だが、そんな彼女の必死の抵抗を知る由もない子猫がさらに追い打ちをかける。

 

「にゃーん」

「あーーーーいたたたたたた、にゃーー! にゃぁあああ! お腹が痛いにゃーーーー!」

(暁ちゃんそれは無理あり過ぎなのです!!)

 

 電が突っ込みを入れた程だ。はたから見ればお腹を抱えた少女が腹痛を訴えながら猫の鳴き真似をして転がりまわってるのだ。異常な光景、これを正常と言える人間がいるならぜひともお目にかかりたい。

 

 と、急に子猫が大人しくなる。演技を続けながらも暁はようやく大人しくなったのだろうかと思う。が、すぐに自分の考えが甘かったと思い知らされることになる。

 

 子猫は暁の未発達な乳房へと到達していた。まだ完全に開き切ってない目ではあるが、わずかな視界を頼りに顔を動かし、再び訪れた空腹を満たすべき物を探す。そして自分の目の前に、何かがぷっくりと突き出している物に気が付いた。目の前にある突起、それは自分の貴重な栄養源である母乳が出て来るそれとよく似ていて、子猫は迷わずそこに吸いついた。

 

「ひゃぁああああああ!!!?」

「う、うおおおお!?」

 

 痛みではない、言葉にできないような感覚が暁の体の中を駆け抜ける。例えるなら電流のようなそれ。しかしそれとも違う何かが彼女の中を駆け抜け、そしてその感覚は子猫が自分の口に含んだ突起を吸い上げる度に暁の中を駆け抜けて行った。

 

(ま、まさか……お乳だと思って……!!?)

 

 暁はどうにかしようと思う。だがあまりの感覚に体が全く反応してくれない。子猫が暁のそれを吸い上げる度に、頭の中が真っ白に染め上げられていく。

 

「あっ……だ、めっ……ダメなの……それ、違う……ひゃん!」

 

 今まで出した事のない様な声が出る。頭がぼうっとして体が熱くなっていく。これはとても行けない気がする。だが、嫌ではない。体は戸惑って入るが、完全な拒否を示していない。それに戸惑う暁。だが、その感情さえもいつまでたってもお乳が出てこないと子猫はさらに吸い上げる。

 

「あんっ……あ、ぁあ……だ、めぇ……」

「あ、暁……ほんとに大丈夫……?」

「だい、じょ……ぶ……だか、あっ、みな……見ないでっ、にゃー……」

 

 もう自分が何を言ってるのか全く分からなくなっていた。何もかもどうでもよくなっていく気がして、吸われてるのは胸なのになぜかお腹の奥がキュンとする。何が何だかもう分からない。いっそこのまま身を任せていたい。許して、だって。

 

(きもち……いい……)

 

 意識が遠のく。もうどうにでもなれ。暁の意識が真っ白な海の底へと沈んでいく。そして暁は気付かない。今の自分の状況が、なりたくないと言ったレディへと着実に近づいている事を。だが、彼女にはもはや関係ない。ただ胸に吸いつく子猫の感触だけが頭に残り、視界もぼやけて耳もよく聞こえなくなっていく。中。

 

「はいちょっと失礼するのですーーーー!!!」

 

 残った最後の聴覚に、電の声が突き刺さった。秋雲は驚いて振り返ると、電を先頭に雷、響の順番で第六駆逐隊のメンバーが全力ダッシュで現れた。

 

「うぉおおおおお!!?」

 

 その衝突をも辞さない勢いに、秋雲は思わず壁に背中を張り付ける形で退避し、その目の前を三姉妹が突っ込み、ぐったりとしている暁を三人で抱え上げる。

 

「暁ちゃんはちょっと風邪気味なので、部屋で休ませるのです! 秋雲さんはなにも気にせず、しっかり体を休めて原稿を頑張るのです!」

「え、いや、でも……」

「な・の・で・す」

 

 暁型四姉妹、末っ子電。今の彼女の顔は、笑みを浮かべつつも金剛力士像よりも恐ろしい剣幕であり、秋雲を黙らせるには十分すぎる程の威圧感だった。

 

「あ、はい。ごゆっくり」

「ご協力、感謝するのです」

 

 そのまま暁は三人によって搬送され、第六駆逐隊の部屋の中へと消えて行く。秋雲は電の形相にまだ心臓の鼓動が収まらず、そのまま床に座り込んでしまった。取りあえず色々あり過ぎて頭が追いつかないのが現状である。が、秋雲はそんな中、ただ一つこう思う事だけは出来た。

 

「……暁って、けっこう色っぽい声でるんだなぁ……」

 

 

 

 

 第六駆逐隊の部屋に搬送された暁は、ようやく子猫の授乳から解放され、ベッドでぐったりとしていた。ひとまず電から事情を聞いた雷が自室に置かれているポッドからお湯を出し、次いで暁のスカートのポケットに入っていた子猫用粉ミルクを取り出すと、小皿に入れてお湯と溶かせて飲ませた。

 

「取りあえず事情は分かったわ。まぁ司令官の言う事も正しいけど、ここは姉である暁の方を私は支持するわ」

「皆がそうするなら、私も同じだ。これで第六駆逐隊は全員が共犯者と言う事になるね」

 

 響がちょいちょいとミルクを飲む子猫の背中を人差し指で突く。子猫は特に気にすることなくそのままミルクを飲み続け、今度は手のひらで優しく体を撫でてやる。

 

「よかったです。これでみんな一緒なのですね!」

「私たち第六駆逐隊はいつまでも一緒よ。これ位当然の事ってものよ!

「雷の言う通り。それに、この子だって小さいけれど大切な命だ。雨風の中、野ざらしには出来ないね」

 

 響が窓の外を見てみると、ぽつぽつと雨が窓にぶつかっていた。予報よりも早く雨が降って来た。連れて来て正解だっただろう。

 

「でも、これからどうするのよ。司令官に隠して育てるにしても、いつか限界が来るわ。この子だってまだ子供、鳴くな、なんて言っても分かる訳ないし」

「司令官さんが、私たちのお部屋に来ることはなくても、他の駆逐艦のみんなが時々入って来るのです。その度に隠し通すのは、ちょっと……」

「なら、駆逐寮の皆にも教えて、みんなで育てるっていうのはどう?」

「いや、駆逐艦全員が私たちと同じ意見とは限らない。反対する子だっているよ。それよりか、猫が嫌いって子もいるだろうし」

「そうよねぇ……」

 

 うーん、と三人はちゃぶ台を取り囲む形で唸る。時計の針を刻む音がやたらを大きく聞こえ、雨脚が強くなり、窓に叩きつけられる雨粒の量が増えた辺りで暁が体を起こし、響が一番最初に気がついた。

 

「ん、姉さん。起きたのかい?」

「ええ……何か色々な世界の欠片を見た気がするわ……」

「なんのこと?」

 

 雷が不思議そうな顔で問いかけるが、暁は言うか言わまいか少し悩み、やっぱり言わない事にした。

 

「……ううん、何でも無い。それより子猫は?」

「ミルクを飲んでるのです。元気ですよ」

 

 そう言って電はミルクを飲み続ける子猫を指差す。暁はそれを見てまずほっとする。

 

「それで、今私たちでこれからどうするかを話し合っていたんだ。結果としていい案はないけどね。姉さんは何かいい案はあるかい?」

 

 そう問いかける響をじっと見つめ、続いて子猫の方を見て、暁は首を横に振る。まぁ、そうであろうと三人は項垂れる。が、「でも」と暁は付け足した。

 

「案が無いなら、このまま隠し通すしかないわ。結果は見えてるかもしれない。けど、やるならこれしかないわ」

 

 そっと子猫の頭を撫でてやる。心地よいのか、「みゃう」と小さく鳴いて暁の手にされるがままとなる。

 

「……こんなに可愛いのに、どうして司令官はダメって言うのかしら」

「きっと、司令官にも思う所はあるのよ」

「雷も司令官の味方するの?」

「どっちも正しいと思うわ。それも、司令官の方が正しいかも、って思う」

「ならなんで……」

「やってみたいのよ」

 

 雷は立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張り、三姉妹へと向き直る。

 

「大人の正しさに、子供の正しさで勝てないかなって」

「雷……」

 

 雷は自分で口にして恥ずかしくなったのか、少しだけ頬を赤くして照れ笑いを浮かべる。響はやれやれと帽子を被るが、付き合おうと言ってる顔だった。電も同じくである。

 

「…………もうみんな子供ね」

「姉さんにだけは言われたくないかな」

「なによ、ぷんすか!」

 

 そっぽを向く暁だったが、そう言えば自分はレディになりたくないんだったと思いだして、なんだかおかしくなって吹き出してしまう。それにつられて響、雷、電もみんなで一緒に笑い出し、一時だけ第六駆逐隊の部屋はとても賑やかになっていた。

 

 

 

 

「で、てーとく。どうするでちか。多分隠れて子猫を飼うに決まってるでち」

 

 秘書艦伊58は、入渠を終えてから提督の仕事の手伝いをしていた。色々と幼いように見え、書類仕事に関して見た目で言えば不安のある彼女ではあるが、その見かけによらずにデスクワークはきちんとこなし、伊号潜水艦と呂号潜水艦を交えた潜水艦隊の旗艦も務める腕利きである。そして、この鎮守府開設の初期にたまたま建造された、最古参級の艦娘でもある。初期艦であり真の最古参の電、龍田や赤城に次ぐベテランだ。ついでに言っておくと、今彼女はスクール水着ではなく、セーラー服のスカートもしっかり履いての業務である。

 

「ま、俺がダメって言ったら絶対そうするだろうと思ってたからな。これと言って怒りもしない」

「じゃあ、黙認するでち?」

「いや、しない。あいつらが取りあえずどこまでやれるか見守って、それで全てを教える」

 

 提督は戦果報告書の紙に筆を走らせながらゴーヤの質問に答える。

 

「うわー、泳がせておくタイプだね。性質悪いな~」

「人聞きの悪い事を言うんじゃない。これしか方法が無いんだ」

「ま、こういうやり方一番嫌いなのはてーとくだもんね。あ、そこの弾薬の数一ケタ足りないでち」

「……どうも」

「それとこの書類、燃料と弾薬の書く場所が逆。それでもってこの書類空欄が目立つでち」

 

 ぐさりぐさりと突き刺さる指摘。提督は唸りながら手渡された書類に修正を加える。

 

「…………」

 

 無言でペンを走らせる提督を、ゴーヤはじっと見つめる。言う事言う事はぶっきらぼうだが、ああ見えて子供が好きな人間だと言う事を彼女は知っている。だからしっかりした子に育って欲しいと願うあまり、あんな風に冷たい事を言ってしまうのだ。だが本人はその形を望んでいない。彼なりに優しくしようとしても、結局行きつく先はいつもと同じ。彼はそんな自分の性格が好きではないのだ。

 

 そっと秘書艦机から立ち上がり、ゴーヤは提督の後ろに回り込むと腕を回してぎゅっと抱きしめる。提督の手が止まり息遣いが乱れるのを感じた。ちょろい奴だと内心思う。

 

「てーとく。ゴーヤはちゃんと分かってるでち。あれは全部駆逐艦の皆の事を思って言ってることも、冷たい時こそ一番優しい時だってことも。誰が何か言っても、ゴーヤはてーとくの味方だよ」

 

 ゴーヤは抱き寄せる力を強める。伊達に、長くやってない二人なのだ。みんなが怖い怖いと言っていた提督は、自分からしてみれば何ら変哲のない人間だった。ただ口下手で、不器用なだけ。そんな彼の心に真っ先に触れたのが伊58、彼女だったのだ。

 

「…………ありがとよ、ゴーヤ」

 

 提督も、自分のことを理解してくれたゴーヤに感謝していた。大切に思ってる艦娘たちからはよそよそしい態度を取られ、一緒に食事しようとしても誰も口を開かず、お葬式みたいな空気になったことだってあった。そんな自分を理解してくれたのが、他ならぬゴーヤだった。

 

「ふふふ、てーとくはきっといいパパになるでち」

「さぁ、どうだかな」

 

 

 

 

 結論から言うと、第六駆逐隊全員出動の子猫教育作戦は、四姉妹全員出撃の際に彼女たちの部屋の中から子猫の声がすると言う駆逐艦夕立からの通報により発覚。提督は元より知っていた(予測していた)が、まぁ公になれば動かないとならないので任務を終えて帰って来た第六駆逐隊を提督室に呼び出した。

 

 そして、現在提督の目の前には第六駆逐隊が左から長女の順に並び、特に暁に関しては提督と一切目を合わせることなく、頬を膨らませて無言の抗議をしていた。机の上には件の子猫。ゴーヤが猫じゃらしをちらつかせて遊んでいた。

 

「で、だ。やると思っていたがまさか一日で見つかるとはな」

 

 提督は手を組んでじっと整列した第六駆逐隊を見つめる。提督の開いた言葉を聞き、真っ先に口を開いたのは電だった。彼女たちだって、何も考えなかったわけではないのだ。

 

「司令官さん、どうかお話を聞いて欲しいのです!」

「そうよ司令官、あなたの言う事も正しいとは思う。けど暁の言う事ももっと聞いてあげて!」

「姉さんのわがままな所は私も認める。けど、時々は聞く耳を持ってくれてもいいんじゃないかな」

 

 雷と響も電の言葉に続く。それをきっかけに三人の抗議と説得が始まり、その全てに提督はじっくりと最後まで耳を傾け続けた。響は悪天候の中、生後間もない動物を放置するのは虐待に等しいと言い、保護と言う名目なら問題ないではないだろうかと主張。彼女の言い分はこれほどに無いくらい正論だった。保護名目なら、極端な話ではあるが絶滅危惧種でも飼育する事が可能だ。

 

 雷は子猫が大人になるまで育て、その後は鎮守府内で放し飼いにすることで世話をする手間が省くという利点を説明する。確かに、放し飼いしている家庭も多々いるだろう。

 

 電は鎮守府内に癒しとして猫を飼うべきだと説明する。彼女は説明に一部の病院では動物を飼う事により、患者の癒しとなり、また大きな励みになる事例を持ち上げた。これは日々深海棲艦と戦い、疲労している艦娘たちのアロマセラピーになると、この点も納得がいく。

 

 そして今まで黙っていた暁の言い分はと言うと。

 

「数がどうだか関係ない。困ってるのに、放っておくなんてできないわ。全てを助けられない、切り捨てる事も必要って司令官は言った。でも、それじゃあ深海棲艦に襲われる船や人たちも全て助けられない。切り捨てる事になる。それと同じよ。私は、そんなの絶対嫌!」

 

 と、訴えかけた。四人の意見は全て正しく、説得力のある物だった。これに関してはゴーヤも「おぉ~」と声を上げ、提督の表情も何か手ごたえを感じる物になっていた。四人は行ける、と確信する。そして提督はため息を吐きながら重そうに腰を持ち上げ、四人を見つめて言った。

 

「お前達の言いたい事は分かった。全員筋が通る内容だ。評価に値する。正直ここまで言えるようになるとは思わなかった」

 

 あの提督が、納得の意向を示す言葉を口にしている。四人は自分たちの言い分が通る、きっと通ると胸が躍る。そんな彼女たちの表情は必死に隠しているようだが、提督とゴーヤから見ればバレバレである。故に次に口にする言葉を言うのが辛かった。

 

「だがダメだ」

『!?』

「普通ならお前達の言い分は素晴らしい。この子猫を飼うと言う覚悟も責任もある事も理解した。だが、それでも承認するわけにはいかない物がある」

「何よそれ……」

 

 暁が歯を食いしばり、提督を睨みつけて声を張り上げた。

 

「何よそれ!! 正論で言っても聞かないって、もうそんなの傲慢じゃない! それが大人のする事なの!? さいってい!!」

「…………ゴーヤ、子猫抱いて一緒に来い」

「はーい」

「司令官!!」

「お前達もだ。着いて来い。今から俺が見せる物がどうしても納得できないならいくらでも聞いてやる。今は、黙って着いて来い」

『…………』

 

 四人を見つめる提督の目は、怖い。だがその声色は怒りの物ではない。それを察したのか、意外な事に歩きだした提督に一番に着いて行ったのは暁だった。残った三人も、顔を合わせながらそれに着いて行く。

 

 提督が向かったのは鎮守府正門前だった。そう、暁が子猫を拾った場所。雨は上がり、雨雲の隙間から茜色に染まる空が顔をのぞかせる。四人はやはり捨てられるのだろうと緊張する。が、提督は子猫を門の外に出すことはせず、ゴーヤに抱えさせたままにする。

 

「お前達に、いくつか質問だ。この子猫は誰がどこで見つけた?」

「私よ。私が買い物の帰りに、ここにうずくまってるこの子を見つけたわ」

 

 暁が文句しかなさそうな口調で言う。少しでもたがが外れれば、ひたすらわめくだろう。ゴーヤは出来れば穏便にすんで欲しいと願った。

 

「そうか。それでお前は可哀そうだとここに連れてきた。そうだな」

「そうよ」

「なら聞こう。この猫はどう言った状況だと思ってお前は連れてきた?」

「そりゃ、捨て猫……」

 

 と、暁は自分が口にした言葉に疑問符を付けくわえた。待て、おかしい

捨て猫ならせめて段ボール箱を用意するだろう。中庭に用意したあの箱は、暁がゴミ捨て場から適当に拾った物なのだ。

 

「本当にこの猫は捨て猫だったのか?」

「そ……それは……」

「もしかしたら親猫とはぐれてそれっきりかもしれないじゃない!」

 

 雷がすかさずフォローに入る。だが、提督はそう来る事も予測済みだった。

 

「そうだろうな。だが知ってるか。親猫は複数の子猫を移動させるとき、一匹ずつ口にくわえて移動させる。その間子猫はその場に置き去りにされるが、それしか方法が無いため子猫は放置される。この子、ずっと鳴き声を上げてるだろう」

 

 全員がゴーヤの腕の中に居る子猫を見る。昨日からも、提督室に連れてこられた時も、そして現在もしきりに鳴き声を上げている。この声が原因で今日見つかったような物でもあった。

 

「それが……一体?」

「これは、親猫を読んでいる声だ。さっきも述べた移動方法は、人間にとっては親とはぐれてしまった可哀そうな猫と思うだろう。だが、親猫にとってそれは違う。寂しいだろうが待ってもらってるだけだ。どんな状況でも、子猫がそこで待ってると信じて移動するしかない。そして戻って来た親猫がそこに子猫が居なかったとき、どう思う?」

「にゃー!」

 

 と、ゴーヤの中で大人しくしていた子猫が突如暴れ出し、爪で腕を引っ掻かれながらもゴーヤはゆっくりと地面に下ろす。子猫はよたよたとおぼつかない足取りではあったが門に向けて歩き出し、そしてその向こうから大人の猫が飛び込んできた。

 

「あ…………」

 

 それを見て、四人はようやく理解した。自分たちの善意は、あの猫たちにとってはただのお節介で、あの子たちにとってはとても辛い別れにしてしまったかもしれないと言う事実に、ようやく気がついた。

 

 親猫が子猫に頭を擦りつけ、鼻と鼻をくっつけて自分の子供だと確認する。子猫がぐるぐると母猫に甘え、親は軽く体を舐めてやる。体全体を舐めまわしてやると首根っこを口で咥えて、小走りに門の外へと出ていく。

 

「……あれでもまだ、ここで飼うつもりか?」

 

 提督はそう言いながら立ち去る。ゴーヤもその後ろに着いて行く。第六駆逐隊は、門の外へと出ていく猫の親子を見つめることしかできなかった。そして二匹が完全に見えなくなってから、ようやく暁が口を開いた。

 

「…………ずるい」

 

 提督が歩みを止め、ゴーヤが振り向く。

 

「あんなの……あんなの見せられたら……私が悪者みたいじゃない……」

「あの親子からしたら、そうだろうな。それが分かっただけでもお前は大人に、レディに近付けただろう。いや、レディにはなりたくないんだったけか?」

 

 少し皮肉っぽく言う提督。暁は鋭い目を提督の背中に向ける。

 

「なるんだから……司令官が、司令官が私を子供だって笑った事を後悔させる……一人前の、一人前のレディに、私はなるんだから!!」

 

 暁の口からは必死の抵抗の言葉が吐き出される。だが、それと同時に自分がいかに軽率だったか、自分の行いが全いだと思いこみ、自惚れていたのかを思い知らされた。どんなに正当な理由があっても、どんなに正論な事を述べても、親子を引き離すなんてことは出来ない。人間に引き取られる事が幸せだなんて、必ずしもそう言う事はないと、暁は知った。それが悔しくて、涙と嗚咽が込み上がる。もちろん、彼女だけではない。響も雷も電の、自分達がいかに動物たちにとって勝手な存在でるかを思い知った。

 

「だからっ……ひっぐ、だから! 私がレディになったら、司令官を土下座させてやるんだから! 私にっ、うぅ……膝まつかせて、えっぐ、謝らせてやるんだから!!」

「…………そうか」

 

 提督は再び歩き出す。その背中を、暁は涙で目をぐしゃぐしゃにしながらも精一杯睨みつける。その背中は憎たらしい程大きく、広く、しかし今までにないくらいの温かさを持っていた。それがまたなんとなく悔しかった。提督の言葉は自分をバカにしているのではない。自分たちの事を想っていると知った。その優しさを知って、暁は尚更悔しかった。

 

 あの人は、誰よりも自分たちの事を想ってくれている。それを知った時、暁は一歩だけ、彼女の目指す一人前のレディへと近づく事が出来た。

 

 水平線の向こう。雲の隙間から顔を出す夕日。その光は、暁へと差し込み、涙を浮かべる彼女を励ますように照らし出す。その光から生まれる暁の影は、いつもより大人びて見えていた。

 



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