紺碧の艦これ-因果戦線-   作:くりむぞー

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執筆環境変えようと思ったらボーナスが19日だったでござる。来週こそ変えたい


第18話 一陣の風

 

 ――彼女は語る、戦いの本質を。少女達は求める、戦いの意味を。

 

 

 高杉建美という一人の女性軍人として横須賀鎮守府を訪れた月虹艦隊の長である建御雷は、自分達とは別の道を歩み無残にも水底へ没し敗北してしまった少女達の姿を部屋に入室するなり見て、まず一番に居た堪れない気持ちになると共に内心で静かに黙祷を捧げていた。

 ……何故ならば、後世での戦い方を本来ならば前世にて似た形で実現すべきであったというのに、それが叶わないまま少女達は只々運命に翻弄されて傷つき、結局のところ敗北の二文字を魂に刻みつけることになってしまったからである。その痛みといったら、辛いの一言ではとても言い表せないだろう。酷く傷つけられた上に大量殺戮兵器を使われ、果てには無条件降伏である。これ以上の苦しみが果たしてあるだろうか。

 建御雷は、後世の軍人達が転生前に残してきてしまった罪を己の罪であるかのように受け止め、只々詫びる思いを強めていく。そして、その思いは次第に今世では同じ目には絶対に遭わせないという意志へと昇華され、彼女に少女達が悲劇を繰り返させないためにどう戦って行くべきであるのかを語らせた。

 

「……手始めに皆さんに質問ですが、現状で我々は深海棲艦に対して『勝っている』と思いますか?」

 

『――えっ?』

 

 少女達からしてみれば藪から棒な問いかけであった。

 海軍の公式的な記録では既に幾つかの戦いでは、はっきりと深海棲艦に対して勝利を重ねているという事実が残っている。故に、撤退をやむを得ず強いられた出来事を除けば、間違いなく『勝っている』と誰もが認識していておかしくないことなのである。

 しかし、建御雷改め高杉建美はさも『勝っていない』かのような言い方をし、席についていた艦娘達を困惑させた。傍らに立つ富嶽さえも眉をひそめたが、それを余所に彼女は自身のペースで言葉を続けた。

 

「『勝っている』と思っている方は挙手を、『それ以外』だと思う方はそのままで居て下さい。別に周りを気にしなくとも良いです。怒りもしませんし非難したりもしませんから」

 

『………』

 

 思わず少女達は近くに居た者同士の互いの顔を見合わせあったが、それも束の間の事……深く考えている暇はないと反射的に悟ると、『勝っている』と少なくとも認識している艦娘は覚束無い素振りで一人また一人と手を掲げていった。

 そうして、最終的には過半数以上が『勝っている』と確信しているということが明らかとなったが、全員が全員同じ反応を示したわけではなかった。

 

「あら~? 天龍ちゃんは手ぇ挙げないの~?」

 

「……まあ、思うところがあるからな」

 

「へぇ~」

 

 その証拠に幾人かは全く手を掲げることなく、ある者は堂々たる態度で『それ以外』を意見を持っていることをアピールしていた。なかでも、艦艇であった頃の名残を残し、眼帯で片目を覆い隠した艦娘である天龍はというと、何か物申したい視線を高杉へと向けていた。

 すると、ちょうど彼女の目に止まり一瞬のうちにして両者の間でアイコンタクトが交わされる。同時に、手を掲げていた少女達に楽にするよう指示が飛ばされると、すかさず次に何故『勝っている』と思わなかったのかという問いかけを掲げなかった者達に対して高杉は行った。

 そこで、天龍は予定していた通りに手を掲げて問いに対する回答権を正式に得て、意気揚々に自身の意見を述べた。

 

「――では、天龍さん。貴女は何故『勝っている』とは思わなかったのですか?」

 

「そりゃ、最初に『勝っている』かと聞かれたからな。……あからさまに『勝っている』と答えたら駄目なパターンだろうよ」

 

「他に理由はありますか?」

 

「あるに決まっているぜ。――第一、オレらは記録的には勝っているだろうが、世界っていうデカイ規模で考えたら『負けている』のと変わんねぇちっぽけな勝利だろうよ」

 

 天龍は前線に出るなかで薄々と理解していた。確かに勝利は積み重ねられているが、結局のところ日本という国の中でのみ完結してしまっており、深海棲艦の脅威はまだ各地にて拭い去られていないということを。

 ……勿論、今後の作戦方針では周辺国の為にも動くことにはなるが、その活動が真に評価される日はまだ遠く遥か先の事だ。よって、現状で得ている勝利はないものと考えたほうが懸命であると彼女は判断していた。

 

「その通りです。……別に勝利を噛みしめることは悪いことではありませんが、その裏では未だに苦しい思いをしている人々がいることを忘れないで欲しいのです」

 

 目先の勝利にとらわれて満足感に浸ることだけは避けて欲しいということが伝えられ、少女達は無意識のうちに浸っていたかもしれないと思い返すと、己を恥じるようにして顔を傾かせ下を向いていった。

 高杉は追い討ち気味ではあるものの少女らに対してこうも述べる。

 

「――あと、一時の勝ちを後に続く戦いに持ち込まないようどうか心がけて下さい」

 

「それは……どうしてでしょうか?」

 

 周りの殆どが視線を前に向けることが出来ない状態でいる中で、真剣な眼差しを向けて話を聞いていた赤城が口を挟んだ。傍らの席にいる飛龍も口では言い表さなかったが、同じ疑問を抱いているらしく視線を絡みつかせるように交錯させて高杉の答えを待ち望む。

 

「勝ちを得るように仕向けている海軍の私が言えた台詞ではないのかもしれませんが、勝ちを重ねているとどうしても油断というものが生まれてしまいます。……例えば、今回の戦いで勝ったのだから次の戦いでもきっと勝てるだろうと思ったことはありませんか?」

 

「……ありますね」

 

「この調子でなら行けると思ってしまうのは至って自然な流れです。されど、過信が過ぎれば過ぎるほどに相手の戦力を見誤る事に繋がり、勝ちではなく負けを得ることになってしまいます」

 

 戦意高揚の為にペースを維持するような空気が流れることがあるが、場合によってはそれは逆効果に繋がる事もある。

 現に前世では世論が勝つことを執拗に煽ったこともあり、誰もが正常な判断の下で行動することが許されなくなっていた。その果てが許し難い悲劇を引き起こすというならば、蔓延する前に対処しなければ事は何度でも繰り返されるであろう。

 

「冷静に戦況を見つめることが出来ず勝手な憶測が飛び交い合えば、当然指揮は乱れるでしょう。それは時に孤立を誘発し死に直結します。――ですから、貴女方には慢心は禁物だということを覚えて頂きたいのです」

 

「……つまり、勝ちに固執せず常に状況を見極める目を持てと、そういうことですか?」

 

「ええ、そうです」

 

 高杉は実践は容易ではないが必ず守るように願い頭を深々と下げた。

 反応は疎らであったが、彼女が自分達を思って行動を促しているのだというニュアンスは間違いなく伝わった。あとは、この事を戦いの中で忘れずにいられるか少女達本人にかかっているだろう。

 

「――さて、個人的に言いたいことは以上ですので本題へと入りましょうか」

 

 緊張感を与える表情を崩した高杉は朗らかの笑みになると、話をようやく本題である艤装改良の為の査察内容へと切り替えた。

 背後を向いた彼女は眼鏡をクイッと上げ、まず目の前に広がる黒板に向かってチョークで何やらイラストを描き、デフォルメされた艦娘と深海棲艦の姿を皆へと見せた。

 

「本査察の要旨を説明します。今回の査察は、大本営の承諾の下で推し進められている『改二実装計画』に基づいて行われます」

 

「改二……」

 

「――実装計画ッ!?」

 

 初めて聞く計画の名にたじろぐ艦娘達。だが、驚愕するのはまだ早い……その詳細を知った時、さらに驚くことになるのだから。

 

「――まずは序論として、現在の日本海軍と深海棲艦との戦況を解説します。これまでのところ、人類にとっての末期戦であり貴女方にとっての序盤戦である戦況は総合的に見て好転していると言えます。……しかし、戦力比率で言えば深海棲艦の方が数倍勝っており、先程述べた通り予断を許さない状況が続いております」

 

 敵の正確な数は依然として不明。有限であるのか無限に湧き続けてるのかもわからない上に、本拠地を何処に設置しているのかも判明していない。

 もし、国に属する正規の軍隊であるのならば数を割り出す以外にも動向を探るなどといった様々な点でやりやすい点があったのであるが、それが叶わないとなれば深海棲艦は言わば国境がない軍隊かはた又は破壊だけを繰り返す国際無差別テロ組織と認識したほうが良いだろう。

 

「加えて、深海棲艦は此方が万全を期していないことを把握しているどころか、装備の細かな性能まで熟知している可能性があります。スパイが潜入しているなどという可能性は、既に調査により極めて低いとされますが、兎にも角にも現状のままでは奴らが何枚も上手ですので、奮戦したところで拮抗状態に持ち込むことは難しいと思われます」

 

 無線傍受の可能性も探られたが、従来の無線方式は念には念を入れて廃止され月虹艦隊の協力により改良された最新式のモノに変更されているため、どちらにせよ内部から情報が漏れている線は今のところは低かった。……となれば、それ以前に深海棲艦はある程度の艦娘に関する情報を知り得ていたことになる。また、艦娘の出現を最初から予期していていたかどうかについても十分怪しいと言えた。

 

「……このまま戦っていては快進撃を続ける一方で、実は深海棲艦の手の内で踊らされている事になりかねません。したがって、あちら側が想定する此方の動きを上回る状況を作り出す必要があるのです。そして、その糸口となるのが――貴女方の艤装や装備の改良です」

 

 既存の装備について知られていると想定するのならば、即ち深海棲艦は例えば金剛型戦艦であるならば35.6cm連装砲によって主に攻撃を行い、三式弾を用いる傾向があるとわかっているということだろう。……無論、独特の動きの癖さえも理解されているとなれば、隙だらけというか丸裸に等しい。

 

「計画の最大の目的は、深海棲艦が思い描く我々の運命を尽く打ち砕き抗うことにあります。……その為には、貴女方が知り得る過去の改装計画を超える改装計画によって新たな力を得てもらわなければなりません」

 

「……力を得ることに対する負担はあるのでしょうか?」

 

 魅力的な計画ではあったが、やはりネックとなるのは扱う本人達への影響であった。

 

「わかりません。……ですから、今回の査察によって負担の度合いを調査し、どの程度でならば強化と改良が可能かを判断します。特に、指名を受けている方にはご協力を願うことになるでしょうが、お手を煩わせることがないよう気をつけますので宜しくお願い致します」

 

 そう言って話を締めくくった高杉は、富嶽が解散を指示した後に部屋を出ると早速艤装の整備が行われている区画の施設へとその足で向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……成程、流石に本土の施設だけあって造りは本格的か)

 

 対外的な話し方を捲し立てるように行使しすぎたせいかやや疲れが生じたが、私は予定通りの時間に施設へ移動し、用意していたツナギに更衣室で着替えて、整備責任者を務める厳格そうな歳若い男性である鎚冶(つちや)大尉の熱心な説明を受けていた。

 立つ前に並ぶ艤装はどれも査察対象の艦娘の艤装ばかりであるが、横目を向ければ奥の方にも他の艦娘の艤装に異常がないか現在進行形で確認が行われていて、几帳面に間隔を開けて置かれているのが見えた。

 視点を元に戻し、一番に目立つ大きさの艤装に私は着目する。

 

「この艤装の持ち主は伊勢型ですか?」

 

「はい、そうです。……最近、妖精達の指示を受けて航空戦艦化の為の強化を施したことにより、艦隊の中でも随一の複雑な造りとなっています」

 

 主砲は金剛型と共通の35.6cmであるが、互いの主砲を付け替えるといった事は出来ないようになっているそうだ。つまりは、大きさは共通でありながら互換性はないということである。

 また、戦列に加わった頃には装備していたという主砲の一基は取り外されており、代わりに飛行甲板が新たな装備として加わっているそうである。……といっても、空母のような本格的な長さの物ではないようで、発艦できるのは水上機に限るようだ。艦種的には航空戦艦ではあるも、月虹艦隊内で確認されている航空戦艦とは世界が違うせいかわけが違う。

 

「背部中央に主機関がありまして、そこの近くから燃料弾薬等は補給されます。メンテナンスについてもこの部分を介して行うことになります」

 

「中身を見させて頂いてもいいですか?」

 

「今見やすいように調節いたしますので、少々お待ち下さい」

 

 大尉の指示によって妖精と整備兵が連携し、クレーンなどを使って艤装が持ち上げられ向きが整えられると、見たかった背部が下に潜り込む形で確認できるようにされた。先行して潜った整備兵によって点検口が取り外され、私は入れ替わりに滑り込み作業用の軍手をしっかりしめた後に内部を確認する。

 

「艤装の中核に結合部があるでしょう。それが艦娘の方と艤装をリンクさせるための結合部となりまして、そこから各部分に働きかけるための回路――霊子回路が伸びています」

 

 基本的な造りについては月虹艦隊と海軍の間でとりあえずは差はないようである。

 しかし問題は、改良の第一段階として主機関の換装が可能かどうかである。見たところ蒸気タービンによって動いていると確認できるが、ここからガスタービンエンジンに変更可能かどうか知らなければなるまい。

 

「――大尉、予定では主機関の交換を行いたいのですが、変更は可能ですか?」

 

「交換品が何かによりますが、どのようになさるおつもりで?」

 

「室蘭から必要な物が届いていると思いますので、持ってきて見ていただければ早いと思います」

 

「わかりました」

 

 直ちに室蘭に駐留する旭日艦隊から私とは別ルートで送られてきたとされるコンテナが運び込まれ、整備兵複数人立ち会いのもと開封が行われた。

 中には駆逐艦用の小型のものから戦艦用のものまで取り揃えられている部品が几帳面に収められていた。

 

「これは……」

 

「ガスタービンエンジンの機関を構成する部品です。艦種別にサイズは用意しましたが……行けますか?」

 

「メイン機での確認は不味いですので、検証用の艤装を用意します。――おい、お前ら急いで持ってこい!!」

 

「「「了解っ!!!」」」

 

 下手に出撃用に使う物を弄っておじゃんになっては困るということなので、予備パーツを用いて同じように造ったという艤装が手配されることとなった。

 私はその間に金剛型の2名や空母である2名についても確認を行い、戦艦同士には特に差異がなく空母は分厚い下駄を思わせる艤装部分に主機関が仕込まれていることを理解した。

 

「……金剛型は可変式で、砲塔がコンパクトに収納できるようになっているわけですか」

 

「攻撃時にはXを描くように展開されますが、造り的に防御面に些か不安がありますね」

 

「では、課題としては艤装自体の防御を考慮すべきというわけですか……なら、単に手を加えるだけでなく艤装自体の再設計が要りますね」

 

「空母の方についてはこれといった問題はありませんが、艤装よりも装備の方を整えるほうが先決かと思われますね」

 

「……ふむ」

 

 艦載機の開発状況を記録したリストによれば、零戦を始めとした開戦当時の機体ばかりしか今のところは開発できていない様子である。偵察も戦艦搭載の水上機に頼りきりであるということから、今後この水上機が潰された場合は偵察抜きの戦いを強いられることになるだろう。それは目隠しの状態で戦っていることと何ら変わりはない。

 戦いには目が利いた者が必要だ。居たほうがいいのではなくて絶対に居なければならない存在である。

 

「……富嶽司令にボーキサイトの量と鋼材の量を増やしてみては、と後で進言しておいて下さい。それで何も変わらなければ追って連絡をと」

 

「ボーキサイトと鋼材をですね、わかりました」

 

 殴り書きで参考例として配分をリストに書き殴ると大尉はそれを脇に挟み、確かに報告すると誓う敬礼をした。

 そこへ、専用の滑車に載せられた査察対象の艦娘のテスト用艤装がジャストタイミングで運ばれ、確認の際と同様に点検口が開かれると共にパーツごとに分けて分解された。

 見届けた私もまた検証作業へと移行するために整備兵の中に加わり、男達の中に女性一人がいるという紅一点な環境が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぇ~、凄いねぇ。高杉少将まで作業に加わっちゃってるよ」

 

 施設の出入口から遠巻きに査察の様子を窺っていた艦娘の一人である伊勢は、華奢な体でありながら平然とした表情で作業の指揮を執る高杉の姿を眺め、信じられないとの感想を漏らしていた。

 

「まあ、異様な光景であることは間違いないな」

 

 姉妹艦たる相棒の日向も同意見であり、自身らの艤装がどのような改良を施されていくのか気になって仕方がなかった。後ろに立ち並ぶ査察対象の艤装を持つ者達も頷き合い、居ても立っても居られなかった飛龍は思い切って休憩か別の用事で外に出てきたと思われる若い整備兵を捕まえて、何をやっているのかをズバリ尋ねた。

 

「あー……確か主機関の交換だとか言っていましたよ。何でも上手く行けば、速力と燃費が一石二鳥で改善されるとか」

 

「そんなことが可能なの!?」

 

「今はどれだけ改善されるかはわかりませんが、恐らく今日中には換装作業自体は完了すると聞きました。もしかしたら皆さんに参加してもらう確認作業があるかもしれませんので気には留めておいて下さい」

 

 そう言って整備兵は駆け出して行くと瞬く間に去っていった。……取り残された彼女らは再度内部を見て作業風景を視界に収める。

 目を凝らせば、高杉の手には艤装から引き抜かれたと思われる部品が両手で包み込むように大事に握られていて、整備兵が持っていたモノと即座に交換された。

 

「――確かに艤装から部品を取り出して付け替えようとしているみたいですね」

 

「本当に、付け替えるだけで変わるものなのでしょうか……」

 

「さあね……こればっかりは言われた通り、実際に私達が使って試してみないことにはわからないよ」

 

 複雑な思いが彼女達を包み込む最中で、高杉による諸作業は止め処なく続けられて行く。

 するとそこに、工具セットを抱えた明石が別口から現れ、間近で彼女に向かって話しかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よろしければ、見学させて頂いてもいいですか?」

 

「明石さんですか……別に構いませんけれど」

 

 想像をしていたよりも旧式の機関の取り出しが容易であったことから、6人分をこなしたとしても今日中には一通り作業が終わると判断していた矢先、スカートが腰の辺りで切られているかのような際どい装いの少女が潜り込んだ艤装の隙間から此方を覗きこむようにしていた。

 おまけとばかりに工具も垣間見えていたことから、鎮守府唯一の工作艦である明石であることは気づいたが、よもや見学させてほしいと言い出すとは思わなかった。

 だが、下手に断れば怪しまれるだろうし、私自身いつも鎮守府内に留まっていられないため、ある程度どのようなものか理解してもらわなければ整備に支障が出るかも知れない。整備兵だけに共有することも考えたが、早々起こり得るとは思わないが仮に有事に整備兵が身動きが取れない事態に陥れば、誰が艤装のメンテナンスを行うというのだろうか。

 その事を鑑みた私は慎重になりながらも彼女の頼み込みを承諾し、姿勢をそのままに会話を行った。

 

「……見たところ機関の交換をなされているようですが、そうすることによって具体的にどのような効果があるんですか?」

 

「速力については、見込みでは1.2倍~1.5倍の上昇が期待できると思います。燃費については劇的な量の削減は無理ですが、統計的に見れば節約できていることになるでしょう」

 

「1.2倍以上ですかっ!? ……ということはですよ、あまり速力の出ない低速艦の人であっても―――」

 

「高速艦並に速力を出すことは夢ではないですね。参考までに伊勢型のお二人が艦娘になる前の速力から換算すると23ノット×1.2ですから……最低でも27.6ノットは出せることになりますね」

 

 竣工時の素の状態である金剛型戦艦が27.5ノットの速力を出せることから、それと同等の速力を得られるわけである。ちなみに1.5倍の速力上昇が可能であるとしたら23ノット×1.5であるので、最大34.5ノットの速力を出すことが可能だ。

 ここまで来ると低速艦であるとは言い難く、高速航空戦艦であると言ったほうが正しいだろう。

 

「駆逐艦専用のモノもありますから、今回の試みが成功しさえすれば推定で40……元から速力ある駆逐艦であるならば50ノットクラスの速さは行けるでしょう」

 

「もう速いってレベルじゃないですね……逆に転びそうで怖いです」

 

「あくまで最大速力の話ですから、それだけの速さが必要になった時に上手く動ければ大丈夫ですよ。普段から慣れておくのが一番ですが……ねッ!」

 

 話を続けながら機関の位置調節を行っていたが、艦娘と艤装を密接にリンクさせるための霊力の流れる道、霊子回路をどうやら補強しないことには正常に稼働しそうにない事がわかった。

 ……まあ、想定内であるので胸ポケットに忍ばせておいた特殊な専用の素材を手にし、私はあみだくじを拡張するように貼り付けてなぞり霊力をじっくりとなじませた。反動で電流が流れたかの如く痺れが指を襲ったが大して痛くはない。

 

「……今のは?」

 

「艤装内の導線、平たく言えばケーブルを強化しました。――もっと近くで見てみます?」

 

「ぜ、是非っ!」

 

 スカートの中が見えないように手で抑えるよう促しながら彼女を私は隣に潜り込ませると、別の場所に対して同様の手順で回路を繋いでみせる。

 

「この部品を繋げたいので、此処の回路を今拡張しました……で、目的の場所まで引っ張って行き付けると」

 

「うわぁ……凄い」

 

「慣れれば簡単にできますよ。……あとは、これを固定して動かないことを確認してから閉じます」

 

 点検を重ねた後に不備がないことを指差確認で確かめ、基礎となるパーツはこれで付け替えが終わった。残る燃料の供給口との連結も滞り無く進められ、1時間足らずで1人分の艤装の暫定的な改良が終了した。 全員分が終わり次第再点検してそれで本当の完成である。

 

「残りは5人分ですね……」

 

「よし、もっとペースを上げて張り切って行きましょう!」

 

『――おおっ~っ!!!』

 

 雄叫びにも似た気合の声が周りに響き、私達は力を合わせて一つ一つ丁寧かつ迅速に改良を施して仕上げていった。

 

 

 

 

 ……そして、数時間後。鎮守府近海、演習エリアにて。

 

 

 

 

 

(艤装自体の第一段階の改良は上手くいった……これで問題なく動かせさえすれば、全てが変わる)

 

 作業中に大きな問題に直面するといったことは奇跡的に起こらず、全て滞り無く換装作業は終了を迎えることが出来ていた。

 現在は改良された艤装……仮称『甲式艤装』が港まで運び込まれており、装着予定の艦娘達の到着を待っている最中である。もっとも、あまり外見は大きく変わっていないことから大袈裟なリアクションは見込めないだろうが、そもそも反応を求めるところが違うのでその辺はどうでも良かった。

 

「……高杉少将、自信のほどは?」

 

「ある、とはっきり言いたいところですが、これで本番になって問題が発生してしまえば元も子もないですからね。五分五分とさせていただきましょうか」

 

「えらく慎重ですね。まあ、私が貴女の立場ならきっと同じように思うでしょう。……はてさて、吉と出るか凶と出るか」

 

 意地悪く富嶽少将が微笑むのを見て、知らず知らずしていたと思われる緊張が氷解するように解れていく。

 出来れば凶と出て苦労が無駄になることがなければよいのだが、そうなれば計画の方針を一部変更し別の形を模索するほかあるまい。まだ持ち合わせている引き出しが完全に尽きたわけではないのだから。

 

「来ましたよ」

 

「――!」

 

 彼が指をさした方向からは、夕陽をバックに歩く6人の艦娘の姿が見えてきていた。また、追いかけるようにして他の艦娘達もその背後から一生懸命に駆けつけてきており、まるで祭りの催しの始まりが今か今かと迫ってきているようだった。

 

「お待たせいたしました!全員時間通りに到着しました!」

 

「……うむ。では早速、各員艤装を装着せよっ!」

 

『了解っ!』

 

 私も含めて幾人かに手伝ってもらいながら彼女達は結合部に艤装を接続し、感触確かめるように体を動かした。……予想通り、この時点では変化は感じないようで、何処が変わったのかと頻りに首を捻っていた。

 

「違和感は何かありますか?」

 

「……いえ、大丈夫みたいです」

 

「私も変な感じはしないな。むしろ、心なしか動きやすい気が……」

 

「ああ、それは言えてるね」

 

 気持ちが悪いといった意見は皆無であった。伊勢型の二人については速力が上がったことが関係しているのか、動きが以前よりもスムーズに感じるという。それが気のせいかどうかはさておき、いよいよ海上での運用試験である。

 

「……よっ、と」

 

「――行けるかな?」

 

 さながらプールの中にこれから入ろうとする子供みたいに少女達は、防波堤を手を取り合って降りていく。続けて浮かぶことも問題なくクリアし、あとは一斉に機関最大で駆け出すだけとなった。

 そうして、私は手を合わせて祈り、彼女達に告げる。

 

「イメージを……外側に向けて炎を放出するのではなく、内側で強烈に爆発させて下さい」

 

「内側で……」

 

「――強烈に、爆発か」

 

 飛び出す構えを取り、6人は横一列になって水平線上の海の向こう側を見つめた。……既に応援する皆の声は鎮まっており、波打つ音だけがカウントダウンの代わりに周囲へと響いていく。

 果たして運命の結果は―――――

 

 

 

 

『……いっ、けえええええええええええええええええええっ!!!!!!』

 

 

 

 

 ――――閉じていた瞳を見開いた瞬間、少女達はその日……一陣の風となっていた。




紺碧の艦隊とかにそう言えば、低速艦ってそもそもいたっけ……?

いないな、多分!


次回もお楽しみに


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