ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
遂に実現した三大勢力の和平。
この歴史的な出来事に立ち会った者達は感動のあまりに言葉を失う。
古くから、それこそ自分達が産まれる以前から繰り広げられてきた争いが一つの形に終結を向かえたのだから。
だが、それでもそのことをまったく喜ばない者達もいる。
それこそが三つの勢力に不満を覚える危険分子達が集まりしテロリスト達、『禍の団』。
彼等は自分達の主張を通すべく、今の世を回す三大勢力に対し戦闘を仕掛けた。
それにより、三大勢力はの各トップ、そしてリアスとソーナ達は窮地に追いやられる。
特にリアスの眷属、ビショップのギャスパー・ヴラディが敵に捕らわれ神器を強制的に暴走させられたのはかなり大きい。彼の神器『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』は視界に収めた全ての時を停止させるというもの。その力が暴走すれば、使用者以外の殆どを停止させる事が出来る。
その力を暴走させることによって禍の団は自分達に圧倒的に有利な状況へと運んでいく。
自分達以外全てを停止させれば、三大勢力の者達など殆ど何も出来なくなる。対して此方は殆どの抵抗もなく戦力を送ることが出来るのだから。
だが、それでも完璧では無い。
いくら時を止める神器という強力な物とはいえ、それでも格上には通用しない。
魔王や上級堕天使や大天使、それに力が限りなく強い者は停止の力など跳ね返す。だからこそ、現に停止している時間の中でも動き禍の団の攻撃を防いでいる。
彼等を叩き潰さなければ禍の団に完璧な勝利など無い。それにこの今の状態こそ、彼等はこの場に居る三大勢力の者達を倒す絶好のチャンスなのだ。
故にその熱の入れ様も尋常では無い。
空を覆い尽くさんばかりの魔方陣。それは全てが転送用の物であり、その魔方陣から次から次へと異形の者達が転送されていく。
その全てが彼等、三大勢力のトップへと戦力を集中させる。
この戦況に戦力の差。いくら強大な者達が集まっているとは言え、それでも個が多勢に勝るなどそうはない。
それが実感として感じられる。彼の強大な者達は結界を張って攻撃を防ぐだけで精一杯。圧倒的有利な状況に禍の団達は皆勝利を予感していた。
勝てるッ!!
誰もがそう思った。
だからだろう……その心に油断が出来上がってしまったのは。
彼等禍の団は知らなかった。
その場に彼が居ることを。
もう片方の方には誘いを入れてある。どちらに付けば良いのかなど、考えれば分かる話。戦いが好きなその者ならば此方に付くはずだと。
だが、その目論見は外れてしまった。
彼等は気にしなければならなかったのだ。もう片方がその場に居ることを。
そして和平が結ばれた後にされた話し合いのことを知らなければいけなかった。
それがあの二人にどのように作用するのかということを。
その結果が、全身から吹き荒れる憤怒を纏いながら、結界を内側から破り飛び出して来た。
異形の者達が犇めく学園の外。
それに向かって赤と白の二騎は突進する。
その身からは赤と白のドラゴンのオーラが溢れ出し、本人達の怒りを表すかのように吹き荒れていた。
「テメェ等、覚悟は出来てんだろうなぁッ!!」
赤は地を粉砕しながら着地すると、周りの者達に向かって怒りを込めて咆吼を上げる。
それは人が発するような物ではなく、獣のような叫び声。
その叫びを聞いた禍の団達は無意識に身体を萎縮させた。
百獣の王の咆吼を聞くと大概の生物が恐怖するのと同じように、周りの者達もその叫び声だけで本能が恐怖したのだ。
対して白は空を駆け上り、禍の団の者達の集団の中へと突っ込むと檄を入れるかのように叫ぶ。
「貴様等がした事は万死に値する! 言い訳も命乞いも聞かん! 己がした過ちを悔いながら死ねッ!!」
赤と違い、白の叫びは断罪者の宣告。
それを聞いた周りの者達は如何に白が怒りに燃えているのかが嫌でも理解させられた。
その恐怖は今から死刑にかけられる囚人のそれであり、目の前に見える具体的な死に周りの異形達は恐怖する。
だが、それでも彼等は退くわけにはいかない。
怒り狂った赤と白。それは彼等にとって予想外ではあったが、だからどうしたと言うべきだろう。既に賽は投げられ、こうして現にこちら側は押しているのだ。
先程言った通り、如何に優れた個でも群には勝てない。
ならば、彼等がするべき事は同じである。
「如何に二天龍であろうとも、この数に勝てる訳が無い! 皆、殺せぇえぇえぇえええええええええええ!!」
「そうだ! 我等の方が今は有利だ! 撃て、撃てぇ、撃てぇえぇえぇえええええええええええ!!」
本能が感じ取る恐怖を噛み殺し、彼等は二人に向かって魔法を放つ。
一発でも強力な物を何十、何百と。
炎の弾が、雷が、水と氷の飛礫が、ありとあらゆる属性を持った魔法が二人に向かって殺到した。
絶体絶命の危機だと誰もが見たら思うだろう。
逃げる場所は無く隙間も無い。防げる事もないだろう。防いだところで防御ごと粉砕される。
それらが予想されるであろう破壊の暴風に対し、赤……一誠は咆吼を上げながら魔法の嵐へと退くどころか立ち向かう。
「こんなもんで止められるなんて思ってんじゃねぇよッ!!!!」
そのまま地面を殴り付け、その反動を利用して身体を回転させながら目の前の脅威へと立ち向かう。
そして檄突するや、飛んで来た魔法を回転を利用し片っ端から殴って弾き飛ばしていく。
一誠によって弾き飛ばされた魔法は四方へと飛ばされ、その場に居た禍の団の者達に被害を巻き起こす。
まるで無差別の爆撃が行われていくかのように、一誠に向けられた魔法は弾かれ猛威を自分達に振るった。
「なっ!?」
「そんなっ!? ぐあぁああぁああぁああぁあああ!!」
まさか自分達にこうして返ってくるとは思わなかったのだろう。
驚愕とその威力に飲まれ悲鳴と叫びが各所から上がっていく。
それは地上だけでは無い。
上空では白……ヴァーリにも一誠と同様に魔法の嵐が襲い掛かる。
無論、その威力は一誠に向けられたものと大差は無いだろう。
最上級悪魔であろうとも致命傷を受ける程の威力。
だが、それを前にしてもヴァーリは退かない。
「このような攻撃で……嘗めるなっ!!」
此方は一気に加速してその弾雨まで距離を詰めると、手刀を高速で、それこそ目にも止まらない、見えなくなるほどの速度で振るっていく。
そしてヴァーリの背後へと流れた物は総すべて霧散し消滅していく。
ヴァーリは一誠と違い、手刀によって向かって来た全ての魔法を斬り捨てていったのだ。
その事実に魔法を放った者達は信じられないような物を見るような目でヴァーリを見つめる。
避けるわけでも防ぐわけでも無い。真正面から切り裂いていった。
その非常識なものを目の前にして、その場に居た禍の団達はやっと自分達が置かれている状況を理解する。
一体自分達が何を相手にしているのかということを。
そして後悔し始める。だが、この時点で後悔し始めたところで何かが変わる訳でも無く、敢えて言うのなら……もう遅い。
地上で無差別爆撃をカウンターによって行った一誠は不満を顕わにして叫ぶ。
「こんなつまんねぇもん寄越しやがって!! もっとマシなもんはねぇのかよ、あぁ! そんな腑抜けたもんじゃねぇもんを見せてやるよ!!」
そう叫ぶなり、一誠は集まっている禍の団の集団の一部に向かって突進する。
その動きは得物を見つけた獅子の様に俊敏でいて、それでいて敵に攻撃しようと突進を仕掛けるサイのようにも見えるだろう。
まさに野性の獣。だが、その背から噴き出し推進力としているオーラを見るに、近代兵器のミサイルにも見えるかもしれない。
もの凄い速度で近づいてくる一誠に当然反応する禍の団達。
全く効果がないと分かっていても魔法を撃たずにはいられない。
「うわぁぁああぁあああああああ、来るなぁあぁあああああぁああッ!!」
がむしゃらに魔法を皆放つが、それが一誠を止めることは無い。
殴り飛ばし、または無視して受けても止まらずに突き進み、一誠は敵の集団へと距離を詰めていく。
「少しは堪えて見せろよっ! ドラグゥブリットォォォォ、バァアァアアァアアアアアアストォオオォオォオオオオォオオッッッッッッッッ!!!!」
『Boost、Boost、Boost!』
背中から噴出されるオーラをさらに噴き出し、空中に飛び上がると身体を横へと回転させる一誠。
その時、彼の左拳は力を集中させているのか、光緑色に輝きを放ち始める。
そして一誠はその光り輝く拳を獣の笑みを浮かべながら敵の集団へと、その地面へと叩き込んだ。
『explosion!』
その瞬間……。
大地が爆ぜた。
まるで大噴火を起こした火山のように、内側から膨れ上がった力を大地が耐えきれずに炸裂したのだ。
大爆発を起こしたのは一誠が殴った所だけでは無い。それは連鎖的に周りの大地にも影響を及ぼし、まるで大地は地獄の様に変形していった。
その爆発や噴出に巻き込まれ、各所から怒声と悲鳴が上がるがそれを聞いたところでこの男は止まらない。
先程溜め込んだ力を地面へと打ち込んだ一誠は拳を引き抜くと、ニヤリと笑いながら雄叫びを上げる。
「おいおい、こんなんでイモ退いてるんじゃねぇよっ! こんなもん、ほんの挨拶程度じゃねぇか。俺を怒らせたんだからよぉ……もっと意地ってモンを見せて見ろよぉおおぉおぉおぉおおぉおおおお!!」
そして再び赤い閃光が動き始める。
それは地上を獣のように駆け出し、そして独楽のように回転しては拳を繰り出していく。
地面を殴れば地面が爆ぜ、直に殴れば殴られた者は五体満足ではなくなり絶命していく。
その様子は誰が見ても異常。
地獄の中を怒り狂った獣が殺戮の限りを尽くしているようにしか見えず、見ていた敵は勿論、味方ですら恐怖に打ち震えさせる。
いつの間にか眷属を救出したリアスもサーゼクスに合流するが、その光景を見て顔を青ざめさせていた。
彼女も若いとは言え上級悪魔。命を賭けた戦いはコカビエル戦で経験はした。
だからこそ、殺し合いにそこまでの恐怖は感じなくなった。だが、それでも……ここまで一方的な戦いは……否、虐殺劇は見たことが無かった。
禍の団の者達は必死に、それこそ命掛けの様子で魔法を一誠に放つが、それを気にすること無く一誠は攻め立てる。
弾き殴り飛ばし、その突進は揺らぐこと無く敢行される。
そして拳を振るえば大地を穿ち、爆ぜさせ粉砕し、敵の尊厳すら失わせるほどの威力で鏖殺していく。
悪魔よりも悪魔らしいその様子に本物である悪魔達は言葉を失っていたのであった。
赤き龍は、否、赤腕と呼ばれている赤龍帝『兵藤 一誠』は邪魔された怒りを存分に彼等へとぶつけていた。
地表が一誠によって一方的な殺戮が繰り広げられている中、上空ではそれに負けない程の戦闘が行われていた。
「どうした? その程度で殺す気があるのか?」
ヴァーリがからかう様な声で周りの者達に問いをかける。
その返答は恐怖と焦りに彩られた表情を浮かべた禍の団の者達の魔法によって返される。
彼等が恐怖しているのは攻撃を全て斬り捨てられるからではない。
それ以前であった。
周りの者達から一斉に放たれた魔法の集中砲火。だが、それがヴァーリに触れることは無い。
それが迫る間近、ヴァーリの姿が消えるからだ。
勿論、実際に消えているわけではない。
その動きがあまりにも速すぎるために、彼等の目には消えているようにしか見えない。
まさに神速。何者をも追いつかせない速度で軽々と避けていくヴァーリの姿を見ては、周りの者達は絶望せざる得ない。
きっとどんなに数を揃えようと、この男には何一つとして当たらないのだろうと、見ている者達は皆思ったくらいだ。
そして今度が攻撃へと転じていく。
「そのような温い攻撃でオレを仕留められるなどと思うな!」
その叫びと共に白き閃光は空を駆け巡る。
閃光はあくまでも残滓に過ぎす、本人は更にその先で目にも映らない速度で飛んで行く。
そして彼が通り過ぎた後には、敵の血で真っ赤に空中が彩られた。
すれ違い様の手刀による一撃。
ただの手刀だが、その速度が神速となれば凶悪な刃へと変わる。その手刀によって敵は文字通り『切り裂かれた』のだ。
それが空で数え切れない数で行われていく。
ヴァーリの姿は見きれず、過ぎ去った残滓の白き閃光が通った後に生きている者はいない。皆切り裂かれて血を噴き出しながら落下し絶命していく。
地上も地上なら空も空で過激なまでに殺戮が繰り広げられていた。
その二つを合わせて見れば、まさに地獄絵図と言えよう。
血の雨が絶え間なく降り注ぎ、地表は血で大地がが真っ赤に染まり川が流れていく。
その光景に悪魔であるリアスやソーナでさえ、おぞましさのあまり顔を真っ青にして俯く。眷属の中にはあまりの凄惨さに胃の中の物を吐き出してしまう者さえいた。
その中で一人、アーシアは一誠の姿をしっかりと見届ける。
慕っている家族が血にまみれながら殺戮をしている様子を見て、普通なら耐えられないだろう。目を背け、否定したいだろう。
だが、それをせずに、それでもアーシアは見届ける。
それが一誠の生き方だと知っているから。確かに残酷なことが許される道理など無い。それでも……その人の生き様に口を出すことは誰にも出来ないことを知っているから。
その様子に飄々とした様子でアザゼルがアーシアに話しかける。
「随分と落ち着いてるじゃねぇか。お前さんのような心優しい奴なら、見ていられないと思ったんだがなぁ」
その言葉に対し、アーシアはゆっくりと、しかし真剣な眼差しをアザゼルに向けて答えた。
「はい。確かに目の前で行われていることは悲惨です。でも、それでも……私はイッセーさんのことを信じていますから。何より、私はイッセーさんの生き方を邪魔したくありませんし、否定したくもないです。だからこそ、見届けたいんです」
その様子に軽く口笛を吹くアザゼル。
そのまま『愛って奴かねぇ』とからかうが、アーシアはそれに反応せずに一誠の姿を再び見つめ続ける。
普段の彼女ならば顔を真っ赤にして慌てているところだが、今の彼女にはそのような感情は無い。
ただ無事を祈ると共に、想い人の全てを見届けようと必死だったから。
そんな彼女がひたすらに一誠の姿を見続ける中、上空では少しばかり空気が変わった。
それはヴァーリの前に一人の女の悪魔が立ち憚ったからだ。
褐色の肌に露出の多いドレスを身に纏い、眼鏡をかけた知的な美女。
その美女はヴァーリの前に立つと、まるで愚か者を見るかのように蔑む視線を向けながらヴァーリに話しかける。
「まさか貴方が此方に付かないとは予想外でした」
冷静な声だが、その声には確かな怒りが込められている。
それを感じ取ってもヴァーリは揺るがない。ただ話しかけられた事に淡々と返す。
「確かにお前等の誘いは魅力的だった。平和な今より戦いの日々は確かに心躍ることだろう。だが……それはとある前提がなければの話だったというだけだ」
「とある前提?」
怪訝そうな表情で聞かれたヴァーリは、そこで感情がかなり籠もった声で返す。
それは悦びと闘志、そして殺気に満ちあふれていた。
「奴と……オレの唯一の『敵』との戦いだ。待ちに待った……悪魔からすれば一瞬といって良い程短いのかもしれないだろうが、それでも待ち遠しかった。それがやっと実現する! それさえ適えば、後の事などどうでも良い。奴と戦えることが約束された今、その話を邪魔したお前等に寝返る理由などないのさ」
それを聞いた途端、それまで冷静な表情をしていた美女は憤怒に顔を染めた。
それはそれまで隠してきた怒りが堪えきれなくなったかのように、彼女は激情を顕わにヴァーリに叫ぶ。
「そのような理由だなんて……巫山戯るなッ!! それでも貴方は……私、カテレア・レヴィアタンと同じ魔王の血を引く者ですか! ヴァーリ・『ルシファー』!」
「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」
その言葉にそれまでの戦闘を見ていた者達は驚愕する。
禍の団の中で今回襲撃を仕掛けてきたのは魔女、そして旧魔王派の者達である。
その一人である旧レヴィアタンの血を受け継ぐカテレアは旧魔王派を束ね、そして現魔王達から魔王の座と取り返すべく行動を起こしたのだ。
その行動は旧魔王派全員の本心であり、同じように旧魔王の血を引く者ならば誰もが思うだろう。偽りを正せと。
そのためにもヴァーリに誘いをかけたのだから。
その事実を聞き、リアスやソーナ、サーゼクスは驚きを見せる。
まさか白龍皇が旧ルシファーの血縁者だったとは、と。
そのことにアザゼルはあちゃ~、といった表情を浮かべ、そして皆にわかりやすい様に簡単に説明する。
「あいつは旧ルシファーと人間の間に産まれたハーフでな。その生い立ちから親に見捨てられてたんだよ。それをオレ等が秘密裏に保護してたってわけだ。オレからすれば分からないもんだぜ。神滅具の一つ、白龍皇の光翼を持った上に親譲りの強大な魔力を持った、まさに最強の存在を管理せずに捨てるなんてよ」
それを聞いてリアス達はさらに驚く。
ハーフであるがために神器を宿し、しかもそれが神すら殺せるかも知れない神滅具。そして親譲りの魔力や才覚を受け継いだというのだから、最上級悪魔ですら手に余るかも知れないほどの逸材だと。
それが今世の白龍皇。過去の白龍皇に悪魔の血を引く者などいなかった。
まさに過去、現在、未来において史上最強のハイブリットに、リアス達は驚く以外出来ない。
そんなリアス達を余所に、憤怒を顕わにするカテレアにヴァーリは更に叫ぶ。
「いくら半分しか血を引いていないとはいえ、それでも貴方は悪魔なのですか! その身に宿すのは、高貴なる『ルシファー』の正当な血なのですよ! その血を引いた者が偽物が我が物顔で騙っているところを見て何も感じないのですか!」
テロという行為はいただけないが、その正当性を口にするカテレア。
その言葉は聞いているであろう魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタンに突き刺さる。
だが、その言葉を受けてもヴァーリの態度は変わらない。
「別に引きたくて引いたわけではない。それに寧ろ捨てられたことを怨みさえしていると言おうか。誇るどころか唾棄したいものだよ、この血はな。だが、それでも……力を受け継いだことにだけは感謝してもいい。だからといってそんな下らない地位に興味など無いがな」
「っ!? 貴様ッ!!」
自分に流れる血を貶され更に怒るカテレア。
そして彼女はヴァーリに怒りで染まった目を向けて叫ぶ。
「もう貴様を同じ魔王の血を引く者とは思わない、この恥じ知らずめッ!! ならばその命、もう必要無い。ここで死になさい!」
そして叫び終わると、懐からある物を取り出した。
それは掌に収まる程に小さな小瓶。その中には黒い小さなナニカがいた。
「これは我等の力の象徴である『無限の龍神』オーフィス、その力の片鱗です。これをその身に取り込めば、その者の力は何倍にも跳ね上がります。これさえあれば、如何に最強の白龍皇であろうとも敵ではありません」
その言葉によって判明する禍の団のトップ。
無限の体現者である神すら勝てないとされる最強のドラゴン。
それは確かに途轍もない驚異であり、聞く者を戦かせるには十分な効果がある。
だが、ヴァーリはそれでも乱しはしない。
寧ろ呆れ返ってさえいた。
「人からもらった力をさも自分の物のように語るとは……魔王の血族の名が聞いて呆れる。そんな他力本願でオレを倒せるなどと本気で思っているのだからな」
「っ!? 減らず口をっ!」
ヴァーリに馬鹿にされて怒りが頂点に達したカテレアは強引に瓶の蓋を開けると中に居るナニカを飲み込んだ。
そしてその途端にカテレアの魔力が格段に増す。
その沸き上がる力の快楽に悦びを感じながらもカテレアはヴァーリを睨み付ける。
「この力を前に、先程言った愚かな発言を後悔するといい!!」
そしてカテレアはヴァーリへと襲い掛かる。
確かに膨れ上がった魔力は魔王の名にふさわしい程に高まっている。その力は途轍もない破壊を秘めているだろう。
しかし、それでも……ヴァーリは嗤った。
魔力を身に纏いながら迫るカテレアだが、その前にヴァーリの拳が彼女の顔面を捕らえた。
「ぐぁ………………」
あまりの速さに殴られたことに気付くのが遅れたカテレアは吹き飛ばされつつも気を持ち直して体勢を整える。
だが、それでも刻まれたダメージは無視出来るようなものでなく、身体が揺らいでしまう。
「その程度でオレを後悔させようとは、片腹痛いな」
皮肉の籠もったヴァーリの言葉に、遂に彼女の繋ぎ止めていた理性が吹き飛んだ。
その口からは声にならない叫びを上げ、腕をヴァーリに向かって振るう。
振るわれた腕はまるで関節など無いかのように伸び、ヴァーリを絡め取ろうと幾重にも分かれながら襲い掛かる。
ヴァーリはその攻撃に対し、何もしない。
そのまま腕はヴァーリに絡みつき、そしてその身に少しずつ同化していく。
ヴァーリを捕まえたことにより、狂気に満ちた笑みを浮かべカテレアは叫ぶ。
「このまま全て吹き飛ばしてくれるっっっっっっっっっっっっっ!!」
ヴァーリの捕獲、それにこの発言により何が狙いなのかは明白であろう。
自爆である。
先の攻防で既に真正面から戦って勝てるとは彼女は思わなかった。だからこそ、少しでも現勢力の戦力を削るべく自爆しようと判断したのだ。
それを察したところでヴァーリは焦らない。
その身に宿す白き鎧、その胸に輝く蒼い宝玉が光り輝いた。
『Divide』
その音声と共に、膨れ上がっていたカテレアの魔力が半減する。
「なっ!?」
その事に急激に冷めた頭を持ってして驚くカテレア。
そんなカテレアにヴァーリは当たり前のように言う。
「何を驚いている? 白龍皇の光翼の能力は半減だ。既にお前には触れているし、お前自身もこうしてオレにしがみついているんだから、簡単に出来る。頭に血が上がりすぎてそんなことも分からなかったのか」
そう言うと共に更に音声が鳴り響く。
『Divide、Divide、Divide、Divide』
その効果により、自爆のために膨れ上がっていた魔力は半減に半減を重ね、最早下級悪魔よりも低くなってしまった。
その事実に驚愕し固まるカテレアを余所に、ヴァーリは更に言う。
「そして貴様はオレを捕まえたと思っているようだが、それが間違いだ。オレはわざと捕まっただけだ。何をしようとするのか見所だったからな。それが自爆など……芸がない」
そう言い終えると共に、ヴァーリの姿は消える。
同化しつつあった腕は一瞬にして千切り飛ばされ、切断面から血が噴き出す。
だが、その痛みを感じる前にカテレアは驚きで言葉を失ってしまう。
先程から何度も言っているように、ヴァーリは消えるわけではない。
目に捕らえられないほどに速いだけだ。
つまり………。
「オレを愚かだとお前は口にするが、他人の力を得て我が物顔で魔王の名を口にする上に自爆を選ぶお前の方が、余程……愚かだ」
それはカテレアの背後から聞こえてきた。
彼女にはそれまでの動きが一切見えなかった。いつの間に背後に回られたのかなど、彼女には察知することすら出来なかったのだ。
そしてこれが彼女の聞いた最後の言葉。
彼女がそれを耳にしたと同時に、彼女の胸から腕が突き出してきた。
それは血で真っ赤に染まった鎧に包まれた腕。
その手には脈動する心臓が握られていて、噴き出す血と暖かみのある血がが流れ出る感触が彼女にその事実を伝えてくる。
カテレアは背後から一瞬にして心臓をえぐり出されたのだ。
「ガッ……………」
声は出ず、ただ目の前に差し出された自分の心臓を見つめるのみ。
彼女は薄れゆく意識の中、最後に見たのは……。
握り潰されて弾ける心臓だった。
ヴァーリが握り潰すと共に腕を引き抜くと、カテレアの身体は落下し地面へと落ちた。
その際、力を失った肉の塊が落ちる音が鳴ったが、それを気にする物はこの場にいない。
そして障害の一つを排除し終えたヴァーリの目は、再び周りに居る者達へと向く。
その視線を受け、先程の行為を見ていた者達は恐怖する。
だが、いくら怖がろうとこの男は止まらない。
それは下で暴れ回っている男も同じであり、二人は既に決め込んでいる。
この戦場に於いて、勝利条件は敵の『殲滅』であると。
だからこそ、白は再び牙を剝く。
下で猛威を振るっている赤に負けず劣らずの猛威を振るうために。
こうして数時間後、この三大勢力の和平の襲撃事件は収束した。
結果から言えば、此方は結界を張っていたとは言え学園内の被害は甚大。
対して禍の団の襲撃者達は文字通り『全滅』。誰一人、生き残りはせず、五体満足の死体は一つもなかった。
それを行った二人は多少スッキリとした顔で互いに睨み合う。
これで後は……互いに戦うだけだと。