ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
次回からは戦闘校舎のフェニックスになりますね。
堕天使レイナーレの企みを阻止してから約一週間近くの時間が経過した。
あの事件の後も世は正常であり、リアス達の邪魔をした一誠達に何かしらの危害が加えられることもない。
まさに平和であり、春の日差しは暖かく世を照らす。
だが……それは世の中のことであり、一誠自身の生活は大きく変わってしまっていた。
朝、眩しい日差しと小鳥のさえずりが一誠を眠りから醒ます。
それ自体はいつもとまったくかわらない。だが、次に感じ取ったものは彼の今の生活ではまず有り得ないものだった。
それは一誠の部屋に入って来る……良い香り。
食欲をそそられるその香りは寝ぼけていた一誠の五感を呼び戻し、一誠の寝ぼけていた意識をはっきりと覚醒させる。
一誠はゆっくりと起き上がると、面倒臭そうな顔をしながら辺りを見回す。
すると台所辺りに一人の人間が立っているのを見つけた。
それは美しい金髪をした可愛らしい少女である。
少女は一誠が起きたことに気が付いたのか振り返り、一誠に輝かんばかりの笑顔を向けた。
「あ、イッセーさん、起きましたか!」
その少女の名は、アーシア・アルジェント。つい一週間前に一誠に助けられた少女である。
彼女は一週間前、レイナーレに騙され日本に来た。レイナーレの目的は彼女の中にある神器、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を奪うことであり、そのためにアーシアはこの日本に呼び出された……その清らかな信心を利用されて。
そのまま出会わなければ、彼女は騙された事にも気付かずに神器を抜かれ死んでいたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
日本に来て早々道に迷った彼女は出会った……もとい、生き倒れていた一誠を助けたことで、彼女が本来辿るはずであった悲運は覆えされることになる。
一誠は彼女を一飯の恩義で助けることを約束し、その約束通り彼女をレイナーレの魔の手から助けた。
まぁ、正確に言えば彼女を助けたのは次いでであり、本命はレイナーレの捕縛だったのだが。
助けられた彼女が何故ここに居るのか?
それに関してはを語るには、助けられた後の話をするしかない。
一誠と共に教会跡を後にしたアーシアは、そこである事態と直面する。
それは今後の自分の処遇であった。
既に教会からは追放された身であり、赴任する予定だった教会も存在しない。
そして身内も居ない彼女に居場所とも言える場所はどこにも存在しなかった。
異国の地で本当に孤独になってしまった少女は、これからどうしようかと真剣に悩んだ。
頼れるものは何もない状況。まだ成人もしていない少女には酷な状態である。
それに関し、一誠はぶっきらぼうながらにその日は自分の部屋に泊まるようアーシアに言った。
その申し出にアーシアは迷惑が掛けると断ろうとするが、一誠は強引にアーシアを自分の暮らしている部屋に連れ込んだ。
アーシアは初めて見る異性の部屋にドキドキして落ち着かない様子であったが、一誠は気にすることなく自分が使っていた布団をアーシアに渡すと、床に寝っ転がって早々に眠ってしまった。
一誠の厚意を無碍に出来ないアーシアは大人しく受け入れ泊まることを決意したのだが、そこは花も恥じらう十代女子。
同じ年頃の男性と一緒に眠るなんてことあるわけがなく、アーシアは緊張してしまい眠れない。特に布団から香る一誠の残り香や、隣でイビキを掻いて寝ている一誠を意識してしまい胸がドキドキして眠れなかったのだ。
対して一誠は本当に寝ていた。
アーシアは誰が見てもわかる美少女で、男だったら誰もが放っておかないだろう。
だが、『そういった感情』というものを一誠は持ち合わせていないため、隣で絶世の美女が自慰に耽っていようがナニをしていようがまったく気にしない。
男として不能というのではなく、単純にそれ以外に思考が持って行かれているからである。一誠はただひたすら、宿敵と戦うことを望み続ける。
その結果、こうして性欲などが極端に前に出なくなってしまっているので恋愛感情といったものをあまり知らないである。
その日アーシアは一睡も出来ず、一誠は熟睡して夜を越した。
そして翌日になり、一誠は勝手に来た久遠を連れてアーシアを自分が世話になっていた孤児院『白夜園』に連れて行った。
今後アーシアがどう生きるのかについては本人が考えることだが、その立ち振る舞いをする前に考える場所が、拠点が必要だから。
その道中にレイナーレを堕天使陣営に無事引き渡した事と、堕天使側からのアーシアへの謝罪と償いについて久遠から一誠とアーシアに伝えられ、アーシアは申し訳無い気持ちで一杯になってしまう。
助けて貰った上に、更に今後の援助もして貰ってしまっている身としては心苦しくて仕方ない。
だが、一誠と久遠はそんなことを気にする必要はないとアーシアに言う。
何故なら、アーシアは堕天使の一部が勝手に暴走して巻き込まれただけなのだから何も悪いことなどない。ここで悪いのは誰なのかと問えば、勿論主犯であるレイナーレだが、そもそもその暴走を未然に防げず制御出来なかった堕天使上層部が悪い。部下の失態は上司の責任である。それが分かっているからこそ、堕天使の大幹部で総統の懐刀であるシェハムザはこうしてアーシアに対し出来うる限りの償いをすると確約してきたのだ。それも彼が堕天使一真面目だからということもあるが。
結果、アーシアの今の立場は人間ではあるが堕天使陣営側というようになった。
今後、堕天使はアーシアに一切手は出さないこと。
又、アーシアの今後の生活に於いて援助を惜しまないこと。
他の勢力がアーシアに手を出した場合、堕天使陣営に危害を加えたと判断し相手と敵対すること。
これがシェハムザからアーシアに伝えられたある程度の償いだ。
他にも色々あるが、主にこの三点が重要項となっている。
この話は堕天使は勿論、天使や悪魔達にも伝わるように流されており、これを機にアーシア・アルジェントの名はこの世界で注目を浴びることなることだろう。
『一部』の堕天使から反感が出たようだが、それでも真面目なシェハムザはそれを押し通した。
これにより、アーシアがこちら側の事情で狙われることは少なくなったと言える。
その確約の元、アーシアには日本で暮らせるようにするための援助が行われるようになるとのこと。それまでの間、白夜園で生活していれば問題は無い。
戸惑うアーシアを連れて一誠は白夜園の門を叩き、園長と会ってアーシアのことを頼み込む。
いきなり頼み込んできた一誠に驚くも園長はその申し出を心良く受け入れた。
普通、経営が上手くいっていなかった孤児院に身元不明の外国人を住まわせろ、などとお願いされても受け入れることは難しい。
だが、園長は自慢の息子とも言える一誠が頼み込んできたお願いなのだから受けようと判断したのだ。
園長自身、これまでずっと人を見てきた。その目がアーシアは悪い人間ではないと感じたのだ。なら、受け入れるのに問題は無い。
と、堅苦しいことを言って園長は受け入れつつ、実際には一誠が女の子を連れてきたということが嬉しかったのだと言う。
一誠はそのことを言われ、そんなんじゃねぇよとぶっきらぼうに返すが、親代わりの園長はその反論を聞く気は無かった。
この話により、アーシアは取りあえずの住まいを手に入れた。
孤児院の子供達もアーシアの事を最初は驚いていたが、慣れればすぐに懐いた。心優しい少女は無垢な子供には受け入れやすい。
この日を境にアーシアには数多くの弟と妹ができ、孤独とは縁遠くなった。
一誠はこれでアーシアとは時々会う程度で終わったと思いアーシアを孤児院に任せて帰ったのだが…………ここから彼には予想だにしない事ばかりが起こった。
アーシアを孤児院に任せてから二日後。
いつも通りに駒王学園に登校した一誠だが、その日の教室は朝から妙に騒がしかった。
何でも外国人の転校生が来るということで盛り上がっているらしい。
この駒王学園は外国からの留学生なども多いのでそこまで騒ぐようなことではないのだが、やはりそういうものは注目されるのが常。
だが一誠は気にせずに自分の席に付いて眠ろうとする。
一誠からすれば今更教室に誰が来ようが関係無いからである。邪魔する者には容赦しないが、そうでないなら特に何もしない。それが一誠の日常でのスタンス。
そこで僅かに気になることがあるとすれば、久遠が妙にニヤニヤと笑っていたことだろう。
そういう笑みを浮かべている久遠は禄な事を考えているのが殆どだが、生憎眠気が勝った一誠は気にしないことにした。
そしてうつらうつらとしている時に担任が教室に入ってきた。
担任は教室内で生徒が騒いでいる通り転校生が来たことを皆に知らせる。
それに盛り上がりを見せる生徒達。あまりの五月蠅さに一誠は顔を顰め、耳を塞ごうと手を動かす。
だが、耳を塞ぐ前に騒ぎは収まった。それどころか静まりかえった。
何故か? それはそれまで騒いでいた生徒達が皆見とれてしまったからだ。
教壇の前に立つ転校生を。綺麗な金色の長髪をした翡翠色の瞳を持つ異国の少女を。
皆が静まるほどにその少女は美しく、可愛らしい。
少女は皆が静まったことで自己紹介を始めた。
「ミナサン、ハジメマシテ。アーシア・アルジェント、イイマス。ヨロシクオネガイシマス」
不慣れながら充分に聞き取れる日本語での挨拶。
それを聞いた生徒達は彼女の容姿もあって、一気に騒ぎ盛り上がった。
それを歓迎だと理解し、アーシアは皆に微笑む。
転校してきたのがアーシアだと知り、流石の一誠もこれには驚いた。
そして理解する。何故久遠が朝からニヤニヤ笑っていたのかを。
一誠の予想通り、この事態に久遠はしてやったりといった笑顔で一誠のこと見てきた。
驚いていることがばれたことが癪に障り、あとで久遠をシバこうと一誠はこの時決意する。
そんな一誠を尻目に、周りの生徒達はアーシアを囲むように盛り上がりを見せていくが、アーシアはそんな皆に謝りつつその包囲を出た。
そして座っている一誠に向かって歩いてくると、この教室内に来てから一番輝かしい笑顔を一誠に向けた。
「キチャイマシタ、イッセーサン! コレカラモヨロシクオネガイシマス!」
満面の笑顔でそう言うアーシアに、今まで存在感がなかった一誠は皆から注目されることとなった。謎の金髪美少女の知り合いということで。
こうしてアーシアは一誠と同じ駒王学園の二年生として学園の通うことになった。
その後の話では、園長が通学するよう言ってきたらしい。
アーシアは遠慮したのだが、今の世の中高校も出ていないと何も出来ないというのが当たり前なので進めたとのこと。新しい娘に高校に通わせたいという親心である。
一誠には殆ど何も出来なかったので、親として出来ることが嬉しいようだ。
学費についても問題は無く、一誠が稼いだ金で充分払えるらしい。
本来なら一誠が使うはずの金だが、本人が孤児院のことを思って渡している金なのだからこう使っても問題は無いだろう。もうアーシアは白夜園の子なのだから。
それが助けてから三日目の朝。
その後、アーシアは日本語をすっかりと覚え日本人と遜色なく話せるほどになり、クラス内でも皆から慕われるようになった。
それは良い。
だが、一誠には非常によろしくないことが起こった。
それは…………助けてから四日目にはアーシアがどういう訳か一誠の部屋に入り、一誠のために朝食を作りに来たのだ。
当然合い鍵など渡した覚えもなければ、作った記憶も無い。
それに関しては久遠が絡んでいるらしく、その日の学園で一誠は久遠のドヤ顔を忘れることはなかった。
そして現在、毎朝のようにアーシアは一誠に朝食を作りに来て一緒に登校するようになっていた。
当初はそれが面倒であり止めさせようとした一誠だが、言おうとした途端に泣きそうになったアーシアを見て言えなかった。
その顔は一誠が孤児院の弟妹達に良くされては仕方なく折れていた表情だったから。
すっかり孤児院の一員になったアーシアはもう皆の姉であり、そういった癖も皆から移ったようだ。
それからというもの、アーシアはまさに通い妻状態に一誠の部屋に通っているというわけである。
一誠は眠気を堪えながらのっそりと起き上がりアーシアの方へと歩くと、既にショートテーブルの上には美味そうな朝食が並べられていた。
「イッセーさん、朝ご飯も出来ました! 今日も元気よく学園に行きましょう!」
眠そうな一誠に向かってアーシアは嬉しそうに微笑む。
そんなアーシアに一誠はただ少しの言葉を返した。
「あいよ……」
それがもう仕方の無い諦めから出た言葉だというこは、一誠しか知らない。
だが、案外悪く無いと思い始めていることに、一誠は気付かなかった。アーシアが楽しそうに笑う姿を見て、そう思っている自分が意識できていないだけなのだが。その時の一誠の顔は気付き辛いだけで、微かだが笑っていた。
こうして一誠の今までの生活はがらりと変わり、アーシアがいる生活のへと変わっていった。