カンピオーネ!Also sprach Zarathustra   作:めんどくさがりや

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日常の終わり、非日常の始まり

あの日から数日が経ったその日の朝は、凄まじい叫びによって叩き起こされた。

 

『ロッズ・フロォム……ゴオ↑オオオオオォォォォッッッド!!!!』

 

おなじみの目覚まし時計はバリエーションが豊富のようだ。ちなみに昨日は吐き気を催すような声で『あんめいぞぉぉ・ぐろおおおおりあああああす』と叫んでいた。思わずぶっ壊しそうになった。やはりこの目覚まし時計は方向性を間違えていると思う。

しかし、それでも何故か捨てられない。なんというか、何か(まさだ)の意思が捨てるなと叫んでいるような気がするのだ。

 

「ホント、これの製作者って誰なんだ?」

 

首を傾げながら考えるが。

 

「……どうでもいいか」

 

結局その答えにたどり着く。それよりも朝食が先決だ。見た目はコレでも立派な高校男児なのだ。朝はしっかりとらないと昼までもたない。

というよりも、兄や姉が送ってくる仕送りに入っている食材などで冷蔵庫が圧迫され気味なのだ。食料自体は別にいいのだが、たまに普通じゃないものを送ってくる。シュールストレミングなんてアパートの一室で開けられるか。周囲から苦情来るわ。

 

「ホント、アレどうしよう」

 

そこで軽快な電子音が鳴る。電子レンジの中にある冷や飯が温まった合図だ。おかず等はすでに食卓に置いた為、後は茶碗に飯を盛るだけだ。

 

「……いただきます」

 

手を合わせてから朝食を食べる。テレビを見ると、ちょうどニュースがやっていた。その内容を見てボソリと呟く。

 

「……あのおっさん捕まったのか」

 

つい先日、ひかりを攫おうとした中年男性が警察に捕まっていた。性懲りもなく、別の少女を誘拐しようとしたようだ。証言では、"抑えきれない愛が爆発した"と言っていたようだ。死ねばいいと思う。

その後、朝食を済ませた蓮は制服に着替えて家を出た。

 

「今日も晴れか」

 

しばらくは傘は必要ないだろう。そのまま、蓮は歩を進める。

 

 

 

思えば、おそらくこの時からだろう。

何が理由かはわからない。

神殺しとなったゆえか、それとも■■(すいぎん)の毒が呼び寄せているのか。

どちらにせよ、今日この日を始めとして、俺のーーー真奈瀬 蓮としての日常は、終わりを迎える。。

 

 

学校の敷地に入って、蓮がまず最初に感じたのは首に感じる小さな疼きであった。

あの日から首に刻まれた斬首痕は、呪力などといった超常的な存在を感知する。そして、それが反応したということはすなわち、それに値する存在が学校にいるということ。

 

「……………」

 

それに顔をしかめる。出来れば関わりたくない。そこで先日感じた呪力の存在を思い出して余計に憂鬱になる。

 

「……別の学年の奴であってほしいな」

 

もしくは教師か。もっといいのは呪具の類がなんらかの理由で紛れ込んだだけか。

 

「無いに越したことはないんだけどな」

 

しかし、どうやらその望みは叶いそうにない。なにせ、自分の学年の階に進むごとに疼きが強くなっているのだから。まず間違いなく同じ学年の誰某かだろう。

さらに憂鬱な気分になったその時、偶然にも別のクラスから出てきたとある男子生徒とすれ違う。

その瞬間、蓮は立ち止まった。

何故なら今の男子生徒とすれ違った瞬間、首の疼きが一層強まったのだ。

 

「…………」

 

蓮は無言で振り向くと、男子生徒を見てスッと目を細めた。

間違いない。首の疼きが知らせている。彼が同じ存在(・・・・)であると。

それを認識した瞬間、とある歌が蓮の脳裏に浮かび上がる。

 

ーーーJe veux le sang, sang, sang, et sang.

 

ーーーDonnons le sang de guillotine.

 

ーーーPour guerir la secheresse de la guillotine.

 

ーーーJe veux le sang, sang, sang, et sang.

 

それは断頭台の歌。忌まわしき血のリフレインだ。

その時、その場に彼の瞳を見た者がいたら驚愕するだろう。

何故なら蓮の黒い瞳が、淡い翠に輝いていたのだから。

しかしそれは、蓮が一度瞼を閉じるとすぐに消えてしまう。

 

「気にする事じゃないな」

 

息を吐いてそう言う。

そうだ、気にすることじゃない。たとえ同じ神殺しだとしてもこちらから接触しなければ良い。無闇に藪をつついて蛇を出すことはしない。そもそもそんな事は望んでないし、望みたくもない。

ただの日常をずっと繰り返す。それだけでいい。そんな思いを抱きつつ、教室に入り、自分の席に向かう。

 

「よう」

 

いつものように挨拶をするのだが。

 

「……はあ」

 

なにやら万里谷の様子がおかしい。物憂げな表情でため息を吐いている。

 

「万里谷?」

「……え?あ、すいません!おはようございます」

 

ようやくこちらに気づいたようで、慌てて挨拶を返してくる。

 

「お前どうかしたか?なんか元気ないぞ」

「あ、いえ、大丈夫です」

 

明らかに嘘だ。たしかに体調が悪いとかという理由ではないだろう。だとすればーー

 

「なんか悩みでもあんのか?」

「いえ、悩みと呼べるほどのものではありませんが、近いうちにとあるお方とお会いするのです」

「とあるお方、ねえ」

 

そうなると神社関係のお偉いさんか?

 

「どんな人なんだ?」

「……とても恐ろしいお方です。詳しくは言えませんが、他の方々からは羅刹の君と称されております」

「……羅刹の君?」

 

その単語に蓮は反応する。何故ならその名は蓮にとっても関係ないとは言えないものであったからだ。

しかし、それをこの場で言う必要はない。

 

「物騒な呼び名だな。ロクデナシを象徴してるようなもんじゃねえか」

 

嘆息しながら言うと、万里谷は苦笑する。そこでふと、万里谷は数巡ほど考える素振りを見せる。

 

「真奈瀬さん、一つ質問をよろしいでしょうか?」

「別に構わないけど」

 

すると万里谷はでは、と言葉を紡ぐ。

 

「もし、一度亡くなった大切な人に再び出会えると言われたら、貴方はどうします?」

「……随分と荒唐無稽な質問だな」

「荒唐無稽なのは百も承知です。それで、どう思います?」

「……そうだな」

 

死人との再会だなんてーーー

 

「そんな気持ちの悪いことなんて望まないし願わない。そういう願いを持つ奴は頭がおかしい」

 

蓮は自身の理論のもと、言葉を紡ぐ。

 

「……理由をお聞きしても?」

「簡単なことだよ。人であれ物であれ、失えば取り戻せないから価値があるんだ。戻ってくる失せ物なんて、一様に価値がない。だから俺は、死人に戻ってきてほしいなんて思う奴の気持ちは理解出来ない」

 

愛に狂っているし、死を軽く考えている。

その思考を素晴らしいなどと言えない。むしろ究極的におぞましい。

失ったものは帰らないから至高であり、それを戻すという事は、その輝きを塵に変えているようなものだ。

 

「墓から這い出てくるのはなんであれ怪物(ゾンビ)だよ。親でも親友でも恋人でも……そんな気持ちの悪いものには変えられないし、変えちゃいけない。俺はそう思うけど」

「……なるほど。では、もしそのような力を、死人を動かす力を持った御仁がいたとしたら、貴方はどう思います?」

 

そんなの言うまでもない。

 

「そんな唾棄すべき奴は、即刻退場願うな」

 

ネクロマンサーなんてジャンル違いなどと出会いたくなどない。そもそもそんな奴らとは絶対に気が合わない。

死体を動かすことで悦に浸ってる奴なんて、絶対に嫌だ。

 

 

天に輝く太陽を不快に思いながら、少女の姿をした誰某かが海辺に佇んでいた。

輝く光、天空の玉座がフクロウの女王たる彼女を不快にさせる。

まあ、いい。太陽もまた命の火。生と死の連環には不可欠な要素なのだ。

 

ーーー否。

 

認めよう、自分はあの太陽に反感を覚えている。

それは己が闇と対極をなしているからではない。

彼女の虚ろな記憶にかろうじて遺る、母の嘆き。女王の恥辱。老婆の叡智。

彼女の残滓が、天空の王ゼウスの配下たる太陽へ反抗させているのだ。

だが、もうすぐだ。

古の《蛇》ゴルゴネイオンを取り戻せば、己は真のアテナとなる。

潮風を浴びながら、彼女は《蛇》の気配を探る。

何処にある?何処で待っている?

ーーー西か。ここよりも西の地に、あの者と共にあるのか。

彼女はかすかに微笑み、次いで眉をひそめる。

何故ならその地に、彼奴とは別の何かを感じる。

《蛇》の探索を一旦やめると、彼女はその何かを探る。

それの正体を知り驚愕し、そして笑みを深める。

まさか異郷の地にて我らが仇敵、二人目の神殺しが存在ようとは!

 

ーーー面白い。彼女は気分が高揚するのを感じる。

神殺しと出会ったのも随分と久しぶりだ。最後に立ち合ってから、数百年、下手をすると数千年も経つのではないか。

アテナの戦神たる部分が歓喜の声を上げた。

 

 

「ーーーー」

 

そして、彼もまた、この国に降り立った存在を感知していた。

首が疼く。斬首痕が熱を帯びる。それはこの国に神が降り立ったという証明。

知らずのうちに顔を険しくする。まちがいない、まつろわぬ神だ。

ただ、まつろわぬ神が上陸するだけならまだいい。しかし、この神は真っ直ぐにこちらへと向かってきている。

いや、それだけではない。

 

「……嫌な予感がする」

 

それは第六感に語りかける何か。確証はないが良くないことが起ころうとしている。

そういえば、万里谷が羅刹の君と会うと言っていた。おそらく、もう会ったのだろう。

 

「…………」

 

とにかく、今の所自分が関与する事はない。カンピオーネとまつろわぬ神が争おうと、自分には関係のないこと。

しかし、彼女が危険に晒されたのであれば別だ。

 

「もうすぐ、ここに到着するか」

 

首の疼きの強さにそう感じた。

 

「さっさと帰ってほしいんだけどな」

 

そう言って、蓮は帰路についた。

 

「……ん?」

 

そこで何かが視界に入る。それは木の枝にとまる一羽のフクロウであった。

 

「…………」

 

蓮は無言でフクロウを見据えると、何を思ったか右腕を上げ、フクロウに向けて軽く腕を振るう。

瞬間、

 

ザシュッ‼︎

 

突然、フクロウが何かに切り裂かれた。まるで不可視の刃に斬られたかのように、フクロウは羽を散らしながら落ちていく。

蓮はフクロウの元に歩み寄ると落ちている羽を手に取る。

すると、羽は溶けるように消えていった。それに蓮は舌打ちをする。

 

「近い、か」

 

そう呟き、蓮は踵を返す。


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