カンピオーネ!Also sprach Zarathustra 作:めんどくさがりや
ーー時よ止まれ、お前は美しい。
この言葉に、一体どれほどの想いが込められている?
この祈りは、一体どれほどの重さを含んでいる?
この意思は、一体どれほどの堅牢さを兼ね備えている?
これらの全てを背負うことなど、出来るのか?
よく小説などで他者を殺した際にその他者の全てを背負う、などという言葉を述べる人物がいるが俺からすればそれは言葉だけのものだと思う。
本当にその者の全てを背負うなら、その者の全てを認識して初めて言うべきだ。
口頭で知らされた言葉になんの力が宿るという?
無論、言葉に宿る力というのは存在するのだろう。現に言霊と呼ばれるものも存在する。
しかしーーだからなんだと言うんだ?
言葉に力が宿ったから?霊的な作用が含まれるから?ーーー否。言葉だけでは多少の共感は出来ども背負う事など不可能である。
他者を背負うならその者の全ての歴史、魂を掛けた全てを内に宿す覚悟が必要だ。
望もうが望むまいが、その歴史に幕を引いてしまった者としての責任を取るべきなのだ。
"カンピオーネ"など、その最たる存在だ。
エピメテウスの落とし子、魔王、ラークシャサ、堕天使と呼ばれる彼らは、人の身でありながら神殺しという偉業を成し遂げた存在である。
神を殺し、その権能を簒奪して己が力として振るう。だが、それだけではない。
神を殺したということは、その神の歴史を終わらせてしまったということになる。
権能を簒奪したということは、その神の全てを背負うということ。
それが神を殺した者の責任である。
ーーああ、だけど、だからこそ、俺には重すぎる。
神の力の事じゃない。力だけなら、背負ってしまったで済ませられる。
だけど、その力の意味を、込められた祈りを、願いを、全てを知ったから、知ってしまったから。背負うなどと軽々しく言えるはずがないんだ。
ーーー我らが黄昏は奪わせぬ。
彼は、彼らはその祈りの元、極大の下劣畜生よりかの地を守り抜いた。
それは怨恨を撒き散らすだけではない。次代への連続性を絶やさぬため、彼は憎悪の泥を纏ってまで先を願い、信じていた。
その意思を、全てを、一介の学生でしかない俺が背負ってしまった。
それには責任が伴うだろう。彼らの全てを背負ってしまった俺には。
ーーああ、でも、やっぱり。
「俺には、荷が重すぎるよ」
俺は崇高な願いなんて何一つ持ち合わせていない。俺には、こんな強大すぎる力を受け継ぐ覚悟なんてない。俺はただ、なんの変哲も無い日常を過ごせるだけで満足なんだ。
「いや、だからこそ、あんたは俺に授けたのかもな」
彼は、刹那に過ぎ去る美麗な景色を誰よりも愛していた。なんの変哲も無い日常こそを至高としていたのだ。
「愛しい刹那よ永遠なれーーああ、共感するよ。俺達は現実に生きている。幻想になんてならない。今という瞬間こそを大切に生きるべきだ」
そこでふと、空を見上げる。
「黄昏、か……」
ポツリと、そう呟く。彼らが愛した刹那。彼らが守った瞬間。
「ハハ、ハハハハハ……」
力無い笑いが漏れる。
「馬鹿だよ、あんたは……」
力を継がせるのなら、自分よりもっと相応しい奴がいたはずなんだ。俺が守ったところで、力を持て余すだけだから。
「なんでだよ……」
拳を強く握り締める。
「なんで消えちまったんだよ……あんたは、まつろわぬ神なんかじゃねえだろうが……」
彼は、次代へと受け継がせる為に自らの理を展開していたのだ。まつろわぬ神のように、ただ気ままに流離うんじゃない。神としての責任を果たすためだ。文字通り、世界を守っていたんだ。
「………」
ため息を吐いて立ち上がる。やはり俺にこの力は不相応だ。だけどーー
「受け継いだのは事実だし、な……」
せめて、彼の遺言には従うとしよう。とても背負い切れるとは思えないけど。それでも、彼の意思を絶やしたくないから。
「……帰るか」
そう言って、彼は歩を進める。そこで彼の容姿が露わになる。
紺色に近い黒髪に黒い瞳。中性的、というよりは若干女性よりの顔付き。首元に何かを隠すように白いマフラーを巻いた少年。
彼の名は、
とある神の意思を受け継ぎ、その力の全てを内に宿した7人目のカンピオーネである。