数日後。
その昼休みのことである。
いつものように俺、真由美さん、市原先輩、渡辺先輩、中条先輩、姉さん、そして兄さんの7人で弁当を食べながら談笑していた時のこと。
ふと、思い出したように兄さんが真由美さんに尋ねた。
「そういえば、九校戦のエンジニアはもう決まったんですか?」
これまで俺たちは、どうしても必要な時は除いて基本的には昼休みに仕事の話をしないスタンスで来ていた(別に知られて困ることなどないのだが、一応守秘義務があるため)。
今のところ締め切りこそ迫っているもののまだ切羽詰まってはいないので活動時間外にその話をしたことはなかった。
九校戦自体の話はともかくメンバーの話になったのはこれが初めてである。
兄さんにそう問われて、真由美さんは困ったように微笑んだ。
「それが、まだなのよね……」
「現在第一高校に所属している生徒は、選手としては優秀な者が多いですが、エンジニアとしては今ひとつ数が足りませんからね……」
市原先輩が補足する。
その返答に兄さんはひとまず安心するも、どこか気の進まない様子で言った。
「そのエンジニア、二科生でも大丈夫ですか?」
「二科生?……それは盲点だったわ!」
兄さんの言葉に真由美さんは一瞬疑問符を浮かべるも、すぐにその言葉の意味を理解する。
「私は全然使わないから忘れていたが、風紀委員に支給されているCADのメンテナンスも達也君がやっているんだったか」
「そういえば、司波さんのCADも司波君にお願いしているらしいですし」
続いて渡辺先輩と中条先輩もそういえば、と頷く。
「確かに、九校戦のメンバーに二科生を選んではいけないという規則はありませんね。しかし、これまで一度も前例の無いことですが……?」
市原先輩の問い掛けに、しかし真由美さんはニヤリと笑う。
「前例なんて打ち破るためにあるのよ!」
うちの会長は、こういったことでやろうと思って実現出来なかったことなど一度も無い。
どうやら、兄さんのエンジニアチーム入りはほとんど確実と言っていいみたいだ。
◆ ◆ ◆
そして、また数日後の放課後。
現在九校戦のメンバーとして選ばれている者のうち、どうしても都合の付かなかった数名を除きほとんどが集まっていた。
目的はもちろん、二科生ながらエンジニアとして名乗りを上げた一年生を入れるか否かを審議するためである。
やはり、というかなんというか。
話し合いは難航した。
兄さんを推す真由美さんや渡辺先輩などが言葉を変えて主張を繰り返すが、選手である一科生は二科生に大事なエンジニアを任せることを渋り、話がなかなか進まないのだ。
と、それを見かねた十文字先輩が、ようやく動く。
「要は司波の実力が不明瞭だから、信用が出来ないということなのだろう?ならば、実際にCADの調整をやらせてみて司波の技能を試せば良いだろう。なんなら俺が実験台になるが?」
「それなら推薦したわたしが――」
「……いえ、俺がやりますよ」
真由美さんを遮って名乗り出た人物――桐原先輩を見て、皆が騒めく。
4月頭にあった剣術部と兄さんとの一件を知らない者は、この学校にはいないだろう。
だからこそのこのどよめきな訳だ。
実際はその後同じ戦場に立ったりして和解したんですけどね。
「……では、桐原。頼んだ」
「分かりました」
少し悩むも、十文字先輩は決断を下した。
その後の結果は……まあ、言うまでも無いだろう。
◆ ◆ ◆
そしてその日の暮れ。
俺は真由美さんと帰路を共にしていた。
「しかし、達也も底知れない男ですね……。理論は出来るが実技は出来ない、その癖実戦は剣術部十数名を一度に相手にして叩きのめすほどに強い。その上エンジニアとしての腕も中条先輩が絶賛するほどですからね」
「……」
「真由美さん?」
「……え?何?」
顔の前で手を振るとこちらに気付いた。
「どうしたんですか、ボーッとして」
「……ちょっと、考え事よ」
「はあ」
真由美さんが人前でボーッとするなんて、珍しい。
十師族の一員として、また第一高校の生徒会長として色々と悩みも多いと思うのだが、あまりそういったことは表には出さず、他人には知られまいとする人なのだが。
或いは。
「良かったら相談に乗りましょうか?」
俺に聞いてほしいのか。
「……そう、ね。あまり大した事では無いんだけれど。人に話す事で考えも纏まるかもしれないし、ちょっと聞いてくれる?」
そうして真由美さんが語ったのは、今日の兄さんの態度、というか行動についてだった。
「達也くんって、基本的にあまり目立ちたがらないじゃない?二科生がエンジニアをやるなんて、それこそすごく目立つと思うのだけれど」
「まあ、目立つには目立つでしょうね……。でも、そんなに不思議ではないんじゃないですか?」
「どうして?」
「達也の
と、言ってはみたものの。
いくら何でもこの理論は少々無理があるか?
「あ、なるほど」
妙に腑に落ちた感じの真由美さん。
おい、納得されちゃったよ。
一体うちの兄さんはどんな印象を持たれているんだか。
「……あ。でも学校の備品のCADは深雪さんも授業で使っているでしょう?流石にそれは調整出来ないわ。とすると、それだけじゃちょっと弱いかな……」
おっしゃる通りです。
「真由美さんは、どう考えているんですか?」
「……達也くんって、なんか普通の人とは違う気がするのよね」
「魔法科高校の生徒に普通の人はいないと思いますが」
「いや、そうじゃなくて。他の生徒とは違う気がするの。妙に実戦慣れしているし」
「まあ、そうですね」
「そんな達也くんが、自分からエンジニアとして参加したいと言った。それは多分、九校戦のメンバーの中に入りたかったから。二科生では、選手として出るにはあまりにも反発が大きすぎるしね」
ここで一度言葉を切り、また口を開く。
「ということは、達也くんが九校戦の時に何かがあると踏んだということ。違うかしら」
真由美さんの鋭い目が、俺を射抜く。
「……違うかしらと言われましても。俺は達也じゃないんで、分かりませんよ」
俺の言葉に、真由美さんの表情がふっと緩む。
「……ああ、そういう意味じゃないわ。純粋に、和也くんの意見を聞きたいというだけよ」
「それは失礼しました。そうですね……考えすぎだと思いますけど。まあ、でも警戒はしてもしすぎることはないですし。何かあるかもしれない、ということを念頭に動いてもいいと思いますけどね」
「……そうね。そうするわ。じゃあ、おやすみ」
どうやら、話しているうちにいつの間にか別れるところまで来ていたらしい。
「おやすみなさい」
手を振って真由美さんを見送り、真由美さんの護衛が配置についたのを確認してから自分の家へと足を向けた。
――しかし、あの一瞬。
真由美さんのあの常には見ない鋭い眼光は、果たしてカマをかけていたのか。
それとも、確信を持っていたのか。
……そろそろ、言ってもいいかもしれないな。
もちろん兄さんに許可をとることは必要だろうが、真由美さんが言いふらすようなことはあるまい。
もし裏切られたら……それはきっと、俺に至らないところがあったに違いない。
潔く諦めるだけだ。
◇ ◇ ◇
――こうして。
2095年度の九校戦、その開催が迫る。
お読みいただき、ありがとうございました。