魔法科高校の加速者【凍結】   作:稀代の凡人

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第20話

その日の夜。

俺は眠れぬ夜を過ごしていた。

 

隣からは、規則正しい可愛げな寝息と何とも言えぬ良い香りがこちらに届いてくる。

隣にいる彼女の存在に意識を取られて眠れるわけがなかった。

 

だが、手を出す訳にはいかない。

俺は理性ある人間である。

理性こそがただの動物の一種に過ぎない人間を人間足らしめているのだ。

つまり、理性を放棄した人間はただの動物に成り果てる。

 

そう考えれば考えるほど隣を意識してしまい、ますます眠れなくなる。

というか、どうして男が隣にいるのに寝れるんだよこの人は!

 

そんな馬鹿なことを考えていたからだろうか。

あるいは、真由美さんと接して俺の危機管理能力は鈍ってしまったのか。

 

現在俺たちには(・・・・・・・)ただの一人も護衛がいない(・・・・・・・・・・・・)ということを忘れていたのだ。

 

それを感知したのは着弾寸前だった。

 

感知範囲外からの長距離狙撃。

魔法師に対する最も有効な手立ての一つだ。

 

気付いてしまえば大抵の魔法師には個人で扱えるサイズの銃火器はほとんど通用しない。

 

だが気付かなければ、防ぐも防がないもない。

それぐらいのことは分かっているはずだったのだが。

 

咄嗟に身体を捻じって急所こそ外したものの、左肩を撃ち抜かれた。

一瞬遅れて、身体に走る激痛。

 

俺とて戦闘訓練は積んである。

その中には怪我をしながらも支障なく魔法を行使する訓練などもあった。

 

だから、これぐらいは平気だ。

貫通はしていないから流血も少ないし、左肩を動かすことこそ難しいがそれ以外は問題ないだろう。

 

一旦それは放置し、[加速]してから[眼]を展開する。

同時に真由美さんを起こす。

 

「ん……なに……?」

 

「敵襲です」

 

「……敵襲!?」

 

慌てて身体を起こし、鋭い表情となる。

 

「敵は……って和也くん、肩どうしたの!?」

 

悲鳴を上げて寄ってくる真由美さんを押し留める。

 

「ひとまず平気です。それより敵ですが……それなりのやり手です。多数対一とはいえ、今も俺と真っ向からやり合ってますから」

 

こうやって話している間にも、俺は敵の攻撃を撃ち落としている。

迎撃だけで手一杯で、攻撃に移る暇もない。

 

この魔法力から察するに[物質蒸散(ヒート・ヴェイパリゼーション)]では発動までに少々のタイムラグが発生しそうだ。

 

おまけにばらけているから纏めて座標指定も出来ないという。

 

「敵はどこの手の者なのか……何にせよ厄介な相手ですね」

 

仕方ない、近接でやるか。

 

「わたしも援護を――」

 

「――いえ、大丈夫です。それより、自分の身は守れますよね?」

 

「ええ。大丈夫よ」

 

「じゃあ、俺は奴らを倒してきます。お気をつけて」

 

言うや否や、外に飛びだして二つの魔法を発動する。

 

一つ目は単純な加速系統魔法で、床を蹴ったことで発生した速度ベクトルの大きさを増大させる魔法だ。

 

加速系統が得意な俺の速度は一瞬のうちに音速まで到達する。

だが、それでは風圧や慣性によって身体が潰れる。

 

だからこそ二つ目の収束系統魔法[ジークフリート]。

身体を構成する分子の相対位置を固定して、外部からの力による座標の変更を一切受け付けないという硬化魔法の一つだ。

 

この併用により圧倒的機動力を持った俺を止めるどころか捕捉出来る者すらこの場には存在しない。

8人いた魔法師が全員倒れるまでに、10秒と掛からなかった。

 

その後、俺の手駒である「オーフェン」に連絡して後片付けを頼み、伸びをする。

 

「ふぅ……さて、全部終わったし帰って寝ると……!?」

 

ふと思い出して[眼]を開き、俺は愕然とした。

 

――真由美さんが、いない。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

この状況でまさか自発的に何処かへ行くとは考えにくい。

必然的に、先ほどの奴らに攫われたのだろう。

 

真由美さんの誘拐に気づかなかった理由は幾つかある。

 

まず、[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]を展開していなかったこと。

いや、正確には展開出来なかった(・・・・・・・・)のだが。

 

観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]には発信、受信、処理の三つの工程が存在する。

 

そう、受信しなければならないのだ。

 

発信時と受信時の俺の座標が違う場合はドップラー効果のような処理をせねばならず、必要な演算の量が何倍にも膨れ上がる。

 

だから俺の[眼]は早く動けば動くほど効果範囲が狭まるのだ。

全速力で動いている時は大体10cm程度とかそれぐらいだ。

 

だからこそ真由美さんのことを見ていられなかったのだ。

 

では、それなのに何故真由美さんの側を離れてしまったのか。

それは、彼女自身の力を信じ過ぎていたからだ。

 

敵の魔法師の実力と俺や姉さんの実力を鑑みて、[マルチ・スコープ]さえあれば奇襲も無いし何人来ても平気だろう、そんな思いがあった。

 

俺としたことが、アンティナイトの存在すらも忘れてしまっていたらしい。

この場にはキャスト・ジャミングの痕跡がある。

 

魔法が使えなければ、真由美さんはただのか弱い女の子に過ぎないというのに。

 

……まあ、これ以上の反省は後にしよう。

真由美さんは今どこにいるのか。

 

おそらく既に[観測者の眼(オブザーバーズ・アイ)]の範囲より外に出てしまっているだろうし、こんな街中では情報量が多過ぎてそれの範囲自体も狭い。

 

では、どうする?

相手が誰だかは未だ分からないが、下手をするといつかの叔母上の二の舞となる。

 

そんなことをさせてたまるか。

 

腹を括れ。

覚悟を決めろ。

さあ、アレを使うぞ。

 

「[全能の眼(ユニバーサル・サイト)]」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

真由美の心は今、深い絶望と恐怖に覆われていた。

自分を連れ去ったのは誰だか知らないが、虜囚となった優秀な魔法師の女性がいい扱いを受けるとはとても思えない。

 

あれは、一生の不覚だった。

 

敵に別働隊がいる可能性も、それが今和也が相手している者たちよりも格上である可能性も、真由美は把握していた。

 

だから、警戒は怠らなかったのだが……。

まさか、宿の仲居さんが敵の手のものだと誰が想像するだろうか。

 

キャスト・ジャミングで魔法の発動を妨害されたら、真由美では戦えるわけが無い。

遠くで戦っている和也に知らせる手段もなく。

あとは呆気なく捕まってしまった。

 

今は後ろ手に縛られて身体に力が入らなくなる薬を嗅がされ、車で運ばれている。

 

「……貴方たちは一体何なの?わたしを誘拐して、一体何が目的?」

 

真由美の質問に、この中ではリーダーらしき助手席の男が笑い出す。

 

「はは、元気が良いなあ、お嬢ちゃん。……立場を分かってるのか?自分が質問できる立場だとでも?」

 

その殺気に、体が震える。

悔しいが、男の言う通りだ。

真由美は今、この先が出来るだけ悲惨で無いことを祈るしかないのだ。

 

(和也くん……助けて……!!)

 

その時。

 

車がガタンと揺れる。

ハンドルの持ち主が、突然消失したのだ。

 

「――おい!一体誰の仕業だ!!」

 

「そ、それが……さっきの化け物みてぇなガキです!」

 

「何!?ここまで引き離して追いつけるわけが無いだろ!」

 

そんなことを言っているとまた一人、前触れもなく消失する。

 

「チッ、こうなったらこいつを人質にして逃げ切るしか――」

 

「――俺がそんなことをさせるとでも?」

 

「うぎゃ――!!」

 

突如車の横に並走する人間が現れ、リーダーらしき男が悲鳴を上げ……る寸前で消失した。

 

ハンドリングを完全に失った車は、しかし安定した軌道で徐々に速度を落としていき、やがて停止した。

 

ドアが開き、手が差し出される。

 

「お待たせしました、我が姫。お怪我はありませんか?」

 

その声は、表情は、驚くほど優しくて。

 

「和也くん……」

 

彼女は感謝の言葉を言おうと口を開こうとするが、それは和也の行動によって遮られてしまう。

 

和也の腕によって力一杯、抱き締められたのだ。

 

「本当に……無事で、良かった……!」

 

そうかすれた声で呟いて涙を流す和也に、真由美は自分の頬が赤く染まるのが分かる。

 

自分がこれだけ想われていたのだと悟って。

 

その後、和也が力尽きて倒れるまで、二人は固く抱き合ったままだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

――後に、真由美が和也に惚れたと間違いなく言えるのはどのタイミングかと聞かれると、確実にここだと答えたそうだ。




お読みいただき、ありがとうございました。

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