董卓討伐の遠征は無事(?)終了し、俺たちは陳留へ帰って来た。論功行賞や損耗した部隊の再編などの事後処理も順調に進み、一時の平穏を満喫……出来たらいいな、出来るだろうか、出来るかもしれない、出来ないだろうなあ、出来ません。
平和というのは次の戦争の為の準備期間なんて皮肉を言う者もいるかもしれないが、今の俺達はまさにそれ。遊んでいる暇なんてない。そう遠くない未来、袁紹と戦う事になるのは華琳との話し合いで確認済みで、俺達は次の戦いに向けてせっせと準備を進めている。
ここで大活躍なのが董卓討伐遠征にて得た新たな同僚月と詠だった。月と詠はまさに董卓本人とその側近であり、一時はこの国の実権を握っただけあって内政面で多くの仕事を担える人材だった。文官不足が多少緩和されたおかげで、仕事に忙殺されそうだった俺も死ぬ二、三歩手前くらいの状態まで労働環境が改善した。
あれ? おかしいな。気のせいか助かってない気がする。内政面での仕事が減った俺は、現在近隣の情報収集に力を入れている。やっぱり仕事全体でみると減ってないじゃないか。どうなってんだ、おい。
それから情報収集には旅芸人改めアイドルを使っているのだが、思いのほか客から好評でグッズの売り上げだけでも相当な額となる嬉しい誤算があった。もしかして俺ってプロデューサーの才能があるんじゃないか。回収した資金で新しい衣装やイベントの準備も捗っている。このままいけば張角三姉妹はトップアイドル間違いなしだ。
ドームですよ!ドーム!!!
何か聞こえた気がする。幻聴か、やっぱ疲れているんだな。それはさておきトップアイドルならドームでのライブは当然経験させておきたい。しかしこの世界にドームは存在しない。ドームってどうやって作れば良いんだろう。まあ李典に頼めばなんとかなるだろ。
さて本来の目的である情報収集では不穏なニュースが舞い込んできている。袁紹が公孫賛の領地へ侵攻し勝利したのと、更なる勢力の拡大を狙っているらしい二点だ。袁紹は新たに手に入れた領地の内政に専念するのではなく、兵や軍需物資をまだかき集めているのである。かくいう俺達も軍備は増強しているので人の事は言えないのだが。こうして両陣営の緊張が高まって戦争に発展するんだなあと世の非情を嘆くが、だからと言って軍備を緩めても袁紹は攻めてくるだろうし、仕方ないな。
それにこの前の遠征で見た袁紹はアホ以外の何者でもなかったが、その陣営の戦力は侮れないものがあった。兵士の練度や士気、将の統率力はうちの方が完全に上と断言出来るが、とにかく兵数が多い。それに装備も悪くない。もし本格的にこちらへ侵攻してきた場合、その辺の野盗を蹴散らすように二、三人程度の将を派遣して対処しきれるほど甘くない。こちらも本隊を持って迎え討つ必要がある。
俺は対袁紹戦にむけて話をする為、華琳の執務室へ向かう。廊下を歩いていると鋭い金属音が中庭から響いてきた。気になってそちらへ寄り道する。
中庭では恐怖の光景がひろがっていた。秋蘭が弓を構えて春蘭を狙っている。ついに秋蘭がキレちまったのか。春蘭今度は何したんだ。まーた報告書を書くのをサボりでもしたのか。秋蘭が春蘭にキレるなんてよっぽどだぞ。とりあえず謝っておけって、申し訳なさそうな顔して説教聞いてりゃ何とかなるってベテラン社畜の親父が言ってた。そういえば俺のようになるなよ、とも言ってたような……ダメじゃねーか。
「さあ、もう一回だ」
「いくぞ姉者」
春蘭に応えて秋蘭が手元が霞むレベルの速射で矢を三本放つ。それを春蘭が剣で全て弾いた。
片目を失ってそれほど時間の経っていない春蘭が見せた神業に俺は唖然とするしかない。一歩間違えば大怪我、下手すれば命に関わる状況なので止めるべきなのだが、俺に止められるのか自信がない。
俺が迷っている間に春蘭がこちらに気付く。
「おっ八幡、お前も一緒にやるか?」
「やるわけないだろ」
矢を撃つ方か、弾く方なのかは分からんが、どちらも遠慮したい。
春蘭は頭をかき呆れた顔をする。
「分からないのに先ず断るのか」
「むしろやりたい理由がない」
「良い訓練になるからお前も試してみろ」
「そうか、だが断る」
「なにぃ」
「待て姉者、八幡も忙しいのだろう」
ヒートアップし始めた春蘭の肩に秋蘭が手を置く。その秋蘭の助け舟にすぐに乗っかる。
「今から華琳に話があるから無理だな」
いやあ残念だなあ、仕方ないなあという空気を出して断る。それより今更春蘭の発言内容のおかしさに気付いて驚く。
「さっきやってたのは訓練なのか」
「見たら分かるだろ」
「分かってたまるか」
矢を撃ってもらって剣で防ぐ訓練とか初めて見たし、聞いたわ。アホなの? アホだったわ。
春蘭が眼帯に触れる。
「片目になって感覚が変わったから、慣らしがいるのでな」
「さっきのは慣らしとかいう生半可なもんじゃなかったぞ」
「当たり前だ。実戦で通用するようにやっているんだからな」
確かにそうなんだが、だからといって実際にやるかね。開いた口が塞がらない。
「フッ、これは姉者に一本取られたな」
「取られてないから。片目だと距離感がおかしくなるとか聞いたことがあるんだが大丈夫なのか」
笑う秋蘭に抗議を一言、春蘭には疑問を投げかける。確かスラムダンクで流川君が片目怪我して苦戦してたよな。
春蘭はちょっと考えた後、事も無げに言う。
「集中すれば気配を感じるから問題無い」
心配した俺が馬鹿だった。戦いに関しては俺の物差しで測れるような人間じゃなかった。ハハッ感じちゃうんだ気配。
「はいはい大丈夫そうで安心したよ」
「仮に両目が駄目になっても八幡よりは強い自信があるな」
「言ってろ」
「強いと言えば……呂布はどうしている?」
茶化す様な表情をしていた春蘭の顔が引き締まる。
呂布、恋はぶっちゃけ何もしていない。勧誘した時の条件である家族(百匹の動物含む)の生活に必要な金と土地を与えると、後はちょこちょこ華琳の屋敷に顔を出すだけでこれといった仕事はしていない。うらやましい。
恋曰く文官のような仕事は出来ない。まあ接していてそれは分かる。
本領である軍事についても兵の調練は本人との実力が違い過ぎて、ついていける兵がほとんどいない。これも分かる。
結論、とりあえず今は好きにしていて良いと華琳から許しが出た。分からん、おかしくね? 俺が忙しいのはもう仕方が無い。だが他の奴が楽するのは納得いかん。しかし恨みがましい目で恋を見ていたのを華琳に諭された。「戦いになったら数万人分働いてくれるのだから」とこう言われれば俺は沈黙するしかない。
「のんびりしている」
「何だそれは、暇ならば手合わせしたいから八幡から言ってくれ」
「自分で言えよ」
「面倒だと断られたのだ」
ええ……フリーダム過ぎんだろ。俺も言ってみたいわ。
「仲の良い八幡から言われれば聞くかもしれん」
「別に仲良くないんだが……言うだけ言ってみるが期待すんなよ」
俺の人生の中で第三者から「〇〇と仲が良い」なんて言われたことがあっただろうか。いや、ない。小町見てるか、ごみぃちゃんとお前に呼ばれたこともある俺が生まれ変わった姿を。まあ仲が良いなんて事実は存在しないけどな。
言いたい事は終わったと、春蘭は訓練を再開する。
俺に向かって軽く会釈をする秋蘭へ目配せで応え、その場を後にする。
歩きながら思う。春蘭の怪我は重傷ではあるが、今の本人に悲壮感は無いし、生活にも支障があるようには見えなかった。だがその眼帯を見ていると、もう元には戻らない取り返しがつかない傷だと再認識させられる。一歩間違えば先程のような馬鹿話すら出来ない結果になっていたかもしれない。気を引き締める。
華琳の執務室に着くと、タイミングが良かったようで華琳は今日の仕事を終わらせたところだった。まだ昼過ぎなんだけど、早くない? 朝ちょっとした打ち合わせをした時に見た仕事量は、俺なら三日は掛かりそうな量だったぞ。上司が仕事いっぱいすると、こっちまでやらなければならないような気になるからホドホドにしてくれ。
閑話休題、今後の袁紹についての分析を聞いた華琳に驚きや不安の色は無かった。
「では貴方は本初の次の目標が私達だと言うわけね」
「ああ、その可能性が高い」
「他を先に攻めるとは思わないの?」
「あいつ派手好きだろ。こっちの方がデカい勢力で知名度も高いから狙ってきそうじゃないか?」
「根拠としては弱くないかしら?」
華琳の指摘は妥当なものだ。しかしそれは袁紹を直接見ていなければ、の話だ。
「この前の連合軍しか関わりが無くても袁紹が気分屋なのは分かる。それに論理的な予測なんて大して意味が無いのはアイツを俺より知っている華琳なら理解しているだろ」
苦虫を嚙み潰したような顔をする華琳。袁紹は普通の理屈で動くような人間ではない。
「兵をこちらに近い拠点へ集めだせばハッキリするが、今ならこちらから攻めるか、迎え討つかの選択肢がある」
後手に回れば選択肢は少なくなる。今ならば攻めるか、迎え討つかの選択権がこちらにある。どちらにも利点と欠点があるが華琳はどちらを是とするのだろうか。
「迎え討つのなら大義名分を整える必要はない……でも私の領地を踏み荒らされるのは気分が悪いわ」
「先手を取るか」
「準備に掛かるのは何日位?」
「急げば三日位か、んーそういうのは荀彧の方が正確だからそっちに聞いてくれ」
曖昧な答えになってしまったが、華琳がそこを責めることはなかった。
「後はこちらから侵攻する名目をどうするか、ね」
「私利私欲から公孫賛領を侵略して世を乱す袁紹成敗すべし、で問題ないだろ」
「良くもまあ、それらしい事を」
「これくらい誰でも考え付く」
「考えるまでもなく自然に出てきたでしょ。人間性が窺えるわね」
人を嘘ばっかり吐いてる人格破綻者みたいにいうなよ。やれやれ心外だなと首を振る俺に華琳はもう一つ付け足すように言う。
「それと呂布は貴方に付けるわ。上手く使いなさい」
「良いのか? 切り札になる戦力だろ」
「あの娘、細かいことは出来ないでしょう。それに部隊を与えても虎豹騎以外の兵では付いていけないじゃない」
頭の痛い話だが、普通の兵では恋には誇張抜きで付いていくことすら出来ない。だが春蘭といい、華琳といい、とりあえず俺に恋のことを任せようとするのは何なんだ。小学校の時にあったよな、生き物係。メダカとかクラスで飼ってたわ。不幸にもそのうちの一匹が死んだ時、帰りの会で生き物係の女子が泣いちゃって、何故か俺が謝ることになるという謎の展開に全俺が震撼。トラウマだからそういうの止めようね。
華琳「準備に掛かるのは何日位?」
八幡「急げば三日位か」
??「島津なら翌日ぞ」
八幡「あんたが参加すると話のジャンルが変わっちゃうんだよぁ」
読んでいただきありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。