華琳達と真名を呼び合うことになった日の夜のこと。
「八幡、少し良いか?」
俺が部屋でもう寝ようかと寝台に寝転がったところ、ちょうど秋蘭が部屋へとやって来た。
えっ、もしかして早くも仕事? 正式に雇われる事になったらその日の内から寝る間も惜しんで働けと?とんだブラック企業に就職してしまった様だ。だが行くあての無い俺にはそれを断るという選択肢は無い。
「どうしたんだ。急用か?」
「少し話したい事があってな」
これは仕事じゃないっぽい。やったぜ。しかしそうなると次は緊張してくる。だってこんな美人と夜に自室で2人で話って、緊張するなって方が無理がある。
「昼の事で言って置かないといけない事があったのでな。華琳様を人質にとった事だ。最初から華琳様に危害を加える気が無かったのは今では分かっているが、ああいう事は二度とするな」
おう……仕事ではなかったが、色っぽい話でもなかった。説教でした。
秋蘭の立場からすれば当然の話ではある。あれに関して俺に罰は無かったが、主に武器を向けられた彼女としては文句の一つも言いたくなる気持ちは分かる。
「そんな目をするな。華琳様に対して無礼だとかそういう話だけではなく、これはお前を思っての話でもあるんだぞ」
「いや、目は元々だから。それより俺の為ってどういう事だ?」
「あの時、下手をすればお前は死んでいたぞ。華琳様が怪我を覚悟で抵抗していれば、私と姉者がお前の事を一瞬で殺していた。見たところ武の心得は無いだろう」
秋蘭の言う通り、今から考えればあれは相当危険な賭けだった。あの時は生き残る為に必死だったが、逆により危険な道に飛び込んでいたのだ。
「もっと慎重な立ち回りを覚えないと早死にするぞ。まあ、説教の様な話はここまでだ。ここからが本題だ」
今更ながら俺が恐怖を感じていると秋蘭がそう言った。今の話より重要な話があるのか。俺からしたら十分以上に重い話だったんだが。
俺が戦々恐々としていると秋蘭がいきなり頭を下げた。
えっ、なんで……。
「ありがとう」
困惑する俺に秋蘭は顔を上げ正面から目を合わせて言った。
「華琳様に対して怒鳴った件は別として、華琳様の為に怒ってくれた事に感謝を。私や姉者の想いを酌んで怒ってくれた事、私は嬉しく思う」
あの時の事を思い出して顔が赤くなる。俺にとってアレは本音であるが、だからこそ恥ずかしい。アレをこんなに真正面に受け止められ感謝されるなど恥ずかしがるなと言う方が無理がある。
「あ、あ、あれはほとんど八つ当たりみたいなもんだ。感謝されても困るぞ」
「単なる八つ当たりだけなら私も姉者も……そして華琳様もお前を認めたりしなかった。あの時の私達全員に感じる物があった」
この世界の人間はストレート過ぎるんじゃないか。それとも華琳達だけなのか。
「八幡、お前が来てくれて良かった。華琳様は優秀な方だ。私はあの方ほど才に溢れた人間を他に知らん。しかし華琳様も人間だ。どれだけ優秀でも完全な存在ではない。だから華琳様を思って怒れる人間が傍に居てくれるのは良い事だと思う。私や姉者ではどうしても華琳様の考え方を優先してしまう」
「いやいや、俺だって華琳を怒るなんて無理だぞ。怖すぎる」
「大丈夫だ。私はお前を信じているぞ」
「おい、無茶言うな。あと顔が笑ってるぞ」
秋蘭は「また明日な」と言って帰っていった。
信じているか。冗談みたいに言っていたが、正直重い。それだけ俺にとって秋蘭達の存在が軽いものではなくなってきているのかもしれない。
今回、凄く短いですが今日か明日にもう1話軽めの話を投稿します。
読んでいただきありがとうございます。