保護を求める黄巾党らしき者達。それ以外の大した情報も無く、判断基準が全くない有様なので直接本人達に会ってみようと北郷が提案した。
俺もそれに異論は無い。ここらはもう、黄巾党本陣に近い場所だ。こんな所にいるのなら、そこから来た可能性が高い。今から攻める相手の最新情報が得られるなら好都合だ。
危険ではないのか、軽率なのではないか、そんな意見もあった。しかし、俺から言わせれば春蘭達に加え、あの関羽や張飛までいるのだ。もし襲い掛かって来ても相手に呂布でも混ざっていない限り、数人の相手程度問題にならないだろう。一応隠し武器を持っていないかは厳重に調べてもらったが、そちらも問題無かった。
しばらくすると楽進達に連れられた四人組が現れた。
「お待たせしました。こちらが例の者達です」
楽進が頭を下げる。
四人組は女が三人、男が一人。女は旅芸人風、男は頭に黄色い布を巻いた一般的な黄巾党の恰好をしている。その男がいきなり
「どうか、どうか、この方々をお助け下さい!」
自分の命乞いならともかく、このような行動に出るとは思っていなかったので咄嗟にどう反応して良いのか分からない。黄巾党なんて暴徒の集まりじゃないのか。
ん? ちょっと待てよ。旅芸人風の女の三人組?
「まさか、そっちの三人……三姉妹で長女は張角って名前だったりするか?」
「ええ~なんでわたしの名前知ってるの?」
「ちょ、ちょっと、もしかして質の悪い追っかけなんじゃ」
俺の質問に胸の大きな女、恐らく張角が不思議そうにしている。そして、その横にいる体の一部が板っぽい少女は人聞きの悪い事を言う。
うん、あながち間違ってもいない。こいつらこそ俺達が追っている黄巾党のトップのはずだ。向こうからこんな形でやって来るとは予想外だが、飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。
張角の名を聞いてうちの連中はざわついているが、劉備達は何の事だか分からないといった表情をしている。北郷を除いて。
多分北郷は三国志に関する知識で張角の名を知ってるが、それを彼女達に話していないのだろう。
俺の視線に気づいた北郷が近寄って来る。
「なあ、黄巾の乱で張角って言ったら」
「まあ、考えている通りだと思うぞ」
張角達に聞こえないように小声で話す北郷。妙に馴れ馴れしくて距離感に困るんだが、何とならんもんか。
「あのーもしもし? わたしの話聞いてます?」
「おう聞いてる聞いてる。で、助けて欲しいってどういう事だ?」
張角の質問に適当に答える。いきなり「お前が賊の首謀者だろ」と言っても良いが、とりあえず話を聞いてみようと思う。
俺の問いに答えたのは張角ではなく、跪いている男の方だった。
「こちらの方々は
はあ? 意味が分からん。こいつ本気で言ってんのか? 役満だか倍満だか良く分からんが、男は勝手に説明を続ける。
男の話が真実であるなら、この張角三姉妹は人気の旅芸人とのこと。そして、ある時客の一部が暴れ始め、姉妹の制止も聞かず暴徒と化してしまう。そこに野盗などのならず者達が加わって今の状態になってしまったらしい。それからは逃げても逃げても彼らが付いてきてしまい、最近ではならず者の中から黄巾党を仕切ろうとする者まで現れ始めたとのことだ。彼らは三姉妹を掌握し、黄巾党を自分の物にしようと画策していると男は主張した。
三姉妹の身を案じた男は彼女達を連れ出し、他の黄巾党の連中に捕まらないように軍へと保護を求めて来たということだ。
こんな話、にわかには信じられない。そう考えてたのは俺だけではない。特に三国志を知っている北郷は、三姉妹を微妙な顔で見ている。
「今の話、本当だと思うか?」
「
北郷の質問にハッキリとは答えず、含みを残した。
男の話は疑わしいが、実際姉妹達が黄巾党のトップであった場合、このタイミングで保護を求めて来る根拠があまり無い。黄巾党がもっと敗北を繰り返し、その人数をすり減らして組織が崩壊し始めているのなら責任逃れで説明はつく。沈む船から脱出する鼠よろしく、自分は被害者ですと逃げ出してきただけだ。しかし、現実では今の黄巾党は数十万とも言われるほど膨れ上がっている。俺達は今から潰す気満々だが、彼女達の視点で見れば黄巾党は今が絶頂と言っても良いくらい勢いがある。それをみすみす手放すとは考えづらい。
では、他に何が考えられるか。この男が一部真実を言っているならどうだ。
ならず者の中から黄巾党を仕切ろうとする者が現れ始めた。そいつが姉妹を掌握しようと画策している。この部分が本当だった場合、彼女達のこの行動に一応の説明がつく。黄巾党を乗っ取られ、殺されるか傀儡にされそうになって逃げて来たと考えれば納得出来る。
俺が思考を巡らせていると、北郷は直接本人達へ探りを入れるつもりのようだ。
「客が勝手に暴れ出して、そこに野盗が加わってこんな大規模の乱に発展するなんて出来過ぎじゃないか?」
実は現代日本ではあまり無いケースだが、世界的に見れば珍しい話ではない。集会やデモ、人気スポーツの試合などがきっかけで暴動が起こるのなんて良くある話だ。まあ、こんな規模かつ長期にってなると珍しいかもしれんが。
さて、北郷の指摘に三姉妹達はどう反応するか。
「そ、それは姉さんが」
「違うよー、ちーちゃんが『大陸獲るわよっ』って歌の合間に言っちゃったからだよ!」
貧乳が張角に責任を押し付けようとして反撃を受ける。
それにしてもこの場で言うか? 普通。これって即斬首になっちまうんじゃ……アホ過ぎるだろ。
見かねた残りの少女がフォローをしようとする。
「ちょっと、ちぃ姉さん黙って。紛らわしい言動があったのは確かだけど、私達は本当に乱なんて起こすつもり無かったんです」
嘘を言っているようには見えない。しかし、歌の合間に『大陸獲るわよっ』と言っただけでここまで酷い事になるだろうか。
俺と同じ疑問を持ったのか、北郷が詰問する。
「大陸獲るというのは単なる意気込みだろ。そんな事で客が村や街を襲うなんておかしいだろ」
「それは……私達を応援してくれているという人に貰った太平要術っていう書を参考にしたら、客達が異常なまでに興奮するようになってしまって」
「今、太平要術と言ったっ!?」
突然華琳が声を荒らげる。その語気の強さに少女は驚き口をつぐんでしまう。華琳はもう一度、今度はゆっくりと低い声で聞く。
「あなた、今太平要術の書と言ったわよね?」
「は、はい」
「それは今も持っているの?」
「天和姉さん?」
少女が張角へ振り返ると、張角は首を横に振った。
「あんな物に頼っちゃったのが、そもそもの間違いだったんだよ。だから私達がいた天幕に置いて来たの」
少女の顔色が悪くなる。華琳が執着を見せている太平要術という書物を差し出せば、首の皮一枚繋がるかも、と考えたのかもしれない。だが、肝心の太平要術とやらは手元になく、その思惑は外れてしまったみたいだ。
雲行きが怪しくなり張角三姉妹は黙ってしまう。そこで荀彧が華琳へ質問する。
「太平要術の書とは何なのですか?」
「私が所蔵していた書で、様々な術について記述されていたわ。内容の信じ難いものであったし、そもそも私には必要無い物だったから蔵に放り込んでそのままだったの。それが八幡が私のもとに来る少し前、何者かによって盗まれてしまったのよ」
「術……ですか?」
「怪我や病の治療法から天候の操作、それと人心掌握の法についても書かれていたわ」
人心掌握ねえ。異世界から来た俺が言うのもなんだが、かなり胡散臭い。しかし、黄巾党という結果を見る限り、効果は本物だ。そんな物を死蔵していたなんてもったいない。まあ、華琳の場合怪しげな術に頼る気はさらさら無かったんだろうな。
しかし、華琳自身が必要としていなくても、荀彧にとっては敬愛する主人の持ち物である。
「なんにせよ華琳様の物ならば取り戻さなければなりませんね」
「いえ、その必要はないわ。黄巾党の本陣ごと灰にしなさい」
「よろしいのでしょうか?」
「あの書の内容が本物ならば、世に出回って良い物ではない。人の身に余る物よ」
荀彧の質問に華琳は一切の迷いを見せない。
俺ならそんな物があれば間違いなく使う。俺だけじゃない。大抵の人間は使うと思う。だからこそ、世に出してはいけないのだろう。まず間違いなく今回のように世を乱す原因となる。
華琳が劉備へ視線を向け、さっき荀彧に言ったのと同じ指示を念押しする。
「聞いていたわね。敵本陣の全てを灰へと変えなさい。もし仕損じれば、それが新たな世の乱れの原因になるわよ」
「は、はい」
劉備は華琳に気圧されつつも、しっかりと請け負った。
さて、話は一段落ついたっぽい感じになったが、実のところ張角三姉妹の処遇については何一つ決まっていない。
結局三姉妹の言い分が正しいかどうかをハッキリさせる手段は現時点では無い。これから行う敵本隊討伐で確保出来るであろう捕虜達相手に時間を掛けて尋問していけば判明するだろう。だから俺個人の感想としては彼女達の処遇については保留で良いと思うが、他の者達はどうだろう。反逆しようとした訳ではなくとも、世を乱したという理由だけでも処刑されかねない時代だからなぁ。
本人達もかなり気になっているようで、先程からずっとそわそわしている。
「あ、あのそれで私達って、どう、なるんでしょう」
恐る恐る張角が尋ね、視線が彼女へ集まる。当然ながらその視線に好意的なものはない。
冷たい視線にたじろぐ三姉妹とプラスα、彼女達に厳しい現実を突きつけるのは荀彧だった。
「乱の直接的な原因である貴方達に処刑以外の道があるとでも?」
「そ、そんなっ、私達がやったことじゃないのに」
「自らの手で殺したり奪ったりしていない、それだけのことでしょう?」
直接手を下さなくても罪は罪だと荀彧は取り合わない。それと荀彧は張角達の話を信じていないのだろう。彼女達を巻き込まれた被害者ではなく、あくまで賊のトップとして扱っている。
荀彧の言葉に張角は打ちのめされ、へたり込んでしまう。
「賊たちが貴方達を旗印として集まったのは確かでしょう。その者達が暴れているのを止めもせず、自分達には何の責も無いと?」
「止めたわっ、止めたわよっ! でも、もう全然言う事聞いてくれないんだから!!!」
自失状態の張角の代わりに平らな胸族の女がヒステリックな声を上げる。涙を浮かべ必死の形相だが、対する荀彧は顔色一つ変えない。
「それを信じろと?」
荀彧がハッと鼻で笑う。
他の者達も口には出さないが、似たような感想を持ったのだろう。口を挟む者はいなかった。一人を除いて。
「あの~、この人達の言っていることが嘘っていう確証も無いですよね」
劉備が遠慮がちに言う。
荀彧の目つきがさらに厳しくなる。
「では貴方は彼女達を信じるの?」
「ほ、本当かどうかは分かりません。でも信じたいです」
劉備は荀彧のプレッシャーに気圧されながらも、意見を引っ込める様子は無い。
三国志のイメージに反して大分頼りなさそうな少女と見ていたが、俺はこの少女を今まで侮っていたかもしれない。それ相応に秘めたものを持っているようだ。
しかし、感心してばかりはいられない。これ以上二人の睨み合いが続くのはマズイ。劉備陣営と友好を深めようとしている俺にとっては。
それに……張角は呆然とし、その妹達は涙を瞳に溜めながら耐えるような顔をしている。既に罪人に対しての罰が開始されているかのような有様だ。
劉備の言う「信じる」なんて言葉は俺には言えないし、言ってもペラッペラな薄っぺらいものにしか聞こえないだろう。でも、まだコイツらが嘘をついていると確定したわけでもない。このまま放っておくわけにもいかない。
さて、今の話の流れを止めるにはどうすべきか。荀彧と劉備のどちらに賛同しても角は立つ。
と、なると荀彧とも劉備とも違う第三の意見を出すしかない。昔の俺ならこういう時、自分から憎まれ役になって場を収めるところだが、それをやってしまうと非常に困ることになる。主に俺の生活とか命とか命とか命に関わる。かなり切実に。だから憎まれるのとは別方向になんとかする。
「落ち着けよ、荀彧」
「何? まさかアンタも甘っちょろいこと言うんじゃないでしょうね」
「それこそまさか、だ。むしろ逆だ、逆」
気の昂った相手にただ落ち着けと言っても効果は薄い。大事なのはインパクト。ちょっと引くくらいの事を言ってやれば冷静になるだろう。特にコイツの場合、感情的な発言は多いがその実、完全に冷静さを失っているわけではない。いや、まあ、そうじゃなきゃ軍師なんて務まらないか。
荀彧をドン引きさせる為に、低い声でいかにも外道っぽい悪役キャラを意識したセリフ回しをする。
「殺してしまったら……もう使えないだろ」
「なっ、どういう」
「例えば今からやる黄巾党本隊襲撃にも使えるし、あれだけの人間を集めた能力も使えると思わないか?」
ごくり、と荀彧が唾を飲み込む。
視界の片隅では張角姉妹が肩を寄せ合って震えているように見える。この際張角達の好感度は下がっても気にしない。
「思いがけず手に入った手札だからって、雑に使わなくても良いだろ」
今度の荀彧はすぐに言い返したりしない。俺の言葉を聞き、考えを巡らせている。
その間に俺は劉備の方へ話を向ける。
「それにまだ張角達に全ての責があるとは限らないからな」
「そ、そうですよね」
なぜだか引きつった表情をした劉備だったが、一応同意してくれる。
俺は劉備には聞こえないように荀彧や華琳に少し近づいてから小声で付け足す。
「張角達の話についてはどうせ本隊を潰した後に捕虜は手に入るから、そいつらを尋問して事実確認をすれば良いだけの話だ」
二人が小さく頷くのを確認し、俺はもう一度劉備へと向き直る。そして劉備陣営の者達、張角達、最後にうちの連中と視線を交わした後、大仰に両手を広げる。
「俺に良い案がある。なぁに、ここにいる人間全員にとって悪い話じゃない」
八幡「ころしてしまったら、そこで使用終了ですよ…?」
読んでいただきありがとうございます。
あと皆さんに少しお聞きしたい事があり、活動報告にて登場キャラの名前の変更もしくは維持についてのアンケートをしています。
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