「追えーッ! あの男を捕らえて八つ裂きにしろーッッッ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」
地鳴りの様な怒号と共に敵が追って来る。作戦的にはここまで大成功だが、怒り狂った五千人の軍勢に追われるのはかなり肝が冷える。しかも俺の下手くそな手綱捌きではなかなか距離が開かない。見かねた冬蘭が手助けしてくれているお陰で何とかなっている状態だ。
「こ、これは、ハァハァ……キツいな」
「相変わらず馬の扱いは下手ですね」
「お前らと一緒にするな。最近乗り始めたところなんだぞ」
「その言い訳があちらの人達に通用すれば良いですね」
冬蘭が追って来る敵を指して言った。まったくもってその通りで反論のしようも無い。馬に乗るのが苦手です、などと言えば敵はむしろ喜ぶだろう。それにしても騎乗に関しては最優先で鍛えないと拙いな。これが終わったらもっと練習しようと心に誓う。
俺は必死で馬に掴まっているだけだったが周囲の兵達は違った。馬に乗った状態なのに器用に体を捻って後方へ向けて弓矢を放っている。
「すげーな」
「私の直属ですから当然です」
感心する俺へ冬蘭は少し誇らしげに答える。しかし、冬蘭の言葉には続きがあった。
「ただ、この数の弓矢では気休め程度でしょう」
「流石にちょっと位は効果が……うわぁ」
悲観的な冬蘭の予想を聞いた俺が半信半疑で後ろを振り返って見ると、そこには矢で射られながらも鬼気迫る形相で追って来る敵軍勢があった。
俺が見ている間も、矢をその身に受けている敵が何人もいた。
ある者は肩に矢が刺さったまま、気にする素振りもなく追って来る。
ある者は顔に矢が刺さり落馬した。あれは即死だろう。
ある者は乗っている馬に矢が当たり、馬が転倒して周囲の仲間を巻き込んでいる。
俺の目から見て、敵軍へ少なくないダメージを与えているように思う。しかし、その勢いは止まるどころか衰える気配すらない。止まってしまったら、それはそれで困るのだが牽制位にはなって欲しいところだ。正直、敵の勢いが予想以上でビビッている。あの挑発は効くだろうとは思っていたが、まさかここまでとは想像していなかった。
「もう少しですから頑張ってください」
俺が戦々恐々としていると冬蘭が前を見るよう促す。そこにはこちらの本隊の姿があった。どんなキツイ事でも終わりが見えてくれば頑張れるものである。少しずつ本隊が近づき、春蘭と荀彧の姿が確認出来るまでになる。彼女達に向けて俺は声を張り上げる。
「すまんっ! ちょっとやり過ぎた。敵が怒り狂って思った以上に勢いがついちまった!!!」
俺の声は聞こえていると思うのだが、春蘭達からの反応は無い。その間にも本隊と俺達の距離はどんどん近づいて─────────────。
ついに本隊の横をすり抜ける形となる。
「どれだけ勢いが付こうとも雑兵は雑兵でしかない」
ちょうど春蘭とすれ違うところで彼女の声が聞こえた。それから間もなくして次は
当初の作戦通り、敵との衝突の直前に敵の戸惑いを誘おうと、こちらの主力は兵達を横に広げていた。敵から見て壁の様な陣を敷いて見える筈だ。そして、こちらの主力へ敵騎兵が激突する。
「どうなったっ!?」
俺からは味方主力の背しか見えない。俺は手綱を引いて馬の速度を少し落として目を凝らす。冬蘭も俺に合わせて速度を落として横へ並んで来る。
「こちらの兵達が前進している様なので、恐らく優勢で進んでいると思います」
冬蘭にも確信は無いのか断定はしなかった。しばらく様子を見ていると味方主力右端の方の列を割って敵騎兵がこちらへ向かって来る。一、二……今突破して来たのは八騎か。
「マジかよ……」
「陣を横に広げた為に隊列が薄くなり、そのうえ敵の勢いが強かったせいで抜けられたのかもしれません」
策が裏目に出てしまったようだ。
「作戦は失敗かっ!」
「いえ、突破した敵の数は少ないので大きな問題無いと思います。戦列全体で見れば大きな乱れもありませんし」
冬蘭の言う通り突破された所以外、こちらの主力部隊はびくともしていない。しかし、問題は突破した敵騎兵がどういう行動に出るか、である。少数とはいえ背後を取ったのだ。撹乱などを仕掛ける可能性も考えられる。
たった八騎なので主力部隊が自らすぐに対応するだろうか、それともこちらで対応した方が良いだろうか。そんな思案をしていると、その敵騎兵の一人がこちらを指差した。
「見つけたぞっ! おい、あの男はあっちだ!!!」
敵騎兵達はこちらの主力部隊を放置して、俺達……というか俺へ一直線に向かって来る。
「げっ」
「人気者はつらいですね」
「はあー、人気者なんて言われたのは生まれて初めてかもな。全く嬉しくないが」
俺は冬蘭の皮肉に溜息を吐きながら答えた。
「数も少ないですし、迎え撃ちましょう」
冬蘭が馬を止めるとその部下達もそれに従った。俺もたどたどしい手綱捌きで冬蘭の隣へと並ぶ。冬蘭の部下達は先ほども使っていた弓を敵へと放つ。先程とは違い、立ち止まった状態なので命中率も上がっているようだ。見る間に敵騎兵達は全身至る所へ矢を受け、ハリネズミのようになる。だが止まらない。どんどん距離が詰まって来る。人馬ともに血に塗れながら、それでも突進は止まらない。
「嘘だろ。あれでまだ止まらないのか……信じられねえ」
鬼気迫る形相で俺へと向かってくる敵騎兵達に気圧される。俺は震えそうになる体を抑える。どうすれば良い。軍師扱いされていても、こんな時に指示の一つも出せないのでは意味がねえぞ。どうする、どうすれば、何か手はないのか。焦る頭では良い考えなど浮かばない。
そんな時、冬蘭の部下の一人が進み出た。
「ここは
左目を眼帯で覆った厳ついおっさんだ。見た目的にはこの人の方が春蘭より余程夏侯惇っぽい。そんなおっさんが単騎で敵へと馬を進めだした。
「え、おい早まるな」
「あー大丈夫ですから見ていてください」
「何言ってんだ。一人では」
「大丈夫ですって」
慌てる俺とは逆に冬蘭は落ち着いたものだ。
見る見るうちにおっさんと敵騎兵の距離は縮まり、ゼロとなって激突した。おっさんが刀と呼ぶには分厚すぎる剣を振るうと敵騎兵の先頭を走っていた男の腕があるぬ方向へ。返す刀で二人目も一刀のもとに頭を叩き割られた。先頭を走っていた腕を潰された男は傷口を押さえながら落馬していた。もう戦えないだろう。
残る敵騎兵六人のうち四人は斬られた仲間へ目も向けず、一心不乱に俺へと向かって来た。残りの二人はおっさんに斬りかかったが、その剣ごと頭を叩き潰された。もう刀と言うより鈍器である。
おっさんは俺へ向かって来ている四人を追い、背後から襲い掛かる。おっさんは簡単に敵騎兵に追いつく。敵騎兵はしこたま矢を撃ち込まれている。そして弓矢を受けたのは兵だけではない。乗っている馬もまた相当数の矢傷を負っている。その影響が出ているのだろう。
間近まで来ていたので敵騎兵の武具や体が砕ける音がこちらまで聞こえる。俺に固執しておっさんへ背を向けたのが災いした。生々しい音と共に四人は瞬く間に片付けられた。
さっきまで狂気を感じる勢いで俺を追って来ていた敵が、まるで相手にならない。夢でも見ているような気分だ。
謎のおっさん現る。ここで明かされる衝撃の事実。
このおっさんはモブです。
次回こそはもう少し早い投稿を……。
読んでいただきありがとうございます。