俺の言葉に興味をもった華琳は、居住まいを正す。
「それじゃあ、天のやり方というものを聞かせて貰いましょうか」
華琳の目からは苛立ちが薄れ、真剣にこちらの話を聞こうとする意志が感じられた。これはこれで緊張する。それを表に出すほど、俺も甘くはないが。
「ああ、基本は単純な話だ。警備部隊の人員を増やし、詰め所も街の各所に新規で建てる。これで大分、治安は改善されるだろう」
街のいたる所に日本の交番の様な詰め所を作れば、治安は改善するはずだ。態々警備隊の目の前で犯罪を犯そうという人間は少ないだろう。しかし、俺の言葉に華琳が溜息を吐く。あからさまにがっかりした表情をしている。
「そんな事、誰だって分かるわ。それが出来たら苦労しないでしょう。人材や資金も無尽蔵に湧いてくるものではないのよ」
「もちろん華琳の言った問題については、既に俺の方でも想定している。全てを同時に解決する良い手があるんだよ」
当然、華琳の反論は想定済みだ。むしろ、俺の計画の肝はここからだ。
「華琳も知っていると思うが、この街には治安が特に悪い地域がある」
「ええ、そのうち何らかの対応はするつもりよ。それが何か今の話に関係するの?」
「そうだ。その地域を段階的に解体、再開発する。一番治安の悪い地域がなくなれば、それだけで街の治安に良い影響がある。そして、そこには警備隊の詰め所だけではなく、城外からの来訪者用の宿泊施設を作る。残りの土地で市を開けるようにして、そこへの出店料で資金を集めると良い。詰め所の近くなら安全なうえ、客となる人間も多くいる場所なら商人は放って置かないだろ?」
俺の提案に華琳は少しの間、沈黙する。理に適っているのか、実現可能かを考えているのだろう。
「城外からの来訪者用の宿泊施設というのは、どんなものなのかしら?」
「近隣の村からの買出しや物を売りに来た人間だったり、遠方から来た行商人が主な客になると思う。少し街を見回ったが宿は少ないうえ、料金が高過ぎるように見えた。城壁外で野宿している人までいたぞ。それに遠方から来た者は街に詳しくない。しかし、街を治める者が運営する宿なら安心して泊まれるだろ。宿泊者がそのまま市の客であり、出店者にもなれるしな」
「私に宿屋の主人にでもなれと言うの?」
華琳は皮肉っぽく言っているが、完全に駄目という感じでもない。もう一押し二押し必要か。
「安心で安い宿があれば城外からの来訪者が増える。人が集まれば物も集まる。そして、人と物が集まり市があれば金が動く。城外との交易を活発にして、街を発展させる。宿なんて計画の一部に過ぎん」
華琳が目を見開く。当初の考えより規模の大きな話であると分かったのだ。その目の真剣さが増す。
「宿で儲けるつもりがなく、街が発展して税収が増加するのを期待すると?」
俺が頷くと華琳は矢継ぎ早に質問を続ける。
「税収が増えるにしても、最初に使う資金を回収するのにどの位掛かるかしら?」
「宿に使う土地以外を必ずしも、全て市にする必要は無い。一部を街の商人に売ったり、貸しても良いだろう。店を出すには好条件だから良い値がつくはずだ。元は治安の悪い区画だから安く手に入るし、差額は大きくなる」
ここまで俺と華琳の話を黙って聞いていた夏蘭が、「大きな仕事だな」と呟くのが聞こえたので振り返る。
「仕事は出来るだけ少なくしたい。特に自分の分はな。でも仕方が無いだろ。罪人を捕まえて裁くだけなら、今もやっている。今より治安を良くしたいなら、プラスで何かやる必要がある」
「「ぷらす?」」
華琳と夏蘭が怪訝な表情をしている。プラスの意味が分からないのか。普段、普通に日本語が通じているから、こういう時戸惑う。
「ああ、今回の場合は【追加】って意味で良い」
「天の言葉なの?」
「まあ、そうだな」
話は少し逸れたが、その間にそっと華琳の様子を窺ってみる。その真剣な表情から、こちらの話に引き込む事は成功していると分かる。この調子なら上手くまとめられそうだ。
「それと今回の計画で再開発する地域の住人には、土地代を支払うだけでなく、希望者には新しい住居と働き口を用意するつもりだ。まあ、働き口といっても再開発の為の人手になるんだけどな。街を見回りながら話を聞いてみたが、あの地域の人間も好きであの場所にいる者は少ないようだ。まともな働き口が無くて、仕方なくってのが多いらしいな」
「そう、ただ排除するのではなく労働力としても使うの。貧困層が減れば、治安も悪い方へは向かわないでしょう。衣食足りて礼節を知ると言うものね」
華琳は一つ頷くと、ある程度納得したようだ。
俺としては住民の立ち退きについて、もっと慎重な話の展開になるかと思っていたが、そうはならなかった。現代日本と違って施政者の権限が大きく、住民達の権利という概念も薄いのだろう。
それに華琳は民を虐げている訳ではない。この前、討伐した大規模な盗賊なども跋扈している時代である。そんな中、治める土地の住民一人一人の権利うんぬんより、陣営として力を付けることを優先した方が回りまわって住民を守る事にも繋がるだろう。程度にもよるだろうけど。
まあ、当然俺はそんな危険な状況、さっさと終わってくれた方がありがたいんだがな。
俺がそろそろ話も終わりかと考えていると、華琳がゆっくりと立ち上がった。
「これが最後の質問よ。貴方の計画をそのまま遂行すると、私が当初考えていたより大規模な仕事になるわ。貴方にこれをやり遂げる事が出来るかしら?」
正直に言ってしまえば【分からない】という答えになる。例え頭の中でどれだけ考えを固めても、やった事のない仕事、それも今回の計画は一大事業なので簡単に出来るとは即答出来ない。しかし、自信はある。
完全に一人でやる訳ではない。俺には優秀な助けがある。振り返れば夏蘭がいるし、ここにはいないが冬蘭もいる。短い付き合いだが二人の優秀さは分かっている。
「なあ、冬蘭は他の仕事をやっているが、それが終わったらこっちを手伝ってもらえるんだよな?」
「……夏蘭だけでは不満なのかしら?」
俺の質問に華琳は悪戯っぽく聞いてきた。若干、夏蘭の方から重苦しい空気が流れて来ているから、そういうのは止めて。
「不満と言うかな……今日、夏蘭と二人で色々と動いていたんだが、警備部隊の連中や街の住民が何故かこっちに怯え気味なんだよ。これから交渉ごとも多くなるだろうし、人当たりの良い冬蘭がいてくれたらと思ってな」
「八幡の目が不気味なんだろうな」
夏蘭がぼそっと失礼な事を呟いているのが聞こえた。自覚しているから、一々言わなくて良い。それに───────
「確かにそういう面はある」
「認めるのね」
「でもな。夏蘭、お前にも確実に怯えていたからな。お前が強いのは街の人間なら誰でも知っているんだ。そのお前が俺の話している間、俺の後ろでずっと無言のまま腕を組んで突っ立っているんだから、威圧感ありすぎなんだよ」
目の事について認める俺へ華琳が呆れた様子である。しかし、問題なのは俺だけではない。
今日の夏蘭は護衛役として俺についていただけで、警備隊や街の人間と俺が話していても積極的に話へ加わって来なかった。それだけならまだしも、何か考え事をしているのか腕を組みながらブツブツと呟きながら俺の方をずっと見ていたのだ。恐らくは、後で話してやる事になっている華琳を人質にした件について考え込んでいたんだろう。しかし、事情を知らない人間からすると、自分が睨まれている様に感じたのだろう。かなりプレッシャーを感じていた様に見えた。
華琳が大きな溜息を吐く。
「何をやっているのよ。分かったわ。明日から冬蘭を付けましょう」
優秀な人材をゲット。これで少しは俺の仕事が減るはず。元々、冬蘭は部下なんだけどな。
「計画の全てが完了するには一年くらいの時間が必要かもしれんが、計画を開始した時点で雇用も増えるし治安にも好影響が出始めるはずだ」
俺の言葉に華琳が頷く。これでとりあえず今日の仕事は終わりだな。
読んでくれてありがとうございます。
それにしてもサブタイトルが悪いですね。新たな仕事って、字面を見るだけで頭が痛くなりそうです。
今回、八幡が提案した計画ですが、大分粗があります。そもそも、もっと内容を細かく詰める予定でしたが、それをやっていくと何ヶ月掛かるか分かりません。よってかなり簡略化しました。話の展開によっては、本文中で補完していくかもしれません。