TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~ 作:四季の夢
現在、??? 【馬車】
馬車に乗ってから夜が明ける中、ルーク達は未だに馬車の中で休んでいた。
道がきちんと整備されていないらしく、時折ガタンと揺れる馬車。
馬車内も長いイスがあるだけで、寝心地はベッドに比べれれば当たり前だが悪い。
そんな感じの中、揺れ動く車輪の音を目覚ましにフレアは静かに目を覚ました。
「お目覚めですか?」
目を覚ましたフレアを迎えたのは既に起きてたティアであり、ルークはその隣でイビキを掻いて未だに眠っている中、フレアはティアの言葉に返答した。
「……ああ、年甲斐もなく寝すぎた様だ」
窓からの日の位置を見る限り、時間帯はそろそろお昼時。
遠征の帰りからの今回の一件で疲れが溜まっていたらしく、完全に寝過ごしてしまった様だ。
怠けや乱れはすぐに癖になる。
これではいかんと思いながら、フレアは伸びをしながら身体をパキポキと鳴らした。
「やはり、良くは眠れませんでしたか?」
フレアの立場を理解してか、基本的に彼に対して敬語で話すティア。
そんなティアからの心配にフレアは首を横へ振る。
「いや、戦場よりは良く眠れた……」
「……経験した事があるんですね。仕事は軍人なんですか?」
ティアが興味本位で聞いてみると、フレアは小さく笑いながら言った。
「……似た様なものだ。それに軍人と言う点では君もそうだろ? よく見れば、その服装は神託の盾騎士団の物だ。そんな君が総長であるヴァンを公爵邸に侵入してまでも襲撃。余程の事ではないか?」
「……」
フレアからの問いに、ティアは沈黙で返す。
話す気はないらしく、文字通り何も言わないティアにフレアは少し肩の力を抜く事にした。
「話せない、と受け取るが?」
「……申し訳ありません。誠に勝手ながら、これは私の問題なので話す事も出来なければ巻き込みたくもないんです」
言葉通り、申し訳ないと言う表情で言いながら肩を落とすティア。
昨夜の様に今回の事態になった事には本当に申し訳ないと思っている反面、ヴァンの事になるとその口は重く閉じられてしまう。
「そうか……だが、これは聞かせて貰おう。ヴァンは何かしようとしているのか? 襲撃の理由はそれぐらいしか思いつかない」
「……実を言うと、ヴァンが何をしようとしているか事態は分かっていないんです」
ティアからの言葉にフレアは思わず一呼吸入れてしまう。
ヴァン自身を襲撃しているにも関わらず、その理由はあやふやだ。
しかし、現にティアは公爵邸に侵入しヴァンを襲撃しており、ただ隠しているのか、それとも本当に分からないだけなのか、フレアの疑いの瞳がティアを捉える。
そんなフレアの視線にティアも、自分が変な事を言っているのが分かっているらしく、肩を落としながらもフレアへ言った。
「自分でも随分、おかしな事を言っていると自覚はあります。ですが、ヴァンが何かを行おうとしているのは確かなんです! お願いします……次にヴァンと会った時はどうか……!」
屋敷の時の様に間に入らないで欲しいと言っているらしいティアに、フレアは少し黙った後、こう返答した。
「本音を言えば、別に君とヴァンが何をしようが興味はない。ただ、ルークや俺……つまりは国や他人を巻き込まなければ別に良い。此方も、今は色々と問題を抱えている。……君達の相手をしている暇はない」
「それは戦争……ですか?」
ティアの言葉に今度はフレアが沈黙で返す。
無暗で安易な発言はしない、そう伝えるかの様に圧力が馬車の中を包み込む中でフレアは静かに窓を眺めはじめた。
その様子は正に話は終わりだと言っている様なものであり、そのフレアの姿にティアも何も言わずに反対側の窓を眺めた。
だが、ティアはこの時は知る由もなかった。
フレアが心の中でヴァン等の事を考えている事に。
(この時期に至っての中……レプリカ導師の失踪と襲撃。どうやら、貴様もモースの事を言えんぞ……ヴァン)
角度の都合で誰も見る事の無かったこの時のフレアの表情が、思わず背筋が凍りそうになる程に禍々しい笑みであったのは誰も知らない。
▼▼▼
それから一時間後……。
未だに首都に付かない中、ルークも漸く目を覚ましていた。
こんな所で寝るのは初めてなのもあり、固い、首が痛い、等の文句があはようの挨拶代わりになり、その姿にフレアもティアは苦笑するだけで特には何も言わなかった。
何だかんだで、昼近くまで爆睡していたのだから。
「はぁ……早く着かねえかな……」
ルークが暇そうに窓を眺めたその時であった。
突然、辺りに爆音と振動が響き渡り、三人が乗る馬車内も大きく揺く中、三人は何事かと窓から外の様子を見ると、そこには自分達の乗る馬車と同じぐらいの馬車が走っていた。
しかし、この爆音と振動の正体は別にあった。
その背後から、馬車などとは比べ物にもならない程に巨大な船が馬車を砲撃しながら走っていたのだ。
白銀の装飾を施された船、その形状は戦艦の部類に良く似ており、その戦艦の姿にフレアの中で嫌な考えが浮かぶ。
(あの戦艦、キムラスカ軍の物ではない。……まさか)
フレアが険しい表情で戦艦を見ている時だった。
戦艦からの音声が辺りに木霊する。
『そこの辻馬車、道を開けなさい! 巻き込まれますよ!!』
「おっと! これはまずい……!」
馬車の男が戦艦からの指示に道を開けると、戦艦は再びもう一つの馬車を追い掛けるが馬車は橋の上に差し掛かると何やら大きな荷物をばら撒いた瞬間、橋の上で大爆発が起き、橋はそのまま崩れ去ってしまう。
そして、その事態に戦艦も動きを止めると追跡を断念したのか、方向を変えて何処かへ行ってしまう。
言わば、嵐の”後”の静けさと言うのが今は正しいのか、そんな雰囲気が辺りを包む中、ルークが先程の出来事に今になって驚いていた。
「な、なんだったんだよ! さっきのは!?」
「あぁ、さっきのは盗賊を追ってんだな。あんた達と間違えた漆黒の翼を”マルクト軍”の最新鋭艦タルタロスで追い掛けてたんだよ」
「そうだったの……マルクト軍が……って、えッ!?」
男の言葉にティアは驚き、フレアの眉間にもシワが寄る中、ルークが男へ問いかけた。
「なあ、なんでこんな所にマルクト軍がいるんだよ?」
「ん? そりゃあ、キムラスカが攻めて来るって話だからな。軍もこの辺りを厳重にするだろう」
なにやら話がおかしい。
ルークは何故、マルクト軍がキムラスカにいると聞いているのだが、馬車の男はまるでこの場所がマルクト領の様な話の内容をしている。
フレアはそんな男に、眉間のシワを寄せた状態で問いかけた。
「すまないが今の現在地は何処だろうか? できれば詳しく頼む……」
「ここかい? ここはマルクト帝国の西ルグニカ平野で終点は首都グランコクマさ」
「なんだと……!」
フレアは現状に思わず眉間のシワを更に寄せ、思わず頭痛が起きてしまう。
疲れて眠っていたとはいえ、西ルグニカ平野には来た事もあり、もっと早く現状を理解するべきだったのだ。
「間違えた……わね」
「マ、マジかよ……」
肩を落とす二人だが、事態はそんな間違えたで済む話ではない。
キムラスカの最重要人物である二人、フレアとルークが敵国に不本意とは言え不法入国しているのだ。
緊迫する両国の現状の中、もし今の自分達の現状が両国に知られればすぐに開戦もあり得る。
(マズイ……まだ早い。”今”戦争が起きる訳には……!)
再び、馬車の中に重い空気が包み込む中、男がフレア達の様子に疑問を抱いた。
「あんたら……まさか、キムラスカの人間じゃないよな?」
「ッ!? い、いえ! マルクト人ですが、訳あってキムラスカのバチカルまで行かなければならなかったもので!」
ティアが咄嗟の機転で何とかそれらしい事を言い放った。
決してなくはない事だから逆にリアルに聞こえ、キムラスカに向かうからこそ道に迷っていたと思われたのだろう。
馬車の男はティアの言葉に納得して頷いていた。
「この時期に敵国へか……そりゃあ大変だな。こっちも代金の事もあるから戻ってはやりたいが、戻るための橋はさっき壊されたからな」
先程の漆黒の翼が破壊した橋こそが、キムラスカ方面へ行けるローテルロー橋だったのだ。
逃げる為とはいえ、色々な事に影響する橋を破壊すると言う悪行を行っているのだ、マルクト軍が戦艦で追い掛ける理由も頷ける。
だが、キムラスカに戻れなくなっているのが現状であり、ルーク達が悩んでいると男はある提案を出した。
「こうなったら次の村……エンゲーブで降りた後、その村の南にあるカイツールに行くしかないな」
「……それが妥当か」
フレアは男の言葉にそういうしかなかった。
国境を越える時の旅券は何とかするとしても、キムラスカ側のカイツール軍港にはアルマンダイン伯爵と光焔騎士団の者がまだ滞在しており、そこまで行けばまずは安全が約束されるだろう。
それから少し話した結果、フレア達は次の村であるエンゲーブで降りる事になった。
▼▼▼
現在、マルクト帝国【エンゲーブ】
馬車から降りたフレア達を出迎えたのは、沢山の買い物客が賑わう活気あるエンゲーブの姿。
世界に食料を届けており、世界の食料の生命線とも言える程に重要な村、それがエンゲープである。
賑わいを見せる数々の商店もまたその証であり、屋敷から出た事のないルーク、そして訪れる機会などなかったフレアにとってもそれは初めての光景だった。
「へぇ……こんなに食料ばっかり並べてるのって初めて見るな」
「このエンゲーブは、食料の村と言われてるぐらいだもの。ここなら新鮮な食材が沢山は買えるわ」
「確かに民たちが皆、良き表情をしている。空気も綺麗で……良い場所だ」
エンゲーブの雰囲気を早々に楽しむティアとフレアだが、ルークは既に飽きてしまったらしく興味なさそうに歩き、ある果物の店の前を通った時であった。
「シャリ……なんか色々あって、ただ鬱陶しいだけな気がするけどな」
店の前に置かれていたリンゴを、まるで屋敷の果物籠から取る様な感覚で掴むとそのまま齧りながらそう言ったルークだが、此処は屋敷ではない。
つまり、ルークの行為は白昼堂々とした窃盗であり、案の定、店の店主が慌てて出て来る。
「ちょっ!? お客さん! お金は!?」
「はっ? なんで俺が払うんだよ?」
店主はただの払い忘れと思ったようだが、残念ながら長い間、軟禁生活をしていたルークにはそんな概念は存在していない。
基本的にルークの欲しい物はファブレ公爵夫妻、と言うよりも母であるシュザンヌが与えている。
例えば、新しい靴が欲しい時は……。
『母上、稽古してたら靴が汚れました。新しいのを買ってくれ』
『まあまあ、それは大変! ラムダス! ラムダス! すぐに商人を呼んで頂戴!』
また、ある時は……。
『母上、ブウサギの肉は食べたくねえ。夕食はビーフにしてくれよ』
『ええ、良いですよ。ラムダス! ラムダス! コックに今日はビーフにする様に伝えて!』
これがルークにとっての常識である。
欲しい物を言えば屋敷の誰か(主にシュザンヌ)が与え、何一つ文字通り手に入らない物はなかった。
その結果、お金を払うと言う常識が作られる事はルークにはなかったのだ。
「金だったら適当に屋敷に言えよ。父上や母上が払ってくれるから……シャリ」
「はあッ!? 何言ってんだお前! ふざけるな!」
キムラスカ領ですらない場所にルークの屋敷などある筈もなく、悪びれた様子もないルークに遂に店主の怒りが頂点に達してしまう。
「お前! 食い逃げするつもりか!? 払わないなら警備兵に突き出すぞ!」
「誰が払わねえって言ったよ! えっと……金だろ? 金ってどうすんだ? ……兄上ぇ! 兄上ぇぇぇッ!!」
結局、お金の払い方を知らないルークは兄のフレアへ助けを求めるのだった。
「呼ばれてますよ……後、私が言う事ではないと思うのですが、せめて、一般的な常識は軟禁されてても教えれると思うのですが」
「……むぅ。返す言葉もない」
自分にも責任があるとはいえ、フレアは顔から火が出る様な思いであったが助けない訳にもいかず、フレアの所持金である1万7千ガルドから支払う事にし、店主へお金を差し出した。
「弟がすまない事をした……これは先程の代金だ。あと、これでリンゴを四つ程包んでくれ」
フレアが店主にルークのリンゴの代金、そして詫びの分のリンゴの代金を支払うと、店主の顔から怒りがなくなった。
「え、ホントかい? なんか逆に悪いね」
やはり商人としては買って貰えてなんぼの世界。
買って貰えれば何も言う事はないのだ。
「ほらみろ! ちゃんと払ったろ!」
まるで自分で払った様な口振りのルークだが、払ったのはフレアだ。
ルークの言葉にフレアとティア、そして店主が溜息を吐いたのは言うまでもない。
「ところで店主、この村の宿はどの辺りだろうか?」
話を変え、フレアは今日の拠点にする宿屋の場所を聞く事にすると、店主は商店の奥を指さした。
「ああ、宿屋ならこの道を真っ直ぐ行った途中さ。この村に宿屋は一つだけだから、迷ったら村の奴に話を聞けば良い……そら、リンゴだ」
説明を受けながら袋に入ったリンゴを受け取るフレアは、軽く頭を下げて礼をするとルークとティアの下へ戻った。
「今日は旅の準備をしてから宿屋で休み、カイツールには明日向かった方が良いな」
馬車では完全に疲れが取れる筈もなく、今日の所は宿屋で体調を整え、それからカイツールに向かう事を言いながらフレアはティアとルークに先程買ったリンゴを手渡した。
「私も宜しいんですか?」
「一人だけにあげない訳にはいかないだろ?」
困惑するティアにフレアはそう説明しながら自分もリンゴを齧り、二個目のリンゴとなるルークは堅苦しいティアにやれやれと言った様に息を吐いた。
「ったく、兄上が良いって言ってんのに……堅苦しい奴だな。深く考えずに齧ればいいじゃねえか……シャリ」
「……あなたはもう少し考えた方が良いと思うんだけど?」
「ん? 今、なんか言ったか?」
先程のティアの呟きは聞こえていなかったらしく、そう問い掛けてくるルークにティアは最早、溜息すら出ず、自分の頭を抑えながら”なんでない”と言ってリンゴを小さく齧るのだった。
そして、皆が一通りリンゴを食した後、フレアは一個だけ入ったリンゴの袋と2千ガルドをティアへ手渡すとこれからの行動を説明する。
「お前達二人は先に宿屋へ向かっていてくれ。俺はこれから旅に必要な物を揃えてくる」
「そんな……それなら私が行きます。宿代だって、私が……」
今回の一件での事をティアは二人が思っている以上に気にしていたらしく、フレアから渡されたお金や話された内容に困惑を隠せなかったが、フレアは冷静に首を横へ振る。
「君がしなければならないのはルークを守る事だ。多少は信用したとはいえ、君自身の罪が消えた訳ではない。バチカルにルークを届け、己の罪を清算する事だけを考えれば良い」
フレアはそれだけ言うとティアとの会話を無理やり終わらせ、今度はルークの方を見た。
「それとルーク。此処は屋敷ではない……はしゃぐのは分かるが、あまり問題を起こすな」
「大丈夫だって兄上。俺だってガキじゃねんだ、問題なんて起こさないって」
(ついさっき起こしたばかりじゃない……)
口に出すの疲れたのか、ティアの言葉は彼女の心の中だけで呟かれ、フレアもそんな弟の言葉にやれやれとした感じで思わず苦笑してしまう中、ルークの頭をポンポンと手を置くとそれだけをして商店と人混みの中を歩いて行った。
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あの後フレアは、基本的な冒険の必需品で有名なグミ等を購入していた。
非常食や疲労回復にも用いられるグミ、残念ながらエンゲーブには一番安く効果も平凡なアップルグミやオレンジグミしかなかった。
効果は別にそんなに悪い訳ではないが、問題は舌が肥えているルークが素直に食べるのかが問題であり、更に言えば魔物避けに必要なホーリーボトルが売っていなかったのが一番辛い。
戦争も近いと噂もあり、一般人から商人、軍人が買占め品薄と言う話もある。
(だが、何も買えないよりはマシか……)
そう思う事で納得する事にしたが、フレアがホーリーボトルを欲した理由は他にもあった。
それは、弟のルークだ。
咄嗟とはいえ魔物を倒したが、それはあくまで魔物だ。
相手がもし人間ならば、ルークは絶対に剣を向けられない……ルークは優しすぎるのだ。
魔物とて、本当は戦いたくないのだと思う。
我儘に育てられたルークだが、命の重さは分かっている。
使用人も雑に扱った事も無ければ、虫一匹も遊びで殺す様な事は絶対しないのがルーク・フォン・ファブレだ。
フレアはカイツールまでのルークの事を考えると、思わず小さく息を吐いてしまった。
(ここから先は賊の部類とも遭遇するだろう。……ルークに人が殺せるか?)
フレアがルークの事で不安を覚える中、同時に自分の頭の中である光景が蘇った。
辺り一面の焼き野原、独特な焦げと人の肉を焼いた臭い。
それは、”フレアの戦場”の光景。
沢山の敵兵を焼き殺した時の光景であり、彼を苦しめる深い闇。
『ぎゃあぁぁぁぁッ!!』
『熱いッ! 熱いぃぃぃッ!!』
フラッシュバックの様に蘇る敵兵の叫びが頭に響く。
フレアは思わず眉間にシワを寄せながら目を閉じてしまう。
(10年以上経つが、未だに脳裏に焼き付くか……)
『あれは敵兵だッ! 殺すのだフレアッ!!』
「ッ!!」
フレアはハッと、ある声を思い出し、首を横へ振った。
(迷うな……! "アイツ"を切り捨てた時から既に覚悟を決めていた筈だ。──非情になれ。オールドラントの未来の為に……)
その場に止まるフレアの表情、それはルーク達に向けた笑顔等は微塵もなく、ドス黒く濁った憎しみの表情。
通りがかった住人ですら息を呑み、恐怖で震えながらその場を去ってしまう程。
そして、フレアもそれに気付くと買った荷物から、防具屋で偶然仕入れていた二枚のフード付きマント『レザーマント』を羽織るとフードも被る。
王族特有のこの髪は目立ちすぎるのだ。
誰が気付くかも分からない中、勿論ルークの分もある。
(宿屋へ行くか……)
鼻と口元しか空いてないまま、フレアは二人と合流しようと宿へ向かおうとした時であった。
「離せつってんだろ!?」
「黙れ! この漆黒の翼め!」
エンゲープに似つかわしくない怒鳴り声が響き、その声の方をフレアが見ると、村で見た中で一番大きい家の中へ男達が誰かを捕まえながら入って行く光景が目に入る。
だが、問題のなのは捕まっているのはルークと言う事であり、その後ろから溜息を吐きながら後を追うティアの姿があった。
「今度は何をした……?」
温厚な住人がそこまで怒る程、また何か万引きしてしまったのかも知れない。
フレアは何が起こるか分からない中、ルーク達を追う様に中へ入って行く。
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現在、エンゲーブ【ローズ夫人邸】
フレアが中へ入ると、何やらふくよかな体の女性が先程の男達を叱っており、解放されたのかルークも男達へ文句を言っていた。
このまま放っておくのも有りだが、残念ながら今はそんな時ではなく、フレアは空いている玄関の扉を叩きながら挨拶をして入って行った。
「勝手ながら失礼させて頂く……」
「おや? 今日はやけにお客さんが多いね」
フードを被ったフレアにも臆せず、女性はマイペースな感じでそう言うが、男達はフレアの姿に驚きを隠せなかった。
「な、なんだお前! ま、まさか……本物の漆黒の翼か!?」
「こら! あんた達いい加減にしな! 漆黒の翼は橋の向こうだって言っただろ……全く。すまないね、私はこの村の代表のローズと言う者さ」
あたふたする男達を黙らせるローズは、静かになった事でフレアへ詫びを入れるが、フレアは首を静かに横へ振る。
「いえ、此方も申し訳ない。しかし、連れの姿が見えた者で……」
そう言ってフレアはルークの方を見ると、フードで誰か分からないのか悩むルークだが、声ですぐに気付き表情を明るくしてフレアへ近付いた。
「兄上! ……そんな安物着てっから分かんなかったぜ!」
「……やれやれ、結局また問題を起こしたのか?」
悪戯を叱る様に言うフレアのその言葉にルークは、やばいと言った表情で苦笑しながら目を逸らし、ティアもまた、ルークを止められなかった事に気まずそうな顔をしていた。
やはりルークに問題を起こすなと言う方が無理だったらしく、これから先の旅路に早くもフレアは不安を覚えずにならなかったが、そんな光景にローズは楽しそう笑った。
「はっはっはっ! 流石のルークさんも、お兄さんには頭が上がらない様だね」
フレアが訪れる前にルークが既に何か言っていたらしく、兄の言葉に何も言わないルークの様子がローズには新鮮の様だが、案の定ルークは彼女の言葉にすぐに反応した。
「当たり前だろ! 兄上はスゲェんだ! 色んな魔物とも戦ったり、剣の腕だって俺は一度も勝てねえぐらい強いんだぜ!」
ルークにとって、フレアはヴァンと同じぐらいの憧れの存在。
まだ若いながらに功績を積み重ねるフレアが自分の兄である事が嬉しくて堪らず、兄についての自慢話がルークの楽しみでもあるが、当のフレアは流石に気恥ずかしいのか、少し焦りながら弟を止めようとする。
「こ、こらこら、ルーク……そんな事、人様に話す様な事ではない」
「え~なんでだよ兄上……」
少しでも多くの人にフレアの凄さを教えたいらしく、自分からは何も言わないフレアに不満気に言うルーク。
功績は自分から誰かに言う物ではないと、フレアもルークに教えているがそれが実った様子は今の様子からしてもないらしく、フレアはそんな純粋過ぎる弟に可笑しそうに溜息を吐いた時だった。
「まあまあ、そうおっしゃらず……私はもっと聞きたいですね~」
良く言えば親しみ、悪く言えば掴みどころのない声がフレアに掛けられ、フレアは声の方へ振り向くと思わず呼吸が一瞬止まる程の驚きを受けた。
(この男は……!?)
フレアの目に飛んだのは、インテリ臭い眼鏡に長髪、そして何故か無駄にニコニコしている男だった。
時折眼鏡を指で真ん中から持ち上げ、笑顔の裏で此方を探る様な視線で見て来る男、フレアはその男と面識があった。
だが、少なくとも今ここで自分の名を名乗る事は決してフレアはしない、と言うよりも出来ない。
何故なら、この男は……。
「おや? これは失礼しました。名乗るのが遅れて申し訳ない……私は”マルクト帝国軍”第三師団所属『ジェイド・カーティス』大佐です」
敵国の軍人であり、その中の軍人で最も有名な人物の一人だからだ。
胡散臭い笑みを浮かべながらの自己紹介をしたジェイドに、フレアはフード中で無意識に表情を険しくしてしまった。
(何故、これ程の男がエンゲーブに……! 俺達の事を知られた? 帝国の密命? 何にせよ、何を企んでいる……
男の名を心の中で呟きながらも、その警戒心を男に悟られない様にする事にフレアは専念する為に自分にしか聞こえない程に小さく息を吐いて落ち着きを取り戻し、ルーク達の方を見た。
ルークが余計な事を言っていないかが一番心配だが、ジェイドに知られて困るのはティアも同じなのでフォローしてくれたのだと思うしかない。
そして、今の中で最善なのは一早く、違和感なくこの場から離れるのが得策なのだが……。
「……」
”おや、次は貴方の番ですよ? ”と言わんばかりの笑顔でジェイドはフレアを見詰めており、フレアは思う様に動けない。
(相変わらず面倒な男だ……)
ジェイドに対しそう愚痴るフレアだが、冷静さを取り戻した事で気持ちに余裕も生まれ始めた。
それでも辛い立場なのはフレアの方なのだが、やろうと思えばどうとでもなる。
何とかして誤魔化そうとフレアは考えていた時であった。
ジェイドの後ろから少年が出てきた。
「あの、ジェイド……そろそろ……」
何やらジェイドに気弱そうに言いながら出てきた緑色の髪の少年、その少年に再びフレアは驚いてしまう。
(導師イオンだと……行方不明のレプリカか)
行方不明な筈の導師レプリカがマルクト領、そしてマルクト軍と共に行動している。
それらの材料で出る答え、それは一つしかない。
(まさかと思ったが……マルクトが関わっていたか)
ヴァンに捜索の任が来た時点で今回の一件は密命なのは確かな事。
どうやらマルクト側は大詠師モースに知られたくない事をしようとしている様だ。
フレアが色々と考えているとイオンの言葉にジェイドは頷き、それを見たローズはフレア達とルークを連れ来た男たちの方を向く。
「ほらほら、今日は一旦帰っておくれ。私はこれから大佐と話さないといけないんだから」
そう言って男達を押す様に家から出し、ルークは来たくて来た訳ではない為にぶつくさと文句を言いながら出て行き、ティアもそんなルークを宥めながら出て行く。
フレアもそんなメンバー達に続くように出て行こうとした時であった。
「……それで? 結局の所、あなたは誰なのですか?」
出て行こうとするフレアに再びジェイドが問いかける。
明らかに何かを探ろうとしているのが嫌でも分かる口調だった。
わざとなのか、自分は既にお前の正体を知っているとでも言いたいのか、明らかに警戒心を隠そうとしないでフレアへジェイドは問い掛けた。
そして、そんなジェイドにフレアもまた警戒心を露わにして返答した。
「本当は、既に俺の正体に気付いているのでは?」
「いえいえ……とんでもない。私はただ自己紹介をし合いたいだけなんですがね」
そう言って再び胡散臭い笑顔を浮かべるジェイドに、フレアは黙って聞いていると、再びジェイドは問い掛けた。
「それで……あなたは誰ですか?」
眼鏡をクイッと上げて問いかけるジェイド、明らかに警戒心から敵意になろうとし始めている気配にフレアは小さく笑みを浮かべると呟く様に言った。
「……フレアだ。カーティス大佐」
「……そうですか。宜しくお願いします……フレア」
短い会話の中でそれ以上の何かがあったフレアとジェイドはそれ以降は互いに話さず、フレアはローズ邸を出て行き、フレアは出て行った後、イオンがジェイドへ問いかけた。
「先程の方はジェイドの御知り合いなのですか?」
「ええ、ちょっと昔に色々と……」
「そうなのかい? だったら、もっとゆっくりしてもらった方が良かったかい?」
ジェイドの知り合いが珍しいのか、楽しそうにローズはジェイドへ言うが当のジェイドは首を横へ振る。
「それは止めておいた方が宜しいでしょう……私も、エンゲーブを”焼け野原”にしたくはない」
意味の分からない言葉にイオンとローズは首を傾げるが、ジェイドの真剣な表情がなくなる事はなかった。
▼▼▼
現在、エンゲーブ【宿屋】
あの後、宿屋へ行ったフレア達は宿屋の店主がルークを捕まえた男の一人であったらしく、詫びを込めて宿代は無料にして貰って宿泊していた。
最低限の旅の準備も出来、ジェイドとの接触も助けてフレアは明日の早朝にエンゲーブを出る事を提案し、ティアもそれに同意したのだがルークだけは反対した。
理由は今日、ルーク達が捕まったのは食料泥棒の疑いを掛けられた事にあった。
エンゲーブで最も価値のある物、それが食料だ。
ここ最近になって多発し出した食料泥棒だったが、フレアが来る前にイオンが食料の倉庫でチーグルの毛を発見した事で疑いは晴れ、犯人がチーグルである事が判明した。
聖獣チーグル、ユリアと並びローレライ教団の象徴となっている魔物であり、北にチーグルの住む森も存在ている事から解決も時間の問題だったのだが、犯人扱いされたルークは……。
「腹の虫が収まらねえッ!! 明日、森に行ってとっつかまえてやる!」
貴族である自分が犯人にされたのがよっぽど気に入らなかったのか、ルークにはチーグルへの怒りしかなく、森に行ってチーグルの捕獲を提案した。
勿論、そんな暇はなくフレアとティアは反対したが、当のルークは完全に頭に血が昇っており話を聞かずに眠ってしまう。
そして現在、フレアは宿屋の食堂でボトルとグラスをテーブルに置いて静かに一息ついていた。
(ルークには困ったものだ……)
フレアは先程のルークの様子を思い出していた。
ああなったルークは誰の言う事も聞かない。
自分の事になったルークが一番大変であり、それを分かっている為にフレアはこれから先は自分が思っているよりも大変なものになると己に言い聞かせ、静かにグラスの中を飲み干した時であった。
「ここにいらしてたんですか?」
食堂に入って来たのはティアであった。
色々とあったからか、流石の彼女の顔にも疲れが見て取れた。
「今日は君もご苦労だった……まあ、先ずは座ってくれ」
フレアの言葉に少し困惑気味だったが、流石に心の癒しが欲しかったかのかフレアの向かい側に腰を掛ける。
「ルークは眠った様だな」
そう言いながらフレアはテーブルに置かれた余っているグラスを手に取ると、ティアに渡すがティアはフレアに傍に置いてあるワインのボトルらしき物を見て、慌てて制止した。
「あッ! あの……私、お酒は……」
「安心しなさい、ただのブドウジュースだ。流石の俺もルークがいる中で酒は飲めんよ」
そう言ってフレアはボトルの口をティアへ向け、ティアも反射的に慌ててグラスを持ち、差し出してしまうがボトルのジュースはそのまま注がれる。
そして、注がれたジュースを念のためにティアは匂いを嗅ぐと確かにジュースの匂いであり、静かに口を付ける。
「……ふぅ。おいしい」
心地よい甘みと酸味の味がティアを癒し、思わず笑顔が浮かんでしまう。
そんなティアの姿にフレアも再びグラスに口を付けた。
「エンゲーブは良い素材が多いからな。……それで、ルークはどうだ?」
「すっかり眠ってしまいました。眠っている分には可愛いんですけど……覗き込んでいたら怒られました」
文字通り保護者の様に楽しそうに語るティア。
既に放っておけない感じの情が入っているらしく、彼女なりにルークは心配な様だ。
だが、フレアは彼女のルークに対しての可愛い発言に思わず笑みが漏れる。
「はは、可愛いか……一応、ルークは17歳なんだがな」
「ええッ!? 17歳、私よりも年上だったんだ……」
ルークが自分よりも年上だったと言う事実に驚きながら、小さくボソリと呟くティア。
今までの彼の言葉や行動を見ていれば年上とは見れなかったのには無理もない。
そんなティアの様子はフレアにとっても範囲内だったが、彼の顔から笑みが消え、真剣なものとなった。
「……君がそう思うのも無理はないが、あの子にも昔に色々とあってな。ルークはルークなりに悩んでいる」
「それは私も薄々感じておりました。第七音譜術士は貴重ですが、何年も屋敷に軟禁するのは流石にやり過ぎではないかと……彼に何があったのでしょうか?」
どうやら、この短い時間でルークの存在はティアの中で大きくなっていた様だ。
罪悪感やフレアからの言葉も助けていたが、元々、彼女の優しさもあったのだろう。
ティアからの言葉にフレアは下を向き、そして小さく呟いた。
「……誘拐」
「えっ……」
フレアの呟きは確かにティアの耳に届いた。
しかし、その意味までは分からなく、ティアは首を傾げてしまう。
「……俺から、いま言えるのはここまでだ。後はルーク本人から言ってくるのを待ってあげてくれ」
困惑するティアにフレアはそう言うと、グラスを口に付けながらティアから顔を逸らす。
話はこれで終わりだと言う意味なのはティアにも分かり、ティアは自分のグラスの中を飲み干すと立ち上がってフレアへ一礼し、食堂を後にした。
「……」
ティアがいなくなった後、フレアは今日買ったリンゴの最後の一個を手に取った。
どうやら、余った最後の一個を誰も食べなかった様だ。
そんなリンゴをフレアは右手でゆっくりと回しながら眺めていると、エンゲーブの焼印の所で止め、同行者となったティアについて考えていた。
(神託の盾騎士団員ティア……優しすぎる軍人か)
この短い帰還でフレアのティアへの評価は”行動力と最低限の心の強さを持つが、軍人としては二流”と言うものだった。
ヴァンの暗殺の為とはいえ、キムラスカの王族のファブレ公爵邸に侵入する行動力は認めるが、所詮は行動力だけだ。
現状ではどうなっているかは分からないが、場合によってはマルクトよりも先にダアトとの開戦が始まるかも知れない。
現国王のインゴベルトは予言に強く頼る所もあり、そうはならないかも知れないが、何かある度に介入してくるダアト勢に不満を持つ軍人も少なくはない。
そう考えるとティアの行動は軽率といえ、それだけの覚悟があったのならばまだマシだが、それさえも分からずに感情的に動いたのならば軍人としても、三、四流としか言えない。
(だが、ヴァンを殺すのならまだ利用価値はあるか……)
”計画”を知らないとはいえ、ヴァンへの敵意と殺意は本物と認めざる得ない。
それでもヴァンに勝てるかどうかまでは分からないが、少なくとも腕の一本は奪ってくれればフレアにとっては好都合であり、彼の”計画”にも有利となる。
フレアは誰もいない食堂で小さく笑うと、リンゴを一口齧る。
(まあ良い……少なくとも”あの女”よりは使えるかも知れん。それに、始末するにしても俺の計画の障害になってからでも遅くはない……そう、全ては──ー)
内心でそう呟くとフレアは、リンゴを掴んでいる手に力を入れるとリンゴが形を少し変え、果汁が漏れ出す。
しかし、不思議な事に果汁がテーブルに落ちる事はなくフレアの手の中で蒸発し始め、第五音素が集まり始める。
そして、その瞬間、バチッと音をした瞬間、リンゴはフレアの中で燃え上がり、やがてただの燃えカスと成り果てた。
(オールドラント……そして、民の未来の為に……!)
フレアは燃えカスを握り潰すと、火傷一つないその手を握りながら食堂を後にしたのだった。
燃えカスの欠片は、隙間風に煽られ静かに消えて行く。
End