ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 巌戸台学生分寮⇒『黄泉転生坂』―①

アイギスのマシンガンによる銃創。

 

剣や斧による裂傷。

 

拳を身に受けたことによる打撲痕。

 

他にも大小様々な傷がある天田くんのシャドウは息も絶え絶えに仰向けに倒れていた。彼と一緒に戦っていたコロマルのシャドウはすでに消滅している。

 

『いやぁ、やっぱり強かったなぁ……。どこかで手を抜こうと思ったけれど、こうやって負けたのはボクの方ですしいらない心配でしたね。たぶん、ボクが消えると同時にタルタロスみたいになった寮の玄関の扉は開錠すると思いますが、覚悟だけは忘れないでくださいね』

 

そう言った天田くんのシャドウは目を閉じた。すると彼を模っていた泥はぼろぼろと崩れて行き、タールのようなどろりとした黒い液体になったと思ったら、あっという間に黒い霧となって消え失せた。

 

気配が完全になくなったということを風花から聞いた私たちはその場で膝をついた。

 

「げほっげほっ……。やべぇ、血が止まらねぇ」

 

荒垣先輩が天田くんのシャドウが扱っていた槍の刃を受けた腹部を押さえて蹲る。ゆかりがすぐに近寄って回復スキルを使うが彼女の腕にも獰猛な犬にでも噛まれたような歯型がくっきりと残っている。

 

「コロちゃんのシャドウもあれは反則です。素早い上に、隙あらば闇スキルで気絶狙ってきますし」

 

風花も回復道具を両手にたくさん抱えて、負傷によって動けないメンバーの所へ行ったり来たりしている。美鶴先輩も焼き焦げた衣服を叩いて煤を落とし、火傷し爛れてしまっている足の治療を行っている。

 

「天田のシャドウもな。今から鍛えれば、うちの天田も強く……」

 

真田先輩はひどく腫れあがった右目を押さえながら天田くんを見てにやりと笑った。彼は天田くんのシャドウと戦った際に、槍の攻撃を受け流しカウンターを決めようとした瞬間、クロスカウンターを右目に喰らった。

 

シャドウとはいえ、中学生の天田くんのそんな成長の仕方に期待しようと思うのは分からないでもないですが、今の天田くんをそんな目で見ないでください。怖がってアイギスの後ろに隠れちゃっているじゃないですか。

 

そんなことを思いながら私も天田くんのシャドウと斬り合うなかで傷ついた左腕の治療を行う。痛みが無くなったのを見計らって寮の扉に手を掛けると同時に背後から声を掛けられた。私の後ろにいたのは優ちゃんであった。

 

「湊先輩。……兄さんは大丈夫ですよね?」

 

私の制服を掴んで離さない優ちゃんは不安そうに私を見上げてくる。私は微笑んで彼女の頭を撫でて微笑んだ。ただ「きっと大丈夫」とか「安心して」とか色んな慰める言葉が合ったのに、私はそれを彼女に告げることが出来なかった。だって、私自身がその不安に押しつぶされそうであったから。

 

 

□□□

 

「ようこそいらっしゃいました、お客人。今宵はこれからを決める上で大事な決断を迫られる日にございます」

 

気付いた時には私はベルベットルームを訪れていて椅子に座っていた。部屋には私とイゴールさん、そしてテオドアのみがいる。先日紹介されたマーガレットとエリザベスの両名の姿はない。

 

「今日はあの2人はいないんですね。てっきり優ちゃんも一緒につれてこられると思ったんですけれど」

 

「もう1人のお客人でしたら、別室にてマーガレットたちが説明をしておりますよ。今回、私たちが貴女様をお呼び立てしましたのは、今度挑むことになります迷宮についてでございます」

 

イゴールさんが迷宮と言った瞬間、私は変貌してしまった寮のことを思い浮かべた。まるでタルタロスの様に変わってしまった私たちの生活の場、そして巻き込まれただろう、総司くんの顔。

 

「…………」

 

「お客人が考えていらっしゃるように、今回の騒動の原因は貴女様と審判というコミュニティを築いた少年にあります。彼自身は、非業の最期を迎える貴女様を救いたい一心での想いだったのでしょうが、その想いと知識がよからぬものによって利用されてしまっている。もはや賽は投げられてしまった。残っているのは投げられた賽がどのような目を出すのか、それのみ」

 

私の心情を理解してか、それ以上は何も言わないイゴールさん。

 

彼は私の前に何も描かれていないタロットカードを12枚並べる。するとすぐに変化が合った。並べられたカードに次々と絵が描かれていく。

 

私は1枚ずつ手にとって、そのペルソナに込められた力を確認していく。

 

 

『愚者オルフェウス・改』

 

私が一番初めに召喚したペルソナの強化版のようだ。造形は同じであるが胴体の部分が鮮やかな赤色に変わり力強さを感じる。どうやら能力値は私のレベルと同じ値になるらしい。覚えているスキルは『勝利の雄叫び』と言われる戦闘後に体力と精神力を完全に癒す能力だけのようだが、属性耐性に優れているし、戦いがどのくらい続くのか予想できない今夜みたいな状況では頼りになるペルソナだ。

 

 

『愚者スサノオ』

 

日本神話にてヤマタノオロチを討ったとされる英雄がペルソナとなった姿らしい。屈強な赤銅の肉体を有しており、その瞳からは確固たる意志が伝わってくる。しかし、レベルは76。私の現在のレベルよりも30近く離れている。うまく扱える自信が無い。

 

 

『塔クー・フーリン』

 

優ちゃんと築いたコミュニティによって強化される塔のアルカナである。最速の槍者と呼ばれており、ステータスも速が高くなっている。レベルも40と私のレベルよりも少し下となっていて集団戦にはもってこいなペルソナと思われる。

 

 

『塔シュウ』

 

これも優ちゃんとの絆によって紡がれたものだと思うけれど、レベルは86と私のレベルの約2倍。カードに触れた瞬間、指が弾かれた感覚があった。「己を扱う資格はお前にはない」と言われたようでなんだかしょんぼりだ。

 

 

『死神アリス』

 

可愛らしい青いドレスを着た少女風のペルソナであるが、能力が凶悪仕様であった。敵全体に高確率で即死をもたらすスキル「死んでくれる?」なんて、こんなにも性根の悪いペルソナが出てくるなんて。そういえば、以前イゴールが生み出されるペルソナは私の性格の一面を表すって言っていたような……。このアリスというペルソナも私の一部なのだろうか。

 

 

『死神タナトス』

 

言わずと知れた私の中に眠る“死の象徴”。10年前の事故によって私の中に封印された“デスの欠片”。こいつがいなければと思う反面、こいつがいたから今の私がいるという何だか不思議な気持ちになる。出来れば、これからの戦いにおいて頼る場面が無いといいんだけれど、恐らくそれは無理だろうな。

 

 

『審判クジャタ』

 

悠然な山脈を思わせる巨体を持つ牡牛の姿をしたペルソナ。物理耐性に優れ、先日のチャリオッツ&ジャスティス戦では止めを刺すきっかけを作ることができたけれど、心身の平穏を考えるともう使いたくない。あの時のことを思い返しそうになるから。

 

 

『審判ネメアー』

 

本日のハーミット戦で好成績を修めたごついライオンの姿をしたペルソナ。斬と打攻撃、雷と毒を無効化するその能力はこれからの戦いでも使う場面はあると思う。

 

 

『審判フレースヴェルグ』

 

煌びやかな宝石を羽の随所に散りばめた鷲型のペルソナだ。血の様な紅い瞳からは知性というか、私の心を見透かすような感覚がある。レベルは60だが、塔や死神のアルカナをもつペルソナと違い、不思議とうまく扱える気がする。

 

 

『審判ゼルエル』

 

手に取った瞬間、「あれ、タナトスよりも死神っぽい!?」と思ってしまった。ずんぐりとした体躯、折り畳んだ帯状の腕部を持ち、タルタロスで出会った最強のシャドウと同様に空中を浮遊している。力と耐が上限に達しており、攻撃スキルの『次元殺法』など私の体力をほとんど削る代わりに、敵1体に対し極大ダメージを5連撃するらしい。どうしてこうも死神っぽい奴は……。審判のアルカナを持つって事は総司くんの心にもタナトスみたいのがいたのかな。

 

 

『審判メサイヤ』

 

造形はオルフェウスとタナトスを足して、身体全体を白くした感じのペルソナ。名前的には救世主なんだろうけれど、オルフェウス・改と比べても能力的に、ぱっとしない感じを受ける。敵の能力を全体的に大幅に下げるランダマイザという補助スキルを持っているので敵が強い時に試してみようと思う。

 

 

『審判アトラス』

 

私が最後に手に取ったのは、チャリオッツ&ジャスティス戦において意識を手放す前に召喚し、2体の大型シャドウの動きを止めたというペルソナである。レベルはEXという意味の分からないもの。能力も耐性もスキルも何も思い浮かばないけれど、青い惑星を下から支える青色の巨人の顔はなんだか総司くんにそっくりで親近感がある。

 

 

 

「それらが今夜、お客人が扱うことの出来るペルソナということになります。今夜突如として現れた塔の名は『黄泉転生坂(よみてんしょうさか)』。これはかの少年の記憶と知識を元に生み出されており、貴女方が想像も出来ない事象が試練として待ち構えているでしょう。その試練を乗り越えた先で、お客人がどんな答えを見出すのか。私共はここで見守らせていただきます」

 

そうイゴールさんが告げると私の視界はどんどんとぼやけていく。まるで霧が私の周囲を取り囲んで行くように、すぐに何も視界に映らなくなるのだった。

 

 

□□□

 

 

視界が晴れるとそこは巌戸台学生分寮のエントランスであった。普段と変わりない様子で、いつもの場所にソファやテレビ、コロマルの家が置かれている。そして、ソファの上にて紅い髪の少女を押し倒すようにして覆いかぶさる順平の姿があった。

 

「…………」

 

たぶん押し倒されている彼女はストレガのチドリっていう少女なのだろうなぁと思いながら、私は玄関で眺めていると美鶴先輩や天田くんたちが次々と寮の中に入って来た。普段と変わりない様子に胸を撫で下ろしているように見えたが、ゆかりがソファにいる2人を見てヒステリックな声を上げる。

 

「じゅ、じゅ、順平!あんた、なにしてんの!!」

 

「……うぅ?ゆかりっち……何を?って。チ、チドリ!?」

 

「順平、重い」

 

三者三様の言葉が口から出る。自分がチドリという少女を押し倒していたことに気付いた順平は飛び上がって、その場から離れたけれど、それは悪手だと思うよ。

 

だって、頬を引き攣らせ、拳を握り締め、下唇を今にも血が出そうなほど噛みしめている女帝がアップを終了させているんだもの。

 

「伊織、処刑だっ!!」

 

数瞬の迷いなくこめかみに召喚器をあてがい引き金を引いた美鶴先輩の背後にペンテシレアが降臨する。仮面の奥にある瞳が光り輝くと同時に順平の周囲だけが冷え込み、気付いた時には巨大な氷の棺が出来上がっていた。放っておくと情けない姿で動きを止めた順平は氷の棺の中で永遠の時を刻むのだろう。

 

だが、戦力が1人でも惜しいこの今夜の場合で、氷の中に留まらせる訳にはいかない。私は振り向いてコロマルに指示を出す。

 

「コロマル、順平にも話を聞かないといけないからアギラオで融かしておいてね」

 

「わんわん」

 

「『承った』ということであります」

 

タタッと私の指示を聞いて氷のモニュメントと化した順平の救出に向かうコロマル。ちなみに先輩やゆかりたちはすでにチドリの下で事情を聞いている。

 

玄関に留まっているのは私とアイギス、そして優ちゃんだ。優ちゃんの手には召喚器の銃だけでなく、銀色のフレームの眼鏡もある。

 

「優ちゃん、それ、どうしたの?」

 

「あ、えっと……。私、召喚器を使わなくてもペルソナを召喚できるようになったみたいです。ほら」

 

優ちゃんはそう言って召喚器をホルダーになおした後、眼鏡を着用し目を閉じた。すると、優ちゃんの背後に立派な赤装鎧を身に纏った美丈夫が現れる。雪の様な白い肌、両手に持った刀からして日本の武将のようだ。優ちゃんは眼鏡を掛けた状態で後ろに現れたペルソナを眺める。そして、私たちの方へ向き直り説明を始める。

 

「ヨシツネ。私のペルソナであるウシワカマルが進化した姿なんですが、どうも今までと違うんですよ。今まではウシワカマルだけしか召喚出来なかったのに、今夜は『愚者イザナギ』『魔術師ジャックランタン』『戦車アラミタマ』『剛毅ラクシャーサ』『刑死者マカミ』『皇帝キングフロスト』『女教皇ハイピクシー』『恋愛リャナンシー』『節制ゲンブ』『隠者アラハバキ』『塔ヨシツネ』って感じで、扱えるペルソナの12体の内の1体って感じなんです。どういうことなんでしょうか?」

 

眉を寄せて不安そうにしている優ちゃん。彼女が言ったペルソナはヨシツネと呼ばれるペルソナ以外は私も知っているものばかりであった。それも私が低レベル状態の時に得た物ばかり。戦力になり得るのか不安が残る。そんな私の心情を知らないアイギスが、優ちゃんに慰めの言葉を掛ける。

 

「まるで湊さんのように数多くのペルソナを扱えるようになったという訳ではないのでしょうか?」

 

アイギスがそう言うと、優ちゃんは私をじっと見て頷いた。

 

「それも、そうですね。私は今までウシワカマルだけであったから混乱しちゃったみたいです。うぅ、湊先輩のように器用にペルソナを変えて戦うなんて私に出来るのかな」

「慣れるまでは私たちが守るであります。それに湊さんもいるから、問題ないでありますよ」

 

「ありがと、アイギスさん。という訳で、湊先輩。ご鞭撻の方をよろしくお願いします」

 

優ちゃんからの期待の籠った瞳に苦笑いしながら私が頷いたのだった。


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