ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 ハーミット戦 その頃、順平は……

9月5日(土)

 

ポロニアンモールのクラブエスカペイドに出現した大型シャドウは隠者のアルカナを持つハーミット1体であった。戦力差は実に9対1で歴然であったが、戦う環境そのものが私たちに襲いかかる。

 

「げほっげほっ……、ここの空気最悪です」

 

天田くんは左手に総司くんお手製の銃を持ち、空いた右手で口元を押さえてむせ込む。

 

「地下っていうのもあるが、あいつ自体が毒を発生させているみたいだな。息するたびに毒になるんじゃ、一々毒を回復する手間が惜しい。逐一体力の方を回復しながら戦うしかねぇな。それに……」

 

荒垣先輩も周囲を見渡し、部屋に入った直後に喰らってしまった攻撃に備え防御の姿勢を取る。それを見た他の面々が身構えた瞬間、身体の中を微弱であるが電流が駆け巡った。電撃を弱点とするペルソナを持つゆかりは耐える様にして身を固くしている。本来電撃を弱点とするアイギスであるが総司くんのアイテムによって、その弱点は消えているため大丈夫なようだ。

 

電撃と毒の攻撃を受け、ダメージを追った面々がそれぞれアイテムを使ったりスキルを使ったりして回復行動を取る。私は方天画戟を構えるとすっと前に出た。すると風花の声が頭に響いて来た。

 

『皆さん、態勢を整えてください。……って、どうして湊ちゃんだけ、何事もなかったかのようにピンピンしているの?』

 

メンバー全員が電撃と毒の攻撃によって苛まれている中、1人だけ何事もなかったかのようにケロリとしていれば、風花のような疑問は当然だろう。

 

『確かに、湊ちゃんが口を酸っぱくして言っていた展開にはなっているよ。総司くんに無理言って、電撃の耐性を上げるアイテムを作ってもらったのは功を奏したし、毒を治すアイテムを買いこんできたのは当りだったし』

 

私はハーミットに向かって立つと方天画戟をその場に突き刺して立たせた。そして、召喚器を眉間に押し付け、引き金を引く。すると、私の背後に巨大なごついライオンの姿をしたペルソナが顕現する。

 

「私が今、つけているペルソナは『審判』のアルカナを持つネメアー。電撃を吸収し、毒を無効化!物理攻撃も斬属性以外は無意味!つまり、ハーミットは私の敵じゃない!!」

 

ふんす、と腰を手に当て胸を張って言った私。すると、後方にいる仲間である皆と、私の眼の前にいたハーミットから怒号が上がった。

 

「「「「なんだ、そのチートスペックなペルソナはっ!!??」」」」

 

「■■■■■■■■■―――!!」

 

大型シャドウには今まで散々と手を焼かされてきたけれど、今宵は楽に倒させてもらおうか!!

 

 

 

 

 

「完全に湊先輩の独壇場でしたね」

 

「むしろシャドウの方が可哀想な程だったぞ。攻撃しても無効化されるか、減ってもいない体力を回復されるとか、何の悪夢だ」

 

「最後はシャドウもやけっぱちだったと思うであります」

 

「キューン……わふ(じー)……」

 

優ちゃんと真田先輩がお互いの傷の手当てをしながら、私を見て呟いた。他の皆も同様の思いなのか、私に対してのフォローが無い。アイギスもさっと視線を逸らし、コロマルに至っては私の目の前でごろんと仰向けになって腹を見せ、絶対服従のポーズまでする始末。

 

「むぅ……。今までの大型シャドウ戦を考えれば、今日はそれほどピンチな場面もなくて良かったじゃない。先月の入院レベルの怪我は誰もしてないよ、ゆかり」

 

「や、確かにそうだけれど、何ていうかなー……。命を掛けたギリギリの勝負っていうのかな、そんな感じはしなかったよね」

 

「ゆかりは先月みたいな落ちたら死んじゃう綱渡りのような戦いがしたいの?」

 

「そんな訳ないじゃない。今までと違って簡単すぎて、嫌な予感がするだけよ」

 

そう言われ私は他の面々の様子を見る。確かに戦いは終わったはずなのに、皆の表情は固いままだ。皆は何に対して恐れているっていうのだろう。

 

 

 

□□□

 

 

影時間の中、気持ち悪いほど鮮やかな光を放つ満月を背景に山羊の頭蓋骨のような仮面を被り細長い手足を持つペルソナが俺にとって出来の良すぎる弟分のような存在である少年を人質にするように抱きしめながら浮いている。抱きしめられている少年は普段と違い眉間を寄せ息遣いを荒くし顔は苦悶に歪んでいる。

 

「そいつは……。総司は関係ないだろっ!早く解放しろ、チドリ!!」

 

「…………」

 

総司を抱きしめたまま浮いているペルソナの横で斧と召喚器である銃を持ったまま微動だしないチドリに訴えかけるが、反応は無い。自身のペルソナであるヘルメスを使えば、この状況を打破できる可能性があるが、相手が夏休みの間ずっと言葉を交わしてきた少女であるため身体の自由は聞くものの行動に移せないでいる。

 

人質に取られている弟分か、守りたいと願った彼女か。俺は選択することが出来ず、唇を噛みしめた。

 

「今日の作戦の中止命令、出して。できるでしょ」

 

俺の心の迷いを知ってか知らずか、チドリは感情の窺えない顔で告げる。昼間に会って来た、同じ人物とは思えない冷ややかな言葉と表情に、俺はヒュッと息を呑む。そこで俺はチドリが総司を人質にとって俺をこの場に留まらせている理由をようやく悟った。

 

「君もストレガだったのか……?」

 

もっと早く気付くべきだった。

 

初めてチドリと会った時、腕にあった傷。あれはそう簡単に癒えるものではなかったはずだ。なのに、翌日会った時には傷は跡形もなく消え去って、真っ白な染み一つない綺麗な腕へと戻っていた。そんな話、ペルソナの能力くらいしか方法は考えられないのに、自身がペルソナを持つが故にそれが当然のことだと考えもしなかった。俺はチドリから目を逸らし俯く。しかし、

 

「メーディアは、毒を扱う」

 

淡々としたチドリの言葉に俺は、はっとして顔を上げる。見れば、総司の口元から黒い液体が溢れ出て、屋上に敷き詰められた家庭菜園用の土に落ちるところであった。自分が人質に取った総司の様子には目もくれずにチドリは告げる。

 

「時間が無いのは分かった?早く、作戦を中止させて」

 

「チドリ……お前っ!」

 

「命令しているのは私よ」

 

チドリの言葉に従うようにメーディアと呼ばれたペルソナは総司を抱きしめる力を強くする。それと同時に総司が目を瞑ったまま咳込み、黒い血の様なものが辺りに飛び散る。見えている肌の色が青白くなっているのが確認でき、俺の躊躇いが総司を殺すかもしれないと思った召喚器をホルダーから取り出し、遠くの方へ捨てた。

 

「……なんのつもり?」

 

「無理だ。あの時は見栄張ってリーダーみたいな立場って言っちまったけど、そんなんじゃない。作戦を中止させる権限なんか、俺は持ってねぇんだよ」

 

「……そう」

 

俺の言葉を聞いて計画が狂ったのか、チドリは一瞬考えるような仕草を見せる。そして、メーディアと呼ばれるペルソナに抱かれ黒い液体を口元から垂れ流す総司を一瞥すると、彼女は俺に向き直り促してくる。

 

「……中止命令は出せなくても、連絡は取れるでしょう?」

 

「……」

 

「貴方と彼が捕捉されていることを、仲間に伝えなさい」

 

「なぁ……全部、芝居だったのか?」

 

「……」

 

俺にとって辛いのは、チドリがストレガだったことじゃない。たった数日でも、彼女と過ごした楽しかった時間が嘘であるということが、何よりも耐えられない。

 

SEESのメンバーでも中途半端な実力と覚悟しか持たない自分は物語の主人公になれない脇役だった。湊のように仲間も誰ひとり喪わせず自分の出来る事を精一杯やるという覚悟を持つ訳でもない。ゆかりっちのように影時間の真相を解き明かそうという理由がある訳でもない。ただ普通の人と違ってペルソナを扱えるから、という理由で軽い気持ちで参加することを選んだ俺は。

 

それでも、初めて自分のやっていることは知られずとも世界を、目の前の少女を守っているんだってことを実感出来て、ようやく踏み出せたと思ったのに。

 

「こんな真実なら聞きたくなかった……」

 

「……」

 

 

『ナラバ、見タイ真実ダケヲ見ヨ。弱キ心ヲ持ツ人間ヨ』

 

 

「「え?」」

 

俺とチドリは同じタイミングで声を上げた。

 

ここには俺と彼女くらいしかいないはずなのに。

 

そう思って、視線を彷徨わせると、細長い手足を鞭のように撓らせて必死に抵抗するメーディアと呼ばれたペルソナがいた。メーディアの山羊の頭蓋骨のような仮面はもの凄い力で握り潰そうされているのか、ミシミシと嫌な音が響き渡る。そして乾いた木を叩き割るような鈍い音がしたと思うと、必死に抵抗していたメーディアがその手足を力なく放ってぐったりとする。

 

「っ……メーディア!?」

 

チドリが縋りつくように泣き叫ぶ。しかし、彼女の目の前でペルソナはそのまま消滅していき、その場に残ったのは中空に浮かんだままの総司だけ。しかし、総司の瞳は影時間の中、爛々と怪しい光を放ちながら浮かぶ月と同じ琥珀色。放たれる重圧は普段の彼なら放つはずもない嫌悪感が拭いきれない凶悪な物。左手の甲で口元から流れ出ていた黒い液体を拭き取った総司は、……いや総司に取り憑いた“ナニカ”は淡々とした声音で告げる。

 

『人間ハ尽クシャドウトナルノダ。ソウスレバ見タクモナイ真実モ現実モ見ナイデスム。心弱キ人間ヨ、迷イヲ持ツ人間ヨ。我ガ生ミ出ス霧ニ呑マレ、シャドウトナルノダ!!』

 

総司に取り憑いたナニカを中心に濃い霧が発生する。俺は咄嗟にチドリの下に駆け、彼女を抱きしめると自身を呑みこまんとする濃い霧をその身に受けるのだった。


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