ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
8月18日(火)
今日は日差しが強いので外に出かける気になれず、冷房の効いたラウンジにて優ちゃんや風花たちとしゃべりながら過ごしていると、困った表情の美鶴先輩が降りて来た。彼女は台所や私たちがいるラウンジの様子を見て肩を落とす。
「美鶴先輩、どうかされたんですか?」
優ちゃんがソファに座ったまま尋ねると、美鶴先輩は腕を組んだまま私たちがいるところに近づいてきて、空いていた椅子に腰を下ろした。
「ああ。明彦と荒垣を探しているんだが、2人とも連絡がつかなくてな」
「急ぎの用なんですか?」
「いや、そうではないんだが……」
そう言って私を見つめながら美鶴先輩は言葉を濁した。昨日の私の状態を考えれば普通のことだと思う。タナトスなんていう不確定要素を内包する私が、肉体的にも精神的にも消耗している現在、お荷物でしかない。しかも時限爆弾付きという考えるだけで身ぶるいしてしまいそうなもの。彼女が責任者であれば、間違いなく私をメンバーから外すだろう。
「でもおかしいですね。私たちは朝食の後からずっとここでおしゃべりしていましたけれど、今日は誰も出かけていないんです」
「天気予報によると、今日は最高気温を塗り替える勢いで気温が上昇するみたいで、真田先輩も玄関で引き返していったよね」
「そういえばコロマルもいなくなっているし」
「うーん、明彦も荒垣も部屋にはいなかったんだが……」
私たちが住む巌戸台学生寮を出入りする所は2か所ある。玄関と裏口である。でも、そのどちらも私たちがいるラウンジから見える場所にあり、何より彼らは階段を上がったまま1回も降りてきていない。つまり、真田先輩も荒垣先輩も他の誰かの部屋にいるということだ。でも先輩2人が行きそうな部屋ってどこだろう。
「とりあえず兄さんに連絡してみますね。たぶん、天田くんと一緒に部屋にいると思うけど……」
そう言って優ちゃんは携帯電話を取り出してかける。するとすぐにつながったようだ。
「もしもし」
『何か問題でもあったの、優?【僕がそんなに怖いんですか?】』
今、聞こえてきた声って天田くん?と周囲を見ると皆、眉を顰めながら優ちゃんを凝視している。
「えっと、とりあえずどこにいるの?」
『うーんと【落ちろ、アキィィ!】【来い、シンジィィ!】だよ』
「いやいやいや。聞こえない、聞こえないから」
美鶴先輩が探していた2人の声も聞こえて来た。相変わらずの感じで安心する。
『【ちょっ、オレっちだけじゃ天田少年は押さえ切れなっ、うわあぁっ!?】』
優ちゃんは携帯電話を耳から離して、どうしたものかと私たちの反応を窺っている。それほど携帯電話から聞こえてきた音声は色々とカオスだった。少なくても総司くんの他に天田くん・順平・真田先輩・荒垣先輩がいることは確定である。
『【総司さんはマリオですよね】【私はサムスで行くであります!】【このプリンって可愛いと思わない?】【ワンワン!】僕の番が来たから切るね』
総司くんのそんな言葉で切られた優ちゃんの携帯電話から予想外の人物たちの声も聞こえて来た。アイギス・ゆかり・コロマルも参入となると一部屋では入りきらないような気がする。それでも盛り上がっているっていうことは、それなりの広さがある場所で遊んでいるということ。そんなのこの学生寮には美鶴先輩の部屋以外には一部屋しかない。
「作戦室で何をやっているんだ、あいつらは……」
美鶴先輩は指でこめかみを押さえながら立ち上がって階段の方へと歩みを進める。私たちもそんな彼女の後をついていくのだった。
◇◇◇
巌戸台学生寮4階作戦室の大画面モニターに映し出された戦場で4体のキャラクターが入り乱れて戦いを繰り広げていた。いや、ピンク色の風船みたいなのと二足歩行の狐はあっちにウロウロ、こっちにウロウロしかしていない。激闘を繰り広げているのは、鼻の下のヒゲが特徴の赤い服を着たオジサンと、オレンジ色のアーマーを着こんでレーザーをぶっぱなしているロボっぽい奴の2体だ。
キャラクターをコントロールしている2人は微動だせず、目は完全にモニターへ向けられ手元のコントローラーは見向きもしない。あ、ロボっぽい方が放った溜め攻撃をヒゲのオジサンがマントで跳ね返した。けど、ロボっぽい奴は紙一重で避けて、そのまま脇の方で遊んでいたピンク色の風船が画面外に消えた。
「ああっ、私のプリンが!?」
ゆかりが席から立ち上がりながら絶叫する。
「さっきから邪魔であります」
「キャインッ!?」
案山子みたいに棒立ちしていた二足歩行の狐もロボっぽい奴に蹴り飛ばされて画面外に消える。邪魔者はいなくなったと言わんばかりに、武器のチャージしようとしたロボっぽい奴はヒゲのオジサンに身体を掴まれ下に投げられた。その反動で浮かび上がった所に流れるようにアッパー攻撃が当る。態勢を立て直そうとするロボの前に空中で攻撃する寸前のヒゲのオジサンがいて……。直後【K.O.】という試合終了を告げる声がモニター横のスピーカーから聞こえて来た。
「……ゆかりさんたちに目を取られ、負けてしまったであります」
「いやいや、初めてにしてはいい線いっていると思いますよ。今度は乾くんとやったらどうですか?」
そう言いながら総司くんとアイギスは固い握手を交わし、それぞれが良いところを褒め合っている。その光景はまるで好敵手に巡り合ったそれである。
「というか、お前たちは何をやっているんだ?」
美鶴先輩がそう尋ねると、作戦室でゲームをしていた全員が説明するのは面倒だと言いたげに渋い表情を浮かべる。確かにゲームは楽しめない人種には面白くもなんともない、遊戯でしかないので、見るからに興味のなさそうな美鶴先輩にどう言ったものかと頭を悩ませているようだ。
「えっと、口で説明するのは面倒なので、桐条さんも一回どーぞ」
「なんだと?」
コントローラーを持って待機していた天田くんが入り口近くで立ち止まっていた美鶴先輩の手を引いてモニター前の席に座らせた。そして簡単にゲームの説明を行いキャラクターを選ばせている。その様子を見ていた荒垣先輩と真田先輩は顔を見合わせる。
「初心者を相手にするのはちょっと気が引けるな」
「というか美鶴のキャラを倒したら後が怖い」
そう言ってキャラクターまで決めて準備していた荒垣先輩と真田先輩は席を立った。そして、流れるような動作でぼんやりとしていたゆかりを座らせる。空いている席はあとひとつ……。って、あれ?
「よーし、このメンバーだったら勝てるかも!」
見れば美鶴先輩とゆかりの間の席に優ちゃんが座って、先ほどコロマルが操作していた二足歩行の狐『フォックス』を選び待機している。残りの席には誰が座るのかと思っていたら、総司くんに手招きされた。
「とりあえず、乾くんの桐条先輩に対するレクチャーが終わるまで動かしておいてください。何も難しいことはないですよ。これはただ単なる遊びですから」
ふんわりと、はにかむような笑顔を私に向ける総司くん。私はぽけーっとしながら、彼の横顔を眺め続ける。そして、ゲームが開始された瞬間、私が選んだ何でも吸い込む『カービィ』というキャラクターは突っ込んできた緑色の剣士『リンク』に滅多切りにされ場外へと消えて行った。
◇◇◇
「以外だわー。結局、桐条先輩。あれから一度もコントローラーを手離さなかったし」
「負けても、負けても、強敵に突っ込んでいく姿勢は執念めいたものを感じたであります」
「中でも総司くんと天田くんはさすがっていうか、それだけやりこむんだったら他のこともすればいいのにとか思ったりしなかったり……」
夕暮れ時、昼食を挟んで行われた特別課外活動部対抗ゲーム大会は『大乱闘スマッシュブラザーズDX』という格闘技のゲームに始まり、レーシングゲームや人生ゲームなど多岐に渡って行った。その終始、コントローラーを握って離さなかったのが意外な人物、美鶴先輩であったのだ。
最初は作戦室を遊びに使うなど以ての外と怒りに行ったはずなのに、一番楽しんでしまったのだ。一番年下の天田くんでさえ、一回ゲームしたら交代していたのにである。
ちなみに今も、荒垣先輩と真田先輩は彼女に付き合わされて、ゲームしている最中である。私たちは適当な理由で、順平は「宿題やんねーといけねー」とか言って、総司くんと天田くんは晩ご飯の用意をと言って抜けだしてきた。しかし、ラウンジにその3人の姿はない。晩ご飯のための食材を買いに出かけているのだ。
「ふふふ……。順平くんも総司くんと天田くんの前だと、本当に頼れるお兄さんって感じだよね」
「本人は格好付けてていっぱいいっぱいだろーけどね」
風花がくすくすと笑いながら言うと、ゆかりがうんうんと頷いて同意する。順平は何だかんだ言って面倒見が良いので、買い物に行こうとした総司くんたちと一緒に出かけて行ったのである。
「ところでゆかりちゃん。朝、言っていたことはどうなったの?」
「ああ、それそれ。とりあえず、2パターン提案するよ」
① 桐条グループのレジャー施設で夏休みを満喫。ただし、男子も全員参加になる。
② 総司くんの好みを知るために、彼のお部屋を大捜査
「の2パターンかな。湊、どうする?」
① ⇒ 8月―⑪へ続く
② ⇒ 選択の結果―① Rルート