ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 8月―⑨

8月18日(火)

 

巌戸台学生寮に住んでいる特別課外活動部のメンバーの朝は早い。まぁ、約1名は遅くまで寝ているが、朝ごはんを食いっぱぐれないために9時までには起きてくる。

 

どうしてそこまで朝ごはんにこだわるのか、と思う人もいるかもしれないけれど、その理由は至極簡単だ。ごはんがおいしいから。それに尽きる。

 

6月中旬から巌戸台学生寮の台所事情を預かることになった鳴上総司くん。美味しい料理を作るために本格的な菜園を作り、野菜や果物を自分で育てる本格派。彼が作る作物のレベルは美鶴先輩が悶絶するレベルといえば凄さが分かっていただけると思う。総司くんはこの寮に住んでいるけれど影時間の適正は無く、ペルソナを扱うことが出来ない。

その代わりに何故かステータスアップの恩恵がある料理を作り、最近になってアイテムを合成する技術を持っていることが分かりタルタロスの探索に役立てることが出来るレベルのものだということが先日証明された。

 

そんな総司くんから英才教育を受け、メキメキとその料理の腕を一足飛びに向上させていく天田乾くんは夏休みに入ると同時に巌戸台学生寮で住むことになった。彼は一昨年、母親を事故で喪い夏休みに帰る場所がないということでこの寮に来た。この寮に“住める”ということはペルソナを扱う資質があるということの証明であったのだが、先輩たちの方針で裏事情は話さないようにしていた。けれど、とある一件から結局バレてしまい一緒に戦って行くことになった。

 

そんな2人が台所の流し台の前で何かを口に含み、身悶えしている。

 

「……うん、いい出来」

 

「ポリポリ。おいしいです」

 

そんな2人の頭の上に、こつん、と軽い衝撃が走った。

 

「たかが漬物で、何を格好付けている。そっちが出来たなら、さっさと飯をつげ」

 

拳を軽く握りつつ、呆れた口調でそう告げるのは荒垣真次郎先輩である。

 

「はーい。じゃあ乾くん、お茶碗をお願い」

 

「了解です。今日は荒垣さんのお手並み拝見ですね」

 

総司くんと天田くんはそんな会話をしながら食器棚の方へ歩いて行く。そんな2人の姿を面倒臭そうに見送った荒垣先輩はコンロの所に行っておもむろにしゃがみこんだ。彼の視線は稼働中のグリルに注がれる。そして、コンロの上には鍋がひとつ置かれている。

 

荒垣真次郎先輩は、美鶴先輩や真田先輩の同級生で本来であれば月光館学園に通っているはずなのだが、現在は休学状態で学校には来ていない。彼は昔、美鶴先輩たちと一緒に街に時折現れていたシャドウを討伐して廻っていたらしいが、何らかのことが起きて2人とは距離を置いていたらしい。彼と共闘した5月の時はその裏付けされた実力によって本当に助けられた。そんな彼だが、ペルソナ使いとしての実力者っていう顔の他に、料理人としての顔がある。総司くんが“師匠”と仰ぐその実力、見せてもらいます。

 

「「「…………」」」

 

「どうした」

 

お玉を右手に持って、いつもの服装にエプロンをつけた荒垣先輩が食卓の横に仁王立ちした状態で食事する私たちを見下ろしている状態である。“味”を知っているのか美鶴先輩と真田先輩は黙々と食べている。食卓に並べられたのは白飯、焼きシャケ、味噌汁、漬物盛り合わせという純和風の朝食。漬物に関しては総司くんのものなので対象外だが……。

 

炊きたての白米を口に放り込んで、小さくほぐしたシャケを食べる。塩気が丁度よくてご飯が進む。

 

「はぁ……。どうして」

 

「あははは……。はぁ……」

 

ゆかりと風花が2人揃ってため息をついた。何せこの巌戸台学生寮に住む男子5人の内の実に3人がメシウマな料理を作れるのである。そりゃあ、私たちも作れないことはないものの、彼らが作った料理に比べると少々……いや大分。

 

私がそんな小さなことを考えている間に総司くんと天田くんはご飯を食べ終えて流し台に食器を持っていく。2人並んで朝ごはんを作る上で使用した鍋やグリルを2人並んで洗っている。今までであれば「兄弟みたいに仲が良くていいな」で済ませられたのに、天田くんが影時間内で言ったことが頭を過ぎる。

 

「『総司くんに出来ないことをやり遂げる事が出来た』……か。優ちゃんに続いて、天田くんも総司くんにコンプレックス抱くなんて」

 

成績優秀、スポーツ万能、炊事洗濯掃除なんでもござれ。兄妹仲も良く、両親健在で仲も悪くない。あれ、よくよく考えれば総司くんってペルソナ使えないだけで、他は何でも出来る。私は彼が努力して今があるのを知っているけれど、知らない人からすれば羨ましい以外の感想が出て来ないよね。

 

「けど、昨日の総司くんはそんな風に見えなかったけどなぁ……」

 

それは影時間が明けた、すぐ後のことだった。

 

 

◇◇◇

 

 

もういろいろありすぎて心身ともに消耗していた私たちがタルタロスを出ると同時に影時間が終わり、私たちが通う月光館学園の様相を現した瞬間、キョトンとした感じで私たちを見る総司くんの姿があった。

 

「「「「え?」」」」

 

 

静寂。

 

 

私たちは総司くんが目の前にいる状況に。総司くんは私たちがここにいる状況に。それぞれが驚いて何も言えないでいる。そんな中、荒垣先輩と天田くんが総司くんに近づいて行った。そして、荒垣先輩は呆然としていた総司くんの頭を掴むと、

 

「テメエ、俺を騙しやがったな!」

 

「総司さんの道具のおかげで皆さんを助けられましたよ!」

 

「痛い痛い痛い!えっ、騙したって何ですか?乾くん、それはよかったけれど師匠をどうにかしてー!!」

 

総司くんは悲鳴を上げて荒垣先輩のアイアンクローから逃げ出そうとしているけれど、がっちりホールドされていて逃げ出すことも出来ない。というか総司くんが本気で逃げようと思えば逃げられると思うけれど、しないだけで何か思惑があるのかも。

 

「アキたちは天田のことを知らなかったぞ」

 

「それはそうですよ。先輩たちは乾くん自身には事情を話していませんでしたし、入院とか夏期講習とかで忙しくて僕らの行動なんか気にも留めていませんでしたから。師匠を頼ったのも独断でしたけれど、僕の思惑通り先輩たち同士の情報の互換性がなかったから今日までバレなかった」

 

総司くんの言い分を聞き、私は美鶴先輩に視線を向けると左手で額を押さえていた。シャドウと戦い続けている美鶴先輩たちと、かつては共に戦いつつも最前線から離れて久しい荒垣先輩たちの間にある溝を総司くんは利用したということなのだろう。

 

「確かに俺は桐条たちに協力的とは言えねえ。だが、今回の件はどういうつもりだ」

 

「結城先輩の様子がおかしかったから、では駄目ですか?」

 

「何?」

 

「退院した後の結城先輩を見ていましたが、ぼーっとしていることが多かった。話しかけても返答がなかったことも。何より、夜に眠れていないのか目の下にクマがあることもあったんですよ。体調どころか精神的に病んでいるかもしれないって思ったんです。夏祭りの後、僕の部屋にためらいなく入ってきて、浴衣の帯をほどいて『抱いて』って言われた時は『あ、これはまずい』って確信しました」

 

総司くんの爆弾発言によって、その場にいた全員の目が私に集まる。私自身は覚えていないけれど、あの日は総司くんの部屋のベッドで目覚めたのは事実。まさかそんな経緯があったなんて思いもよらなかった。

 

身なりを正した総司くんの下にポニーテールを揺らして近づく少女が1人。

 

「で、兄さんはそれに応えたの?」

 

優ちゃーーん!?それを聞いちゃうの、聞いちゃったの!?うわぁぁぁぁぁ……。

 

「うん。抱きしめながら、子供をあやすように背中を撫でながら寝たけど?うなされていたけど、落ち着いたから正解だったと僕としては思うんだけれど」

 

意味の分からなかった者以外が全員、力が抜けたようにその場に座り込んだ。立っているのは天田くんとアイギス、そしてコロマル。ゆかりと風花から何とも言えない視線が送られてくる。優ちゃんはそんな私たちの様子と、首を傾げている総司くんを見て呆れたような声色で告げる。

 

「……そうだね。兄さんだもんね」

 

「なっ!優、それはどういう意味なのさ!!」

 

総司くんがため息をついた優ちゃんに詰め寄り、睨みつけた。

 

「兄さんはヘタレっていう意味よ!そこまでお膳立てされたら食うのが男でしょ!!」

 

「弱っている女性に何をするっていうんだよ!!」

 

「何って、ナニに決まっているじゃない!!」

 

「ちょっと、待ったぁああああ!!総司も優ちゃんも落ちつけって!!」

 

私たちの中で初めに立ち直った順平が総司くんと優ちゃんの間に入って取り持つ。

 

「とりあえず、寮に帰ろうぜ。いつまでもこんな所にいたら補導されちまうし」

 

順平の発言を聞いてそれぞれが周囲を見渡し頷き合う。歩きづらい者がいれば手を貸し、肩を貸して歩く。その中で美鶴先輩が幾月さんに連絡し、迎えを寄越してもらうことになった。待ち合わせ場所に向かう際、振り向くと正門から月光館学園を見上げる総司くんの姿が目に映る。手を握り締め、悔しそうに身を振るわせる彼の姿に違和感を覚えた私だった。

 

 

◇◇◇

 

 

朝食を用意した3人に風花が加わって昼と晩ご飯に関して話し合っている。びくびくしながらだが、嬉しそうに頷いているところを見るに役割を与えられた様子な彼女の姿にほっと胸を撫で下ろす。

 

「ねぇ、湊。明日、何か予定ある?」

 

「えっと、特に予定はないけれど」

 

「ならパァーっと遊ばない?アイギスや風花、……桐条先輩も誘って」

 

「私や美鶴さんも、でありますか?」

 

「うん。息抜きも必要だと思うんだ。何より……今年の夏休み、夏休みらしいことひとつもしてないじゃん!!」

 

ゆかりの熱弁を聞き、一理あるなぁと頷いているとコロマルが期待を込めた目で見上げてくる。しかし、遊ぶって言ってもどこに、何をしに行くっていうんだろう。

 

「じゃあ、私は皆から意見を聞いてくるから。詳しいことが決まったら、メールするね」

 

そう言ってゆかりはまず美鶴先輩の下に向かって行くのだった。

 


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