ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 死神―②

8月17日(月)

 

影時間の間のみ現れる異形の塔タルタロスのエントランスにて、美鶴先輩と真田先輩が何やら会話している。私は1週間ぶりに握る召喚器を利き手で構えようとしたが、先日のジャスティスとチャリオッツ戦の時の記憶がフラッシュバックして、手の中にあった召喚器を取りこぼそうとした。私の心に刻まれた恐怖を体現するようにがくがくと震える右手を左手で何とか抑えようとするけれど、抑え込もうとすればするほど、振れ幅が大きくなっていく。左手に力を込めた辺りで優ちゃんに話しかけられたけれど、その直後に先輩たちに呼ばれたので軽く返事だけして先輩らの所へ向かう。

 

トランスポーターで登れる限界までタルタロスを昇った私たちは、戦闘の勘を取り戻しながら先に進んでいく。初めの何戦かは震えて何も出来なかったけれど、しばらくすると震えが収まったので、ペルソナは召喚せずにだが戦えるようになっていた。

 

それからしばらくして、風花よりこの階層にいるシャドウは強敵ばかりであるというナビを聞いた。しかし、仲間たちは力を合わせれば大丈夫だと気楽に考え先に進む。彼らのそんな姿に私も幾ばくか安心して、慢心してしまった。

 

シャドウは、現実は、そんな甘くないって分かっていたはずなのに……。

 

 

 

相対することになったシャドウは3体。

 

白い鎧を着たシャドウ『白狼の武者』

 

大きな2本の角を持った巨体のシャドウ『ミノタウロス参号』

 

血の様に紅い装甲を持った戦車型のシャドウ『深紅の砲座』

 

姿を見ただけでそいつらが格上だと分かった。特に私は深紅の砲座を見た瞬間に腰が抜けてしまって武器である薙刀を手放してしまった。私の脳裏にはチャリオッツの攻撃によって軋む肉体、砕け散る精神のイメージが浮かびあがった。両目から涙が溢れでタルタロスの床に染みを作って行く。

 

「湊はそこで待機していろ!明彦、深紅の砲座を任せる。優は白狼の武者を頼む。他のメンバーはミノタウロス参号を片づけるぞ!」

 

美鶴先輩の号令でそれぞれの役割を果たすために動く皆。

 

しかし、相手のシャドウの力は皆の想像を超えていた。攻撃力、防御力、素早さ、魔力、すべての数値が劣っている。なんとか喰らいつけることができる力量の差ではなく、もはや話しにならないレベルだった。

 

3体の中で唯一弱点をつくことが出来る深紅の砲座も真田先輩の魔力ではダメージらしい威力が期待できず、美鶴先輩・ゆかり・順平・アイギスの4人で相手しているミノタウルス参号もまるで子供が玩具で遊ぶように4人を攻め立てている。優ちゃんが相手している白狼の武者はまさに彼女の実力の上位存在といっても過言ではない。

 

このままでは、皆が死んでしまう。けど、恐怖心から来る自身の震えを抑えられないでいる私が介入したとしても、彼らの状況が変わるとは到底思えない。けれど、私が行動しなきゃ皆が死んでしまう!

 

ガチガチと歯を鳴らし、震える右手を左手で抑えつけつつホルダーに入れっぱなしであった召喚器を手に取り、それを見つめる。鈍色の光を放っているはずなのだが、私の眼には召喚器は血に塗れて見えた。誰でもない自身の血で。

 

私は召喚器を下に降ろし、視線を上げて視界からそれを外す。今の私じゃペルソナを召喚することなんて出来るはずが無い、そう思った。

 

しかし、戦闘状態にあった特別課外活動部の皆の様子を見て血の気が引いた。

 

皆が相対していたそれぞれのシャドウによって止めを刺されそうになっていた。しかも、優ちゃんに限って言えば、シャドウが武器を抜いた瞬間に上半身と下半身が別れてしまう瀬戸際だった。

 

「っ!?うわぁあああああああ!!」

 

私は召喚器を両手で握り締め眉間に押し当て引き金を引いた。

 

 

 

具現化された私のペルソナは4月の時にオルフェウスを内側から食い破って現れた“死神タナトス”だった。

 

獣の頭蓋骨に似た仮面をかぶり、人型のレリーフが模られた8つの棺桶の蓋を首から下げた、黒い神。人を殺すことを力ではなく、権力で許された存在。

 

『オオオオッ!!』

 

死神は雄叫びをあげると棺桶を翼のように広げて空中に飛翔した。そして腰に刺した無骨な剣を目にも止まらぬ速度で抜くと深紅の砲座の砲身を切り刻み、剣を持たない手で文字通り叩き潰す。その反動でミノタウロス参号の下へ行くと剣を横薙ぎに一閃する。

 

それだけでミノタウロス参号は見る影もないほど細かく千切りにされる。そして、最後に白狼の武者の前に移動し剣を持ちかえて、シャドウが抜き放った刀を空いた方の手で握ると有無を言わさず脳天から股ぐらに掛けて斬り裂いた。

 

(あ、あああ……)

 

普通のペルソナであれば行動をひとつするだけで消えるが、死神は別物であるようだ。何故だか分からないが、連続して行動が出来るけれど、死神が行動するたびに私の心臓が早く脈打ち、意識が朦朧としていく。急激に体温が奪われて行くような感覚に身を震わせながら、私は召喚器を取りこぼす。すると、敵を屠って咆哮のような雄叫びをあげていた死神が消えて行った。私はそれを見届けた後、眠る様に気を失った。

 

 

 

 

「――と!」

 

頭の中がぐるぐると回っている。

右を見ても左を見ても、赤一色で私は辟易しながら目を閉じる。

 

「―――っち!」

 

目を閉じると今度は息苦しさを感じた。重苦しいだけの寂寞がそこを支配しており、気持ち悪い。まるで私の中に別の誰かがいるような気がして、自分自身の体なのに可笑しな感じがする。

 

「――き!」

 

病院で目覚めからずっと、こんな感じだった。唯一心が休まったのは昨夜、総司くんの部屋で一夜を明かした時だけ。他の夜はずっと寝ているのに休まれず、心が静まらなかった。

 

「――と!」

 

そういえばさっきからずっと、身体を揺さぶられている気がする。誰かが私を呼んでいる気がする。

 

「―――さん!」

 

ぐるぐると、頭が回る。私はふと自分の手を見つめる。何のことはない私自身の両手があった。顔を上げれば、さっきまで赤一色であった景色は緑掛った影時間特有の世界にもどっていた。

 

「湊先輩、しっかりしてください!」

 

「……優ちゃん?それに皆、どうしたの?」

 

目を覚ますと部の皆が私の顔を覗き込んでいた。態勢からするに私はアイギスに膝枕されている状態らしい。

 

「よかった、意識が戻ったんですね?脈が弱くなった時はどうなるかと思いましたよ」

 

そう言った優ちゃんは目に涙を溜めながら、笑顔を見せて何度も頷く。身体を起こすとゆかりと美鶴先輩がそれぞれ私の身体を抱きしめてくる。ゆかりの目は赤く腫れており、先ほどまで泣いていたようだ。

 

「病院でのことは偶然かと思っていた。すまない、湊。君がこんなにも傷ついているとは思っていなかったんだ」

 

そういって美鶴先輩は先ほどよりも若干強めに抱きしめてくる。

 

「今日はもうこれくらいにして寮に帰ろう。今はゆっくりと心身を休める方が先決だ。……ところで明彦、山岸とはまだ連絡が取れないか?」

 

「ああ、まったくだ。うんともすんとも返答が無い」

 

美鶴先輩と真田先輩のやり取りから察するにエントランスに残って私たちをナビゲートしている風花と連絡が取れなくなっているみたいだ。私はゆかりとアイギスの手を借りて立ち上がるが、眩暈がしてふらつく。それを支えてくれたのは優ちゃんだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがと」

 

そんなやり取りをしていると先に行って様子を見て来たらしい順平が息を切らして戻って来た。

 

「こっから先は一本道みたいっす。一応、気をつけて行ったんですけれど、シャドウが綺麗さっぱりいなくなっているみたいです」

 

「山岸は“このフロアにいる敵全てが強敵だ”ということを言っていたが、どういうことだ?」

 

「大方、湊が召喚したアイツの強さを感じとって逃げたのだろう。シャドウがいないのであれば、今の内にトランスポーターを探す。移動するぞ」

 

「「はい」」

 

まともに歩くことが出来ない私をアイギスとゆかりが協力することでゆっくりであるが先に進むことが出来る。先の戦闘でダメージが少なかった順平と真田先輩が前衛で、美鶴先輩と優ちゃんが後方を気にしながら前に進む。

 

「敵、いないっすね」

 

順平は曲がり角の先を壁に張り付きながら見て、安全を確認したのか私たちに前に来るように指示を出す。真田先輩もそれに続く。フロアの大きさから行って、もうそろそろ階段かトランスポーターがありそうだと、美鶴先輩に確認しようとしたその時、『ジャラン』と鎖が鳴る音が皆の耳に響いた。

 

「……え。なに、今の?」

 

「鎖か?」

 

優ちゃんと美鶴先輩が前後左右、どこから音が聞こえて来たのかを探る。私を支えているゆかりとアイギスもことの異常性に気付いたのか、気配を探っている。

 

「まさか……あれか!?急ぐぞ、あれが今出て来たら確実に全滅する!」

 

美鶴先輩がアイギスに目配せすると、彼女はすぐに頷いて屋久島でしたように私をお姫様抱っこする。そして、すぐに順平と真田先輩を追って駆けだす。私たちの後をゆかり、優ちゃん、美鶴先輩の順に追っかけてくる。

 

「桐条先輩、あれっていったい?」

 

「死神タイプのシャドウだ。あれは、もはやシャドウではない。別のナニカだ」

 

美鶴先輩の切羽詰まった説明を聞いたゆかりと優ちゃんの顔色が悪くなる。どうして、不運はこうも重なってしまうのだろうか。私がそんなことを考えていると、先に行っていたはずの順平と真田先輩が引き返して来ていた。何故?と思ったが、曲がり角から出て来たソレの姿を見て納得した。そして、絶体絶命のピンチに立たされてしまったということを悟った。

 

ソレは姿こそ人に似ているが、身長はゆうに3メートル以上ある。ライフルかと見紛うくらい大きくて長い銃身を備えた異形の拳銃を両手に1丁ずつ持っており、2本の鎖を十字の形で血濡れの上着に巻きつけている。そして、下半身に足は無く、その場に浮いている。

 

そして顔を覆う仮面は独自のもので、白の無地を基調とし、ひとつだけ空いた穴からは血走った目がぎょろりとした感じで覗いており、タルタロスに出現するどのアルカナのシャドウの仮面とも一致しない。

 

「駄目だ。……勝てる勝てないのレベルじゃない」

 

「ははは……。こんなの夢だろ、夢だって言ってくれよ。……ちくしょう!!」

 

順平の叫びはこの場にいる者の心の声そのものだった。

 

 

 

 

今の私たちに知るよしはなかったけれど、後に知ることになるこのシャドウの名は『刈り取る者』。

 

タナトスと同じ、死神のアルカナを持つタルタロス最強最悪のシャドウである。


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