ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 死神―①

何事もなかったかのようにバカ騒ぎする順平、それに溜息をつきながらも付き合うゆかり。苦笑いしながらも同じ時間を過ごせることに幸せを感じていた風花。そんな彼らを遠くから腕を組んで眺める美鶴先輩とマイペースに鍛錬している真田先輩。ふと視線を外せば、耳を垂らして周囲に助けを求めるコロマルを抱きしめながらぐりぐりと頬ずりする優ちゃん。そんな彼女をコロマルの心情を理解できるアイギスが窘めている。

 

私はその光景を眺めながら台所へと視線を向ける。すると持ち運びできる木の台に乗って一生懸命に料理の手伝いをしている天田くんの姿が映った。彼は隣にいる少年に何かを尋ねている。天田くんから尋ねられた少年、総司くんは嬉しそうに笑いながら彼の頭を優しく撫でる。

 

『―こんな変哲もない日々がずっと続けばいいのに―』

 

私は心の底からそう願った。

 

けれど現実はそう甘くなかった。

 

 

 

 

?月?日(?)

 

気づくと私は自分の部屋に立っていた。ぼんやりと状況を見ていると慌ただしくピンク色の服を着た女の子が部屋に駆け込んできた。彼女は何かを伝えようと身振り手振りを踏まえ説明するように口を開き、最後には私の手を引いて駆け出した。階段を降り、玄関に行くと赤いベストを着た青年と、キリッとした佇まいの女性がいた。青年の方は負傷しているが、状況が状況らしく彼らは外に出る。私は少女に手を引かれ、屋上へと向かった。

 

屋上に出ると、明らかに異質な空気が広がっていた。身の毛がよだつような寒気。それにあるはずのものがない違和感。そして、空から巨大なシャドウが舞い降りる。

私を庇いつつ召喚器を使おうとした少女だったが、一瞬だけ躊躇った。だが、その一瞬という時間はシャドウの攻撃が届くのには十分だった。

 

少女の悲鳴が響き、倒れた拍子に彼女が持っていた召喚器が私の足元に滑ってきた。その召喚器のグリップ部分には赤いナニカがついていた。

 

 

 

場面が変わる。

 

 

 

私たちは走っていた。影時間と呼ばれる一般人には知覚することができず、機械も止まってしまうはずの特別な時間の中。シャドウによって乗っ取られ、前を行っていた電車に衝突する間際の電車の中をただただ前へ。そして、先頭車両にたどり着いた私たちの前に広がっていたのは、電車と融合した巨大なシャドウとそいつから仲間を守ろうとしている大きな背中と、自身が流した赤いナニカに沈む後輩の女の子の姿。

 

 

 

また場面が変わった。

 

 

 

影時間の間だけ存在することになる異形の塔、タルタロス。そのエントランスには巨大なシャドウが2体いた。仲間たちは弱点がコロコロ変化するシャドウに翻弄されて、無傷な者はいなかった。お調子者の同級生の少年は左手から、キリッとした佇まいの女性の先輩は目元を腫らし口端から、赤いナニカを垂れ流す。

 

 

 

それは、血。

 

 

 

――私の視界の一面が、真っ赤に染まっていた。

 

ゆかりが、順平が、真田先輩が、美鶴先輩が、アイギスが、優ちゃんが。頭や腕、あるいは全身から血を流してそこかしこに転がっている。

 

腕や足が変な方向に折れ曲がっている者、上半身と下半身が切り裂かれた者、頭蓋をかち割られ目を見開いたまま絶命している者。

 

「……み……んな」

 

足元がぐらつく。自分の力だけでは立っていられなくてよろけて倒れこんだ。

 

震える手足で何とか体を支え立ち上がろうとした私に差し出された手。私がその手にすがろうと顔を上げるとそこにいたのは灰色の髪を持つ邪気のない笑顔を携えた少年だった。

 

「そう……し……くん」

 

私が彼の差し出した手を握ろうとした瞬間、彼の喉元から刃が突き出た。同時に私の顔に大量の生暖かい血が降り注ぐ。私は茫然としながら見ていると、明後日の方向を見て物言わぬ骸となった彼の体が縦に引き千切られた。代わりに私の眼前に現れたのは獣の骨のような仮面をつけ、棺桶をいくつも背負う死神であった。

 

私は両手で耳を塞ぎ目を閉じて、喉を枯らすほどの勢いで絶叫をあげる。そして、目の前にあったものを有無言わさずに引っ掴み抱え込んだ。

 

「やだ!やだよ!もう、嫌あぁぁっ!」

 

最初から怖かった。

 

誰かが傷つくのを見て恐怖していた。

 

いつ自分の番が来るのかずっと恐れてきた。

 

今までは何とか倒せてきていたから、ずっと目をそらし続けてきたけれど、戦うのが怖い。

 

怪我するのが怖い。

 

友達が傷つくのが怖い。

 

何より“誰にも知られず”に死んでしまうのが、恐ろしく怖い。

 

「助けて……。誰か助けて……」

 

全身に嫌な汗をかき、両目から涙を溢れさせ、私は抱え込んだものに必死でしがみつく。そのまま激しく嗚咽する私の背中を、誰かがそっと優しく撫でる。それが心地よくて私は今まで見ていた怖い夢のことをすべて忘れ、しがみついたものに頬をすりよせた。優しくて、安心する匂いに私の傷ついた心が癒されていく。

 

「大丈夫ですよ。ここに怖いものはありませんから……」

 

 

そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

目を覚ました私がまず見たのは、勉強机の上に置かれアラーム音を鳴らすジャックフロストを模った時計であった。私はそれに手を伸ばし時計の頭部を触るとアラーム音が消える。ベッドに端座位になると浴衣の前がはだけて下着以外の肌が露わになっている。

 

「…………」

 

私は無言で周囲を見渡す。クローゼット横に置かれた金物ラックにはクレーンゲームの景品の人形や車や船、ロボットを模ったプラモデルが思い思いの立ち位置で鎮座している。勉強机の上には先ほどのジャックフロストの時計の他に妙にお金が貯まることで有名なガネーシャ貯金箱が「1号」「2号」と付箋が貼られている。ちなみに一番手前にあるのは「6号」。

 

「もしかしなくても、ここって総司くんの部屋?」

 

気になる異性の部屋で浴衣とはいえ半裸な自分。鏡に映った自分の顔が真っ赤に染まった。勉強机の上にきちんと畳まれた帯を見て、ここで一夜を明かしたのは間違いないことを悟った私は夏祭りの後のことを思い出そうと頭を抱える。

 

「確か、ネコショウグンのぬいぐるみをゲットした後……」

 

気が緩んだ私がちょっとやばそうな人たちにぶつかって、いちゃもんをつけられそうになったけれど、総司くんが私の手を引いて逃げてくれたおかげで何も問題なくて。寮に帰る途中で下駄の鼻緒が切れて、総司くんにおんぶしてもらうことになって……。

 

「そのまま寝ちゃったのか、私……」

 

私は立ち上がってタオルケットをベッドからどかし、敷布団をすみずみまで調べる。そして、何の痕跡もないのを見て大きく溜息をついた。

 

「何をやっているんだろう、私。相手は15歳の少年なんだから、当然といえば当然じゃない」

 

私は浴衣の帯を締め直し、タオルケットを畳むと部屋を見回して名残惜しく思いながら部屋を出た。時間的にまだ早く誰も起きていないようなので、さっさと自室に向かう。そして、自室で私服に着替えた私はベッドに倒れこんで天井を見上げ、ほっと溜息をつきながら目を閉じた。

 

皆が起きたであろう時間を見計らって1Fに降りると早速ゆかりと風花と優ちゃんが駆け寄ってきた。彼女たちの狙いは総司くんに手を引かれて、長鳴神社を去った後のこと。

 

私はあの後、下駄の鼻緒が切れたので総司くんに背負われて寮に帰ったことだけを伝える。それから先のことは本当に身に覚えがないので、総司くんの部屋で一夜を明かしたことだけは伏せておくことにした。

 

「ふーん、『据え膳食わねば』っていう諺あるけれど、この場合はどっちだと思う風花?」

 

「ええと……。総司くんは紳士っていうことで」

 

「いや、その場合は兄さんがヘタレだったっていうだけじゃないですか」

 

「優ちゃん、それは言い過ぎ」

 

当事者である私をそっちのけに盛り上がるゆかりたちを見ながら、私は彼の姿を探す。しかし、ラウンジや台所に彼の姿はなかった。

 

「兄さんなら天田くんと一緒にコロマルの散歩に行きましたよ」

 

「そう……なんだ」

 

私は優ちゃんの言葉に相槌を打ちながら玄関に視線を向けたが、結局彼らが帰ってきたのは夕方であった。


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