ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月1日(金)
ホームルームが終わった教室で背伸びしていると順平が話しかけてきた。
「そう言や、知ってた?真田サン、今日、検査入院でさ。さっき連絡あって、病院に届けモノ頼まれちゃったんだよネ。オレって、結構頼られてる?」
帽子のつばを触りながら上機嫌に言う彼には悪いけれど、後ろからゆかりがため息つきながら寄ってくるのが見える。案の定ゆかりは順平に対し、鋭い口調で切り込んだ。
「そんなの、帰宅部でヒマだろうって、頼んだんでしょ」
「そ、そんなことねーだろ」
順平はゆかりの鋭いツッコミにたじたじになりながら答えるが、先ほどに比べ声のトーンが落ちている。本人にも少なからず自覚があったようだ。
「ハハ、冗談だって。で、何を持って来いって?」
「隣のE組の、“クラス名簿”だってさ」
「名簿…?どうすんだろ、そんなの」
真田先輩が態々持って来いということは何か考えがあってのことだろうとは思うけど、その考えはここにいるメンバーでは見当もつきそうもない。今日は特に予定もないし、順平と一緒に真田さんの所へついていくのもありかも。と、思っていたら
「て言うか、今日、たまたま部活休みだし、付き合おっかな、それ。ね、一緒に行くよね?」
「行く行く!」
「決まりだね」
ゆかりが私に向かってウインクしてくる横で、順平が情けない声をあげた。オレが頼まれたのに…としょぼくれている。ゆかりはそんな順平を肘でぐりぐりしているけれど、それ逆効果なんじゃないかなぁ。
「優ちゃんはどうしよう?」
「あー、彼女部活があるだろうしいいんじゃない。寮に戻った後にこんなことがあったよって伝えれば」
「うーん。一応、メールしとく。……なんか除け者にしたみたいだし」
学年が違うだけならクラスに行って声をかければいい話なのだけれど、高等科と中等科は校舎が違う上に距離が離れていて容易には行けない。結局こうやって連絡を取るしかない。
メールの返事はこないけれど、ゆかりたちはすぐに行こうと誘ってくるので携帯電話を胸ポケットに入れ私は彼女たちを追った。
心なしか順平の肩が落ち込んでいるように見える。
「これじゃあ、オレっちの方がおまけじゃん」
ハハハ、そんなことないって。
辰巳記念病院についた私たちは受付で真田先輩の部屋を聞き来た訳なのだが、ベッドにいたのは真田先輩ではなく見知らぬ少年だった。
「……」
部屋に入ってきた私たちを一瞥した彼は面倒くさそうな仕草を見せた後、視線を逸らした。順平が一歩前に出て尋ねる。
「ここって真田サンの病室……じゃなかったりします?」
少年の眼光にビビったのか尻つぼみになる声に私とゆかりは目を交わし、大きくため息をついた。聞くのなら最後まで格好つけなさいよ、と2人して順平の後頭部を見る。
すると背後から誰かが近づいてくるような靴音が聞こえ声をかけられた。
「お前たち。どうした、大勢で?」
振り向くと学園の制服を片手で持って肩にひっかけた、いつものスタイルの真田先輩が不思議そうに首を傾げつつ私たちを見ていた。
「お見舞いに来ました」
「たかが検査入院と言ったろ」
そう告げる真田先輩だったが、心なしか口元が緩んでいるように見える。
「アキ、もういいか?」
部屋のベッドに座っていたはずの見知らぬ少年が入り口まで来ていて、真田先輩に告げる。私と同じく入り口に立っていたはずのゆかりと順平は少年に道を開けたらしく、私だけが真田先輩と少年の間に取り残されるように立っていた。
思わず「裏切り者!」とゆかりたちに視線を送る。ゆかりは片目をつぶって胸の前で両手を合わせている。
「ああ、参考になった」
「ったく……。いちいちテメェの遊びに付き合ってられるか。……お前」
私の横を通り過ぎようとした少年は立ち止まって私を見下ろしてくる。鋭い眼光にひるみそうになったが、なけなしの勇気で踏みとどまった。
「いや、なんでもねぇ」
そう言うと少年は部屋から出て行った。思わぬハプニングに唖然とする私たちを横に真田先輩はあてがわれた自分のベッドに向かい、自分の荷物の整理を始める。
「だ…誰っスか、今の?」
順平が入り口を指差しながら真田先輩に尋ねると、真田先輩は何も気に留める訳でもなく淡々と答える。
「一応、同じ学園の生徒だ。先月から増え出した“謎の無気力症”。お前たちも知っているだろ。アイツたまたま、患者の何人かを知っていてな。話が聞きたくて呼んだ」
荷物をまとめ終わった真田先輩はベッドに腰掛け、順平に視線を向ける。
「それより順平、頼んでいた物は?」
「モチ、持ってきたッス」
順平は鞄の中から紙の束を取り出し真田先輩に渡すため近づいていく。隣のクラスの名簿を何に使うのかを聞くためについてきたのだけれど、私の興味はすでにそのことではなく、私を探るような眼で見てきたあの見知らぬ少年に移っていた。
「彼、一体私を見て何て言おうとしていたんだろう」
真田先輩らと巌戸台分寮に帰ってくると妙に機嫌の良い優ちゃんとくたびれた感じの桐条先輩がラウンジにいた。桐条先輩は真田先輩の傍に行き検査結果の詳しい話を聞いている。
優ちゃんは私たちの方へ近づいてきて満面の笑みで告げてくる。
「先輩たち、おかえりなさい」
「うん、ただいま優ちゃん」
ゆかりや順平もそれぞれ返事をして自室に荷物を置いてくると言って階段を上がっていく。
「結城先輩、今日はどうされるんですか?」
「えっと、今日はタルタロスには行かないから自由にしてていいよ。行くなら明日以降だよね」
「ですよね。私、帰ってきてから2階の一番奥の部屋の掃除をしていたんですよ」
どうやら優ちゃんは明日からここで寝泊まりする総司くんの仮住まいの片づけをしていたらしい。
鳴上兄妹はほんとに似た者同士だ。総司くんは優ちゃんのことを大切に思っており、優ちゃんは総司くんのことを大切に思っている。ちょっとだけ羨ましい。
私は10年前のこの地で両親を事故で失った。
その時の記憶はないけれど、大切な何かを失ったのはすぐに分かった。
親戚の人たちは私を邪魔者扱いし、たらい回しにした。
私の居場所なんてこの10年間どこにもなかった。
優ちゃんを見ていると心のどこかで「どうして私がこんな目に」「どうしてこの子は幸せなの」と思ってしまう醜い自分がいることに気づく。こんな感情、この子に知られる訳にはいかない。
私は笑顔という名の仮面を張りつけて彼女に接する。
「それにしても楽しみだよね、総司くんの料理」
「はい!」
その時頭の中で声が響き渡る。
【我は汝……汝は我……汝、新たなる絆を見出したり……此処に《塔》のアルカナが紡がれん】
順平とすでにコミュが築かれているのもあって、もしかしたらって思っていたけれど、まさか優ちゃんともコミュが生まれるとは。
私のことを慕ってくれているし、悪い気はしないかなってこの時はまだ軽く考えていた。
優ちゃんが抱えている問題は想像していたよりも根深く、厄介な問題だったのだ。