ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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現実に打ちひしがれる転生者

8月7日(金)

 

屋上の家庭菜園スペースにて作業をしながら優や先輩たちの帰りを待っていたが、一向に帰ってくる気配がなく、念のためにと思い桐条先輩に連絡を入れると全員で病院にいると言われた。

 

大型シャドウとの戦いで、優と真田先輩と順平さんが機関銃で撃たれ軽傷を負い、アイギスさんが砲弾から皆を守るためにその身を犠牲にして中破、結城先輩は大型シャドウを倒すために囮となり重傷を負ったとのこと。軽傷の3人は岳羽先輩の回復魔法によって傷口も塞がっているので、医師に念のため異常は無いかを診てもらっているが、結城先輩の方は意識が戻らずICUにて処置が行われているとのこと。アイギスさんは研究所の人間と連絡が取れ次第、修理するために研究所に移送されるらしい。幾月氏も病院に向かっている途中なので、戸締りだけはちゃんとしておくようにと桐条先輩に注意され、電話は切られた。

 

僕は通話が切れ真っ暗になった携帯のディスプレイを呆然と見詰めながら呟く。

 

「こんなの僕は知らない。ゲームでも映画でも、大型シャドウと戦った翌日であっても皆、何事もなかったかのように普通に生活を送れていたじゃないか。こんなことになるなんて……僕は……これっぽっちも……」

 

僕はその場に座り込んで頭を抱える。止め処なく溢れ出てくる涙で視界が滲む。これほどまでに自身の無力さに腹が立って、何も出来ないことが悔しくて堪らない。

 

どうして、僕は転生する時に知識ではなく資質を求めなかったのだろう。

 

どうして、大型シャドウの特性や行動パターンを知っているのに先輩たちに教えなかったのだろう。

 

「……ははっ。何考えているんだろう、僕は。結局、神さまに止められている所為で先のことを教える事は出来ないじゃないか。こうやって、結果を聞いて無力であることを再認識して嘆くことしか僕には出来ないのに……。うぅ……ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉ!!」

 

僕は拳を握りしめて地面を殴りつけた。自分の気が治まるまで、何度も、何度も……。

 

 

 

地面を殴りすぎて、皮が破れて血が出てしまった所を消毒し包帯を巻いた状態で乾くんの朝ごはんを用意していると、起きて来た本人にすごく心配された。拳の怪我は乾くんには昨日の夜に屋上で道具を運んでいる時に怪我をしたと偽り、一緒に朝ごはんを食べる。

 

「総司さん、他の皆さんはいらっしゃらないんですか?」

 

乾くんはそう言って周囲を見渡し、僕の顔を見てくる。彼は聡い子だから適当な嘘をついたところですぐに見破るだろう。僕は箸を置いて、乾くんを正面からまっすぐ見て告げる。

 

「先輩たちは病院にいる。僕の妹の優と真田先輩と順平さんは軽傷で様子見、アイギスさんは左腕がちぎれ全身がボロボロになって中破して今日にでも研究所に移送されて修理を受ける予定。結城先輩はICU……集中治療室に入っていて意識が戻るように処置を受けている状態なんだ」

 

「……総司さん。僕、貴方が何を言っているのか分からないんですけど」

 

「僕は乾くんに嘘を言いたくないから、本当のことを話している。先輩たちは昨日の夜にとある場所に行って、とある存在と戦闘となり大なり小なり怪我を負ったっていうことだよ」

 

乾くんがごくりと喉を鳴らした。彼は僕をまっすぐ見ている。その瞳には困惑がありありと映し出されており、僕が言っていることは信じられないけれど、嘘を言っているようには見えないといった感じだ。

 

「生憎、先輩たちがいる病院の名前は聞いていないから見舞いにいくことは出来ないけど、これは本当のことなんだ。乾くん、この巌戸台分寮はね、特別な場所なんだよ」

 

「特別な場所……ですか?」

 

僕は席を立って乾くんについてくるように促す。乾くんはすぐに立って、僕の後をついてくる。階段を上がって4階に行くと、僕は合い鍵を使って作戦室の扉を開け、乾くんを中に誘った。

 

秘密基地を思わせる大画面のモニターや機械の数々を見た乾くんは目を輝かせた。僕は山岸先輩や桐条先輩、幾月氏がまとめているシャドウとタルタロスの情報が書かれたファイルをすべて手に取り、僕が作成しているタルタロス攻略本と一緒に乾くんに手渡した。

 

ファイルに目を落とした乾くんは難しい漢字があちらこちらに書かれているのを見て、苦々しい表情を僕に向けてくる。僕は作戦室のソファに座って彼に隣に来るように促す。乾くんは僕から受け取ったファイルと攻略本をテーブルの上に置いて、隣に座る僕を見上げてくる。

 

「1階で言った『巌戸台分寮が特別な場所』だっていうのはね、ここがペルソナっていう特別な力を扱える資質を持った者だけが入寮できる場所だからなんだ。つまり、乾くんも選ばれた存在なんだ」

 

「選ばれた存在……。その『ペルソナ』ってなんですか?」

 

「それを説明するためにはまず、影時間やシャドウのことを話さないといけないね。えっと、ファイルのNo.1をめくってみて」

 

乾くんは僕に言われた通り、ファイルをめくり漢字だらけの文字の羅列に泣きそうな表情を浮かべる。ルビも譜ってないので、乾くん1人では読めそうにない。

 

「乾くん、とりあえず一日が24時間じゃないって言われて信じる?」

 

「えっと……」

 

「さっき言ったペルソナを扱う資質がある人だけが感じとれる、というか体験する時間。それが影時間と呼ばれるんだ。大体、人によって影時間の長さは変わるらしい。同じ時間を過ごしているのに、片方は短く感じたり、片方は途方もないほど長いと感じたりすることもあるそうだよ」

 

乾くんは僕の話を聞いて腕を組んで眉を顰め悩むような仕草を見せる。僕は彼が答えを出すまで待とうと思ったが、乾くんはすぐに疑問を口にした。

 

「さっきからずっと思っていたんですけれど、総司さんはまるでその影時間を体験していないように聞こえるんですけれど」

 

乾くんは申し訳なさそうに聞いてくる。僕は乾くんをまっすぐに見て頷いた。

 

「そうだよ、乾くん。僕はペルソナ使いじゃない。……ペルソナ使いとしての資質がゼロ。皆無なんだ。だけど、ペルソナが使えなくたって出来る事はあるよ」

 

そう言って僕は、乾くんに影時間の適正はないけれど、先輩たちに味方して協力している存在の黒沢巡査のことや眞宵堂の店主のことを例に挙げる。僕は彼らと同じで、戦闘には関われないけれど、巌戸台分寮での生活の面でサポートすることを選んだということを乾くんに説明した。乾くんは説明を受け、大きく頷いた。

 

「確かに、一緒に戦う人だけが仲間じゃないですもんね」

 

「ありがとう、乾くん。フォローしてくれて」

 

「いえ、そんな……」

 

僕は乾くんの頭に手を置いて撫でる。彼は目を細めて照れるようにしている。てっきり「子供扱いしないでください」って言われると思ったんだけれど、杞憂だったようだ。

 

「シャドウは基本的にタルタロスにしか現れない。けれど、絶対じゃない。長鳴神社のコロマルは知っているよね。コロマルの元の飼い主である神主さんを殺したのはシャドウだったらしい。先日、コロマルはその飼い主の敵を取り、その際に怪我をして入院しているらしいけれど」

 

「シャドウは人を襲うってことですか?」

 

「一応、シャドウは影時間に適正のある人間の精神を喰らって、影人間にしているってところまでは分かっているけれど、目的は分かっていないんだ。……って、大分話が逸れたけれど、乾くんが聞きたいのはペルソナのことだったよね」

 

「そうなんですけれど僕、もうそろそろ限界なんですけれど……」

 

「簡単に説明するから。えっと、ペルソナはね、所謂自分の心そのものなんだ。もう1人の自分っていう人もいるね。ペルソナは自分の心を映し出す鏡ともいえるもので、何か劇的にその人の心を揺さぶり成長させるような出来事があればペルソナもまた姿を変える。進化するって言えばいいのかな」

 

「ペルソナは、もう1人の自分。それに成長し進化する」

 

乾くんは自分の胸に手を置いて呟いている。彼が確認するように呟いて初めて気がついたけれど、“ペルソナが進化する”っていうのは言っちゃまずかったかもしれない。けれど、神さまによって阻害されなかったっていうことは、言っても問題ないことだったっていうことなのかな。

 

そう思いつつ乾くんの様子を見ると、新しい玩具を与えられた子供の様に笑っていたので、彼の脳天にチョップを振り下ろす。変な悲鳴を上げて、涙目で僕を見てくる乾くんに僕は釘を刺すつもりで告げる。

 

「先輩たちがペルソナ使いだっていうのは分かっている?乾くんと同じ特別な力を持つ存在だっていうことも。けれど、結局先輩たちも“ヒト”なんだ。先輩たちは昨夜の影時間内に現れたシャドウと戦って、実際に怪我を負い、結城先輩は意識不明の重体なんだ。……遊びじゃないんだよ。皆、命を賭けてシャドウと戦っている。いずれ乾くんにも誘いの声が掛ると思うけれど、そのことはしっかりと肝に銘じておいて」

 

僕がそう言うと乾くんは肩のところで涙を拭き頷く。

 

「総司さん……。説明してくれて、ありがとうございました。適当なことを言って僕を誤魔化すことも出来たのに」

 

乾くんは申し訳なさそうに見てくるが、僕は首を横に振って笑って答える。

 

「最初に言った通りだよ、乾くん。僕が君に嘘をつきたくなかった、それだけだから。たぶん桐条先輩や真田先輩たちは言葉を濁すだろうけれど、それは乾くんを心配してのことだから、あまり気にしないでね」

 

「分かりました。けど、このことって本当は秘密にしていないといけなかったんじゃないですか?」

 

「まあね。桐条先輩たちから説明を受ける時は大げさに驚くとかして演技してくれるとありがたいかなぁ……」

 

僕がそう言って苦笑いすると、乾くんはくすりと小さく笑みをこぼす。僕と乾くんは取り出したファイルと攻略本を、元あった場所に戻して作戦室を後にする。その後、僕は桐条先輩に連絡を入れ、結城先輩が意識を取り戻したことを聞き安堵の息をつく。怪我に関しては、数日様子を見るだけで後遺症は残らないということだった。

 

「乾くん、結城先輩も意識が戻ったって。だから、今晩には他の先輩方は戻ってくるらしいから、労いも兼ねて栄養がつくものを作ろうと思うけれど、何がいいかなぁ」

 

「うーんと……単純に皆さんの好物でいいんじゃないですか?」

 

「好物か……。優のは分かるけれど、他の先輩たちの好物ってなんだろ?」

 

「……。もう肉料理でよくないですか?」

 

僕と乾くんは顔を見合わせた後、大きな声で笑う。

 

僕たちまで暗い顔をしていたら、先輩たちもますます暗くなってしまうだろうし、僕の悩みはひとまず置いておこう。そして、来るべき日に備えて乾くんに知恵を吹き込もうと思う。

 

そういえば、今日は本来コロマルが仲間になる日だけれど、どうなるんだろう。アイギスさんは研究所で修理だから、翻訳ができないし。うーん、念のため、青髭ファーマーズに行って高級ドッグフードを買ってきて置いた方がいいんだろうか。

 


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