ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 チャリオッツ&ジャスティス戦―①

8月6日(木)

 

今晩は満月。戦いに備えて、午前中はともかく午後は寮で過ごそうと思いながら1階に降りるとラウンジで総司くんが裁縫をしていた。そんな彼の姿を物珍しそうに見ている面々に話しかける。

 

「おはよ、ゆかり」

 

「ん。おはよう、湊」

 

私は彼女の隣に立ちつつ、総司くんの手元を覗き込む。そこにあったのは茶色の棒状の物や、何か文字が書かれた札のようなもの。私たちの視線に目もくれず総司くんは作業に没頭しており、何だか話しかけて邪魔するのも引けたこともあり、私はそのまま台所に向かい朝食を摂る。総司くんの裁縫姿を見飽きた他の面々もそれぞれの用事を済ませる為に寮から出て行ったり自分の部屋に戻ったりしていく。

 

私は何をしようかと掲示板を眺めていると声を掛けられた。

 

「おはようございます、湊先輩。今日は何か、予定とかありますか?」

 

「ううん。特にないよ」

 

私は振り返る。そこにいたのは私服姿の優ちゃん。

 

「聞いてもらいたいというか、相談したいことがあるんですけど。あまり人に聞かれたくなくて……」

 

「じゃあ、一期一会に行こうか。あそこならいい大丈夫じゃないかな」

 

私が提案すると優ちゃんは頷き返す。私はちらりと作業に没頭する総司くんを見た後、優ちゃんの手を引いて歩き出す。巌戸台駅に向かう途中、彼が何をしているのか心当たりがあるかを尋ねるとたぶん『お守り』ではないかという答えが返される。

 

事故の衝撃から完全に対象者を守り切る最強アイテム、『総司くんお手製お守り』か。あれがひとつあると、きっと今晩の大型シャドウ戦も安心して戦えるんだろうけれどなぁ。私はそんなことを考えながら優ちゃんと一緒に駅のホームで電車が来るのを待つ。ふと空を見上げるとホームの屋根に留まっていたカラスが私たちを見ながら一鳴きして飛び立った。

 

 

 

喫茶店『一期一会』とはポロニアンモールのメインストリートから細い路地裏を通った先にひっそりと佇むようにある初老のマスターの淹れるコーヒーが絶品な隠れた名店である。私がここを知るきっかけとなったのは春先であったと思うけれど、その時のことを思いだそうとすると霧が掛ったように思考が曖昧になるのであの時のことはあまり思いださないようにしている。

 

私はここのことを知ってから結構通っている。少なくてもマスターに顔を覚えられるくらいには。私は出されたコーヒーを飲みつつ、正面に座る優ちゃんに視線を向ける。

 

「それで話って何なのかな?」

 

「えっと……。湊先輩、これどうぞ」

 

優ちゃんから渡されたのは小さな箱。可愛いリボンでラッピングされてある。私は優ちゃんを見た後に渡された箱に視線を落とす。そしてリボンを解いて箱を開ける。中から出て来たのはシュークリームだった。

 

「湊先輩って、バナナが好きでしたよね?兄さんに頼らず、1人で初めて作ったバナナシュークリームです。最初に湊先輩に食べてもらいたくて」

 

優ちゃんは胸の前で手をツンツンさせながら私を見てくる。どうやら早く食べてもらいたいようだ。酸味のあるコーヒーにはシュークリームやケーキなどが合うということらしいが、優ちゃんは私が相談を聞く場所を『一期一会』にするだろうと睨んで、このチョイスなのだろうか。総司くんも中々鋭い観察眼を持つけれど、優ちゃんもそれに引けを取らない気がする。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「……(じー)」

 

私は心配そうに眉を寄せながら見てくる優ちゃんに、心の中で苦笑いを浮かべつつシュークリームに齧りついた。外の生地はカリッと香ばしく焼け上がっていながら中はしっとりとしており絶妙な焼き加減であったことを物語っている。中のクリームは砂糖を使った甘さではなくバナナを使うことによってクドくないさっぱりとした味わいに仕上がっている。何が言いたいのかというと……。

 

「美味しい!」

 

「あ……ホントですか!?」

 

「うん、嘘じゃないよ。私の好みもバッチリで言うことなし!」

 

「ありがとうございます」

 

優ちゃんは満面の笑みを浮かべ、肩に下げていたショルダーバックから次々とラッピングされた小さな箱を取り出して、取り出して、取り出して……って、多いっ!?

 

「まだまだ兄さんには敵わないけれど、色んなことで兄さんと肩を並べられるように一歩ずつ努力していこうって思えたのは間違いなく湊先輩のおかげなんです。これはホンのお礼です。いっぱい食べてくださいね♪」

 

鈴振るような軽やかな声と、蕾が花開いたような満面の笑みを浮かべる優ちゃんを前にして、食べないという選択肢があるはずもなく、私はマスターにコーヒーのお代わりを頼みつつ、私の好物であるバナナをふんだんに使用したお菓子を延々と食べ続けるのであった。

 

当分、バナナは見たくない。そう思いつつ、ホクホク顔の優ちゃんと一緒に巌戸台分寮に帰るのだった。その道中……。

 

「湊先輩、これからもよろしくお願いしますね。兄さんの背中を追うの、私1人だと挫けちゃいそうだから」

 

優ちゃんの強い想いを感じた。私はぽっこりと膨れたお腹には目もくれず、優ちゃんに向き直って答える。

 

「勿論、優ちゃんがもういいですって言っても、ずっと私はアナタの味方であり続けるからね」

 

「はい、よろしくおねがいします。湊先輩」

 

そう言った優ちゃんは肩にかけていたショルダーバックをかけ直すと急に走り出す。どうしてなのかなって思っていると、彼女の視線の先には見慣れた後ろ姿があった。

 

「兄さーん!何を買ってきたのー?」

 

「うわっ、優!?こんな往来で抱きつかないでって、ちょっと、しがみつかないで!!」

 

「寮まであと少しなんだから、頑張れお兄ちゃん」

 

「はぁっ!?……優、何か雰囲気が変わった?」

 

「べっつにー。色んなことにちょっとだけ頑張ってみようと思っただけだよー」

 

「意味分からないんだけど、それとこれが何のつながりが……」

 

総司くんは優ちゃんに悪態をつきながらも、そのままの状態で歩みを進めて行く。優ちゃんは総司くんに対して、どこか憂いというか煩わしさを含んだ違和感のある笑みではなく、心の底から信頼する兄に向けての笑みを向けている。総司くんが違和感を覚えたのはそれが理由だろう。

 

「塔コミュ、レベル10達成。解禁されたペルソナはシュウか……。特別課外活動部のメンバーで一番にコミュMAXになったのが優ちゃんとはね……」

 

仲睦まじく寮に向かって歩みを進める男女の双子の背を見ながら、私も止めていた歩みを再開する。午後はしっかりと身体と心を休めて大型シャドウ戦に備えないといけない。けれど、今回も大丈夫だよね。きっと……。

 

 

 

 

昼食後、天田くんが外出したのを見計らって私たちは大型シャドウ戦に向けての最終ミーティングを行う。先月は白河通りのホテル付近で影人間が増えているという情報を得る事が出来ていたが、今回はそういった情報がまったくと言っていいほど入っていなかった。

 

「場所を探るのは山岸に頼らざるを得ない。負担をかけることになるが頼むぞ」

 

美鶴先輩はそう言って風花に依頼する。風花はそれに大きく頷き、周囲にいる私たちを見ながら内心を吐露する。

 

「皆さんが心身を削って戦っている中、私だけ安全な場所からナビゲートしています。だから、私が出来ることであるのなら任せてください。全力でサポートしますから!」

 

俯いて弱弱しく話し始めた風花であったが、思いが乗り始めたのか後半になるにつれて言葉が強くなり、最後の宣言をした時にはその瞳に明確な意思が表れていた。それを見た真田先輩はニヤリと口角を上げて頷き、順平は親指を立てて風花に向けてサムズアップした。

 

「夕食は総司くんと天田くんがスペシャルメニューを作ってくれるみたいだし、そこは問題ないよね。……っていうか総司くん、今朝は何を作っていたの?」

 

ゆかりが疑問を口にしながら、台所で洗いものをしている総司くんに目を向けると、彼はその手を止めて私たちに近づいてきた。

 

「優から頼まれて、部活で使っている胴着の補整とお守りの作成ですよ」

 

そう言った総司くんはポケットからお守りを一個取り出して机の上に置いた。置かれたお守りをゆかりが手にとって眺める。何の変哲もないお守りに首を傾げる彼女。順平や美鶴先輩たちも『なんでそんなものを?』といった感じで総司くんを見ている。

 

「ちなみに材料は何を使ったの、兄さん?」

 

「ん。僕が育てている『ミガワリナス』と、優がくれた『フィジカルミラー』だよ。“所持者が致命傷を受けると代わりにこのお守りが壊れて身代りになって、その上で周囲にいる全員に一度だけ物理攻撃を反射するバリアを張る”んだ。叔母さんに渡しているのは個人にのみ発動するものだから、今回のは“どうなるか分からない”のが問題だけど……」

 

優ちゃんの質問に淡々と当たり前のことであるかのように説明し終えた総司くんに、その場にいた全員の視線が集中する。それに気付いた総司くんはその場で蹈鞴踏んで、後ろに下がった。

 

「総司、それマジな話?」

 

順平が頬を引き攣らせながら総司くんに尋ねる。総司くんは場の雰囲気にたじたじになりながらだが、簡潔に答える。

 

「一応、叔母に渡しているお守りは効果を発揮させています。叔母は車に轢かれてもピンピンしていて、逆に車の方がベコベコの廃車寸前になったという話を刑事の叔父からも確認が取れていますし」

 

誰かがごくりと喉を鳴らした。大型シャドウ戦は命がけといっても過言ではない。いやタルタロスでの探索中もそうだ。私たちの常識の斜め上を行くことも度々あり、悠長にアイテムを使っている暇もないことが日常茶飯事だ。

 

特に、今回総司くんが作ったお守りは“所持者が致命傷を受けた時”に、“オートで効果を発揮する”という何が起こるか分からないという戦闘をしている私たちにとって、あったらいいなと思っていた物だ。確かにアイテムを先に使っておくというのもひとつの手だが、こういうのがひとつあると嬉しい。

 

「総司、他には無いのか?例えば……攻撃力や素早さを補助したりするものとか」

 

「えっと、それは辰巳東交番で売ってあるパワーバンドやスピードバンドではなくてですか?」

 

「確かにあるけどよ。そういうのって、ひとつの能力しか上がらないだろ。真田サンが言いたいのは、複数の能力が上がるものはないかってことだ」

 

「ゲームでいうアイテム作成・合成、アイテムクリエイションっていったところですか……。結城先輩、僕が今言ったアクセサリーありますか?」

 

鼻息を荒くした真田先輩から尋ねられた内容に首を傾げ、順平からどういったものが欲されているのかを理解した総司くんが、私を見てそう告げた。私は待っていてと言って自分の部屋に行き使わなくなったものを閉まっている段ボールを開け、しばし考えた後、それごと持って皆がいる場所に戻った。そして、総司くんの前に段ボールを置き開けて、件のアクセサリーを手渡した。パワーバンドとスピードバンドの2つを見比べ、手触りや形状を調べていた総司くんが大きく頷いた。そして、見守る私たちに自信満々に言い放つ。

 

「たぶん、このくらいだったら2つを1つにすることは可能です。じゃあ、早速取り掛かり「ストーップ!!」って、ええー……」

 

2つのアクセサリーを持って立ち上がろうとした総司くんを呼びとめて、私は皆の方に向きを変える。そして、段ボールの中身を全てテーブルの上にぶちまけた。

 

「せっかく合成してくれるのに、今更攻撃力と素早さがちょっと上げるのを作ってもらっても味気ないよ。作ってもらうなら、即戦力になるものじゃないと……」

 

「時間的に1個が限界だな。くっ……鳴上にそんな技能があったとは」

 

私が提案すると美鶴先輩は時計を見てため息をついた後、小さく嘆いた。その言葉に順平やゆかりが同意するようにウンウンと頷いている。優ちゃんはアイギスにどのアクセサリーがどんな効果があるのを説明しながら、どんな組み合わせがいいかを語り合っている。真田先輩と風花は独自のセンスで奇抜な組み合わせを考えているがしっくりと来ていない様子だ。

 

「あのー……、晩ご飯の仕込みもあるので早く決めてもらえませんか?」

 

「ごめん、あともうちょっとだけ待っていて!」

 

総司くんは手に持っていた2つのアクセサリーをテーブルの上において待ちぼうけの状態だ。しかし、今から彼に作ってもらうアイテムが今晩の戦いに何か新風を起こすのではないかと思うと気が抜けない。その後、候補をいくつか見繕いメンバーで多数決を行い、総司くんにアイテム合成を頼んだのはそれから30分後のことであった。

 

 

 

●鳴上アイテム工房……『激魔脈の指輪』+『ウィンドバンクル』=『激魔脈の腕輪』効果:SPが最大値の20%増加し、風属性魔法の威力が上がる。

 

今回作ってもらったアクセサリーは特別課外活動部のメンバーで最も魔力値が高く、回復役を担うゆかりが装備することになった。

 

総司くんがこの技能を皆に見せると決めたきっかけは恐らく、私が八十稲羽で彼らの叔母である千里さんから預かった『ボロボロのお守り』と『伝言』が効いているんだと思う。私が総司くんとコミュを築いたのも、無駄ではなかったと思いたい。

 

 


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