ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 4月ー②

4月22日(水)

 

桐条先輩率いる特別課外活動部に参加するに辺り、私は一般の学生寮から巌戸台分寮に引っ越すことになった。桐条先輩は家族の方には連絡を入れておくと言っていたが、両親は現在どこに出張しているのか分からない。

 

そのため、挨拶には兄さんが来ることになった。

 

「父さんも母さんもやり手だから仕方がない。……とはいえ、うぅ私のペルソナ、物理オンリーかぁ」

 

昨夜のタルタロス探索の中で四苦八苦してやっと呼び出すことが出来た、もう1人の私の名前は【ウシワカマル】。漢字表記すると牛若丸、源平合戦で有名な源義経の幼名である。

 

アルカナは塔で、斬・打・貫に耐性があり、火・氷・風・雷・闇・光には耐性もなければ弱点もない。

 

覚えているスキルは【スラッシュ】と【二連牙】といった物理攻撃スキルと自分の攻撃力と速さを上げる自動スキルの【タルカジャオート】と【スクカジャオート】の4つのみ。

 

「切り込み隊長か。ふふ、私にはお似合いかもね。ふふふふふ……」

 

昨夜の探索で少なからず疲労し、学園生活と引っ越しのダブルパンチで疲労のピークに達していた私はラウンジのソファに背凭れた後、自嘲するように笑う。だがその笑みは駄目だとすぐに結城先輩に諭され止める。

 

「別に優ちゃんだけで昇る訳じゃないんだし、心配しなくてもだいじょーぶ!むしろ、敵を見つけてからの先手の速さは目を見張るものがあるよ。これからよろしくね」

 

「……結城先輩」

 

ペルソナにまで『貴女は脳筋です』と断言されて落ち込み気味だった私を救ってくれるなんて、……お姉さまと呼んでもいいですか?

 

慰めるように微笑みを向けてくれる結城先輩に私の胸は高鳴る。まさか、これが噂の……。

 

「なんでアンタら百合百合しい雰囲気なの?」

 

声がした方を見れば岳羽先輩は腕をさすりながらこちらを見ている。

 

結城先輩は何事もなかったように立ち上がり返答する。

 

「あ、ゆかり。おかえりー」

 

「まぁ、いいけど。幾月さんか桐条先輩いる?外に“紋付き袴”を着た高校生が責任者と会いたいって言っているんだけど」

 

「ぶはっ……」

 

私はその場で項垂れ、両手で頭を抱える。

 

「それはまた珍妙なってどうしたの、優ちゃん」

 

「聞かないでください、結城先輩。……なんでそれをチョイスしちゃうかな。普通の私服でいいじゃない」

 

「えっと、知り合い?」

 

「そういえば、その高校生。僕の妹がって言っていたけど」

 

「うわぁああああん。結城先輩、岳羽先輩がいじめるぅううう」

 

「ちょっ、違うしっ!」

 

その後、騒ぎを聞きつけた桐条先輩が2階から降りてきて、現状を見て首を傾げていたが兄さんが来ていることを岳羽先輩から聞き、外へ出て行った。数分後、桐条先輩は兄さんを連れだって巌戸台分寮内に入ってきたが、岳羽先輩が言ったように兄さんは紋付き袴を着ていた。

 

「着こなしているけど、なんでそれなの兄さん」

 

「え、一張羅なんだけど」

 

「もう、それ着るの禁止だからね」

 

「何故にっ!?」

 

兄さんは私の様子を見に来ただけだからと言って、先輩たちには頭を下げるだけにとどめて帰路についた。私は探索と引っ越しと兄さんの対応で疲れきって、晩御飯をすませたらすぐに新たな部屋に向かい床についた。兄さんのあの服のセンスだけは高校生にあがるまでにはどうにかしないと拙い気がする。

 

 

 

4月25日(土)

 

今まで私がお世話になっていた学生寮には寮母と呼ばれるおばちゃんたちがいて、食事面はカバーしてくれていた。昼食は学食か購買で買うか、自分で弁当を作るかしないといけなかったが朝ご飯と晩ご飯は気にしなくてよかったのだ。誰もが兄さんみたいに自炊出来るわけではないのだから。

 

問題なのは私が引っ越しした先の巌戸台分寮。立派なキッチンや調理器具、大容量の冷蔵庫があるにも関わらず、寮母さんもいなければ毎日自炊する人もいない。結城先輩と岳羽先輩は自炊できるらしいが滅多にすることはない。伊織先輩はカップ麺かジャンクフードが常で、真田先輩などプロテインか牛丼しか食べていない。桐条先輩は謎のベールに包まれているが育ち故にやはり自炊するとは思えない。

 

何が言いたいのかといえば、育ち盛りの中学生な私は部活やタルタロスの探索をするに辺りがっつりとしたものを食べたいのだ。欲を言えば3食きっちりご飯が食べたい。

 

けれど、自分自身にそのようなスキルはないし、部活から帰ってきて自分で自分が食べるご飯を作る気にはなれない。朝食も同じだ。タルタロスの探索に行った翌日の朝なんて時間ぎりぎりまで寝ていたい。だから朝食を抜く。学校でお腹がすいて悲惨なことになる。悪循環でしかない。

 

それとなく桐条先輩に相談したのだが、巌戸台分寮自体が特殊な環境下に置かれ、あまり関係者を増やしたくないという理由があり、寮母を置く訳にはいかないという返事をもらった。

 

近くには外食店もあるのだから大丈夫だろう、って庶民のお小遣いなめんな!

 

という訳で、学校の休憩時間に兄さんの所まで行って頼み込んで、今日の晩ご飯を作りに来てもらうことにした。服装は学校の制服のままでいいからと言いくるめて。

 

夕方、寮のラウンジで今か今かと待ち続け、その時が来た。

 

携帯電話のコールが鳴った瞬間に出て、兄さんを迎えに扉をあける。片手に食材がたくさん入ったビニール袋を2つ持ち、空いた方の手で携帯をズボンに入れている兄さんが立っていた。

 

「いらっしゃい、兄さん」

 

「お邪魔します」

 

私に言われたように月光館学園の中等科の制服で来た兄さんは引っ越ししてからの私の食事事情を聴くと呆れたようにため息をついた。そして上着を脱ぐと中に来ていたワイシャツの袖を捲りあげる。

 

「肉と魚、どっちがいい?」

 

「お肉で!」

 

「りょーかい」

 

そう言った兄さんはビニール袋から豚肉と野菜、米などを取り出し手早く晩ご飯の支度を整えていく。

 

私が料理しようとするとどうしても一品一品仕上げてから次の料理を作るといったことしかできないが、兄さんは違う。同時工程で様々な料理をすすめることができ、次々と仕上がっていく料理によだれが止まらない。

 

「いい匂いがすると思ったら、優ちゃんのお兄さんが料理を作っていた件」

 

「うわぁ、反則よ、こんなの。ただのサラダなのに、見ているだけでお腹が」

 

兄さんの料理する後ろ姿を見ながら悦に浸っていた私は気づかなかったが、いつのまにか結城先輩と部活帰りの岳羽先輩が隣にいた。

 

私たちの視線に気づいた兄さんは頬を掻いた後、ビニール袋から追加の食材を取りだした。

 

ああもう、頼りになる兄さんだなぁ。

 

他の先輩方は帰ってきておらず、私たち3人と兄さんでちょっと早い晩ご飯になった訳ですが、

 

「うまーっ!」

 

「分かっていたよ。うん、分かってた……」

 

結城先輩は外聞を捨てリスのように頬張り、岳羽先輩も遠い目をしながら次々と料理を口に運ぶ。私も久しぶりな兄さんの料理に舌鼓をうち、余韻に浸る。あふれ出る肉汁を余すことなく楽しめる工夫が施されたトンカツ、野菜本来の味を引き出すために改良による改良が施された兄さん特製ドレッシングがかかったサラダ、奥行きがあるコクを感じさせながらものど越しさっぱりで飲みやすいスープ。

 

食べ終わった後のこの満足感。

 

私たちはふにゃふにゃと垂れつつ、兄さんにラウンジのソファへと移動させられる。そして、私たちの前に置かれたのは食後のデザート。

 

「ウチで育ててるバリアモロコシが丁度熟れていたので、今日はそれを使ったコーンプディングを作ってみたんだ。良かったら、感想をよろしくおねがいします」

 

結城先輩と岳羽先輩が兄さんの料理のファンになったのは言うまでもない。

 

その日のタルタロス探索は今までになく絶好調だった。これは兄さんの料理のおかげだと思うのはきっと私だけではないはず。

 

 

 

 

 

後日、結城先輩と岳羽先輩と連盟で再度桐条先輩に食事の重要性を訴えかけた。

 

最初は渋っていたものの、25日の件を引き合いに出し力説したところ、仕方がないと桐条先輩は折れた。ゴールデンウィークの間、兄さんに料理を担当してもらいタルタロスで成果を上げることができれば、一考すると確約を得たのだ。

 

私は嬉々として兄さんに連絡を入れ、別に作りに行ってもかまわないという返事を得、結城先輩たちと喜びを分かち合ったのだった。

 


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