ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
いつも通り巌戸台分寮に住んでいる人数分の朝ごはんを作り終えた僕は書き置きだけを残し、財布だけを持って外に出ていた。夏休みなので学校も休みだし、行先は特に決めておらず、一応日の暮れるまでに寮には帰ろうとは思っている。
駅員に定期を見せ、ホームに入ると通勤のためかスーツ姿のサラリーマンやOLのお姉さんたちが並ぶ姿が見られる。前世でも見慣れた光景だ。僕はその列に並ばず、ホームに設置されているベンチに腰を下ろした。壁に背凭れ、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して時間を見れば7時を少し過ぎている。僕は携帯電話をズボンのポケットに入れ直し、視線を空へと向ける。
「……夢、か」
僕は昨夜、結城先輩に言われたことを思い返し、自問するように小さく呟いた。
現在の僕の目的は【誰も死なせない】ことだ。
これはペルソナ3の主人公である結城先輩や、コミュの進行状態によっては死んでしまう荒垣先輩、幾月氏と相討ちになる桐条先輩の父親だけでなく、ペルソナ4にて犠牲となってしまう3人の被害者や叔母である堂島千里さんも含まれている。
千里さんにはアイテムの効果が重複するように作ったお守りを渡し、事故には気をつける様に忠告しているので、今の所大惨事にはなっていないけれど、ペルソナ4が開始されるまでは気掛けていかないといけないけど、たぶん大丈夫だと思う。
犠牲となる3人の方も死ぬ原因となる生田目さんや久保と知り合って悩み相談も受けている現在、あのようなことにはなるまい。足立さんには今の所会えていないが叔父さんの相棒にはまだ定年間近なベテラン刑事がついているので交代したら会わせてもらおうと思っている。
桐条先輩の父親である桐条武治には叔母に渡しているお守りと同じものを幾月氏と相対する前に渡しておけば大丈夫だろうけれど、いかに信頼を得るかが問題だ。ぶっちゃけ彼と接してきた時間が違いすぎる。屋久島の一件で一目は置かれているかもしれないけれど、僕が幾月氏は危険だと告げたところで子供の戯言で片づけられる可能性が高い。やっぱり桐条先輩経由で渡してもらうしかないか……。
荒垣先輩に関しても同様だ。致命傷となるのはタカヤから放たれた銃弾から乾くんを守るためにその身を盾にするのだから、僕が作ったお守りさえ持ってってもらえれば問題なくなる。ただそれを身につけていてくれるかどうかだ。これは結城先輩に期待するしかないかな。
「最大の問題は結城先輩なんだよな……」
期限まで残り5カ月になろうとしているのにも関わらず、救う手立てがまったく思いつかない。一番手っ取り早いのは結城先輩の中にいるファルロスを望月綾時【死の宣告者】にしないことだけれど、満月にやってくるアルカナの大型シャドウを彼女抜きで倒すことはできない。僕自身にそんな力はないし、現在の特別課外活動部の中心は間違いなく結城先輩だ。戦いのリーダーとしての才覚は本物だし、ペルソナ能力からして外れることはない。
「アイギスさんがメンバーに加わったことで、10年前と同じように誰かにアルカナを持つ大型シャドウを“誰か”に封印するっていう手もあるけれど、……そうはいかないよなぁ」
通勤ラッシュが終わったのかホームの人だかりも収まり、数人がちらほらといるだけだ。次に来た電車に乗ろうと思って時刻表を眺めていると肩を叩かれる。振り向いた先にいたのは順平さんだった。
「おっす、総司」
「おはようございます、順平さん」
「こんなとこで何をしているんだ?」
「そこのベンチでぼーっとしていたら、何本か乗り逃がしました」
僕は頬を掻きながら告げる。すると順平さんは顎髭を触りながら珍しいこともあるもんだなと笑って、ベンチに座って手招きする。
「ま、座れよ。女にゃ言えない相談事でも、この伊織先輩なら聞いてやれるぜ」
ニカッと笑う順平さんの隣に座った僕はおもむろに、昨夜結城先輩に尋ねられた『将来のこと』について尋ねてみた。彼は乾いた声で苦笑いしながら、僕には『色々な才能があるんだし自分で道を狭めなくてもいいのではないか』という助言をくれた。ちなみに順平さんの将来の夢を尋ねるとやや強引に話を変えられた。触れられたくない話題であったようだ。
そういえば、時期的には今くらいだったっけ。順平さんがストレガのメンバーの1人であるチドリに会うのって……。
ポロニアンモールに来た僕はお店を転々としながら時間を潰していた。青髭ファーマシーの店長と次の釣りはどこに行くかで盛り上がったけれど、しっくりとこなくて、コーヒーを飲んだりカラオケをしたり、ゲーセンに入ろうとしたらスタッフに止められたりして、結局噴水前のベンチに座って行き交う人たちをただ眺めるということに落ち着いた。中学生の休みの過ごし方としてはどうなのかという考えはとりあえず捨てておく。
「僕がやりたいこと。……夢、将来のことか。……はぁ」
結局のところ、僕自身の将来のこともこの世界が続いて行くことが前提な訳なので、やっぱり結城先輩のユニバースを、ペルソナ3をどうにか攻略するしかない。
人として限界を大きく超える力であるユニバースを“1人”で使ったことによって、ペルソナ3の主人公は死んでしまうのだから、2次創作ものにおいてはオリ主がそのユニバースの力を持っていて、2人で負担することによって2人とも生き残るとか、2週目のキタローもしくはハム子の介入によって何とかなるっていうのをちらほら見かけるけれど、僕の手札は【前世の知識】と【優の戦闘能力】のみだからなぁ。
妹の優がワールドの力に目覚めるのは、少なくても2年後。下手したらこの世界では目覚めないかもしれないけれど、今の彼女は1人のペルソナ使いでしかない。アルカナは『塔』でペルソナは同じくアルカナが『塔』のウシワカマル。
……あれ?
「本人のアルカナが塔なのはいいけれど、ペルソナも“塔”のアルカナって良かったっけ?」
思いだせない。僕の前世の知識も完璧じゃないし、今はそこが問題じゃないしね。
結局、納得できる答えを見つけることも出来ないまま、巌戸台分寮に帰ってくることになった僕。肩を落としつつ寮の扉を開けると何かが凄い勢いで僕の胸へ飛び込んできた。その勢いを殺しきれずに押し倒された僕は、涙目で飛び込んできた何かを見る。
「よかったぁぁ。帰ってきてくれた……」
案の定、それは妹の優であった。どうやら僕が書き置きしていった内容を深く考えすぎて、今日1日テンパっていたらしい。確かに『自分探しに行ってきます』はまずかったかもしれない。思春期男子が書き置きして家出する常套文句だし。
唯一、僕がこんなものを書き置きして外出するようなことをする理由に心当たりのあった結城先輩は、すぐにその様子を看過した桐条先輩とブラコンな優からの尋問にぐったりとしており、晩ご飯が出来上がるまでアイギスさんの膝枕から脱することが出来なかった。
深夜、日課となっている家庭菜園の手入れをしていると昨日と同じように結城先輩がやってきた。これはまさか、僕と結城先輩の間にコミュが発生しているのではなかろうか。もしそうであるとするならば、僕の担当アルカナは一体何だろう、と考えていると結城先輩が隣にしゃがみこんで尋ねてくる。
「今日は何をしてきたの?」
「えっと、昨日先輩に言われたことを自分なりに考えてみました。……答えは見つからなかったけれど」
「そっか……。見つからなかったかー」
僕が雑草を根っこごと引き抜く作業をする様子を結城先輩はじっと見ている。僕は作業をする手を止めて、結城先輩の顔を見る。
「ん、どうかした?」
きょとんとした表情で首を傾げるその仕草は可愛らしいとは思うけれど、正直困る。作業に集中できないし、人がいる空間での沈黙は苦手だ。まだ五月蠅い方がいい。
「何か聞きたいことでもあるんですか?」
「ひとつだけアドバイス。夢や将来っていうのは、「好き」や「何になりたい、何がしたい」っていう気持ちを素直に求めることだと思うから、まずは総司くん自身が好きなことやしたいことを書き出して見るといいよ。こういった農作業を手広くやってみたいもいいと思うし、料理の腕を極めたいでもいいしね」
そのためには結城先輩、貴女がハッピーエンドを迎えてもらわないと困るんですが。少なくてもデッドエンドは認めない。影時間やタルタロスが後世に残ることになったとしても結城先輩、貴女を救う。その目的を達成するために、僕はこれからもあらゆる方法を模索する。
「あ……」
「どうしたの、総司くん。何か思い当ることがあった?」
結城先輩が微笑みながら僕を見つめてくる。僕はそれにたじろぎながら、首を横に振り立ち上がる。僕は結城先輩に助言の礼を言って道具を片づけた後、屋上を後にする。
そして部屋に入って鍵を閉めると同時に携帯電話を取り出し、電話を掛けようとしたが時間が時間であることを思い出し止める。
「そうだよ。何もシャドウを封印する“器”は人じゃなくていいんだ。このペルソナ世界には『ホムンクルス』っていうアイテムもあるんだから。……となると、シャドウを封印できるアイギスさんの協力が必要不可欠。けれど、それにはどうしても幾月氏が邪魔になる」
僕は部屋を歩き回りながら思考する。僕だけでは幾月氏をどうにかすることはできない。幾月氏の悪事、もしくは彼が考えている終末思考のことを明らかにして、桐条先輩の父親に直訴する必要がある。その前に僕の考えが幾月氏にばれると消されるだろうけれど。
同じ立場だし、そこは仕方が無いよね。『やっていいのは、やられる覚悟がある奴だけだ』って名言もあるし。
「幾月氏を追い詰める糸口はやっぱり、岳羽先輩のお父さんの映像か。たぶん、そろそろ解析も終わるだろうし、幾月氏がしらばっくれるようであれば、作戦室横の秘密の部屋に突入することも視野にいれないといけない」
秘密の部屋自体はアイギスさんの力を借りればすぐに見つけられるだろうし、幾月氏のパソコンも山岸先輩のハッキング能力でどうとでもなるだろう。ここまで来ると原作ブレイクどころの話じゃないな。
「ペルソナの世界で資質がないのって、こんなに不便なんだなぁ」
僕の呟きは誰に聞かれるでもなく虚空に消えて行くのだった。