ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
8月2日(日)
私が交流会から巌戸台分寮に帰ってくると総司くんが天田くんやアイギスに協力してもらって、1階のラウンジの飾り付けをしているところだった。傍観している順平に話を聞くと、真田先輩が明王杯で優勝したらしい。
私が感心するようにその場で拍手していると、美鶴先輩が階段を降りて来た。その手には救急箱が握られており、さすがにボクシングで無敗の真田先輩でも無傷で勝利とはいかなかったらしい。
「てか、湊っち。行く前よりも荷物がかなり増えてねーか?」
「勿論、お土産だよ。全員分買ってきてあるからね、ご飯の後はお楽しみに!」
私はそう言って荷物を持ったまま自室へ向かう。部屋でラフな私服に着替えた後、その足で屋上へ向かう。総司くんは1階でお祝いの準備をしていたので、今は屋上には誰もいないはず。私は階段を駆け上がって、門扉を勢いよく開いた。
『ゴンッ!!ずべしゃっ……』
「あれ……?」
私がゆっくりと屋上を覗き見ると目をぱちくりとさせている優ちゃんと、じょうろを持った状態でうつ伏せ姿で倒れるゆかりの姿があった。勢いよく前のめりに倒れたのか、彼女のミニスカートは物の見事にめくれてしまって、可愛らしいピンクのフリルがついた下着が丸見え。
私は事情を察し、ゆっくりと振り返ってこの場を立ち去ろうとしたのだが、ゆかりはぷるぷると肩を震わせながら、幽鬼のようにふらりと立ち上がった。そして振り向きざまに、私の顔をアイアンクローする。
「イダダダダ、ごめん!態とじゃなんだって、痛い痛い痛い!」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」
レイプ目でそう告げてくるゆかりは弓道で鍛え上げた握力を遺憾なく発揮。歪む、顔が歪んじゃう!!私はじたばたと手足を動かしてアピールするが、ゆかりは真顔でアイアンクローするのをやめない。
「湊先輩、おかえりなさい。で、大丈夫ですか?」
「だいじょばない!!助けてー」
その後、ゆかりは優ちゃんと汚れてもいい服に着替えて来た風花の説得により私をようやく解放してくれた。ゆかりたちが屋上にいたのは、今日のお祝いの席で使う野菜や果物の収穫を総司くんに頼まれたかららしい。
「うぅ……いたいよー」
私が顔を手でさすりながら言うと、ゆかりが睨んで来る。風花と優ちゃんは苦笑いしながら見ていたが、ふと気になることがあったのか、優ちゃんが話しかけてくる。
「ところで、湊先輩は何をしに屋上に来られたんですか?もしかして湊先輩も兄さんに頼まれたとか」
「ううん。ちょっと水撒きでもして、総司くんの好感度を上げようと思って」
あまりに露骨な言い様にゆかりと風花はそろって呆れたような視線を向けてくる。優ちゃんは思う事があるのか、大きくため息をついた。
「手伝うなら、ちゃんとガーデニングとか家庭菜園の本を読んでからの方がいいですよ。兄さん、料理と同じくらい野菜や果物作りにうるさいですし、水撒きにも夏場はこの時間にどれくらいっていうこだわりがありますし」
あれ、迂闊に水撒きも出来ないってどういうこと?じょうろを持っていたゆかりはそっと足元に置いた。たぶん一回目は許してくれるだろう、素人がやったから仕方ないと。だが2回目以降が怖い。
私とゆかりがどんよりとした空気を出し始めたのを見て、風花が話題を変えようと言わんばかりに、動物病院に入院しているコロマルのことを話す。
「この前、コロちゃんのお見舞いに幾月さんと一緒に行って来たんだけれど、割と元気よさそうだったんだ。来週には退院できるっていう話だよ」
「へー……。そうなんだ」
「動物病院を退院したら、コロマルはどうするんですかね。いくら影時間に適正があるとはいえ、アイギスさんと違ってペルソナ召喚は難しいんじゃないですか?」
確かに、私たちの誰かがコロマルに向かって召喚器を撃つ。傍から見れば動物虐待の当事者にもなりかねない。アイギスのように自分の意思でペルソナを召喚できないと一緒に戦うっていうのは難しいかもしれない。
「アイギスさんっていう前例もあるし、実は問題ないのかな。……ま、それは置いといて先輩方。兄さんのビニール南国ハウスからバナナを採ってきました!」
そう言った優ちゃんの手には立派に実った一房のバナナが。スーパーで市販されている外国産のバナナと違い小ぶりだが、あの総司くんが育てたバナナが普通であるはずがない。私たちは優ちゃんの所に集まって、一本ずつ手にとって皮をむいた。せーのっと、4人全員で一口食べると、濃厚な甘みと芳醇な香りが口いっぱいに広がる。
「「うまーっ!!」」
「だから、何でただの果物がここまで美味しいの!」
「もはや、『作ったの兄さんですから』で全てが通ってしまいそう……」
私たちはそれぞれの感想を呟きながら、頼まれていた野菜や果物の収穫を終え1階に降りて、祝勝会の準備を手伝うのだった。
総司くんが腕を遺憾なくその腕を奮った料理に舌鼓を打ちながら、真田先輩の明王杯優勝の祝勝会を終え、私は交流会で訪れた八十稲羽の街で買ってきたお土産をひとりひとつずつ手渡していく。
まずは、優ちゃんから。
「四六商店でもらった、かの有名な剣豪武蔵の竹刀だよ。これで優ちゃんも剣道を頑張ってね」
「……あ、ありがとうございます。えっと……」
使いこまれた風の竹刀を手にして固まる優ちゃん。他の皆も微妙な視線を向けている。
「じゃあ、次は順平ね。じゃじゃーん、『伝説風ソード』!」
「“風”って何なんだよ!明らかに狙ってんだろ、湊っち!!」
そんな文句を言いつつ、伝説風ソードを受け取った順平は、自分が今タルタロスで装備しているものよりもずっと性能の良いそれに頬を引き攣らせた。何だか文句を言いたいが、言ったら負けのような表情を浮かべ……諦めて座った。
「えっと、風花と美鶴先輩にはスカーフをそれぞれ。着物と同じ素材で作られていて、上品かつ綺麗だったのでよかったら使ってください」
私はそう言って2人に巽屋で買って来たスカーフを風花には緑色、美鶴先輩には赤色のものをそれぞれ渡す。2人は手触りを確認すると満足そうに頷く。
「天田くんには何がいいかなって迷ったんだけれど、最近総司くんの手伝いで台所に立つ姿を良く見るので、鍛冶屋のおっちゃんに無理行って作ってもらいました。じゃーん、『天田くん専用オーダーメイド庖丁セット』です。がんばって、総司くんみたいな料理人になってね」
「ありがとうございます。……総司さん、改めてよろしくお願いします!」
「料理人って……。僕の料理は趣味の範囲内なんだけれど……。まぁ、これからも手伝いは頼むよ」
総司くんは困ったような表情を浮かべながらも天田くんのお願いに頷く。私たちはそんな姿を見ながらウンウンと見守る。
さて、残りは真田先輩、アイギス、総司くん、そして大トリのゆかりである。
「ゆかりのは最後にとっておくとして、アイギスから行こうかな」
「なんで私が最後っ!?湊、あんたさっきの恨んで」
ゆかりが猛抗議してくるが、私は無視して一着の黒を基調としたゴシックドレス風ワンピースを取り出した。せっかく女型なんだし、アイギスもお洒落しないとね。という訳で、アイギスを呼んで皆から離れた場所でお着替えし、お披露目となった。
「おお!腕や脚の関節部分が隠されて、普通の女の子っぽいじゃん!」
順平が嬉々とした声を上げると、それを皮切りにして皆がアイギスの周りに集まる。アイギスはどう対応すればいいのかわからないのか、右往左往している。
人間性はまだまだのようだ。
「ちなみに総司くんには大理石のまな板を進呈します。今度これでピザ作って」
「色んなプレゼントをもらってきたけれど、これは初めてのケースだなぁ……」
総司くんは両手で抱えた大理石のまな板を持って台所へ向かう。その後ろを、包丁セットを持った天田くんが追って行った。年下の男の子たちに台所を任せるのは世間一般的にはどうなのと思われるかもしれないが、これも所謂適材適所というもの。さて、事情を知らない天田くんは総司くんと一緒に台所にいるので今の内に真田先輩にお土産を渡すとしよう。
「真田先輩にはタルタロス探索に使ってもらおうと買ってきた『ドランクパンチ』を進呈します!これにはなんと殴った相手のステータスを下げる効果があるので真田先輩には持ってこいだとティンっと来ました!」
「ほう……爪付きなのが気になるが使えそうだな。そう言えば満月も近いし、タルタロスに行ってレベル上げもしないといけない。……丁度いいな」
不敵に笑う真田先輩だが、美鶴先輩が脇腹をつつくとその場で崩れ落ちた。何でも決勝戦で戦った相手は真田先輩と同じインファイターかつ高いタフネスとパワーを兼ね揃える強敵だったらしく、ボディにクリティカルを連発して入れられたそうだ。そんな相手によく勝てましたね、真田先輩。
「さてと、大トリだよ。ゆかり!」
「私を最後にしたのはアンタでしょうが!!」
ゆかりの心の叫びをBGMにして私は袋の中のそれを引きぬく。
それはまさに侍従の心を物質化した衣服。黒や濃紺のワンピースに白くフリルのついたエプロンを組み合わせた、クラシカルな印象を与えるデザイン。その名もメイドドレス!
順平がおおっ!と興奮した様子で立ち上がる。それに反比例して羞恥心で顔を真っ赤に染めたゆかりは断固拒否しようといきり立つが、
「おっと、これは私が着る分だった」
と私が袋の中にそれを直すと『ぷしゅー』といった感じで気が抜けるゆかりと、立ち上がったまま固まる順平。彼は「湊っちもありだな……」なんてことを言っているが、皆の前で着る予定は私もない。
「色々とネタになりそうなものがあったんだけれど、それをお土産にしちゃうとゆかりが臍曲げそうだったんで、無難にタルタロスの探索に使えそうなアクセサリーを2つ買って来たんだ。ゆかりが苦手な雷攻撃を少しカットする『雷のブローチ』と風魔法スキルの威力を上げる『風の誓願』っていうアイテムだよ」
「あ、ありがと。って、これって桐条先輩や風花と同じスカーフ?さっき渡してくれたらよかったのに……もう」
桃色のスカーフに包まれたアイテムを受け取ったゆかりは、ぷいっと視線を逸らしたが、その頬は紅く染められていることからお土産は気にいってくれたようだ。
「さっき、真田先輩がタルタロスに行くとか言っていましたけれど、今日は勘弁してください。今日はゆっくりと布団で休みたいので……」
私がげんなりしながら言うと美鶴先輩が頷き、皆に目配りする。皆も私が交流会から戻ったばかりのことや真田先輩の体調のことを考え、その案に了承するように頷く。
それからは皆、思い思いに過ごす。私も皆と話をした後、一旦自室に戻ってベッドでごろごろする。そして、時計が23時を指した頃を見計らって自室から出て屋上に向かった。