ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 7月ー⑧

7月29日(水)

 

部活のテニス部の特訓は予想していたよりもハードだった。顧問は滅多にこないからいいのだけれど、2年生ながら主将を務めている理緒の“やる気スイッチ”が常時ON状態で、熱血属性になってしまっている。これには堪らず私以外からの部員からもブーイングが出たが、今の彼女には火に油だった。おかげでいつもの練習の3倍メニューをこなす羽目に。

 

寮に帰ってきた私はそのままラウンジのソファにダイブ。靴を脱ぎ捨て、楽な姿勢になろうとソファの上でもぞもぞ動く。すると冷蔵庫を閉める音が聞こえ、私に近づいてくる影があった。

 

「おかえりなさい。総司さんからあなたが帰ってきたら渡すように言われていた疲労回復ドリンク牛乳バージョンです」

 

「ありがとー、アイギス。いただきます」

 

机に置かれたコップを手に取り、ごくごくと喉を鳴らして飲む。冷たい上にはちみつの甘さが丁度いい。総司くんが言うには、はちみつには疲労回復と体脂肪を燃焼する効果があるらしく、部活動の特訓初日から作ってくれている。

 

「ぷはぁ……。もう1杯!」

 

「用意してくるであります」

 

アイギスは私が飲み終えたコップを回収すると台所に向かい冷蔵庫の扉を開ける。私はソファの上で体育座りをしながら待つ。あと2日も続くのか……、せめて理緒の熱血属性だけはどうにかならないかな。そんなことを思いながら、私はアイギスが戻ってくるのを待つのだった。

 

 

 

今日は先輩たちが2人とも用事があるということでタルタロスの探索はなしであったので、私は夕食後部屋に戻ってベッドで転がりながら読書した後、早めに床についた。部活の疲労もあり、すぐに夢の世界に旅立った私だったのだが、その眠りは風花によって妨げられた。シャドウの反応があったらしいけれど……。

 

「ふわぁ……。寝よ」

 

『ちょっと湊ちゃん。疲れているのは分かっているけれど、起きてください』

 

「無理。明日も練習ハードだし……」

 

『ああもう……アイちゃん。お願い』

 

「開錠完了であります。前回より62秒短縮したであります」

 

私はアイギスに起こされ、ブラを装着後、作戦室に屋久島の時のように御姫様抱っこで作戦室へ運ばれる。別にいいけれど、運んでくれるのがアイギスでなくて年下の男の子だったらなぁと思ったのは内緒である。ま、影時間内だとその願いは叶わないんだけれど。

 

「やっときた……って、本当に疲れてんのね、湊」

 

「うん……。風花、どこに出たって?」

 

「その格好で進めんのね」

 

順平が呆れたように呟く。風花やゆかりも苦笑いを浮かべているけれど、君たちは熱血理緒を知らないからそんな風に言えるんだよ。あのエネルギーはいったいどこから発せられているんだろう。

 

「市街地にシャドウの反応だ。さっき山岸が偶然見つけた」

 

偶然って、風花……。もしかして、タルタロスに探索に行っていない日はこうやってペルソナ使って周囲を探っている訳じゃないよね。そうでもないと今日みたいな偶然は起きえないはずだし……。

 

「えっ……なんで?満月ってまだ先じゃ……」

 

ゆかりが首を傾げながら言う。タルタロスではない“外”に現れるシャドウと聞き、アルカナを持つ大型シャドウのことを思い浮かべたらしい。そんなゆかりの質問に風花がすぐに返答する。

 

「違うの。反応はごく普通のシャドウだから。でもシャドウは普通、タルタロスの外ではこんな風に暴れないんですが……」

 

風花は後方支援特化型のペルソナ使い。それの影響もあってか、ここに入って一番日が浅いにも拘らず、私たちの誰よりもシャドウに詳しくなっている。それがいいことなのか、悪いことなのか分からないけれど。

 

「シャドウの反応があったのは長鳴神社の辺りだ。近くにいた明彦、話を聞いた優がすでに先に行っている」

 

優ちゃんはともかく、真田先輩は特訓だろうなぁ。どうせ、影時間内では“時間”という概念が曖昧になるから特訓にはもってこいだと言いそうだし。

 

「あいつ1人でも十分だと思うが念のため準備してくれ」

 

美鶴先輩がそう言うと同時に作戦室に集まっていた面々が頷き立ち上がる。それを見た美鶴先輩は私に視線を向けため息をついた後、諭すように告げる。

 

「湊はいい加減にアイギスから降りろ」

 

「はーい。ごめんね、アイギス」

 

「問題ないであります」

 

その時、作戦室に連絡が入る。どうやら真田先輩からのようだ。

 

『いま現場にいる。悪いが、すぐに来てくれ』

 

真田先輩から告げられる援軍要請に緊張が走る。美鶴先輩はマイクを握って、何があったのか、起きているのかを尋ねるが、

 

『シャドウは片付いた。強いのは1体だけで、その他は雑魚だったからな。俺と鳴上妹ではオーバーキル気味だった』

 

援軍要請でないことを知って、安堵の息をつく面々だったが謎が残る。どうして、真田先輩は私たちに来るように言っているのか。

 

「何があった?」

 

『強いシャドウは俺たちが片づけたのではなく、俺が着いた時には片づけられていたんだ。俺たちの代わりにシャドウを倒したそいつは怪我を負い、周囲に集まってきた雑魚シャドウに群がられ、瀕死の状態だ。出来れば助けたい』

 

それだけ言って真田先輩からの通信は切れた。

 

現場に向かったのは真田先輩と優ちゃんだ。確かに2人のペルソナは回復スキルを覚えていない。いつもであれば探索用のアイテムを詰め込んだポーチなり、鞄なり持って行っているけれど、今夜のはイレギュラーと言っても過言ではない。彼らはそんな準備をして行っていないのだ。

 

「代わりにってどういうこと?」

 

「つまりオレたち以外にもペルソナ使いがいたってことか!こうしちゃいらんねーな、湊っち」

 

「うん、美鶴先輩!」

 

「ああ!とにかく行くぞ」

 

私たちは美鶴先輩を先頭に、シャドウの反応があったっていう長鳴神社へ急ぐ。

 

 

 

神社につくと階段の脇に白い犬が血まみれで横たわっている。

 

「岳羽先輩!はやく……」

 

白い犬の前で手をついて声をかけ続けていた優ちゃんが必死の形相でゆかりを呼び寄せる。よくよく見れば、その犬はコロマルだった。ゆかりはイオを召喚し回復スキルをかける。

 

「ちっ……。以前、飼い主の件で相談を受けていたのに……」

 

美鶴先輩が何か呟いた気がしたが聞こえなかった。何を言ったのか聞き直そうとしたが、回復の手が足りないと私も呼ばれる。私はリャナンシーを召喚しディアラマをかける。しかし、ペルソナの魔法は応急処置的なものだ。重傷だと通じない。しかし、その点は大丈夫だ。優ちゃんが、風花が持ってきた道具を使って止血をしたり、包帯を巻いたりして手当てを施していく。

 

「まったく大した奴だ。何しろ犬がシャドウに立ち向かって、しかも一番強い奴を倒したんだからな」

 

「え……、っていうことは真田サンが言ってた奴って、この犬コロってことっすか!?」

 

順平がコロマルを指差しながら驚く。手当をしていた優ちゃんもゆかりも目を丸くして、コロマルを見ている。

 

「守った……と言っております。ここは安息の場所だそうです。あそこに花束が」

 

アイギスが指差した場所には確かに花束が飾ってある。という事はコロマルはずっと神主さんが亡くなった場所を守ってきたんだね。

 

「つかアイギス、オマエ……犬語翻訳機能付き?」

 

「犬に言語はないであります。でも言語だけが意思伝達じゃないであります」

 

「つまり目や声音から感情を、言っていることをなんとなく感じ取るという訳か」

 

美鶴先輩の解釈に頷きをもって返答するアイギス。コロマルは私たちのスキルと優ちゃんの手当てのおかげで身体を起こすことまでは出来るようになっていた。美鶴先輩は影時間が明けるのを待って、獣医に連絡を入れ入院の手続きを行う。

 

あとは任せろということであったので私たちはその場で解散となり、寮に戻るのだった。

 

 

 

 

後日談なのだが、天田くんと買い物に行った総司くんがしょんぼりして帰ってきた時があったらしい。訳を聞いたゆかりによるとコロマルに餌を与えに行ったら、一向に現れなかったとのこと。天田くんのことを紹介しようと思っていたのに……と肩を落としていたらしい。

 

コロマルは影時間に適正し、シャドウを倒した実績もあるので私たちの仲間になる可能性が高い。言葉が通じるアイギスがいる訳だし。となると現在、動物病院に入院している事実は総司くんには伏せておいた方がいいのではないかという結論に達し、神主さんの家族の人たちが一時的に連れ帰っているという情報を彼に伝える。

 

総司くんは目を丸くしていたが、納得したようでそれ以上は言わず、携帯のカメラで撮っていたコロマルの画像を天田くんに見せたものの、

 

「僕、知っていますよ。コロマルなら一緒に遊んだこともありますし。……すみません」

 

申し訳なさそうに謝る天田くんの前に、がっくりと肩を落とし項垂れる総司くんという珍しい図が出来上がるのだった。

 


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