ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
7月22日(水)
順平の強い希望により今日は一日海で遊ぶことになった。初日と2日目を皆と別行動をとっていた総司くんと、昨日特別課外活動部に参加することになったアイギスを加え、総勢9名の大所帯である。
私が着替えを済ませた後、皆より早くビーチに向かうと順平が1人取り残されているだけで、他2人の姿が無かった。順平の視線の先には沖合に浮かぶブイが浮いており、その手前に2つほど水しぶきが上がっている……まさか。
「おおう、湊っち。見ての通り、真田サンと総司は遠泳しに行っちまってるぜ」
美鶴先輩に頼んで真田先輩にはくれぐれも遊びだからと言い聞かせたはずだったが、無駄だったか。そう思っていたが、どうやら順平の様子を見る限り違うみたい。
「総司の肉体が結構アスリートみたいにがっちりしていて、真田サンが勝負を吹っ掛けたんだよ。それで、より勝負に身が入るようにオレっちが言った訳よ。負けた方がメンバーの誰かを本気で口説くということで」
「ほほー、それは面白いことを聞いちゃったなぁ」
私は沖合を眺める。2人はブイで折り返して戻ってきているところだ。ちなみにゴールは順平に早くタッチした方が勝ちというルールらしい。
「たぶん、真田サンは桐条先輩だけど、総司は湊っちかもな……。あれ、もしかして期待してる?」
「そんな罰ゲームみたいなので口説かれても嬉しくありませんよーだ」
「またまた~、ホントは嬉しい癖に。白状し「「負けるかー!!」」あべしっ!?」
順平の顔に2人分の拳がめり込んだ。彼は2人分の拳を顔面だけで受け止めた所為でその場で一回転半すると、顔面からビーチの砂浜に突き刺さる。これぞリアル犬神家。
「ぜーはーぜーはー……どっちの勝ちだ?」
「はー…はー…。いいんじゃないですか。……悪は滅びましたよ」
全力で遠泳してきたことで息を切らす真田先輩と総司くんは大きく深呼吸して、息を整えると逆さまな順平を見る。頭をビーチに突き刺して絶賛気絶中の順平に、怒り心頭な2人が近づいてくる。
「どうします、真田先輩?」
「そうだな。調子に乗った罰を与えるとしよう。鳴上兄……いや総司。大小様々なカニを取ってくるぞ。この際、ヤドカリだろうがウミムシだろうが構わん」
「りょーかいです」
黒い笑みを浮かべた2人は遠泳から戻ってきた時とは比べ物にならないくらいの速さで岩場に向かってダッシュしていく。絶賛気絶中の順平と、黒い笑みを浮かべた2人、そして罰という言葉とカニ。
私はこれから順平に訪れる試練の恐ろしさを察し、彼の無事を願い十字を切った。そして、白々しく忘れ物をしたと言い訳し、一度更衣室に戻るため来た道を引き返す。
他の皆と合流した頃合いに、順平の断末魔のような切ない叫びが聞こえて来た。
「……え、今の声ってもしかして順平?」
「まさか、ビーチで何かあったのか!?」
ゆかりや美鶴先輩は最低限の荷物だけ持ってビーチへ駆けて行く。風花はおろおろしているだけであったので、声をかけてゆっくり行っても大丈夫と太鼓判を押す。風花は首を傾げていたが、優ちゃんが着替えたのを確認した後で、3人でビーチに行く。
「「…………」」
『犯人はカニ』と浜辺に書き残した順平の死体が波打ち際に打ち捨てられていた。下手人は見当たらない。ゆかりや美鶴先輩は何と言ったらいいのか分からずに立ち尽くしているだけである。
「大丈夫ですよ、順平は自業自得なので。私たちは私たちで楽しみましょう」
私はそう言って荷物をビーチパラソルの下に置くと2人の手を引いて海に入る。しばらく私たちだけで遊んでいると総司くんと真田先輩が戻ってきた。その手に氷を持って。
2人に気付き、手に持っている氷の用途を察した美鶴先輩が声をかける。
「明彦、鳴上。すまない、伊織が何故こんなことになっているのか、私には理解できていなくてな。その氷を見るからに、伊織は熱中症か?」
真田先輩と総司くんは顔を見合わせると、同時に首を横に振った。その様子を見ていた私は、優ちゃんを近くに呼び寄せて沖合を向かせた後、彼女の耳を塞ぐ。
「ええっ?湊先輩、なんなんですか!?」
「湊ちゃん、えっと何が起こるの?」
「風花、ゆかり。武士の情けだよ。せめて見ないであげて」
私の言葉に首を傾げたゆかりと風花はこれから起こる惨劇を見に、美鶴先輩がいるところに向かっていく。ごめんね、順平。私は無力だよ……。
「「「ちょっ、何を!?」」」
女性陣の悲鳴に近い叫びが聞こえた後、順平に残されていた意識を完全に奪い去る一撃(ブフーラ)が彼の大事なところに放たれた。
「アッーーーーーー」
「酷い目にあったぜ」
昼食後、そう言う順平と私はあの惨劇を知らない優ちゃんと一緒にお土産を買いに街に来ていた。勿論、桐条の車に送迎してもらって。
「結局、順平の自業自得だったんでしょ。カニはカニでも小型のものだけにしておいてくれた2人に感謝しないと。総司くんだったら、ちょんぎっちゃうくらいのものは簡単に獲れただろうしね」
「……おう。今度から人をからかう時は気をつける」
順平は一応無事であった半身を見ながら、大きく頷く。優ちゃんは私たちのやり取りに首を傾げてばかりであったが、お土産屋さんの店先に並んだグッズを見ると目を輝かせて突撃していく。ああ、和む。
「試食コーナーもあるみたい……。うーん、キーホルダーとお菓子を何個か見繕うかな」
「湊っちは誰に渡すんだ?」
「んー。テニス部の皆にはお菓子、理緒にはキーホルダー。古本屋の文吉さんと光子さんにもお菓子。委員会の皆にもお菓子でいいかな。沙織にもキーホルダーでしょ。舞子ちゃんにもキーホルダー、べべくんはお菓子の方がいいかも。まぁこのくらいかな」
「うへぇ……、オレは友近と宮本含めたクラスメイト分ってところか。狙い目は一番安くて数がいっぱい入っている奴だな」
そう言うと順平は店の奥に入っていく。優ちゃんはキーホルダーが掛けられている棚の前から動こうとせずに、手にとって眺めている。私は渡す人のことを思い浮かべながら、選んで行ってカゴに入れる。そして会計をすませようと床に置いていたはずのカゴに手を伸ばすと、そこに目的の物はなかった。代わりに、
「これは私が持つであります」
アイギスがそこにいた。彼女の姿を視界に入れた優ちゃんがあからさまに顔を逸らすのを見て、私は深々とため息をつく。購入したお土産を桐条の人に預かってもらった後、私たちは街を散策することになったのだが、優ちゃんは1人でずんずんと前に行ってしまう。私は隣にいるアイギスをちらっと見て、今は何もしないほうがいいと判断し、順平に優ちゃんのことを頼む。
「ごめん、順平。優ちゃんのことをお願い」
「オッケー。出会い方がなー、もう少しマシだったら、こんな風にはならなかっただろうに」
そう言い残し順平は優ちゃんの後を追った。私はそれを目で追うと木陰に入って立ち止まる。当然、私の隣にいたアイギスも木陰に入ってくる。
「ねぇ、アイギス。昨日のことなんだけれど……」
「鳴上優さんたちにしたことであれば、あなたに似た感じがしたので確認がしたかっただけであります。結果違ったため、あのような行動を取ってしまいました」
「その行為が悪いことだったっていうのは理解しているんだね」
「はい。あの時の私の状態は万全ではありませんでした。人間でいう『焦る』、そのような感じであります」
淡々と述べる彼女の姿を見て、私は再度ため息をついた。ペルソナが使え、心のあるロボットといっても人間のように感情がある訳じゃない。今後、私たちと生活していけば得ることが出来るのかもしれないけれど、今はまだ持ち合わせていない。これなら、まだ美鶴先輩とゆかりを仲直りさせる方が楽かも。
優ちゃんとアイギスに出来た溝を埋めるには、それ相応のイベントもしくは出来事がないと不可能かもしれない。あの子は結構、好き嫌いが極端だからなぁ。
その後、戻ってきた順平たちと合流した私たちは気まずい空気の中、別荘に戻り明日の帰りの準備を行う。色々な事があったけれど、結構楽しめたような気がする。
7月23日(木)
巌戸台分寮に私たちが帰ってきたのは夕方だった。
4時間のフェリーと飛行機の約2時間の移動で私たちはくたくただった。
それぞれ荷物を置きに自室に向かう。アイギスにも3階に部屋が与えられ、これから寮で一緒に過ごす訳なる。ベッドに寝転がりながら思うのは、晩ご飯はいったいどうすればいいのだろう。ということだった。仕方ないじゃない!腹が減っては、戦は出来ぬっていうし。
私は外行きの服を脱いで、ラフな私服に着替えると1階に降りる。そして、台所を見るとすでに調理に取り掛かっている総司くんの姿があった。彼の手には美鶴先輩が渡すと約束していた真新しい包丁が握られている。
鼻歌交じりで手際よく調理を進めて行くが、ひとつ謎がある。
確か、旅行に行く前に冷蔵庫の中の冷凍食品以外は平らげてしまったはず。総司くんの家庭菜園も水やりや世話ができないことを考慮してできるだけ収穫できるものはしてしまったはず。つまり、材料はなかったはずなのだ。
そう思いながら、台所を覗き込むと発泡スチロールの箱がいくつかあるのに気付く。その箱の蓋を見ると宅急便の紙が貼ったままであったので確認すると、美鶴先輩の別荘から総司くんの名前で巌戸台分寮の総司くん宛てに送られてきたものだと分かった。しかも、ご丁寧に時間指定で。私たちがここに帰り着く時間を考慮して、宅配便を利用するという離れ業をやってのけていたのだ。
「どうかしましたか、結城先輩?」
「あ、総司くん。えっと……今日の晩ご飯は何かな?」
「昨日、僕が釣った屋久島の魚を使った和食料理です。スジアラの煮つけを始めとした色んな物を出すので、晩ご飯を食べる人の点呼をお願いしてもいいですか?」
「あははは、アイギスを除く全員が食べると思うけれど、一応行ってくるね」
「お願いします。……アイギスさんも一応、服を着せて席に座ってもらうようにしてください。彼女はロボットで食べることはできないだろうけれど、そこにいるだけでも違うと思うので」
「……うん、分かった。ありがと、総司くん」
「いえ、何のことはありませんよ」
総司くんはそう言うと鍋を取り出してお湯を沸かす。私は台所から離れると階段を上がっていく。
台所から聞こえるリズム良い包丁の音を聞きながら、いつもの生活の場に戻ってきたのだと実感するのだった。