ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
4月6日(月)
「こんばんは」
棺桶のようなオブジェとなってしまった兄さんに凭れかかりながら夜空に浮かび異様に輝く月をぼんやり眺めていると声をかけられた。普通の人は棺桶のようなオブジェとなり知覚できない不思議な時間の中。
私は“声をかけられた”。
「え?」
声がした方を見れば月光館学園高等科の制服を着た女の人が立っていた。髪型は茶髪でアップにローマ数字を模した特徴的なヘアピンをつけていて、全体的に明るい雰囲気を持たせている。瞳の色は赤茶色。
「何をしているの?」
「……別に。兄さんに会うのを待っているだけです」
私はそう答えて、左肩にかけていた竹刀袋を下ろした。何の目的があるのか知らないが、初対面の人を警戒するのは人として当然のこと。
私のこの動作を見て女の人は頬を引き攣らせた。そして手をばたばたさせながら、女の人は自分が転校してきた者であること、私に声をかけてきたのは地図にある巌戸台分寮の場所を聞こうと思ったからだと話してきた。
「電車降りて改札くぐったらいきなり人がいなくなっちゃうし、街は緑掛って不気味だし、月は異様に明るくて大きいし、不気味だなぁって思っていたら私以外にも人がいると思って思わず声をかけちゃったんだよ」
「確かに初見でこれだと驚きますよね」
私は女の人を連れだって彼女の目的地である巌戸台分寮に向かって歩いていた。彼女はこの時間のことは知らないようで私にいくつか質問してきたが、そんなの私だって知らない。むしろ私が教えてほしいくらいだと呟いた。
しばらく歩くと目的地が見えてきたのであそこです。と彼女に告げ私は来た道を帰ろうとすると声をかけられた。
「遅くなっちゃったけれど、私の名前は結城湊(ゆうきみなと)っていうの。キミは?」
「私は鳴上優(なるかみゆう)です、結城先輩。ではまた機会があれば」
私は彼女の返事も聞かず駅に向かって駆けだす。結城先輩との道中には絡んでこなかったけど、この不思議な時間には私以外にも活動する化け物が存在している。普通の武器じゃ効果ないけれど、ポロニアンモールで拾ったこの【無名の脇差】なら倒すまで行かないけれど怯ませることくらいはできる。
自分の身は自分で守る。そして私の手の届く範囲内で守れる人は守る。
私の脳裏に浮かぶのは、血を分けた兄さんの顔だった。
4月21日(火)
学校の教室でクラスメイトたちと兄さん特製のお弁当に舌鼓をうっていると校内放送で名前を呼ばれた。生徒会室に来るようにとのことだったが、何のようだろうか。
これが兄さんだったら生徒会の手伝いにということになるのだが、生憎私には心当たりがない。首をかしげながら弁当箱をなおし、クラスメイトに断って生徒会室に向かう。
途中クラスメイトたちと談笑する兄さんを見かけた。兄さんは私を見つけると寄ってきて声をかけてくれる。
「優、さっきの放送は?」
「兄さん、今から行く所だよ」
「そっか。何か困ったことになったら僕に相談してくれよ。必ず力になるから」
「うん、ありがと」
私は心の底から感謝のことばを告げる。すると兄さんに後ろにいた男子生徒たちが騒ぎたて初めた。兄さんはその収拾に乗り出したため、私はその場を後にして生徒会室へ向かう。
「え、えっと……」
「うむ、君が鳴上優だな。私は桐条美鶴だ、よろしく頼む」
生徒会室に入ったら高等科の生徒会長が待っていた。予想外にもほどがある。帰りたい。
「よろしくおねがいします。でも高等科の桐条先輩が私に何の用ですか」
「まどろっこしいのは苦手なので単刀直入に言うが、君は1日が24時間じゃないと言われ信じるか?」
「…………」
私の脳裏に浮かぶのは、毎晩訪れるあの不思議な時間のこと。立ち並ぶオブジェ、あらゆる機械が動きを止め、街全体が緑掛って不気味な感じになるあの時間のこと。
「その様子だと“影時間”のことを知っているようだな。いや、武器を持っていたということは“シャドウ”とも相対しているのか」
「影時間……、シャドウ……」
「詳しい話をしたい。放課後、巌戸台分寮まで来てほしい。場所は」
「分かります。結城先輩を送っていきましたから」
「……そうか。部活の先生にはこちらから一報を入れておく。気をつけてくるんだぞ」
そういった桐条先輩は澱みない動作で優雅に立ち上がるとその足取りのまま、生徒会室の外へ出て行き、私だけが取り残された。
放課後、私は巌戸台分寮の前に立っていた。
私が知りたかった謎の答えを知っている人たちがいる場所に私は足を踏み入れた。
「あ、優ちゃん。いらっしゃい、待っていたよ」
と、笑みを浮かべ近くに寄ってきたのはあの夜に別れた結城先輩だった。他にもピンクのカーディガンを着た女の人と野球帽を被った男の人。ボクシング部の真田さんがいた。そして、桐条先輩が私の前に来た。
「鳴上、よく来てくれた。さぁ、話をしよう」
■■■
桐条先輩は今来たばかりの優ちゃんと順平と真田先輩を連れだって作戦室に上がっていった。ラウンジに残るのは私とゆかりの2人だけ。作戦室にはすでに幾月さんが待っている。
「彼女、月光館学園中等科3年女子剣道部のエースなんだって。なんか貫禄っていうのかな、動きもだけれど目つきも鋭かったよね」
「知らない場所で知らない年上の人間ばっかりなんだから仕方がないって。私が最初に声をかけた時も竹刀袋を向けられそうになったんだから」
「警戒されて当たり前…か。うわ、先が思いやられるなぁ」
そうだねとゆかりの言葉に相槌を打ちつつ、私は皆が降りてくるのを待った。
影時間。
全ての人が棺桶の中に眠る隠された時間。
そしてこの時間だけにだけ現れる奇妙な塔タルタロスを前にして私たちは茫然と見上げる。順平は「学校はどうなった」とか叫んでいるけど、そんなことは問題じゃないと思う。
私は斜め後ろにいる少女を見る。彼女もまた塔を見上げて茫然としているが両手で握っている竹刀袋から彼女の覚悟が伝わってくる。中学生の彼女が覚悟を決めているのだから、お姉さんである私がビビっていちゃいけないと両手で両頬をパチンと叩き気合いを入れ、足を踏み出した。
今日はゲームでいうチュートリアルといった所だろうか。自分にあった武器を選び、ペルソナを問題なく呼び出す訓練も兼ねているとのこと。
ゆかりは弓道部に入っていることもあり弓、順平は野球のバッターのフォームで大太刀を振り回すが危ないからと桐条先輩に注意され平謝りしている。
そして優ちゃんは竹刀袋から取り出した脇差っぽいものを床に置いて、それと似た感じの武器を捜している。彼女が床に置いた脇差っぽいものを手に取ると不思議な感じがする。
というか、これ武器じゃない。武器の原型となる素材のようだ。
桐条先輩にも意見を求めたら、
「彼女はこんな物でシャドウと戦っていたのか」
と声を震わせながら呟いた。これに武器としての機能はなく、彼女は彼女自身の力のみでこれまでシャドウと戦ってきていたらしい。桐条先輩は心なしか優ちゃんに愁いの視線を向けた。
武器を選び終えた私たちは階段を上がり、タルタロスの2Fへと足を踏み入れる。
先輩たちの話ではタルタロスの階層は毎回構造が変わる迷宮らしく、マッピングが出来ないとのこと。見上げるほど高い塔であるタルタロスを階段で登っていくしかないとはどういう修行なのだろうか。
『この先にシャドウがいる。数は1体だ』
タルタロスでの初戦闘。ここで戦っていく上で必要不可欠なペルソナの召喚。しっかりと身につけないといけない。そう思っていたのだが、
「はぁっ!」
優ちゃんの振り下ろした一撃で消滅するシャドウ。召喚器を構えていた私たちが呆然としていると、優ちゃんが振り向いて一言。
「何をしているんですか、先輩方」
この娘、先輩たちの話を聞いていなかったな!