ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 7月ー②

7月11日(土)

 

学校から帰る途中、ゆかりと風花がポロニアンモールにある『古美術眞宵堂』に入っていくのを見かける。店の外から様子を窺うと店長さんに何やら話を聞いている2人の姿を確認する。これも調べ物の一環なのだろうか。私にはまだ何も情報を伝えられていないので、2人が何を調べているのか見当がつかないこともあり、その場を離れることにする。私の力が必要になったら、ゆかりたちから話してくれるだろうし。

 

 

巌戸台分寮に近づくと私服姿の鳴上兄妹が腕を組んで出てくるところであった。総司くんの方はげんなりしていることから腕を組むように要求してきたのは優ちゃんの方みたいだが、どこに行くのだろうか。

 

私は気になって、鞄を受付台に置くと財布だけ持って2人の後を追跡する。

 

2人は巌戸台商店街で食べ歩きをしながら何かを話している。私もタコの入っていないタコ焼きを頬張りつつ、様子を眺めていると話しかけられた。

 

「何をしているの、湊」

 

「あ、理緒」

 

制服姿の彼女はスポーツ用品店のビニール袋を提げていた。中身を見るとシューズが入っている。私の視線に気付いた理緒は頬を掻きつつ、自主練で履き潰してしまったと照れつつ答えた。

 

「他のみんなも少しずつ戻ってきてくれているしさ。湊も暇な時にでも顔を出してね、じゃあね」

 

「うん、また今度ねー」

 

理緒と別れた後、鳴上兄妹の行方を探そうと振り向くと総司くんと目が合った。

 

彼はお辞儀すると優ちゃんの手を引っ張って私の所へ連れてくる。彼女はグリーンのチュニックとスカートという女の子らしい格好をしていたが、私の前に来ると頬を紅く染めて総司くんの後ろに隠れてしまう。

 

「いつまでもそうしていたら駄目じゃないか、優。結城先輩からしてみたら、『保育園で友達と遊ぶという楽しみを覚えてしまった我が子を送り出す母親のような心境』だと思うよ」

 

「やけに生々しいコメントだね、総司くん」

 

「叔母から娘がそんな状態になって寂しいって相談がきているんです。僕にどうしろっていうんでしょうね。慰めたりはするんですけれど……」

 

総司くんは遠い目をしながら呟きつつ、優ちゃんを私に対面させる。

 

先ほどに比べると優ちゃんの顔の赤みは大分引いている気がするが、

 

「あう……あう……あうぅ~」

 

会話はまだ無理っぽい。

 

 

 

ワイルドダック・バーガーの店内にあるボックス席に向かい合う形で座る私と優ちゃん。総司くんは受付でセットを頼んでいる。

 

週末でテスト前ということもあり、学生が勉強する姿もちらほら確認できる。私は優ちゃんに他愛ない話を切りだして様子を窺うことにした。

 

「テスト勉強はちゃんとしてる?」

 

「……うん。してる」

 

優ちゃんは私と目を合わせないように俯きつつ、返事をしてくれる。ここ最近の姿に比べてたら随分な進歩だ。姿を見かけるだけで逃げられていたものなぁ。

 

「ご飯はちゃんと食べてる?って、総司くんが作ってくれたものを残す訳ないよね」

 

優ちゃんは大きく頷くと少し顔をあげて、私の顔を覗き見る。その表情には不安が見てとれる。何に対して不安を抱いているのかを考えると、もしかしたらという考えがあった。

 

「優ちゃん、満月の日のことなんだけれど」

 

私が話を切り出すと同時に『びくっ』と身体を震わせる優ちゃん。

 

やっぱり彼女は私に対して恥ずかしがるということもあったのかもしれないけれど、それよりも負い目を感じていたんだ。私は、優ちゃんを安心させるように微笑むと身を乗り出して彼女の手を握り告げる。

 

「大丈夫、私は優ちゃんのこと嫌いになったりしないよ」

 

「……あっ。……だって、私。先輩にひどいこと」

 

私は小さく首を横に振って、優ちゃんの目をしっかり見て話す。

 

「気にしていないよ、私は。まぁ、あれはスキンシップが行き過ぎだったかもしれないけれど、シャドウの所為だしね。それに、今度一緒にお風呂に入って流しっこでもしよう。それでチャラでいいじゃない、ね?」

 

優ちゃんは目尻に涙を浮かべ、何度も何度も頷く。良かった、優ちゃんと仲直り出来て。これは総司くんさまさまだね。

 

と思いながら視線を感じ、そちらを向くと両手にハンバーガーのセットが乗ったプレートを持った総司くんが満面の笑みを浮かべつつ、私を見下ろしながら告げる。

 

「じゃあ、今日の晩ご飯はメザシと白ご飯だけでいいですね?」

 

「ふぁっ、総司くん!?」

 

いや……そんなことしないって言ったじゃない!

 

え?優ちゃんが泣いているのはどう説明するのかって……はい、すみません。

 

私はワイルドダック・バーガー名物、湿ったポテトフライを食べつつ項垂れるのであった。

 

 

 

 

 

「以上が、先日の作戦の報告です。やはり個体によっては一筋縄ではいかないようです」

 

「ふむ。敵も徐々に手強くなってきてるね」

 

寮には珍しく幾月さんが来ていた。満月時の作戦の詳細を聞きにきたらしい。

 

総司くんはいつも通り、台所でデザートの準備をしている。今日はいい卵をもらったとプリンアラモードを作ると言って、ボールに入れた材料をリズムよくかき混ぜる音が聞こえる。

 

「ちょっといいですか?」

 

そんな中、ゆかりが桐条先輩と幾月さんの話しを遮って立ち上がる。

 

「どうしたんだい?岳羽くん」

 

幾月さんが首を傾げ、急に立ち上がったゆかりの顔を見る。桐条先輩も腕を組んで彼女が何を言うのかを待っているように見える。

 

「……正直、今まで驚きの連続で、私少し流されてきた気がするし。はっきりさせたいんです」

 

「あの、ゆかりちゃん……」

 

風花がゆかりを諌めようと声を掛けるが、ゆかりの剣幕に押され、ばつの悪い表情を浮かべながら口を噤んで黙り込む。

 

「……桐条先輩に聞きたいことがあります」

 

「私に?」

 

突然、話の矛先を向けられた桐条先輩はゆかりを見つめ返す。順平や真田先輩といった面々は顔を見合わせるだけで何も言わず、ことの成行きを見守っている。

 

「先輩はまだ、私たちに大事なことを言っていないんじゃないですか?」

 

「ゆかり!」

 

彼女の言葉には明らかに非難の色が見え、私は咄嗟に声を掛けて口を挟もうとしたけれど、ゆかりは気にすることなく続ける。

 

「タルタロス、満月に現れる巨大シャドウ。……先輩はわからないみたいに言っていましたけど、本当は知っているんじゃないですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「今のこの状況、引き金は10年前の事故だったんじゃないですか?」

 

強い口調でゆかりが桐条先輩に巻き立てる。

 

「10年前の、……事故?」

 

話を聞いていた順平が素っ頓狂な声を上げる。優ちゃんも首を傾げているが、デザートを作るのをやめて近くに来ていた総司くんは無表情でゆかりを見ている。それ以外のメンバーは沈黙を保った。

 

「10年前に月光館学園で起きた爆発事故、桐条先輩は当然ご存じですよね?」

 

「……ああ」

 

「この事故には色々と不審な点がある。大事故だったのに、当時の資料はほとんど残っていないし、あったとしても内容の薄い物ばかり」

 

そして何より、とゆかりは続ける。

 

「過去の記録によると、この時期を境に不登校になった人が増えている。でも話を聞く限り、それは不登校じゃなかった」

 

「…………」

 

「本当は原因不明の『病気』で入院していた。……似てると思いませんか?風花がタルタロスに閉じ込められていたときの状況と」

 

桐条先輩の様子を窺うと何かをこらえる様に、苦痛に表情を歪ませていた。

 

「ちゃんと説明してください!」

 

いきり立ったゆかりがテーブルを叩く。すると、桐条先輩が口を開いた。

 

「……隠す気などなかった。だが筋道を通すことよりも、君たちを仲間に入れることが、私には重要に思えた」

 

桐条先輩は消沈した様子で語った。その様子に憤りを募らせるゆかり。彼女が何かを言う前に話を聞くだけだった幾月さんが口を挟む。

 

「仕方ないさ、君の所為じゃない」

 

幾月さんはそう桐条先輩を宥める。

 

その声かけに平静を取り戻した桐条先輩は一呼吸を置いて、語り始めた。

 

「わかった。全てを話そう」

 

辺りが静まり返る。順平や真田先輩、優ちゃんや風花が真剣な眼差しを桐条先輩に向ける。勿論、私も。しかし、先ほどまでゆかりを見ていた総司くんは興味をなくしたと言わんばかりに台所での作業に戻っていた。

 

 

桐条先輩から話されたのは、常人じゃ絶対に考えもしないようなことだった。

 

シャドウを危険な存在と捉えず、便利な道具として使うことを思いついた人がいた。それが桐条先輩のお祖父さんであり、シャドウを使って実験に明け暮れ、10年前の事故を引き起こしたとのこと。

 

その時の実験によって生まれたシャドウが12体に分裂し、消失したと記録にはあり、満月の度に現れる大型シャドウはそのときのシャドウだという。

 

この事実を知ったゆかりは桐条先輩や幾月さんに向けて、容赦ない弾劾を行うが、その言葉の内容は全然あたまに入ってこない。

 

だって、10年前の爆発事故で私は両親を失った。それがいったい何の事故だったのか、誰も知らなかったのに、まさかこれに繋がるなんて。しかも、それが人為的に引き起こされたものだったなんて聞かされたら……。

 

「結城先輩、大丈夫ですか?」

 

いつの間にか隣に来ていた優ちゃんが心配そうに見てくる。私はふっと体中の力を抜くとほほ笑む。色んなことを考えるのは後にすると決め、桐条先輩や幾月さんが話すのを待つ。

 

「消失したはずのシャドウが、何故今になって現れたのかは本当に分からない」

 

周囲の状況を見ていた幾月さんが話をすると視線が集まる。

 

「だが現れた、ということは見つけて倒せる、ということでもある。そしてこの十二体のシャドウこそが、全ての始まりなんだ。この意味がわかるかい?」

 

「……奴らを倒せば、影時間も消える?」

 

今まで沈黙していた真田先輩の答えに、メンバーは目を見開いた。

 

「その通り!ここ最近の調査でそれが分かったんだ。裏付けとなるデータもある」

 

幾月さんは私たち全員の顔を見ながら、そう告げる。皆が、それぞれ考えを巡らせる中で、最初に言葉を発したのは桐条先輩だった。

 

「君たちに、そもそもの原因が桐条にあるということを告げなかったのは私の意思だ。それをどう捉えてもらっても構わない。だが、シャドウと戦えるのはペルソナ使いだけだ。そのことだけは忘れないでほしい」

 

「いまさら……っ!!」

 

ゆかりが苦い表情をしながら桐条先輩を睨む。その辛く当るような視線を桐条先輩は甘んじて受け入れるように見えた。

 

「私が恨まれるのは仕方がない。だが……」

 

「美鶴、もういい」

 

真田先輩が桐条先輩を制するような言葉かけをする。短い言葉であったが、桐条先輩を気遣うような心情が窺えるが、彼はゆかりに対しても、色々と感情を含んだ視線を向けている。

 

「岳羽くん」

 

幾月さんがゆかりに声をかけると、彼女はむすっとした表情で彼を見た。

 

「罪は過去の大人たちにある。そして彼らは全員、自らの死をもって裁かれた。謂れのない後始末であるのは誰にとっても同じなんだ。……わかってほしい」

 

「…………」

 

ゆかりの表情を窺うと、理屈では正しいということを分かっていても、そこで納得できるほど簡単な問題ではないというのがありありと伝わってくる。結局、その場はその微妙な空気のまま解散することになった。

 

 

 

 

一度自室に戻ったものの眠れそうになかったので、屋上に来て風に当たる。

 

「お父さん……。お母さん……」

 

フェンスを握って、瞼を閉じる。思い返すのは幼いころの幸せで温かい記憶。もう両親の顔も思い出せないほど、擦り切れてしまった思い出だが、私はそれでいいと思っている。

 

「お父さんとお母さんを喪った、あの忌々しい事故が、桐条先輩のお祖父さんが引き起こしたものだった。あの時、私はお父さんが運転する車でムーンライトブリッジを渡っていたはず」

 

凄い衝撃で車が倒れて、気付いたらお父さんとお母さんは……動かなくなってて。

 

私が気を失う直前のぼやける目で最後に見たのは……。

 

「黒い死神と蒼瞳の女の人……」

 

駄目だ。それ以上は思いだすことができない。

 

「はぁ……。これからどうなるんだろ」

 

「僕としては寝巻きだからと言って、そんな薄着で歩き回る結城先輩の方が問題だと思いますよ」

 

「……総司くん?いつからそこにいたの」

 

声がする方を見れば、剪定鋏を使って作業をしていたらしい総司くんが顔を背けた状態でそこにいた。

 

「僕は結城先輩が来る前からずっとここで作業をしていましたよ。それよりも前を隠したりしたらどうです。正直、目のやり場に困るんです、……優と違って山脈だし」

 

私は咄嗟に両手で胸を隠す。確かに寝る時はブラを着けない派なので、男の子には目に毒な光景だったかもしれない。うぅ……きっと、自慰行為のオカズにされちゃうんだぁ。

 

「さっきの話し、あまり鵜のみにしないほうが身のためですよ」

 

「えっ……さっきのって、10年前の事故のこと?」

 

総司くんは頷くと立ちあがって伸びをして、見事に赤く熟したトマトを2個収穫すると、その内の1個を私に渡してきた。

 

「岳羽先輩は自分が調べて手に入れた情報が間違っていないと確信して、桐条先輩たちを弾劾していましたけれど、それが真実なんてまだ分からないじゃないですか。それに幾月氏はこう言っていましたよね?『罪は過去の大人たちにある。そして彼らは全員、自らの死をもって裁かれた』って」

 

「うん。そんなことも言っていたね」

 

「あれ、嘘だと思いますよ。それに桐条先輩のあの献身ぶりもおかしいと思いませんか?身内の仕出かしたことに責任を感じてという雰囲気じゃなかった。きっと、桐条先輩は自分が大事に思っている人のためになることが、この特別課外活動部としての行動だったんじゃないですかね?」

 

「……総司くん、あの会話からそこまで」

 

「ま、ただの勘ですけど」

 

総司くんはそう言って、トマトに齧り付いた。滴り落ちていくトマトの果汁をふき取りながら豪快に食べていく総司くん。

 

私も服の裾で拭いた後、齧り付く。トマト特有の酸味と甘みのコラボレーション。

 

「美味しい……」

 

「それはよかった。明日は、これを使った料理を振る舞いますね」

 

情報と真実。

 

言葉の裏にある本当の真意。

 

難しいなぁ、本当に……。

 


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