ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
6月16日(火)
窓から、日の光が差し込んでくる。
その眩しい光を閉じた瞼に浴び、私は薄く眼を開ける。
「んー……。いい朝だね」
私はベッドから降りると伸びをして、鏡の前に立った。鏡に映る自分の髪は予想通り、あちらこちらに跳ねてしまっている。私は蛇口をひねって水を出し、タンスの中からタオルを取り出し浸す。
早くしないと遅刻しちゃうなぁ。そう思いながら頑固な寝癖を梳いて行くのだった。
学校へ行く準備をして廊下に出ると丁度ゆかりも出てくるところだった。
「おはよう、ゆかり」
「うん、湊。おはよう。ねぇ、1時間目ってなんだったっけ?」
私とゆかりは他愛ない話をしながら階段を下りていく。
1階につくと順平がラウンジのソファに座り机に凭れかかって寝ている。台所を見ると真田先輩と優ちゃんが席についていた。
ゆかりは親切心からか寝ている順平を起こしに行き、私は椅子に座ったまま微動だしない2人に声を掛ける。
「おはようございます。真田先輩、優ちゃん」
「「…………」」
しっかりと聞こえる様に言ったのに、2人は挨拶を返してくれなかった。
私は思わず頬を膨らませて、2人に近づく。そして、その異常性に気付いた。
真田先輩は椅子に凭れかかった状態で背景も巻き込んで真っ白に燃え尽きている。
優ちゃんは机に倒れ込んだ状態で、時折『ビクンビクンッ』と身体を痙攣させている。
2人の共通点は、それぞれの前にお皿が残されていること。
「湊!順平、泡を吹いて気絶しているんだけど!?」
「うん、こっちの2人もだよ」
「いったい誰がこんなことを……」
「いや、ゆかり。犯人は分かっているから」
「えっ?」
私は裏口に向かって歩いて行く。すると物陰におたまを持って隠れる様に身を縮み込ませていた風花を発見する。私はおもむろに彼女の肩に手を置き告げる。
「ギルティ(有罪)」
「はぅぅ……」
昨日、散々風花の料理の腕は殺人級だと思い知って、料理同好会に入ったのは早とちりだったのではないかと後悔している所だったのに、まさかその翌日にバイオテロ起こすとか。風花、君って恐ろしい娘。
すでに月光館学園に向かっていた桐条先輩を呼び戻し、3人の入院の手配をすませた私たちが学校についたのはお昼を過ぎた頃だった。
6月18日(木)
学校から帰ると巌戸台分寮の前に引っ越しトラックが止まっていた。
業者の人たちが帰るところだったので、彼の引っ越しは無事に済んだようだ。
扉を開けて中に入ると見慣れた背中があった。
「こんにちは、総司くん」
「あ、どうも。結城先輩」
鳴上総司くん。
優ちゃんの双子のお兄さんで、優ちゃんが目標にして、それでいて頼られたいと思っている男の子である。彼の料理の腕はプロと相違なく、むしろ独創性豊かな料理は私たちがタルタロスを攻略する上で欠かすことが出来ない重要なファクターのひとつとなっている。
今回、風花が起こしたバイオテロによって優ちゃんが入院したという話を聞いた彼は重い腰を上げて、巌戸台分寮の寮母になることを承諾した。その条件として、この寮の屋上を家庭菜園のために使わせてもらうという約束を桐条先輩と交わしている。
先ほどの引っ越し業者は総司くんの荷物を持ってきたというよりも、鳴上家のあるマンションの屋上に作られた彼が手造りした家庭菜園キットを運んできたものと思われる。
「はぁ……。山岸先輩を台所に入れちゃったんですね」
「その様子だと、総司くんは“やっぱり”分かっていたんだ」
「ただの勘ですけど」
総司くんは床に降ろしていたボストンバックを肩にかけ直すと台所に向かっていく。私もその後をついて行く。台所に立った彼は台の上にボストンバックを置き、チャックを開く。
そして取り出すのは色々な種類の包丁、自家製だと見てすぐに分かる調味料各種、そして見たこともない調理器具だった。
「うわぁ……」
あっという間に総司くん専用の台所空間が出来上がり、今までの彼の料理はここにあるもので妥協していたものだと思い知る。料理人にとって、道具はまさに手足の延長線。
総司くんの料理はまだ美味しくなるのかと思うと、崩れかけながらもなんとか残っていた女のプライドが音を立てて崩れきった気がした。
総司くんは壁に掛けられていたエプロンをつけると私の方へ振り向き尋ねて来た。
「さて、お客様。今日のディナーは何をお求めですか?」
いや、ちょっと。私、マナーとかあまり詳しくないんだけどなぁ……。
総司くんの本気を堪能した私たちの前で総司くんは一礼する。
「本日からお世話になります、鳴上総司です。この寮での役割は世間体で言う『寮母』になります。基本的に食事メニューは僕が組み立てますが、食べたいものがあれば1階のホワイトボードに書いておいてください。作れれば作りますので。それと山岸先輩は僕がそばにいない場合は台所への侵入は断固禁止です。いいですね?」
にこやかに風花にむけて告げるが目が笑っていなくて、風花は怯える様にして頷いた。
総司くんは風花の前に行き、何やら説教を始めている。ちょっとかわいそうだなぁと思うけれど、優ちゃんたちはあと5日は安全を考慮して入院という形になっている。
「でも、これで色々と安心ですね」
「そうだな。鳴上、山岸への話はそれくらいでいいだろうか」
「……分かりました。それで何ですか?」
「君も妹から聞いていると思うが、私たちが何をもって活動しているのかを説明しようと思う。その上で協力をするかどうか判断してほしい」
総司くんは桐条先輩の雰囲気を察し、無言の状態で頷く。
そして、桐条先輩に向かい合うように座る。そして語られた影時間やシャドウのこと、ペルソナ能力のことを聞き、一つ一つ自分なりに納得しながら、分からない所は聞いて、整理しながら受け入れていく。
「正直、僕は感じることのない時間でどう答えていいか分かりませんが、僕が料理を作ることで手助けになるのなら、僕が協力しないってことはありません。その代わり、もう隠し事はナシでお願いしますね。物理的に記憶喪失は勘弁ですから」
「あ、やっぱり記憶を無くした振りをしていたんだ」
ゆかりがそのことを指摘すると総司くんは首を擦りながら答える。
「そんな風に言うなら岳羽先輩も一回、優の手刀受けてみたらどうです。ガチで痛いんですから」
「あははは。遠慮しとく」
こうして私たち特別課外活動部に新たな仲間が加わることになった。
影時間への適正を持たないけれど、タルタロスや大型シャドウ戦の出来を左右するほどの支援を行ってくれる頼もしい味方。鳴上総司くん。
時々、彼が何を考えているのか分からなくて疑うこともあるけれど、きっと彼の方から話をしてくれるときが来るって信じている。
だって、あの優ちゃんのお兄さんなんだから。
「ところで、デザートも用意しておりますが、お嬢様方。いただかれますか?」
「「「「勿論!」」」」
出されたのはガラスの容器に盛りつけられたメロンのデザート。
少量だがお酒が使われており、桐条先輩が渋い表情を作ったが私たちが美味しそうに食べているのを見て指摘するのをやめたようだ。
ゴールデンウィークの時に出された『宝石メロン』ではなかったけれども、大人のデザートって感じで私たちは大満足。
風花がしきりに弟子入り志願していたけど、私たちにその役目を振らないで欲しいよ、総司くん。
何なら師匠を連れてくるから、そっちにって……。一体、誰のことを言っているのだろうか。
「というか、総司くんレベルの料理を作る人がまだ他にもいるっていうこと?」
「なにそれこわい」
女子力的な意味合いで。