ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
6月8日(月) タルタロスエントランス
大型シャドウの一体であるエンペラーの巨大な腕を使った一撃が優ちゃんを襲う。
咄嗟に武器と鞘を前にしてガードの体勢を取った彼女だったが、勢いを殺しきれずピンポン玉のように弾き飛ばされエントランスの壁に叩きつけられた。
土煙を上げながら叩きつけられた壁からずり落ちた優ちゃんの手から武器である刀がこぼれ落ちる。
「鳴上!?岳羽、回復を」
「でもそれじゃ、真田先輩が……」
「俺はまだ大丈夫だ。ポリデュークス、タルンダ」
ペルソナのスキルで相手の攻撃力を下げ防御の姿勢を取った真田先輩だったが、攻撃力の下げられたエンプレスではなく、私と順平が相手をしていたエンペラーが狙いを真田先輩にさだめ攻撃。
思いもよらない所からの攻撃に腕を十字に組んで防御し耐えた真田先輩だったが、斜め上からの力に押され徐々につぶされていく。
「順平合わせて!ラクシャーサ、月影!」
「おう!ヘルメス、アサルトダイブ!」
真田先輩を力で押しつぶさんと力を籠めるエンペラーの背中に私と順平が攻撃を叩き込もうとするが、それは割り込んできたエンプレスによって無効化された。
「なんなんだよ、コイツら!」
「おかしいよ、さっき効いた攻撃が完全に効かなくなるなんて」
現在の私たちの戦力は、私と順平だけ。
桐条先輩と優ちゃんは完全に気を失い、ゆかりはその回復のために動けない。
真田先輩は歯を食いしばり、エンペラーからの攻撃に耐えるがその均衡が崩れるのも時間の問題。
せめて、大型シャドウ2体の弱点さえ分かれば……。
「がっ!?」
「真田サン!!」
苦悶の表情を浮かべる真田先輩が膝をついてしまっている。助けに行きたいが、そうするにはエンプレスをどうにかしないといけない。しかし、
「こいつは今、物理が効かない。順平、精神力はあとどのくらいある?」
「へへ、まだ大丈夫って言いたいが、ちと厳しい……なっ!!」
エンプレスが振り下ろしてきた杖を順平が受け止める。咄嗟のことだったため、野太刀の刃が順平の左手に食い込み血が噴き出す。
順平が一瞬だけ辛そうな表情を浮かべたが、すぐに笑って私の方を向いた。
「湊っち、こいつはオレっちが押さえるから、真田サンを頼む」
「順平、それじゃあ……」
「オレっちは大丈夫。総司のメシを食って防御力上がってんだ。任せとけって」
順平は歯を食いしばりながらも笑って、私を送り出そうとする。視線の先にいる真田先輩はまるで神に祈るように両膝をついた状態でエンペラーからの攻撃に耐えているけど、もはやそれも限界だ。
「早く行けよ!リーダーはお前なんだぞ、湊っち!!」
「う、うわぁあああ!!」
私は順平とエンプレスの横を駆け抜け、召喚器をこめかみに宛がう。
「ラクシャーサ、月影!」
力を籠め、真田先輩を押しつぶさんとするエンペラーの背中に私のペルソナであるラクシャーサの双刀が当ったがビクともしない。エンペラーも物理を無効化していたなんて。
私は目の前がまっくらになったように感じた。もうどうしていいか、分からない。
そう私が立ちすくんだ、その瞬間に頼もしい声がエントランス内に響き渡った。
「ペンテシレア、ブフ!」
「お願い!イオ、マハガル!」
氷の飛礫が追い風によって勢いを増し、エンペラーとエンプレスの動きを封じる。その瞬間に私の横を別の風が駆け抜け、動きを止めたエンペラーから真田先輩を救いだした。
「桐条先輩、ゆかり、優ちゃん!」
桐条先輩はゆかりに肩を借りて立ち上がりレイピアを2体の大型シャドウに向ける。
ゆかりは攻撃手段である弓を捨て、桐条先輩を右手で支え左手には召喚器を持って対峙し、優ちゃんはエンペラーを挟んだ向こう側で真田先輩に傷薬を飲ませている。
「ははは、満身創痍ってこのことか?」
順平が軽口を叩きながら寄ってきたが、ゆかりがその頬を叩いた。
そして、今だに出血したままの左手を出させ、ディアをかける。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタが欠けたら、勝てる物も勝てなくなるじゃない」
「サンキュ、ゆかりっち。けど、どーしたものかね」
弱点を次々変えていく厄介な敵を前に、倒す方法が思いつかない私たち。今の桐条先輩とゆかりの攻撃も大して効いたような感じではない。私は桐条先輩を見るが、
「分析中は完全に私が無防備になる。2体を相手にしながらそれを行うのは無理だ」
かといって、闇雲に攻撃していたのではこちらの体力と精神力が切れるのが先になってしまう。
「げほっ……。美鶴、復帰戦がコレとはついていないな」
「フフ……。明彦こそ、大丈夫か?」
「正直、左はもう使い物にならん。だが、まだ戦えるぞ」
真田先輩は左手をだらんと伸ばしたままであるが、右手だけでファイティングポーズを取り、大型シャドウ2体に向き直る。桐条先輩とゆかりの攻撃で動きを止めていたエンペラーとエンプレスは動きだし、こちらを見下ろすように立っている。
「完全に消耗戦になるけれど、仕方がない。こうなったら、まずはエンペラーを集中して攻撃します。優ちゃんは攻撃スキルで、あとの皆はそれぞれ魔法スキルで攻撃を。私が回復を担います」
私はペルソナをつけかけ、全体回復魔法が使えるプリンシパリティをセットする。
そして、攻撃開始を指示しようとしたその時、エントランスに入るための扉が開く音がした。
「お、おいなんであんなところに?」
順平の言葉に視線が一斉に入口へ向く。
そこにはふらふらとした足取りでこちらのほうへ歩いてくる女子生徒の姿があった。
「も、森山さん!?」
そう、山岸さんをいじめていたメンバーの1人で、今頃総司くんと寮にいるはずの少女。その姿を見てターミナル付近で怯えていた山岸さんが走り出した。
「無茶だ!戻れっ……ぐぅっ!!」
「真田さん、無茶っス」
真田先輩の声を無視し、目の前の大型シャドウさえも無視して、山岸さんは女子生徒と向き合う。
「ふ、風花。あたし、あ、あ、あんたに謝らなきゃって。ここにくれば、風花に会える気がして、あの子を突き飛ばしてここに……」
「逃げて、森山さん!ここは危ないから!!」
が、すでにエンペラーは目の前に現れた少女たちに照準をつけ、その大きな腕を振り上げている。私たちは何とか攻撃を防ごうと攻撃をしかけるがエンプレスが邪魔をして、助けに行くことが出来ない。
エンペラーが攻撃を仕掛けようとしたその時、山岸さんは少女を守る様にして立ち上がった。その手には召喚器が握られている。
躊躇なく銃口を己の頭に向け、一呼吸し引き金を引いた。
優しく温かな風が私たちの頬を撫でる。山岸さんを起点にして結界ような空間が形成されている。どうもそれは彼女のペルソナの力みたいだ。
「ルキア!」
その結界はエンペラーの振り下ろした攻撃を跳ね返すまではいかないけれど、耐えきった。
その空間の中で目を開いた山岸さんは、小さく呟く。
「……私、あれの弱いところ、分かります」
「ハハハ、やはり美鶴と同じ力か!しかも、探査用の機械もなしで……。美鶴、バックアップは彼女が代わる、体勢を整えろ」
全員が全員負傷している現在、このラストチャンスをものにしなければ、私たちに勝ちは転がってこないのだろう。私は精神を落ちつかせ、山岸さんの声に耳をすませる。
「今は、エンペラーは雷属性が弱点でその他全ての属性が無効化されます。対してエンプレスは貫属性が弱点でその他は全て無効化されています」
私は内心で舌打ちをする。魔法属性は気にしていたが、物理属性もそんなに細かく分離されているとは思っていなかったのだ。だが、こうやって弱点が分かる今なら
「真田先輩はエンペラーに、エンプレスはゆかりが」
「ごめん、私は今……」
そうだ。ゆかりは今、桐条先輩を支えて、武器である弓を持っていなかったのだ。ならば、私がフォローに回らないといけない。と考えた所で
「鳴上、俺に続け!ポリデュークス、ジオ!」
「ウシワカマル、二連牙!」
真田先輩の掛け声に合わせ、優ちゃんが飛び出した。
優ちゃんのペルソナは物理特化型で魔法スキルを持たない代わりに、斬・打・貫属性の攻撃スキルを持っている。それぞれの弱点攻撃を受けた大型シャドウは膝をついたり、仰向けに倒れダウンする。
「っ、総攻撃!」
「岳羽、私は行けない。頼む」
桐条先輩はゆかりにレイピアを持たせて送り出し、その場に倒れ込む。ゆかりは一瞬だけ迷ったがチャンスをものにすべく、大型シャドウの元へ駆けだす。
私も行こうとしたが、今になってダメージが来たのか、その場にうずくまる。
「湊っち、ここで回復に専念しとけ。攻撃はオレたちに任せとけって」
そういって順平も駆けていくが、エンペラーの目が光った。
「皆さん、攻撃が来ます。下がってください」
真田先輩と優ちゃんはすぐに距離を取ったが、慣れないレイピアという武器を使っていたゆかりの反応が遅れてしまう。ゆかりが気付いた時にはエンペラーの腕が目の前まで迫っていた。
目を瞑るゆかりだったが、
「させるか!ヘルメス、アサルトダイブ!!」
ゆかりとエンペラーの間に順平が割って入る。そしてエンペラーの巨大な腕と順平のペルソナであるヘルメスが真っ向勝負する。力は拮抗していて、ゆかりはその隙にその場から離れることに成功する。
エンプレスはエンペラーの援護をするためなのか順平に狙いを定めて移動している。
これはある意味チャンスなのではないか?
「山岸さん、今のあいつらの弱点は?」
「エ、エンペラーが風属性、エンプレスは打属性が弱点です!」
それを聞いて私が思いついたのは、エンプレスの撃破による順平の援護だった。
「エンペラーは順平に任せて!ゆかりは攻撃じゃなくて、順平の回復に専念。真田先輩と優ちゃん、今出せる最高の攻撃をエンプレスに叩きこんで!ゾウチョウテン、タルカジャ!」
私は真田先輩と優ちゃんに攻撃力アップスキルをかける。そして自身にもかけて、2人が攻撃するタイミングを待つ。
「行くぞ、鳴上!」
「はい!」
真田先輩と優ちゃんがエンプレスに向かって駆けだし、ほぼ同時に召喚器の引き金を引く。
「ポリデュークス、ソニックパンチ!」
「ウシワカマル、アサルトダイブ!」
「ゾウチョウテン、アサルトダイブ!」
無防備なエンプレスの背に弱点である打属性、しかもタルカジャによって攻撃力が増しているものが3連続同時に叩き込まれる。
苦悶の悲鳴のようなものを上げて、消えていくエンプレスを見て勝利が見えた私たちであったが、今まで攻撃に救助にと獅子奮迅の活躍を見せていた優ちゃんの体力が尽き、その場で崩れ落ちてしまった。
彼女はうつ伏せに倒れたまま、眼をぱちぱちさせ手足を動かそうともがいている。立とうとしているのに立てない様子だ。
よくよく考えれば、優ちゃんの攻撃は全て体力を消耗するスキルばかりだ。むしろ、よくぞこれまで戦ってくれたと思う。
「後輩が、ここまでやったんだ。年長である私がこんなところで寝ている訳にはいかない」
そう言って唇を噛みしめながら立ち上がる桐条先輩。ゆかりもそんな彼女の横に立ち、レイピアを桐条先輩に返し、己は召喚器を握り締めてエンペラーを睨む。
「皆さん、エンペラーの弱点は風属性のままです。いけますよ!」
私はゆかりと目を交わす。そして頷きあって、召喚器を各々構える。
そして、同時にペルソナを召喚する。
「フォルトゥナ、ガル!」
「お願い!イオ、ガル!」
2人分の魔法攻撃を受け蹈鞴踏むエンペラー。恐らく、私たちの体力的に最後の攻撃となるだろう。
「皆、総攻撃だよ!」
「「「「おおっ!!」」」」
そして断末魔を上げ、消えるエンペラーを見届けた私たちはその場に崩れ落ちた。
体力の残っている者はここにはいない。
文字通り身を削る激戦だった。
「風花、ごめんね。ごめんね……」
少女は山岸さんにすがるように泣きじゃくっている。
山岸さんはそんな少女を抱きしめ、震えるその背中を撫でる。
「いいの」
「風花……」
しかし、気が抜けたように山岸さんが気を失った。
「風花っ!?」
「恐らく、初めてのペルソナ召喚に加え10日間分の影時間での疲労が出たのだろうな」
「正直、私たちも今倒れこんだら立てなくなりそうですね」
桐条先輩の説明にゆかりが返答している。彼女たちは戦闘時と同じようにお互いが支えあう状態で山岸さんと少女を見守っている。
私は順平と一緒に優ちゃんを両脇から支えている状態だ。優ちゃんは生まれたての小鹿のように足をプルプルさせ、1人ではまともに歩ける状態ではなかった。
真田先輩は壊れた桐条先輩の探索用の機械と全員分の武器をひとまとめにしたものを背負っている。本人も左手が動かない状況なのに、無理をしているとしかいいようがない。
気を失ってしまった山岸さんに縋りついて泣く少女を見ながら順平が呟く。
「でも彼女一般人なのに影時間なんか経験しちゃって、これからどう生活すれば……?」
「影時間の記憶は適正のない者には残らない。そして、今後このように巻き込まれることもないだろう」
順平の疑問には桐条先輩が答えた。
「え、それって助けられた記憶もなくなっちゃうってことですよね」
「ああ。だが……彼女は大丈夫、そんな気がするよ」
そう桐条先輩は微笑んだ。その視線の先には、山岸さんに縋りながら謝罪の言葉を重ねる少女の姿があったのだった。