ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月16日(土)
妹の優が横たわるベッドに腰掛け、彼女の寝顔を眺める。
すぅすぅと寝息を立てて眠る優の手を僕は握りしめた。
優はあの日から眠り続けている。
無気力症のように生きる屍になっている訳ではなく、時折寝言を言ったり、身じろぎをしたりすることから深い睡眠状態にあると診断が出ているが、結局のところ無気力症と同じく原因は不明だ。医療では手の出しようもないとのこと。
桐条先輩は僕に優は「ドアが閉まる寸前の列車に乗ろうとした際に転び、不幸なことに打ち所が悪かった」と説明をしたが、僕は優と荒垣先輩が列車に乗り込むのをこの目で確認している。だから、優が意識を失うほどの衝撃を受けると考えられる相手は大型シャドウしかありえない。
優と荒垣先輩をうまいように誘導して、列車を支配しているプリーテスと戦わせ、あわよくば結城先輩たちがたどり着く前に倒してくれればと画策した結果、家族を……妹を……優を傷つけることになってしまった。
彫像のように動かない優の手をより強く握った。柔らかい手には、確かに体温があった。
僕は寝返りで乱れてしまっている優の髪を梳くと、優の手を両手で包みこむようにして握りしめる。
「……ごめんな、優。あとは僕の方でどうにかするよ。今後はイロイロと条件が厳しくなるけど、優は先輩たちと一緒に強くなって。僕のエゴにつき合わせて本当にごめんね」
僕はそう呟き優の頭を一撫でし、病室をあとにした。
ペルソナ3のエンディングは大まかに分けて2通り。
ひとつは世界滅亡の瞬間を誰も知覚することなく世界が終るもの。
もうひとつは主人公が命を燃やし人柱になって世界は救われるハッピーエンドである。
無印で終わっていれば、その後のことはユーザーが勝手に脳内で補完し、恋人とイチャラブしたとか、大学に進学したとか、明るい未来を想像できたかもしれないのに。後日談できっちりトドメをさしてくれた。
キャラ設定が完全に崩壊していたり、主人公を過去のモノとして流そうとするキャラがいたり等、まぁいろいろあって正に蛇足的な内容となった。
よってペルソナ3において、主人公を助けようと思うのならまずは【デス】を完全体にしないことが肝となる。
デスは存在するはずのない13番目のアルカナを持つシャドウの上位存在。
これが主人公より表に出てしまうと【死の宣告者】にジョブチェンジし、ラスボス到来が確定してしまう。ラスボスが降りてくるのが決まってしまったら、どうしようもなくなるのだ。
だからペルソナ3において主人公を生存させる方へ持っていこうと思ったら、まずデスの復活を阻止しなければならない。
デスの復活を阻止するには、満月の晩にやってくる各々のアルカナを持つ大型シャドウを主人公抜きで倒す必要がある。
だから5月9日のプリーテスはまさに千載一遇のチャンスだった。
ポートアイランド駅の裏路地のゴロツキから肉体言語で荒垣先輩の行きそうな場所を聞き出し、ほぼ一方的に話しかけ無理やり料理の師弟関係となった。荒垣先輩は暇な時だけだと言っていたが。天田くんの一件があるから年下の頼みは断れないだろうと踏んでいた。
優に関しては一般人である僕が影時間を外で過ごすことを由としない。必ずついてくると確信していた。優は僕のことを本気で心配してついてきてくれていたのに、僕は彼女の好意を踏みにじってしまった。
しかも、最悪の形で。
このまま優が目覚めない可能性もある。その時は全てを擲って優のためだけに生きて行こう。それが償いの方法だ。
でも今は、世界を存続させ結城先輩を助ける方法を考えなくてはならない。
なにせ今後の大型シャドウ戦の介入は非常に難易度が高くなる。
特別課外活動部の方には、支援特化型のペルソナ『ルキア』を有する山岸風花の参入。
桐条先輩の前線復帰。対シャドウ非常制圧兵装アイギスといった面々による戦力増強。
敵として相対することになる【ストレガ】の暗躍。メンバーは指導者的立場にあるタカヤ、参謀役のジン、索敵と撹乱を受け持つチドリの3人のペルソナ使いからなる。
それと同時に特別課外活動部メンバーの関係がこじれ、不協和音を奏で始める。そちらのフォローを担当する年上組は当てにならない。桐条先輩も真田先輩も過去に負い目があり、大人たちなど論外である。
「いっそのことあきらめてしまったら楽になるのに……。でも僕はあの結末を変えるために、ペルソナの資質よりも知識を持つ記憶を選んだんだ。……千里さんは救えたんだ、きっと結城先輩だって救える。僕が根を上げるわけにはいかない」
ペルソナの資質のない僕にはできることは限られる。
料理で戦力にブーストをかけてタルタロス探索を楽にできるようにすること。
メンバー内での関係のこじれをどうにかする。もしくは溝が深くならないようにフォローを入れる。一般人だから話せることもあるだろうし、相談相手になるのもいいかもしれない。
「桐条先輩にはああ言って断ったけど、巌戸台分寮の寮母の件を受けようかな。でも確実に監視はつくだろうし、動きにくくなるだろうな。けど……」
僕は月光館学園がある方向を見る。僕には見ることの叶わない異形の塔タルタロス。僕には攻略することは出来ないけれど、知識は思う存分に使わせてもらうよ。
「まずは父さんたちに事後報告か。……気が思いやられるなぁ。あの人たち、手のかからない僕より優のことが大好きだもんなぁ。そんなに好きなら仕事休んででも応援にいけばいいのに。避けられている気がするから行きにくいって、それでも親なの?」
僕は携帯電話を取り出し、連絡先から父さんを選択し掛ける。
「あ、もしもし父さん?」